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2016年6月24日金曜日

イギリス人民の愚かな選択

 今日午後の「西洋史料講読」の授業中に、EUの地図を見せながら「EUレファレンダムはつばぜり合いで、結果は予断を許さない」などと言っていたら、学生がスマホを見ながら「いまBBCで、離脱派勝利と出ました」! そんなことがあってよいのか。
驚きと困惑と憤りに近いものが、込み上げてきました。イギリスの良識が敗北したのです。
つづく「大学院演習」ではすこし落ち着いて感想を述べたあと、早々に退室して、BBCおよび新聞から情報収集し、考察しました。
ところで、大前提として、日本のマスコミは Great Britain を「大英帝国」と訳すので、問題を混線させます。過去の帝国も現今の英連邦も関係ない。ただ海峡の向こうの「ブリタニア大島」をさす地理的な用語です。
むしろ問題は、過去・現在・将来のイギリスを考えるにあたって「ヨーロッパ=コネクション」を重視するのか、「大西洋コネクション」にすがるのか。歴史家がずうっと議論してきた論点、イギリス人自身のアイデンティティ、そして国家戦略にかかわるイシューが、ここではっきりと問われたわけです【『イギリス史10講』(岩波新書)p. 9】。そして保守党、労働党、自由民主党、スコットランド党などなど、コモンセンスを備えた政党のキャンペーンにもかかわらず、短期的な感情(条件反射)に訴え、短いセンテンスで煽る右翼のキャンペーンが優ってしまった。これは民主主義の危機です。
レファレンダム=人民投票とは、はたして大衆社会において賢明な政治手法なのか、という根本問題にも思いいたります。

現在えられる情報から、こう言えます。今回のレファレンダムは、当然ながら一つの要因だけで決まったのではなく、
1) たとえばスコットランドおよび北アイルランドでは有権者が残留(Remain)を選んだのは、それぞれの地方の、年来の権限委譲(devolution)を求める動きからして自然な選択です。その系として、連合王国(UK)がヨーロッパ連合から離脱するなら、わたしたちはイギリスでなくヨーロッパ連合を選ぶ、という声で、十分に合理的。

2) イングランドの地方(provinces)が離脱≒独立を選んだ、ロンドンは残留を選んだ。あるいは老人は離脱派で、若者は残留派だ‥‥といった日本のマスコミの解説は表面的です。
それよりも明らかなのは、Financial Times にもあった投票分析で、かなり「不都合な事実」です。すなわち、学士(大卒)以上の人口比率の低い選挙区では「離脱」を選び、学士以上の比率の高い選挙区では「残留」を選んだ。同じロンドン地域でも学歴による差は歴然。(スコットランドについては学歴は有意の差を示さず、全般に残留を支持。)
http://www.scoopnest.com/user/FT/746224372432527360
EU vote → https://t.co/dYKO9PjIxd
EUのメンバーであってこそ現在のイギリスは存立する;イギリス国内の雇用も、EU内の雇用もお互い様で、広域の経済・文化があってこその繁栄だ;ワインが無関税で輸入され、思い立ったらフランス・イタリアに自由に旅行できるのもEUのお陰だ;ブリュセル官僚によってイギリスが不当に主権を侵害されているというのは右翼のフレームアップに過ぎない(じじつ、イギリスからEUに議員も役人も送っている)‥‥といった事実を認識しているのは、多くは学卒の人々にすぎなかった。右翼デマゴーグのキャンペーンは、考えない男女大衆をベースに拡がった、ということでしょう。これは憂うべき分裂であり、こうした two nations の分裂を放置してきた政治は、痛いしっぺ返しを受けたということではないでしょうか。
【アメリカ合衆国におけるトランプ現象のことを考えると、さらに暗澹たる気持になります。】

3) キャメロン首相は、みずから保守党内の権力基盤を固めるために(とくに喫緊というわけではなかった)EUレファレンダムを2年前に計画し、これに楽勝することによって長期政権を固めようと図っていたのだが、最近数ヶ月の不思議な政治力学によって、あれよあれよという間に、思惑とは反対の方に流れてしまった。政治の舵取りを誤ったわけだから、甘さと無責任を認めて辞職するほかありません。

4) 政治力学(politics)の次元とは別に、歴史的な国制(constitution:国の仕組み)という観点から考えると、せっかく中世以来の知恵として確立してきた代表議会制による審議をすっとばして(議会主権を棚上げして)、人民に可否の決定を任せた、しかもたった一日の人民主権に丸投げした。これでは歴史学的に言うと「(人民という名の)王の政治」です。
中世には賢人会、近世以降には議会や社団など中間団体によって「王の独裁」は牽制されチェックされてきました。「政治共同体と王の政治 dominium politicum et regale」という原理原則を、アングロサクソン以来の政治文化=「古来の国制」として、イギリス人は後生大事にしてきたのではなかったのか? 歴史の知恵を放棄して人民投票に賭けたという愚行の手痛いバツを、これからイギリス人民は、キャメロンを初めとするエリートたちと一緒に、長く負い続けるでしょう。【 cf.『礫岩のようなヨーロッパ』:25日に追記】

5) これによってイギリス・連合王国の国際的信任はガタ落ちです。右翼に世論の多数派をもってゆかれ、良識よりも条件反射的なソントクを優先し、リベラリズムよりも直近の雇用や手当てに惹かれる国民、というのでは尊敬されません。つまらん小人の国として、リーダーシップも、経験知も期待されなくなるでしょう。
Great Britain はすでに great ではなくなった、ということでしょうか。

6) 国際的な影響ははなはだしく、日本経済も深刻な影響を受けます。それ以上に、ヨーロッパ内で反EUの動きが勢いを帯びて、第二次大戦後に築きあげてきた連帯と信頼のきづなが(エコならぬ)エゴによって台無しにされる。こちらのほうが憂慮すべき問題と思われます。
考えたくないけれども、【合衆国の共和党政治のゆくえとともに】21世紀の世界史について、最悪のシナリオが始まるのを否定できません。

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