2021年12月31日金曜日

『歴史とは何か 新版』

 2021年もあわただしく終わろうとしています。いろいろと欠礼してしまったことはご容赦ください。
 学問的には充実した1年で、中澤達哉(編)『王のいる共和政 - ジャコバン再考』の1章も仕上げましたが、それとは別に春から、E・H・カー『歴史とは何か 新版』の翻訳に取り組みました。両方とも岩波書店です。

「歴史とは、歴史家とその事実とのあいだの相互作用の連続するプロセスである」とか、
「歴史とは、現在と過去のあいだの終りのない対話である」といった、印象的で上手な説は人口に膾炙していますが、それで終わる本ではない。もっと深い学識と、未来への理性的な投企が宣言された書でもあります。カーが講演の依頼を受けてただちに、最初の粗稿をアメリカへのリサーチ旅行の船上でしあげ、その後、1年半にわたって熟成し、十分に準備して、ケインブリッジ大学の講義棟を一杯にして行われた講演です。
 BBCラジオでも放送され、『リスナ』誌に連載され、その年内に公刊した、勢いある講演録でした。新聞の論説委員もBBCの講演も十分に経験しているカーですから、そして言いたいことが一杯あるカー先生でしたから、そのこと(頭のなかでバズっていること)が読み取れないままでは、なんだか古今の引用の多い - ときにはラテン語の詩やフランス語の科学論まで、訳されないまま出てくる - 難解な書という印象しか残らないのではないでしょうか。
 ぼくは名古屋大学でも東京大学でも立正大学でも、それぞれ1年分だけ演習で読んだことがあります。いずれも(一部の)学生の反応はたいへん良かった。しかし、難しい(よく分からない)という反応も必ずありました。ぼく自身もよく読めているのかどうか自信を持てない箇所がいっぱい。

 コロナ禍で鬱々とする日夜がつづく間に、思い立って、前々から話のあった『歴史とは何か』の第二版をきちんと正確に(講演なのだから)よくわかる日本語にしよう、という気持をかためて岩波書店と話をしてゴーサインが出たのが、今年の3月。以来、考えていたより時間はかかりましたが、今は初校ゲラを抱えています。
 しっかり読み込むと、クローチェをアメリカに紹介した Carl Becker がコーネル大学であの R. R. Palmer を研究指導した(!)といった関係も発見し、なにより巻頭に出てくる『ケインブリッジ近代史』のアクトン教授が、最初だけでなく何度も何度も、数え方では17回も言及されるのは何故か、今回はじめて分かった気になりました! 嬉しい(再)発見の多い本です。1961年12月に刊行されて、ちょうど60年ですが、全然古くなっていないどころか、あらためて69歳のカーの意志の強さに感銘します。当然ながら執筆刊行中だった『ソヴィエト=ロシアの歴史』をいったん停止してまで取り組んだ What is History? ですから、内容にふさわしい訳本とします。訳註もたっぷり付けます。見開き左註で、見やすい版面にします!
 あす元日の『朝日新聞』に出る岩波書店の広告に、『歴史とは何か 新版』の2・3行も引用されるそうです。どんなデザインか、ぼくもまだ知りません!

2021年12月28日火曜日

夜空の大三角

 中学生・高校生のころ、冬の夕刻、帰宅時にはすでに暗くなっていましたが、夜空は広く暗く、またぼくの視力も2.0だったので、天の川も鮮やかに見えました。いくつかの星座も覚えました。 
 冬空のオリオン座(4つの一等星に囲まれた真ん中の三つ星が狩人オリオンの体躯とベルト)、左下にはその猟犬シリウスの白い目(夜空で一番明るいマイナス一等星!)。 オリオンの左肩(赤いベテルギウス)と、シリウスと、その左(東)に大きな正三角形を形成するプロキオン。冬の星空の初心者にもよくわかる大三角でした。
      (c)ニッポン放送 https://news.1242.com/article/279622  
 ところが、いつのまにか視力も減退し、また都市の夜は明るくすぎて、地上から天の川を見ることはなくなっていたものだから、1980年にケインブリッジで夜空に the Galaxy=the Milky Way が鮮やかに見えたのは、嬉しい驚きでした。チャーチル学寮の西の林の中に大学天文台がありました。そもそもケインブリッジが広大な農村部の真ん中に位置して、街灯もあまりなかったから、星を見るのに適していたのでしょう。
 この数日、日本海側の大雪の報道を聞きながら、関東平野は寒いけれど、申し訳ないほどの快晴で、しかもこの数日は月も未明・早暁まで出ないので、視力が0.1にも達しないぼくでも、わが家のベランダから夜空を見上げて集中すると、オリオン座や大三角くらい、そして冬のダイアモンド(Hexagon)までは、なんとかわかります。
 何十年も前の夜空を想い出しつつ、しかし、あの赤いベテルギウスは、やがてまもなく太陽よりはるかに激しく燃焼して生命を終える運命なのだ(数万年の範囲内で!)と知ると、天文学と歴史学とのスケールの違いをあらためて突きつけられるような気持です。

2021年11月21日日曜日

ジャコバンと共和政(12月11日)

 このかんのパンデミックのもたらした「副反応」、明らかな革新の一つは、Zoom Meeting をはじめとするオンライン会議や授業の普及です。こんなにも便利な会談やセミナーのツールを知ってしまうと、パンデミックが収まった後にもお払い箱どころか、利用する機会は維持されるでしょう。
逆に、この流れに乗りきれなかった方々は、こうした関係性から(意図せずも)排除されてしまうわけで、以前から云々されていた IT divide はますます進行するのでしょうか。
 昨日(土)午後は、12月に予定されている早稲田の WIAS 公開シンポジウム「ジャコバンと共和政」のための準備会があり、十分な緊迫感をともなう研究会となりました。 初めての方とお話する場合も、対面なら1メートル~ときには数メートル以上の距離を保っての会話ですが、ウェブ会議ですと数十センチのところに据えたスクリーンで向かいあうわけで、(自分の)髪やシワなども含めて、クロースアップのTVを見るような感覚です。 自室の文献などをただちに参照できるのも便利。
 ところで、「ジャコバンと共和政」というタイトルのシンポジウムに、よくも大きな顔をして出てこれるな、という声もあるかもしれません。
じつはぼくの指導教官は柴田三千雄さんですから、「ジャコバンとサンキュロット」という問題も「複合革命」という論点もしっかり刻まれています。Richard Cobb を読んでから E・P・トムスンに向かった、というのは日本人では(英米人でも?)珍しい経路でしょう。コッブの人柄については、柴田さんから60年代前半にパリでソブールのもと付き合った逸話など聞いていました。ずっと後年になって、オクスフォードの歴史学部の廊下で歴代教授の肖像として比較的小さなペン画に対面しました。 → その後任がコリン・ルーカスでした。
どこかでも申しましたとおり、1950年代のおわりに、コッブ、トムスン、そしてウェールズの Gwyn Williams の3人はフランス革命期の各地のサンキュロット(patriot radicals)を発掘する研究をそれぞれ出し揃えて比較するのもいいよね、と話合い、その一つの結果が『イングランド労働者階級の形成』という名の radical republican 形成史だったのです。

