2012年9月28日金曜日

『民のモラル』 並製版


〈歴史のフロンティア〉の初版は1993年11月でした。それからじつは2刷、3刷と 微細ながらも数々の訂正改良を重ねてきていますが、近年は版元品切れ。欲しい人は古書市場でどうぞ、という情況でした。

 しかし、今回立正大学で後期の教科書として指定するにあたり、せいぜい数部(10冊以内)しか間に合わないのでは授業にならないので、山川出版社と相談して、オンデマンドの「並製版」を作っていただきました。9月20日付。

初版第3刷と同じ形態・版面。ただしカバーに表示する定価について、消費税制の変遷にともない、内税でなく外税で
「本体2600円+税」
という表示に変わりました。

しっかりした厚紙の表紙から並製=ペーパーバックに変わったのですが、表紙の図柄(ホーガースの油絵と銅版画)は元のまま。内部も元のまま(ただし、ほんの少し色濃く=しっかり印字されている?)。 230-231ページ、ブリューゲルの版下のみ、ひそかに取り替えました。白黒でも見やすいようにという配慮です。本全体の厚みが減って、また表紙が bendable なので使いやすいという声も。

2012年9月25日火曜日

蔵書 処分

 暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったもので、ほんとに涼しくなりました。


 本郷に文生書院という取次店があって、今ではメールマガジン『文生だより』を月に2回発行しておられます。Parliamentary Papers など大型コレクション/データベースの売り込みでも活躍されています。
今週の号(No.21)には、下記のような記事あり。身につまされる点もあり、事前承諾なしに一部を引用します。 ← http://www.bunsei.co.jp/
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『本を売って下さい。』と言ううたい文句を目にされたり、耳にされる方も多いか
と思います。もちろん弊社でも、古書の買い取りを致しています。

