ラベル 民主主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 民主主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年3月22日日曜日

Habermasの死(1929-2026)

 ソメイヨシノの開花宣言については、わが近隣に靖国神社の標本木(19日に開花宣言)と同様の樹木があり、いま1分咲きです。
 それよりも新聞でハーバマスの死を知って、日本の新聞はどれもほんの10行もない軽い扱いなので、米英の新聞(オンライン版)のobituary=故人略伝を捜して見ました。New York Times はA4にすると約5.5ぺージほど、The Guardian は約3ぺージだけれど、現イスラエルをめぐる発言についての別の記事(22 Nov. 2023)へのリンクがあり、こちらは2ぺージほど。
 上の NYTの写真は、1969年のフランクフルト大学の様子。記事は礼賛的。
 これにたいして Guardianの2023年の記事はガザ戦争をめぐって、ハーバマスの German commitment to protecting Jewish life and Israel's right to exist の主張、それにたいする賛否をもっぱら扱っています。ナチスおよび東欧のポグロムの忌まわしさはどれだけ強調しても強調しきれない。戦後ドイツの Never again 原則は正しい。だれもなおざりにできない。とはいえ、それがイスラエル国家の排他的(独善的)存立擁護につながるのは、どうしてもおかしい。現イスラエル国家にたいする疑念を表明するだけで、即「反ユダヤ主義だ」とする立場に、ぼくは与することはできません。
 ハーバマスから多くを学び、「みずからの社会について熟議する市民」、そのうえに成り立つデモクラシーを信じる彼と希望を共有してゆきたいと考えるぼくとしては、このイスラエル全面擁護の立場は、残念な、苦い一点です。
 1929年に口蓋の障害をもって生まれてきたハーバマス、したがって10代でヒトラーユーゲントに編入された彼であればこそ、批判的に戦後のデモクラシー、啓蒙、世俗教養主義を代表具現したインテリゲンチアでした。 同じフランクフルト学派のマンハイムには共感を示した E.H.カーですが、ハーバマスについてはどう受けとめていたのか、わかりません。『歴史とは何か』の頃には、まだ『公共性の構造転換』(1962)は出ていなかった。その後も哲学者としてのみ見ていた? 民主主義、啓蒙、理性、進歩といったキーワード/価値観は、ハーバマスとカーのどちらにとっても枢要なもので、共有していたはずですが、複数性とか対話とかいったissue をカーは十分に問題意識化していなかった、ということでしょうか。分かりません。

2025年2月1日土曜日

2期目のトランプ

 1月20日に就任式を終えたトランプ大統領、議会の承認なしで執行できる大統領令(executive order)でどんなことを指令するか、メディアは戦々恐々で見つめていただろうと思います。ただ、いろんな極端なことを言っても、それは deal の始まりで、(ブレインが熟慮したうえでの)ほどほどの所に落とし所があるのではないか、と。 DEI (Diversity, Equity, Inclusion)原則の否定についても、民主党政権とは違う、という意思表示でしかないかも、と甘い観測もありました。
AIP(American Institute of Physics)は科学の研究教育にかかわる補助金の支出停止について憂慮を表明していましたが、裁判所が「支出停止」は違法だと決定したようです。https://ww2.aip.org/fyi/trump-spending-freezes-sow-confusion-among-researchers
   ところが、ワシントンDCの航空機衝突事故について、31日(JST)のトランプは型どおりの弔意を表したあとに、事故は管制官の採用方針における DEI のせいだと述べます。
. . . the hiring guidance for the FAA's diversity and inclusion programme included preference for those with disabilities involving "hearing, vision, missing extremities, partial paralysis, complete paralysis, epilepsy, severe intellectual disability, psychiatric disability and dwarfism".
https://www.bbc.com/news/articles/cpvmdm1m7m9o
これはまるでガキの喧嘩の論法(おまえのカーさんデベソ)で、大国の大統領としての品位も徳も感じられない。こんな男を大統領へとかつぎ上げ、投票した有権者たちの人格も疑われます。
記者会見で、このトランプの放言について根拠を問いただした記者にたいしては、
Asked by a reporter how he could blame diversity programmes for the crash when the investigation had only just begun, the president responded: "Because I have common sense."(やはり BBC.com)
ということで、これは18世紀スコットランド人たちが common sense について口角泡を飛ばして議論していたことへの侮辱か、挑戦か。両方でしょう。そもそもトランプもその支持者も反知性主義 anti-intellectualism です。

 モンテスキューは言っていました。「共和国においてはが必要であり、君主国においては名誉が必要であるように、専制政体の国においては恐怖が必要である。」『法の精神』岩波文庫(上) p.82.
同じく一君をいただく政体ではあっても「君主政においては、君公がもろもろの知識の光をもち、大臣たちが公務に堪能で練達である。専制国家においてはそうではない。」p.86.
 アメリカ合衆国はいまや共和国でも君主国でもなく、(4年間の)専制政体(despotism)の国に転じたかに見えます。