 もう一つの共和政/respublica 論については、成瀬治さんの国制史(そしてハーバマス!)を経路として、時間的にはやや遅れましたが、ナチュラルにぼくの中に入ってきました。

その12月11日の WIAS催しの案内はこちらです。↓
https://www.waseda.jp/inst/wias/news/2021/10/29/8504/ 
ポスターは https://bit.ly/3bHG3cr 
無料ですが、予約登録が必要です。 ただし、【グローバル・ヒストリー研究の新たな視角】とかいった謳い文句は、ぼくの与り知らぬものです。

2021年11月10日水曜日

海域史・華人史研究からみたFO 17 と『英国史10講』

§ 今日(10日)午後に、Gale(Cengage)の催したウェビナーで、村上衛さんのお話を視聴しました。
 https://www.gale.com/jp/webinar
イギリス外務省文書 FO 17, Foreign Office: General Correspondence から19世紀半ば=とくにアヘン戦争後=の海域史をみると、どんなことが浮き彫りにされるのか、この史料にどういった利点があるのか、たいへん具体的でよくわかるお話でした。
「中国史」の相対化はもちろん、海賊史、海難史、またイギリス帝国史も相対視されて、気持よいくらい。ウェビナーなので、該当する史料の例示もテキパキと行われて、白黒の紙媒体で行われていた20世紀の研究報告から、はるか別の環境へとやって来たのだなぁと感心。
海域における海賊行為とその取り締まりを実質的に(無料で)下請けしていたイギリス海軍のはたらき、その事実を清政府は看過したか黙認したか、といった微妙なことさえ考えさせられました。

§ そこで連想したのが、わが『イギリス史10講』の中国語版です。『英国史10講』というタイトル。今年の7月に、何睦さんの訳で中国工人出版社から出たということです(著者献本がつい先日到来したばかりです)。

残念ながらぼくは現代中国語は読めず、乏しい漢文的知識で辿るしかないのですが、各講の最初の年表も含めて忠実に訳してくださっているようです。巻頭の年表を見ても、
  2017年  脱離欧盟(EU)談判開始
という10刷(2018)の修正加筆が反映されています。 サッチャ、ブレア、チャーチル、ケインズなど固有名詞がどう表記されるのかも新鮮な印象。写真もすべてキャプション付きで掲載されて、全体的に良心的な翻訳かなと思います。

唯一、アヘン戦争に関係して1840年4月8日、議会におけるグラッドストンの反対演説をそのまま引用した箇所:
「たしかに中国人は愚かな大言壮語と高慢の癖があり、しかも、それは度をこしています。しかし、正義は中国人側にあるのです。異教徒で半文明的な野蛮人たる中国人側に正義があり、他方のわが啓蒙され文明的なクリスチャン側は、正義にも信仰にももとる目的を遂行しようとしているのであります。‥‥」【岩波 p.211;工人出版社 p.251】
この引用文はそっくり削除されて、地の文だけで「舶麦頓的 "非正義且不道徳的戦争"」へと叙述が続いています!(このブログでは現代中国の略字体は日本語活字で代用)
ぼくはグラッドストンの論法(上から目線)が独特で重要だと考えたからこそ、これを議会議事録(ハンサード)から引用したのですが、たしかに中国人読者にとっては不愉快な記述ですね。そうした配慮で削除されたのでしょうか?

しかしながら、同じ中国に関する記述でも、20世紀に入って:
「イギリスの中国権益は上海に集積していた。‥‥[このあと中略することなく逐語的に訳したうえ]イギリスは「条約を遵守させることが非常に困難」な中国よりは、日本に宥和政策をとることによって権益を保持しようとした。法の支配、私有財産、自由貿易といった基本について大きく隔たる中国側にイギリスが接近するのは、1931-32年(満州事変、上海事変)以後である。」【岩波 p.266;工人出版社 p.314】
といった中国人の読者にとって愉快ではないだろう段落も、「正如后藤春美所言‥‥」と忠実に訳してくれているようです。ただし最後の満州事変、上海事変は「九一八事変、八一三事変」と表現されていますが、これは中国の読者のためには自然な言い換えでしょう。
というわけで、上のグラッドストン演説の件については不明なところが残りますが、翻訳の話が浮上してから、順調に翻訳出版が実現したことには感謝しています。
これまで『イギリス史10講』をはじめとして、書いたり発言したりするときに近隣諸国にたいして特別の遠慮をすることも、自制することもなかったのですが、このような中国語訳をみて、あらためて自分の文章を客観視できました。Sachlich であることの合理性にも思い至りました。

2021年11月8日月曜日

史学会大会 11月13-14日

 『史学雑誌』9号に挟みこまれた横長の「ご案内」では
東京大学(本郷)‥‥法文2号館一番大教室 にて
公開シンポジウム「世界主義の諸様相 - コスモポリタニズム・アジア主義・国際主義

と予告されていました。13日(土)1時から勝田俊輔さんの司会・趣旨説明につづき、
  川出良枝「普遍君主政の超克-18世紀ヨーロッパ」
  中島岳志「アジア主義‥‥」
  長縄宣博「静かなラディカリズム-20世紀ロシア」
  後藤春美「‥‥国際連盟」
翌14日の部会については法文1号館113教室。 というわけで、久しぶりに本郷へと、期待していました。 ただしちょっとだけ心配で、念のためとウェブぺージを見て、びっくり ↓
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 http://www.shigakukai.or.jp/annual_meeting/schedule/
 開催方法は、ウェブ会議システム(Zoom)によるオンライン参加のみの実施となりました。事前登録が必要となりますので、こちらより参加申し込み・参加費のお支払いをお願いいたします。締め切りは11月4日(木)です。 PEATIXの利用方法はこちらをご参照ください。本システムでのお申し込みができない場合は、shigakukai.taikai■gmail.com(■を@に変えてください)へご連絡ください。
 昨年度は臨時的措置として参加費を無料といたしましたが、本年度は例年通り参加費(2日間共通)をいただきます。一般1,000円、学生500円。会員・非会員の別はございません。
 お申し込み・お支払いいただいた方には、大会前にプログラムを郵送いたします。また報告レジュメ、ZoomのURLは11月11日(木)頃ご連絡いたします。
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 Zoom開催で、しかもすでに締め切りを過ぎている!
だれもが史学会のウェブぺージをいつも見ているわけではないでしょう!
それでも、とにかく13日のシンポジウムだけでも視聴したいので、Peatixなるぺージへ初めて入って手続を進めてみたら、締め切りは超過しているはずなのに、予約完了。その確認メールまで到来しました。

