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2020年6月26日金曜日

川勝 の 勝!

 川勝平太といえば、オクスフォードでもマンチェスタでも聞こえた男でした。ぼくより1歳若いが、小松芳喬先生と日本の社会経済史学会で鍛えられてアジア史をふまえ、イギリスでは Peter Mathias先生(そして Douglas Farnie先生)の薫陶のお蔭で、良い仕事をまとめることができたのです。早稲田大学では British Parliamentary Papers (いわゆるブルーブック)の購入決定に理事会が反対したというので、タンカを切って辞職して、国際日本文化研究センターに移動。そのころすでに環境史には一家言あり、1997年の日英歴史家会議(AJC, 慶応)ではスマウト先生の環境史報告へのコメンテータをつとめました。【じつは川勝とぼくの共著もあります!『世界経済は危機を乗り越えるか:グローバル資本主義からの脱却』(ウェッジ選書*、2001)】
 それからは静岡芸術文化大学(木村尚三郎後任)をへて政治にコミットしたようで、2009年の静岡県知事選挙で、(自民党・民主党の支持者を分裂させながら)当選、以後、2選、3選は圧倒的に勝利しています。

 一方のJR東海の金子慎社長は、といえば東大法卒、国鉄・JRの人事・総務畑で出世してきたかもしれないが、内向きの能吏で、- そもそも歴代首相とやりあい、英語での交渉もでき、皇室との個人的なつきあいもある川勝知事を相手に -、太刀打ちできるタマではない。
 今晩のNHK-TV、7時のニュースでも、川根の水で入れたおいしいお茶を供されて、金子社長が完全に手玉にとられてしまった場面が放映されました【この部分を、9時のニュースでは繰りかえさなかった。NHK幹部の独自の政治的判断≒配慮が介在したと想像されます!】。

 問題は、大井川や南アルプスだけではありません。
 コロナ禍で「リモート仕事」「Zoom会議」の快感を知ってしまった国民が、はたして、東京-名古屋は40分、東京-大阪は67分、といった恐怖のトンネル続きの「利便性」をこれからも支持しつづけるだろうか。ここは、むしろ東京オリンピックの中止、Aegis Ashoreの中止(河野防衛相の英断)、につづいて、never too late to mend! 電磁気によるリニア新幹線計画じたいを中止するという英断が待たれます。東京首都圏への過度の集中、通勤・出張を再考する好機ですよ、金子社長!

* ウェッジ選書とは、すなわち JR東海きもいりの出版でした! なんという皮肉/めぐり合わせ!

2020年6月15日月曜日

コロナ後 と 香港

すでに識者によって予言されているとおり、Covid-19(のパンデミック)のもたらす変化は、過去からの断絶ではなく、すでに始まっていた変化の顕著な促進でしょう。よくは見えなかった兆候が、この危機によって誰にも明らかな時代の転換として現れます。危機、すなわち生死を分けるような分岐点、転換点です。

イギリスを代表する、もしやヨーロッパ一の金融企業(銀行)HSBC が驚くべき発言をしました。BBCの報道によると
HSBC "respects and supports all laws that stabilise Hong Kong's social order," it said in a post on social media in China.
「香港の治安を安定させるあらゆる法律を尊重し支持する」と。
現今の金融資本主義を代表する企業が、中国政府の治安優先、というより習近平の独裁体制=権威的全体主義体制を尊重し支持する、と。これは天地もひっくり返るほどのことですよ。
ちなみに BBC は同じ記事のなかで、日本のノムラ(investment bank Nomura)が香港への関与を再点検する(修正する)と報じて、対照しています。
資本主義は、あるいは18世紀のヒュームやスミス、そしてブラックストンに言わせれば「商業社会」は、自由と所有権(と法の支配)によって成り立つ「文明社会」でした。以後、この自由と所有権と文明の間の比重にはニュアンスはあれど、これを旗印にする自由主義者と、これを否定する(競争と搾取の元凶と考える)社会主義者は、19世紀の前半から対立してきました。
20世紀前半には、ケインズのように、政府の政策によって野放図な資本主義をコントロールしようとする経済学者、そして福祉国家(大きな政府)を唱える「新自由主義者」(ネオリベラルではありません!)が現れ、1970年代まで西側先進国の民主主義を支える政策体系でした。しかし、民主と福祉は、ナチスや、ソ連や中国の共産党独裁とは相容れないと考えられていた。政治家は、イギリス労働党も日本社会党も「政治的判断」によって海外の共産党独裁を許容することはあったけれど。
上の BBC は含蓄をこめてこう言います。
The bank's full name is the Hongkong and Shanghai Banking Corporation and it has its origins in the former British colony.