ご処分の方法がお判りになられない方は先ずはご連絡下さい。 <中略>
弊社では常時ご連絡をお待ちしています。 <中略>

~~~~~~担当の声~~~~~~

お陰さまで買い取りのご相談をいただき、現地へ出向くことが多くなりました。最
近では、茨城県水戸市、埼玉県本庄市、秩父市、千葉県市川市、南房総市、東京都
町田市、足立区、新宿区、横浜市旭区、神奈川県平塚市、小田原市、静岡県静岡市
、浜松市へ。また、機関様・法人企業様の図書室、大学様の御研究室、法律事務所
様のご蔵書を引き取りにお伺いさせていただきました。
その中でも想い出深い買い取りを二件ご紹介します。一軒目は、広い間取りの戸建
て。寝室、応接間、書斎、居間、廊下、階段、ベッド、ソファー、机上と至るとこ
ろにご蔵書がございました。あまりの多さに、数日をかけて引き取りに出向きまし
た。蔵書を結わいても結わいても終わりが見えず精神的にしんどかったことを思い
出します。

二軒目は郊外の団地です。2トン車2台分の量、分野は郷土史でした。重い郷土史
をジメジメした梅雨空の下、エレベーターがない団地、最上階の5階から搬出しま
した。一度は経験してみたかった団地の5階、非常に肉体的にきつかった買い取り
でした。

精神的に肉体的にきつくても、楽しみがあります。それは食事です。普通の食事で
はつまらないので、その地域にある流行のお店、地方の名物・ご当地グルメをググ
り、買い取り先へ伺っています。
棚に収まりきらず、読み終わった書物はございませんか?ご整理にお困りでしたら
ぜひ本を売ってください。地方の方、大歓迎です。もちろんエレベーターがない団
地の5階にお住まいの方も大歓迎です。 <以下略>

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今ではわが自宅もオフィスもエレベータがあるので、その点はよいとして、しかし
「寝室、応接間、書斎、居間、廊下、階段、ベッド、ソファー、机上と至るところにご蔵書がございました。あまりの多さに、数日をかけて引き取りに出向きました。蔵書を結わいても結わいても終わりが見えず‥‥」
というのは、学者ご本人が亡くなって遺族の希望で処理したケースでしょうか。他人事ではない、という実感。仕事とはいえ、なにか美味しい物を食べないとやっていらんない、というのも共感します。

2012年9月17日月曜日

オクスブリッジの学寮

日本に戻りました。

11時間の飛行のあと、今回は羽田着陸で、夜明け前の 4:40。手続き、荷物を受け取り、日の出たばかりの湾岸をモノレールから眺めながら帰宅しましたが、6:35着。公共交通機関で2時間かからず。これは快適ですね。おまけにすべてが空いている。
ただし、雨の後の早朝なのに暑くて、閉口。晴れても風の寒いイギリスのまま、ジャケットを着ているぼくが愚鈍にみえた。

とにかく、困難はなかったわけではないけれど、第7回日英歴史家会議(AJC)は、とりわけ将来のことを考えると、明るい希望のもてる国際研究集会となりました(写真の左下、矢印のあたりを拡大してみてね)。

それから副産物ですが、ケインブリッジの学寮(の学生の部屋)に合宿して Porter's Lodge や Master's Lodge、そして「ホール」でのディナーを皆さんで経験してもらったのは、なによりのことでした。Master Daunton の計らいあればこそ、でした。とにかく 『イギリス史研究入門』 pp.10, 12 などには控えめに記しましたが、オクスブリッジは他とははっきり違うのです。
「‥‥ともに素晴らしい人員と環境、‥‥」p.12 と書いた原稿を、共著者にはあらかじめ読んでもらいました。その一人が「どういうことですか?」と、あきらかに不審・不満を表されたのですが【私の留学した大学だって素晴らしい人員と環境がある‥‥】、これを口や文章で説明するには1年かかると考えて、やめました。観光旅行で行ってみてもよく分からないが、生活してみれば、ただちに分かる。
今回のディナーの「末席をけがした」院生が、いみじくも言いましたが(protocol を知っている人たちの所作を参加観察する)「鳥肌の立つような経験」。
じつに 『イギリスはおいしい』とは、『オクスブリッジはおいしい』という謂いでした。

2012年9月13日木曜日

日英歴史家会議(AJC) at Trinity Hall

ただいま、上の写真の空間、little gem of Cambridge にて日英歴史家会議(AJC)が進行中です。
連日30度をこえていた東京から来ると、17度± といった気温にほっとします。
インターネットのトラブルもないではなかったけれど、いまは解決。3年毎の有意義な研究集会 & 旧交を温める好機です。Toshio はどうした? Shigeru はどうした? と尋ねられます。(学生たちにとっては絶好の、観光兼学習の場ですね。)
Trinity Hall の創立は1350年だけれど、建物の実質的な部分は16~17世紀由来のものがほとんど。近世という時代の意味を考えます。

2012年9月1日土曜日

AJC at Trinity Hall, Cambridge



 1994年から始まった日英歴史家会議(AJC)ですが、3年ごとに英日交替で開催され、今年は7回目を数えます。9月11日~14日に、美しいケインブリッジのなかでも gem とあだ名のついている Trinity Hall 学寮で催されます。

くれぐれも、「トリニティ・コレッジ」ではありませんので、ご注意を。
トリニティ・コレッジはヘンリ八世、すなわち近世の産物。
トリニティ・ホールは1350年、中世(黒死病直後)の創立です。

プログラムはこちらに更新版がのっています。
→ http://www.history.ac.uk/events/event/4290

 青色の行をクリックしてください。
 プログラムに名のない方々も、学寮内に宿泊し参加してディナーもともにすることができます(有料)。学寮の予約受付も、上記のページからおこなってください。予約〆切は9月4日と記されています。 また
http://www.trinhall.cam.ac.uk/conferences にも関連ページがあります。

 なお、学寮外に宿泊して「通勤」することも OK です。

 こんな具合のディナーとなるでしょうか。
→ http://kondo.board.coocan.jp/?m=image&image=583_0.jpg

 それでは美しいケインブリッジでお会いしましょう。日本に比べると寒いかもしれませんね。