 この事態は放置しておいてはいけないのでは、と考えて、司会・趣旨説明者と史学会事務にメールで連絡してみました。 すみやかに反応があり、
≪‥‥混乱をまねきましたことをお詫び申し上げます。
他に期限後の申し込み希望の方もいらっしゃいましたので、サイトからの申し込みは 11日(木)17時までということを明記いたしました。≫
ということです。[ただし、どこに明記されたのかは不詳。]
→  http://www.shigakukai.or.jp/
ご関心の皆様も、どうぞご覧になってください。

2021年10月31日日曜日

岩波講座 世界歴史 第1巻

 『岩波講座 世界歴史』第3期が出始めました。編集委員の顔ぶれを見ても、国際交流と歴史教育に熱心に取り組んだ西川正雄さん(2008年没)の遺志が生きています。

 第1巻の責任編集と「展望」pp.3-79 は小川幸司さん。
 東大西洋史には、最初から高校教員になることを心に決めて進学してくる学生が毎年、何人かづついましたが、彼もその一人で、西川さんを含めて複数の教員が彼に大学院を勧めていましたが、出身県の教員採用を早々と決めて、迷いもない様子でした。その後も、高校教員の講習会の類の集いで再会していました。今年5月の西洋史学会大会の「歴史総合シンポジウム」@Zoomではいかにも明るく快適そうな空間に笑顔でいる小川校長の姿を見て、嬉しくなりました。

 その「展望」:「〈私たち〉の世界史へ」は書き出しから力強く読者を惹きつけます。そのうえ、福島県「双葉郡の消防士たちの「3・11」を私たちがまとまった形で知ることが出来たのは ‥‥ 吉田千亜のルポルタージュ『‥‥』が世に出たからであった」というセンテンスにより、導入章の重要な論点の一つが説得的に呈示されます。2021年に刊行開始する『岩波講座 世界歴史』の巻頭にふさわしい「展望」と受けとめました。
続く佐藤正幸さん、西山暁義さんの章からもあらためて教えられるものがありました。

(p.18以降で)ヘロドトス、トゥキュディデスにおける historia とは「調査・探究(の記録)」だというのは、何度でも強調すべきことと思います。Oxford English Dictionary も英語の用例の調査探究を踏まえて history(何ぺージにも及ぶ長い項目です)の語義として、大区分Iで「事象の語り、表象、研究」とし、IIでようやく「過去の事象およびその関連」としています。そのI、IIの順番(逆ではない!)に感銘して、拙稿「文明を語る歴史学」『七隈史学』2017 の書き出しで、そのことを指摘しました。

 なお、近藤への言及(p.40など)に関連して、些細なことかもしれませんが、大塚久雄の「代表的著作」として『欧洲経済史』と『社会科学の方法』が挙がっていますが、前者は戦後の平板な教科書です。むしろ、パトスと構成力からいって『近代欧洲経済史序説』(1944/1969:戦中の遺書!)を挙げるべきでしょう。
 誤解してほしくないので一言そえます。ぼくは1950年代以降の日本で大塚・高橋史学のはたした役割はアナクロニズム(インテリのサボタージュ)だと思います。しかし、戦前~農地解放までの大塚たちを糾弾する気にはなれません。ごまかしようもなく貧しい日本の現実を見つめ、先行研究から学び、分析し、真剣に考えた強靱な知性であり、この姿勢から学ぶことなく前進することはできません。
 「オクシデンタリズム」という語は今でも堅持したい表現です。しかし読者には説明なきままで唐突かもしれず、むしろ「特有の道」(特別の道)論議と日本近代史論議との同時代性・類似性をはっきり示すことに重点をおいて文体に手を入れました。その結果、『イギリス史10講』pp. 289-290 では13刷(2020年)以後、オクシデンタリズムという語が消えました。ペリ・アンダスンなどニューレフトの自国史批判 - 今日のイギリスに問題があるとしたら17世紀以降、近現代史を通じて「本当の市民革命」がなかったからという論理 - は、「あたかも日本近代史についての大塚久雄・丸山眞男の口吻さえ想わせるほどである」と、無理のない文にしました。

 グローバル・ヒストリーとか connected とか言っても言わなくても、具体的に、同時代的な問題と議論(言説)が他所/ひとにもあったのだと知る=気づくだけで、自分だけの経験(不幸!)と思いこんでいたのが相対化され、楽になります。

2021年10月23日土曜日

EPTウィルス感染者の集い

 昨22日(金)夜、Zoom にて Culture & Class: Rethinking E P Thompson という「公開講演会」があり、なんと2日前にその事実を知らされたばかりか、ウェビナだがコメントせよ、顔出し・声出しのパネルに加われとの連絡がありました。 これまでの経緯を理解しないままですが、あらかじめ4名の報告者とタイトルだけは知らされたので、ほんの少し心の準備をし、バイリンガルの興味深い会合に出てみました。

 ぼくの発言の趣旨です:
§ 松村高夫さんには、ぼくが「民衆運動・生活・意識 - イギリス社会運動史から」『思想』630号(1976年12月)という一文を書いて、生意気なので、1977年の初めに、「松村ゼミに来て話をせよ、稽古をつけてやる」というお声掛かりで三田に参りました。29歳でした。それ以来、留学の心がけから始まり、日英歴史家会議も含めて、お世話になりっぱなしです。

 Andy Gordon さんは、2013年10月にハーヴァードで The Global E P Thompson というコンファレンスを組織されました。ぼくは市橋秀夫さんと一緒に招待されて、Moral economy retried in digital archives という研究報告をしました。65歳になっていました。
 というわけで、松村さんにはぼくの学者人生がスタートしたばかりの頃、ゴードンさんにはぼくの学者人生の終盤に - しかしウェブの online情報を使ってどんな分析ができるかという新しい展望の見え方を示す機会をあたえていただきました。どちらも E P Thompson にかかわる報告でした。