じつはぼくが1980年にイギリスに渡って直ちに British Council から四半期ごとに給費を振り込む銀行口座は Midland Bank と指定されました(バーミンガム起源の歴史的な銀行です)。これがしかし、80年代半ばに HSBC に吸収されて、以後ぼくの小切手や Bank Card は HSBCのものとなりました。

後年、上海に行ってそこでバンドの威容を誇る建物群のうちでもHSBCが一番であること[そこまでは事前に写真で承知していました]、それが革命後、共産党政権により接収されて上海共産党本部になったことは、感銘深い、共産党側の論理としては理解可能な事実です。
ところで、香港の気のいい若者たちとマンチェスタで交流したのは1990年前後のことでした。Oxford Road をずっと南に下った所の YMCAに泊まっていて、留学生たちと仲良くなったのです。若者たちといっても30歳前後(?)で Manchester Polytechnic(その後 Manchester Metropolitan Universityへと改組改称)に研修で来ていた様子。
中国名とは別に Bob とか John とか自称していました。戦後の日本で「フランク永井」「ジェームズ三木」と言っていたのと似てるなと受けとめました。ぼくがイギリスのしかもマンチェスタの歴史を研究しているというのを珍しがると同時に、香港での現実問題は「汚職」(corruption)だということで、香港政庁の汚職特別委員会ではたらく、明るい正義漢が印象的でした。
まだeメールなどの普及する前だったので、その後、連絡は取れなくなってしまったのが残念です。彼らもすでに60代でしょう。イギリスの植民地支配から自由になったのはいいけれど、中華人民共和国のきびしい統制下に、今どのような日夜を送っているのだろう。たとえ汚職が蔓延していても、自由で、冗談の言える社会のほうが、よほどマシです。
革命独裁政権が、政敵を腐敗している(corrupt)として追放する/粛清するのは、フランス革命中からの常でしたね。

2020年6月13日土曜日

Zoom の不都合な事実

 これは「セキュリティ上の不具合」より深刻かもしれない問題です。

 この2・3ヶ月で急速に普及した Zoom会議。ぼくも初体験は学会の委員会で、5月から立正大学院の演習で利用しはじめ、先日はN先生の最終講義の会に「出席」しました。
じっさいやってみると、これは非常事態をしのぐ手段というより、とても便利で、発言者の顔が間近なので、独自の効用があり、今後もさらに普及しそう。音声と図像の微妙なズレといった問題もないではないが、周辺機器を(100%無線でつなぐのでなく)できるだけ有線でつなぎ、発言しないときは音声をミュートにする、とかいった工夫でなんとかしのげそう。
 セキュリティ上の技術的不具合は解決しつつあるようです。
 というわけで明るい展望のもとに周辺機器と Wifi環境をととのえていたら、日本では今朝からアメリカの報道を引用する形で記事になっていますが、重大事件です。
 6月4日の天安門虐殺事件(Tiananmen Square massacre)をめぐって Zoom を利用した集会・催しがアメリカ、香港で行われたのに対して、中国政府が Zoom社に圧力をかけ、これに Zoom社が屈して、進行中の4つの集会のうち3つを中断し、主催者のアカウントを停止/廃止した(we suspended or terminated the host accounts)のです。とんでもない事件です。今ではアカウントは回復された(reinstated)からというので、New York Times, Wall Street Journal などの報道は歯切れが悪い。 → https://www.nytimes.com/2020/06/11/technology/zoom-china-tiananmen-square.html
https://www.wsj.com/articles/zoom-catches-heat-for-shutting-down-china-focused-rights-groups-account-11591863002
 当の Zoom社のブログ(米、6月11日)を見ると、こうです。 → https://blog.zoom.us/wordpress/2020/06/11/improving-our-policies-as-we-continue-to-enable-global-collaboration/
Recent articles in the media about adverse actions we took toward Lee Cheuk-yan, Wang Dan, and Zhou Fengsuo have some calling into question our commitment to being a platform for an open exchange of ideas and conversations.