§ E・P・トムスンを今、どう受けとめるか。
 トムスンの人柄+文章のもつ inspiration, 感染力は強い。
 Thompson, The Making of the English Working Class の初版は1963年ですが、ペンギン版が出たのは1968年。たいていの人はこちらを読んだと思われます。(市橋さんのテーマ)60年代のヴェトナム反戦、ビートルズ、そして68-69年には世界中の大学が沸き立つなかで、英語を読める人は Covid-19 ならぬ EPT-68 に接触感染して、実効再生産力(effective reproduction number)が高いので、パンデミックになってしまった。アメリカでもインドでもドイツでも日本でも、このパネルにいらっしゃる方々は全員 EPTウィルスの感染者、とくに重症患者ではないでしょうか。もっぱら「抗体」を保持している方も少なくありません!
 70年代のトムスンは Moral economy を初めとする18世紀イングランド社会史の議論を加えましたが、これによって、以前のホウィグ史観的な発達史とも、ネイミア的な停滞・構造観とも違う、磁場(field of force)論が加わり、魅力が増しました。
 ときにトムスンは2階級論で新興middle class の成長を見逃していた、といった類の批判がありますが、これは「階級実体」にとらわれた staticな議論です。階級は2つか、3つか、7つかという問題ではなく、むしろ「関係」で時代の社会構造を考える重要な視角をトムスンは呈示したのです。(情況・contingency とも言い換えられますし、彼のいう shared experience という考えかたは、発展性があります。)

§ ただし、問題といえば、トムスンがフランス革命の外在的影響でなく、freeborn Englishman といった歴史的な要素の起源探し、イングランド国内の発達史に「物語り」を限ったことでしょうか。(まだ未刊の共著『ジャコバンと共和政治』に「研究史から見えてくるもの」という拙稿を寄せましたが、ここでトムスンと色川大吉、丸山眞男を比しながら批判してみました。)
 一つはフランス革命の前と後のフランス社会の連続性を論じたA・トクヴィル、ロシア革命の前と後のロシア官僚制の連続性を指摘したE・H・カーのような視野;もう一つはもう少し大きな同時代的な構造(?)、広域システム(?)への問題意識‥‥ といった点で、E・P・トムスンには〈未完成交響曲〉といった感が残ります。
 松村さんはこうしたトムスンの特徴=個性を、詩的歴史家と表現されました。ぼくも詩人=歴史家と呼んだことがあります。少しでも接触した若い者を「何かある」と惹きつけ、歴史的思考にみちびく、ということがなければ、そもそも始まらない‥‥といった観点からは、(英語を読みさえすれば)E・P・トムスンの感染力はすごいのだから、だからこそピータ・バークは「歴史に残る歴史家」としてトムスンの名を挙げたのでしょう。
 ただし、イングランドの男たちの、ある独特の文化の起源をさぐるだけに終始したなら、今になってみれば、an inspiring historian というのに留まるのではないでしょうか。 サッチャ時代の反核運動がなかったら、詩人=知識人としての評価もどうだったか。
 ぼく個人としては、18世紀啓蒙のコスモポリタンな展開にネガティヴで、英仏蘇の競争的交流についてはほとんど拒絶するようなトムスンの姿勢には落胆しました。サッチャ時代が終わって、Customs in Common への意気込みを Wick Episcopi で語ってくれたエドワード(とドラシ)には感謝しつつも、ぼくは別の道を歩むしかないと悟りました。
『民のモラル』(1993年11月刊)の扉裏に、8月28日に亡くなったEPTへの献辞を刻みながらも、また『思想』832号に追悼文をしたためつつも、「モラル・エコノミー」論にたいしてぼくの「腰が引けている」のは、そうした事情がありました。

2021年9月26日日曜日

政治の世界、学問の世界

なんとも間が空きました。 身の回りで気にかかることが続いたからですが、それだけでなく、ある原稿が完成に近づいて、そちらに集中したかったから、という理由もありました( → これについては後日)。

そうしたなかで、コロナ禍第5派、8月末には菅義偉首相の延命工作とその不首尾が目立ってきたと思いきや、なんと9月3日には総裁選不出馬宣言、それに続いて、にわかに自民党内の力学が動めき出したのです。
史上最低の菅内閣(ダンマリを決め込んでただ進行、よくも1年もちました!)が消えるのは良いことだけれど、そのあとどうなるのか?(届け出順でなく、立候補宣言順でみると)
岸田文雄の「ソフト資本主義」、反二階・非安倍
河野太郎の「実行力」(?)、発言力
高市早苗の筋金入り(!)右翼・秩序派男権路線
野田聖子のフェミニズム・弱者路線
といった「線」はわかりますが、
結局、当選の見込みのない(4位確定の)野田聖子のみフランクな発言をしていて、好感をもてないではない。他の3候補は、ニュアンスの差こそあれ、菅政権の批判はしない、安倍政権の汚点を追及しない、自民のコアである靖国・遺族会に配慮する、といったことで特徴が消えて、その分、内容的には高市(安倍の手飼い)が実力以上に浮上しています。 ぼく個人としては、内向きなだけの(つまり内政しか念頭にない)政治家、そして有能な同志が一緒にやりたいと申し出てくれないような人は、首相をつとめる資格はないと思っています。

マスコミはといえば、学術会議問題、歴史認識, etc.については質問しない、という暗黙の合意があるのでしょうか。政策・方針について独自に立ち入り追求することなく、国会議員・自民党員・世論の動勢を追うばかりです。ようするに勝ち馬はだれか、岸田・高市が連合する可能性はあるのか、といった分析(算術)のみ。
なおまた、野党側は蚊帳の外、話題の外で、せっかくの敵の弱将=スガが沈没してからは、どう攻めてよいか分からないままなのです。

学問の世界では、違いやズレにこだわり、そこに注目することから新しい展望を切り開いてゆくことが良しとされます。少数派であること、むしろ唯一であることは、弱点ではなく、むしろ希望のしるしです。
政治の世界では、なにより数と勢いが決定的。昨日までの敵をも巻き込みつつ、合従連衡、多数派を形成すること(plus 大衆へのイメージ戦略)に日夜、身を削っているようです。もしやそれ自体が目的になり、喜びになっているのでしょうか。

2021年8月22日日曜日

ホーガース版画

東大の経済学部図書館に所蔵する大河内コレクション・ホーガース版画にちなんで
『Hogarth・資本主義・民主主義:強欲と勤勉の18世紀イギリス(仮)』
という企画がしばらく前に立ちあがり、今月から連続研究会が、この時勢ですのでZoomにて公開開催されます。今年度後半にぼくも『民のモラル』の著者として登壇します。

案内文を貼り付けます。
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蒸し暑い日々が続いておりますが、お変わりありませんでしょうか。
さて、研究会の第1回目を、8月23日(月)に開催することになりましたのでご案内いたします。ご都合がつくようでしたらご参加いただければ、ありがたく存じます。

◎近世ヨーロッパの文化と東アジア研究会
「東アジアへの西欧の知の伝播の研究」2021年度第1回公開研究会
・開催日時:2021年8月23日(月)13:30~16:00 オンライン(Zoom)による開催
・要参加登録
https://u-tokyo-ac-jp.zoom.us/meeting/register/tZEtde6ppjouHd1sgIBl2AhWZO8mELhUa-8W

・タイムテーブル 
13:30-13:40 総合司会・開会挨拶:野原慎司(東京大学准教授)
13:40-14:40 報告1:小野塚知二(東京大学教授) 
 「美、風刺、「封建的自由」:ホガースと近世日本の形象表現のずれ」(仮題)
14:40-14:55 休憩
14:55-15:55 報告2:有江大介(横浜国立大学名誉教授)
 「西欧社会経済思想の19世紀後半東アジアへの波及:明六社知識人と厳復たちの翻訳」(仮題)
※各報告には質疑応答の時間を含みます
15:55-16:00 閉会挨拶:石原俊時(東京大学教授)

2021年8月19日木曜日

長雨のあとの半月

8月の初めは例年どおり暑かったのですが、10日を過ぎてから異常な長雨で、被害のつづく地域の皆様にはお見舞い申しあげます。東京をはじめ首都圏は長雨で洗濯物が乾かないとか、植木鉢の植物が過剰な雨水で根がやられてしまったとか、いささか悠長な悩みにとどまりました。気温も下がって冷房を使わない日もありました。むしろ、コロナ禍のほうが真剣な問題であり続けています。

そうしたなか、すでに一昨日の夕刻でしたが、久しぶりに青空が現れ、見事な半月が見えました。青空も月も見ない日夜が何日も続いていたので、いささか新鮮な気持で撮影したというわけです。月を単独で撮るというのでなく、都会の空に位置づけた写真とするのは、そう簡単ではありませんね。目視の印象よりデジカメの写真のほうがはるかに明るく写ります。(今晩も、より円みをました月をタワマンを背景に撮ってみましたが、写真としては暈けてしまったので、こちらはボツ。)

2021年8月4日水曜日

還暦を過ぎた桜並木

暑い盛りですね。みなさま、どうぞ無理せず、平常心でお過ごしください。

いまは無人の実家に行き、樹木も雑草も蔓延放題なのですが、隣家や公道に覆いかぶさるような枝葉だけは刈り込んで、多少の手当てをして参りました。
南北の窓をすべて開け放つと、それなりに涼風が通って、爽やかな気持ちになります。蛇口から直接、冷たい水道水を飲むと、小中高校生のころの感覚がよみがえります。
自宅にも学校にも冷房などなかった当時、夏休みは学校に行って級友と遊ぶか、自宅でなにかやっていた。島崎藤村 → 夏目漱石 → ヘルマン・ヘッセ、そして『ジャン・クリストフ』を読むか、ブラームスを聴くか。高校1年の一時期は、ベートーヴェンやブラームスの総譜を見ながら、(作曲ではなく)編曲の真似事などをやっていたこともある‥‥。大学2年の夏は ヴェーバー『宗教社会学論集』との格闘(みすず書房の『論選』翻訳が出るのは何年か後でした)。
暑さをあまりつらいとは思わなかったのは、若かったから? それとも実際いまほど暑くはなかった?
それにしても、この南の庭から北の隣家へと抜ける緑陰の涼風の感覚は、なぜか(60年くらいの時を隔てて!)なつかしく想い起こされました。

近くの公園です。もちろん遊具も道路との境界柵なども、全部入れ替わっていますが、60年を越えた桜の並木は、ぼくの9歳から23歳くらいまでの成長を見知っています。
1956年、県が開発したこの住宅団地に我が家はすぐに入居したのですが、なにもなかった公園には1・2年して遊具が置かれ、桜並木が植樹されたのだと記憶します。ですからこの桜木たちは64歳くらい‥‥。

2021年7月31日土曜日

Interview with Sir Keith Thomas

The East Asian Journal of British History (EAJBH), vol.8 (2021) が到来。
やや日時が経ったものですが、2016年3月に日本学士院の招待で Sir Keith がいらしたときに、皆さんの協力で実現した内容充実のインタヴューが収録されている号です。2時間たっぷりでしたから、編集しても pp.33-58 で、かなりの分量です。

小見出しだけでも示しますと、
  A Welsh boy
  Oxford 1952-57
  The year 1956 and after
  History School at Oxford
  'Women', 'Double Standard' and 'Anthropology'
  Years leading up to 1971
  Religion and the Decline of Magic
  Digitization and historian's métier
  British history, history of ideas and cultural history
  Historical change and 'how'
  The prospect of historical studies/humanities
でした。‥‥オクスフォード内の学寮による空気の違いも、また当然ながら Past & Present 誌のことなども語られています。

1971年の『信仰と呪術の衰退』まででたっぷり立ち入った話になり、時間もそれだけ費やしたので、その後がやや駆け足になったのは反省点ですが、それでも重要な論点は出て、British history についても intellectual history にたいしても ディジタル化、データベース、人文学の意義についても、ご意見を開陳していただきました。当方の異議とのやりとり、関心のズレも明らかにできたかと思います。
(Sir Keith も今年の早春に録音起こしの原稿をご覧になって、あきらかにその充実度に感銘をうけ、さらにそれを確かなものとすべく、しっかり加筆、修文してくださいました。)

1933年生まれ、いま88歳で、ご夫妻ともにお元気なのはうらやましいかぎり。

EAJBH の定期購読者でなく、この号だけを購入したい人は、どうすれば良いのでしょう?
表紙裏の記事からは、
  Chief Editor for vol.8: NAKAMURA Takeshi, Hirosaki University, Japan
  Place of Issue: Faculty of Humanities & Social Sciences, Hirosaki University 〒036-8560
とのことです。