 20世紀史の身近な(卑近な?)事件で喩えてみると、4つの大学の学園祭で、ナチスか、スターリンか、「反米委員会」かをテーマにして討論集会/デモンストレーションを企画し実行していたら、当該政府・大使館から抗議がきた。 → あわてた3つの大学当局が催しを強制中止した。 → 企画・主催者そして参加していた学生たちは怒っているが、マスコミは静観中ということでしょうか。喩えの規模が小さいけれど、本質は似ています。ディジタルでグローバルなプラットフォームを利用して進行したことにより、一挙に国際事件になるわけです。
 喩えを続けると、中止させられた3つの大学祭の催しは、当該国からの留学生が参加していたので、当該国の法律=政府に従順な Zoom社としては、彼らだけを排除したかったのだが技術的にその手段がなかったので催しそのものを中断した。当該国の留学生がいなかった1つの催しは、支障なく進行した(中国の外の法は守られている)、という言い草です。

 Zoom社は、アメリカの企業です。広大な中国市場もにらみつつ、コロナ禍の好機に急成長しつつあるグローバル企業。ただし起業者は中国の大学を卒業してカリフォルニアに渡った Eric Yuan (袁征)。出自にこだわっては彼の志を貶めることになるので、これ以上は言いませんが、会社として、(a)中国市場への拡がりと、(b)それ以外の地域における世論(人権と民主主義)とが二律背反する情況を、どう克服するか。これは Zoom社にとってほとんど生命にかかわる問題となるでしょう。
 さすがにそのことを認知しているからこそ、11日のブログでは次の3項について明記したのでしょう。
Key Facts (すでに5月から中国政府の告知があった;ユーザ情報を洩らしたりはしていない;(IPアドレスで)中国本土からの参加者が確認された Zoom会議についてのみ中断の措置をとった)
How We Fell Short (2つの間違いを認める)
Actions We're Taking (現時点での対策:中国本土の外に居るかぎりいかなる人についても中国政府の干渉には応じない;これから数日の間に地理的規制策を開発する;6月30日までにわが社の global policy を公にする)

 そして中国政府の理不尽に無念の思いを秘めて、ブログの最初のセンテンスは、こうしたためられています。
We hope that one day, governments who build barriers to disconnect their people from the world and each other will recognize that they are acting against their own interests, as well as the rights of their citizens and all humanity.

 Zoom社の誠意と無念の思いはいちおう認めるとして、現実的には甘いんじゃないか。
かつて1930年代にナチス=ドイツにたいして宥和策をとり、スターリン=ソ連と平和条約を結び、また戦後の合衆国における「反米活動」の炙り出しを困惑しつつ傍観していたことを厳しく反省する立場からは、現今の中国政府のありかた、それに宥和的な各国政府およびグローバル先端産業を、このまま許すわけにゆかないでしょう。

 コロナ禍は、あたかも稲妻のように、平時には隠れていた(忘れがちな)大問題を照らしだし、もろもろの動機や関係をあばきだしています。先例を点検し、記憶を呼び覚まし、しっかり考察して、賢明に生きたい。cf.『民のモラル』〈ちくま学芸文庫〉pp.22-23.