2021年7月15日木曜日

エヴァンズ『エリック・ホブズボーム』上・下

 オクスフォードの歴史学欽定講座には Robert Evans (近世中欧、ハプスブルク朝)、
 ケインブリッジの歴史学欽定講座には Richard Evans (ドイツ特別の道、史学史) 
とじつに紛らわしい配置が続いていました。いずれにしてもオクスブリッジの歴史学が「国史」でなくヨーロッパ史に比重をかけていることの現れで、そのこと自体は歓迎していました。
このたび、そのリチャード・エヴァンズ(Cambridge)の『エリック・ホブズボーム 歴史の中の人生』上・下 が木畑洋一監訳で岩波書店から刊行。原著は2019年なので、たいへん迅速です。

 ホブズボームという魅力的な歴史家の生涯を実にさまざまの(私信も共産党諜報記録もふくむ!)情報を駆使しながら、かなりの詳細まで描き込んだ伝記で、性生活も、出版契約の金額の交渉・再交渉も書きこまれているのには驚きます。それにしても、ホブズボームのように20世紀を代表具現するような歴史家、包括的で飾らない人柄の伝記を書くよう遺族から依頼されたエヴァンズ(Birkbeckでホブズボームの同僚)は、誇らしく思ったことでしょう。
 リチャード・エヴァンズについて、個人的にIHRでの記憶はなく、むしろ2010年、ケインブリッジで President of Wolfson College になったことを記念する講演会に出ました。TVカメラも入り、「お顔を撮されたくない方はこちらへ」といった案内で、マスコミPRの上手な方、という印象でした。
 ずっと以前にはE・H・カーの What is History? の2001年版・2018年版への Introduction(研究史的なサーヴェイ)も読んでいて、その才覚には脱帽します。In Defence of History (2nd ed., 2001)の著者でもあります。

¶ ホブズボームと日本人については、訳者あとがきで木畑さんが触れておられるとおり、「日本人をよく分からない存在と思っていた」だろうと、ぼくも思います。 水田洋さんと何度も会って交渉したとしても、その(翻訳にその主なエネルギーが注がれた)仕事をよく理解していたわけでもないでしょう。それより前、戦後すぐに Past & Present で高橋幸八郎と接触していたはずですが、どこにも言及がありません。
 そもそも都築忠七さんをはじめ、ホブズボーム的ソシアビリテに入り込める日本人は、無かったのではないでしょうか。分析的な学問への意志、ジャズから異文化にいたる懇談・冗談まで、縦横に英語(やドイツ語・フランス語)でやりとりできる、左翼(的)知識人が戦前・戦後日本にいたか、という問題でもあります‥‥。
【ぼく自身はホブズボームが1974年に来日し、東大社研で講演したとき、一所懸命に労働者コミュニティについて質問しましたが、それは sociology だ、と軽くあしらわれました。1980年からIHRのホブズボーム・セミナーにも時折出席しましたが、ぼくからアピールすることは無かった‥‥。】  

¶ なお、E・H・カーについての言及は一箇所だけ(それも無内容)ですし、またカーの側でもホブズボームへの言及がない、ということが何を意味しているのか、(カーがイギリス共産党には一度も近づかなかったという事実以上には)すぐには分かりません。
 諸々のことを考えさせてくれる本ですが、それにしても、これは人を惹きつけて仕事の邪魔をする(!)本ですね。
 みなさん、夜に読み始めると、やめて就寝に向かう機会を失い、3時、4時になっても止まりません! 昼間明るいうちに読み始めましょう。

2021年7月4日日曜日

〈ドイツ史の特別の道〉?

 今日(3日)は早稲田のWINE シンポジウムで「帝政期ドイツの国民形成・国家形成・ナショナリズム」が催されました。1871年のドイツ帝国成立から150年、ということで、要するに現時点で、ドイツ近現代史の何がどう問題か、という討論会でした。 https://www.waseda.jp/inst/cro/news/2021/05/06/5771/
  報告は西山さん、小原さん、
  コメントは篠原さん、森田さんでした。
https://mobile.twitter.com/winewaseda/status/1398826161564647427

 いくつも大事な論点が指摘されましたが、ぼく個人としては、
1) deutscher Sonderweg の訳として「特有の道」ではなく「特別の道」「特殊な道」とすべしということ(おそらくドイツ史研究者にとっては既に前々からの合意点)とともに、
2) ドイツ国民史の枠内だけで考えるのでなく、外との関係、またビスマルクをカヴール、ルイ・ナポレオン、ディズレーリ、(さらには伊藤博文、大久保利通‥‥)のような同時代人との連続性で捉えるべき、という小原さんには十分に賛成できます。西山さんの場合は、おそらく似たことを contingency という語で表現されていました。

 じつはイギリス史でもかつてイングランド(人)の特殊性(peculiarities of the English)といった議論がされたまま、あまり発展しませんでした。 ぼくの場合は、ペリ・アンダスンの近現代史のとらえ方に関連して、こう言ったことがあります。
「その論理はこうである。西欧(≒フランス)史の理念型が想定され、その理念型に照らして自国史に欠けているもの/遅れている要素をさがす。日本やドイツにおける「特有の道」論にも似た、自国史批判の急進版劣等複合(コンプレックス)である。グラムシのヘゲモニー論を用いて、独自の世界観をもたず貴族の価値観に拝跪する俗物ブルジョワ、そして利益還元にしか関心のない組合労働者が批判される。
なぜこうなったのか。それは、イギリスの17世紀以降、近現代史を通じて「本当の市民革命」がなかったからだという。あたかも日本近代史についての大塚久雄、丸山眞男の口吻さえ想わせるほどである。」『イギリス史10講』pp.289-290.[ただし13刷にて、すこし修文改良]

アンダスンも、大塚も丸山も、あくまで国内の諸要素(の編成)に絞って議論し、同時代の外との関係を有機的に議論しようとはしなかったのです。国内の市民社会の充実、民主主義の成熟を一番に考えていたから!? そのためにこそ、同時代を広くみるしかないのに。30年代の講座派の成果(山田盛太郎の「過程と構造」!)に絡め取られた日本の歴史学と社会科学、ヨーロッパの場合は学問の雄=歴史学における系譜的発想の拘束性。

 1970年代からぼくたちは、こうした祖父の世代の成果=殻=拘束衣からゆっくりと脱皮し、ようやく発見の学、分析の学としての歴史学を参加観察し、また具体的に担ってきたのだろうか。
Public history ないし森田コメントにかかわって指摘されたとおり、新しいメディアの出現・蔓延にたいしては、ぼくたちの積極的参加・関与、同時にすでにある史資料をしっかり読み、既存のテクノロジを最大限に活用するというのが、参加者たちのコンセンサスでしょうか。先の歴史学研究会の「デジタル史料とパブリック・ヒストリー」はアイルランドにおけるうまく機能している企画の紹介でした。↓
https://kondohistorian.blogspot.com/2021/06/blog-post_22.html

 今日の早稲田のシンポジウムはドイツ近現代史やナショナリズム研究を共通の場として、司会の中澤さんも含めて、ほとんど同じ世代の気心も知れた研究者たちだったから(?)、議論が噛みあい、補強しあうシンポジウムとなりました。

2021年6月22日火曜日

パブリック・ヒストリー?

19日(土)の歴研・総合部会ウェビナー「デジタル史料とパブリック・ヒストリー」は、ジェイン・オールマイア(TCD)のお話が手慣れて明快だったし、いくつも論点が明示されて意義ある研究会となりました。
コメンテータのお一人が事前のパワポでたいへん重要なことを言ってくださっていたのに、当日欠席で、討論できなかったのは残念でした。ぼくとしても「ECCOから見えるディジタル史料の宇宙」『歴史学研究』1000号(2020年9月)よりさらに一歩踏み込んで議論すべきことがありました。

個人的感想としては、1994年以降のアイルランド和平交渉が進んだ中で I. Paisley のような長老派ユニオニスト(宗派主義右翼)が、オールマイア・パワポでも紹介されたような、2010年10月22日の発言(演説)をしたことが決定的に重要だと思います。
. . . A nation that forgets its past commits suicide.
サッチャ時代の荒廃をなんとか癒やし矯正すべく、そのための環境作りをした保守党メイジャ、労働党ブレア政権をいま再評価すべきでしょう。

宗派主義にたいして世俗合理的に考え、かつ影響力をもつ人の働きが決定的に重要となる局面が歴史にはあります。1598年のアンリ4世、1919-48年のガンディ
日本では1990年代後半に、80台後半だった林健太郎さんが「日中戦争は侵略戦争であって、いかなる意味でもそれは否定できない」と他ならぬ『朝日新聞』に寄稿したことを想い出します。お弟子さんたちが「これはすばらしい遺言だ」と感激していました。欲を言えば、参議院議員をしている期間に、国会での演説として議事録に刻みこみ、広く国際的な物議をかもしてほしかったですね。

なお Jane Ohlmeyer については、今年初めの「フォード講義」@Zoom
Ireland, Empire and the Early Modern World ↓
https://www.rte.ie/history/2021/0304/1201023-ireland-empire-and-the-early-modern-world-watch-the-lectures/ (梗概と動画50分×6)
そして新聞などでの積極的発言 ↓
https://www.irishtimes.com/opinion/ireland-has-yet-to-come-to-terms-with-its-imperial-past-1.4444146 
が、とても好ましい。マスコミがそれだけ知識人を大切にしている文化の現れでもあり、日本におけるぼくたちの側の工夫が不足していることの現れでもありますね。

2021年6月16日水曜日

デジタル史料とパブリック・ヒストリー

デジタル史料とパブリック・ヒストリー 1641年アイルランド反乱被害者による証言録取書(1641 Depositions)
歴史学研究会の総合部会・例会として催されます。 → http://rekiken.jp/seminars/Sougou.html

日時:2021年6月19日(土) 15時00分~18時00分
報告:ジェーン・オーマイヤ Jane Ohlmeyer(ダブリン大学トリニティ・カレッジ TCD)
コメント:勝田俊輔、吉澤誠一郎、後藤真
通訳・運営協力: 槙野翔、正木慶介、八谷舞

参加形式:ZOOMウェビナー
*次のGoogleフォームから、6月16日(水)までに参加登録ください。
https://forms.gle/ytH51B1GU7u1vdkx8

この史料の意義については、ぼくの「ECCOから見えるディジタル史料の宇宙」『歴史学研究』1000号(2020年9月)pp.29-30でも触れました。
「ピューリタン革命」「三王国戦争」を考えるときにも、また今日のイングランド・アイルランド・スコットランドのあいだの「歴史問題」を考えるときにも避けて通れない1641年「虐殺」「フレームアップ」事件の原史料がオンラインで読めるのです。写真で、ママの転写(transcript)で、そして研究者のコメントつきで。
https://1641.tcd.ie/ (どなたもアクセスできます)
歴史学の具体的な革命の一例だと考えます。日本史・東アジア史の方々にもぜひ知ってほしい国際プロジェクトです。
【登載が、実家のちょっとした事案で遅れました。歴史学研究会の参加登録は16日(水)までとのことです!】

2021年6月13日日曜日

集団接種に参りました(その2)

昨日につづき、今日は妻の接種に付き添いで参りました。昨日と同じ行程を、ORの成果か、なるほどと納得しながら進みました。ただし、おそらくは現場を仕切る責任者が替わると、ほんの少しでも滞留するコーナーが移るのかな、と思わせる場面もありました。
【万一の副反応の可能性を考えると、同一日に接種を受けるのは望ましくない、という専門家の助言に従ったのですが、見ていると夫婦で同時に接種を受ける組も少なくなく、ぼくのような判断は少数派かと思われます。そもそもワクチン接種といってもTV報道ではすごく長い注射針を肩に射し込んで、それだけでも恐怖でしたが、やってみると蚊に刺されたよりも軽い刺激で、拍子抜けでした。6時間以上もたって夜に軽い倦怠感のような、ぼんやりした感覚がありましたが、これがワクチン接種のせいか、そもそも暑さのせいか、分かりませんでした。接種した左肩は、今日2日目に軽く痛くなりました。腫れや違和感はありません。】

こうしたワクチン接種がせめて1ヵ月早めの日程で進んでいれば良かったけれど、今のスケジュールでは(65歳以上の希望者のワクチン接種がようやく7月末に完了!? 64歳以下の接種はそれより先!)、そもそも東京オリンピック・パラリンピックの強行は、ほとんどカミカゼ特攻隊的な無理難題ですよ。
今となってみれば、パンデミックのなか東京オリパラをあくまで実行するのは、何のためでもない、①菅政権の延命と、②国際利権法人IOCの強欲のため以外に、どんな目的があるというのでしょうか。医師や免疫学者の進言をないがしろに、みずからの権力と利権に執着するという点で、菅とバッハは共通しています。
JOCや東京都とすれば、開催決定権はIOCに握られ、こちらから中止・延期を申し出れば、即契約違反で、天文学的な賠償金を請求される。それが怖いから、言い出せないのでしょう。
であれば、発想を変えて、逆にこちらから積極的に、人類平和と親善、世界の健康と公共性を根拠に、それを損なおうとするIOCのバッハ会長(Baron Von Ripper-off)を法的に訴える、また国際世論にアピールする、ということを、いま損得経費の仮想計算も含めて、少なくとも思考実験的にやっておく必要があります。
日本側の合理的判断、決意、そして英語の交渉力が問われています! <『日経』https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE063CK0W1A500C2000000/
Washington Post https://www.washingtonpost.com/sports/2021/05/05/japan-ioc-olympic-contract/
https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/japan-olympics-pandemic-vaccines/2021/06/10/

2021年6月11日金曜日

集団接種に参りました

暑い6月の金曜午後でしたが、江東区の公共施設でのワクチン集団接種に行って参りました。

5月17日から予約期間が始まり、区の通知で「ワクチンの安定的な供給が見込まれたことから」65歳以上の集団接種は「最大予約可能人数46,400人分」と明記されていたので、慌てることなく5月18日にPCに向かい、拍子抜けするくらい簡単に予約できました。ただちに自動的に確認メールも来たので、実際の接種まで3週間あまり待ちましたが、安心していました。前日にはリマインド・メールも到来。
これに続き区内医療機関での「個別接種」が始まり、さらにマスコミは政府の大規模接種センター(大手町・自衛隊)による接種を大きく報じました。選択肢が増えたこと自体はよいことですが、これで「浮気して」or「浮き足だって」大規模センターに押しかけ、地域自治体の接種予約をネグレクトする人々の気が知れないと思っています。最近の報道だと、その大規模接種センターがガラガラだというのも問題ですね。早く65歳未満にも接種対象を広げるべきです。

江東区は広いので、集団接種会場は区のスポーツセンター6カ所。接種時間は予約の段階で15分ごとに別けられていますが、到着した人は検温のあと全員屋内の待機室に案内されて、予約時刻が1時間以内の人から奥のホール(アリーナ)へ。老人たちは1時間以上前からやってきたりするので、そのための待機室だったわけです。
ざっと見たところ(撮影は禁止でした!)広いホールでは、15分枠ごとに15人が座って(1人1分という計算)順を待つように椅子が整然とならび、4列×15=60席ではなく、余裕をみて6列用意されていました。うち2列は全空席として、次に受付する該当列とそうでない列とを視覚的にはっきり区別しつつ、同時に席のアルコール消毒や忘れ物確認などをゆっくり施すという方針のようです。
会場には「事務」「責任者」「看護師」といったゼッケンをつけた係員がたくさん。
 (郵送された)「接種券」「予診票
  そして本人確認書類
の計3点の必須アイテムを携行しているかどうかは、最初の入館時から、くりかえし再確認されました。実際は順に
受付」(であらためて本人確認と予診票記載の遺漏がないかどうか形式的に確認)
→ 「予診」(予診票をみながら医師が問診) *
→ 「接種」(別の医師と言葉を交わしつつ) *
→ 接種後の経過観察(15分~30分)
→ 「最終受付」(体調確認と接種券の済証へのシール貼りなど)
と進みました。(2回目の接種予約は1回目に済ませています。)
【* この2つのプロセスのみ個室的に囲ったブースで、他はオープンな空間でした。】

ここまでの人のフローをいかに確実に間違いなく実現するか。これが枢要で、要するに Operations Research (大学一年・林周二先生の授業でやりました)をきちんと具体的に・集団的にやっているかどうかで運用は決まり、ときに報道されているような事故・混乱は防げるはずですね。
なお大学や事業所で集団接種をするというのは、たいへん良いことだと思います。社会的免疫状態(collective immunity)という観点から考えると、なによりも公共的な業務に従事している人、活動的に飛び回っている人からドンドン接種していただくべきでしょう。横並びの順番、平等主義がじつはあまり合理的でない無責任主義だったかもしれない、と再考しておく必要があります。

2021年6月3日木曜日

散歩の風景

健康管理の第一歩は散歩(a walk)ということで、近隣のあらゆる方角へ歩いています。湾岸のタワマン群を見上げたり
→ https://kondohistorian.blogspot.com/2020/08/blog-post_31.html
また伊能忠敬(彼もまた18世紀人!)の「始めの一歩」像を拝んだりもします。

こういった水鳥の姿になごむことも。(写真の右寄りに)異種の2羽があまりヒトを気にせず休息しているのか、餌を狙っているのか。鳥の動きがあまりないので、最初は姿を見つけて喜んでいた大人も子どもも、やがて飽きて次のなにかのために歩き出す、というのも可笑しい。

2021年6月1日火曜日

5月の憂鬱(2)

〈承前〉

とはいえ、今日(月)が助教出勤日とも限らず、そもそも学外者はキャンパスからシャットアウトされるかも。

ということで、もう一度覚悟を決めて3月の複数の来信(含 たくさんの添付物)から読み直して気付いたのは、指定されたサイトに並ぶたくさんのマニュアルのうち、1- というファイルをぼくはまだ読んでないのでした。
どうせメール主文と同じような挨拶だろうと考えて(推断して)、2-A、2-B、2-C、3-などの(1が済んでいることが前提の)部分的で条件的なマニュアルを読み、不親切で非実際的な指南書であると憤慨していたのでした。なにごとも(語学と同じで)順を踏んでゆかないと無理ですね。

そうと判明してからは、きわめて素直に、順調にことは進みました【なんと最初にすべきことは[すでに既存のアカウントでサインインしてしまっていた] Googleからサインアウトすることでした!】。マニュアル 1-の一番に 
" お手許に次の2つをご用意ください
 ① 3月にメールで配布したpdfに記載の初期パスワード
 ② 普段お使いのスマートフォン "
とあったのも実際的で、おかげで、くりかえされる「二段階認証」にもすみやかに対応できました。

というわけで、解決してしまえば、いけなかったのはマニュアル(指南書)ではなく、ぼくの早トチリ( ← 高慢と偏見!)でした。
メディア室のみなさま、ご免なさい。丁寧なマニュアルは - 読みさえすれば!- たいへん分かりやすいものでした。