2024年11月16日土曜日

アメリカの、民主主義の、これから

5日(日本時間6日)の合衆国選挙の結果。なんとトランプの復活だけでなく、上院も下院も共和党が勝利! いったいマスコミの「大接戦」という予報は何だったんだ、というほどの最悪の結果です。これから4年間のトランプ専制が始まります。言葉を失います。
  (斜線がかかっている州で、2020年:民主から、2024年:共和へと振れました。)
合衆国の東北端と西海岸のリベラル州において民主党やジャーナリストの主導したPC(politically correct)なidentity / diversity politics は、全米的には通用せず、かえって庶民からは高学歴エリートの空理空論として反発された、ということでしょうか。完敗です。かつての大統領選挙でも民主党リベラル候補のアル・ゴア、ヒラリ・クリントンは続けて保守的なおじさん路線のブッシュやトランプに敗北しました。今回は輪をかけてリベラルで理想主義的な黒人女性エリートのカマラ・ハリスが完敗。これをアメリカ民主主義はどう総括するのでしょうか。
一昔前、ビル・クリントンやバラク・オバマの再選が続いたころには、「アメリカ共和党がWASPの党であるかぎり将来はない、多民族・多文化にどう対応するのか、根本的な転換が必要だ」といった論調が垣間見えました。ところが、今回の選挙ではむしろ反対に、白人でもプロテスタントでもない黒人やヒスパニックの労働者も含めて、トランプ的な即効に期待する人びとが多かったのです。リベラルな黒人女性エリートが理性的に正論=寛容を説くのを嫌う、愚かな男たちも(出身のいかんにかかわらず)少なくなかったでしょう。
たちが悪いのは、トランプ政権を支えるのは、けっして貧しい庶民の代表でも味方でもなく、大衆を操作して、自由放任(やりたい放題)をねらう金もうけ主義の大卒エリートたちだという事実です。ヴェーバーが『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』の最後で憂いた「精神なき専門家、心なき享楽人‥‥」の天国が到来します‥‥。
これが合衆国だけのローカルな政治であれば、放っとけばよい。しかし、現代の国際政治のなかで(経済社会も含めて)、エリートが大衆の排外主義と攻撃性をあおると、とんでもない展開が待っている、というのは20世紀の歴史が何度も、どこでも明らかにしていることです。共和党のなかの相対的に賢明な人びとのバランス力に期待するしかないのでしょうか。
さらには、アメリカ合衆国だけではありません。他の「民主主義国」についても同じような危うさが感じられます。

2024年11月4日月曜日

アメリカの民主主義

いよいよ5日(日本時間では6日に投開票)に迫ったアメリカ合衆国大統領選挙です。民主党・共和党、それぞれ盤石の支持基盤が40%以上(47%以上?)あって、浮動票や若年層を把握しようと最後の追い込みです。
とはいえ全国的な支持率調査は、それだけでは misleading 過ちをもたらします。United States の連邦主義は明白に大統領選挙人団(electoral college)の制度に生きています。どんなにカリフォーニア州やニューヨーク州で Kamala Harrisが圧倒的に勝っても選挙人の上限は決まっていて、「激戦州」で僅差の敗北が重なれば、結局は彼女は負け、Donald Trumpの勝利となります。これは変な制度ではなく、建国のとき以来の連邦国家ゆえの原理原則です。
現実的な問題は、それよりも、たとえばトランプは嫌い、でもハリス=民主党はイスラエルに甘い、環境=温暖化問題にも甘い、だからハリスを支持するわけにゆかない‥‥といった若者がいて、批判の意思表示として 棄権する、あるいは無効票を投じるといった傾向です。
3億人を越える大国で100%の理想的な政治はそう簡単には実現しません。選択肢が2つならベターなほう/悪くないほうを選ぶしかない。世の中が安定して、おだやかに成長している時代であれば、棄権・無効票によって異議を申したてるのも意味ある行為です。しかし今はたいへん緊迫した情況で、こうした折には「最悪」を避けることを第一に考えるべきでしょう。
トランプは歴史的に A.ヒトラーJ.マッカーシ上院議員に肩をならべる存在です。敵を作り、これを攻撃し、あおることによって自らの権力を維持する。荒廃の時代を世界史に刻みのこす。こんなヤツに権力を執らせてはならない。
あの連中(Them)われわれ(Us)の対立を際だたせ、口をきわめてThemを攻撃し、敵の陰謀をとなえ、Usの正しさ、愛国心、力強さをうたいあげる。迷い・ブレ・まちがいを許さない。ロベスピエールとの違いは、経済的自由放任(やりたい放題)の立場で、また反教養主義である点でしょうか。徳のかわりに男らしさを強調していますね。
今は、政治的に賢明な決断をする秋です。世界が、文明が、この選挙に注目し凝視しています。アメリカ合衆国の民主主義が試されています。

2024年10月31日木曜日

総選挙と大人の政治

なかなか慌ただしかった10月。27日(日)の総選挙の結果と今後については多方面で論評されていますが、
  おごる自民党が大敗して191議席(← 247)、
  自民ににじり寄る公明党もまさかの大敗で24議席(← 32)、
  与党 計215 ⇔ 野党 計235 でした(定数465)。
野党を愚弄し、有権者をなめきった安倍晋三政権から菅義偉政権(連続して麻生太郎が大御所然と内閣に鎮座していた)の罪状 - つまり旧統一教会、キックバック脱税、なにより不透明な官房専決 - がようやく公になって、岸田政権はなぁなぁで凌いできましたが、解散・総選挙の決断ができずに自壊。弱体=石破政権はただちに総選挙に打って出たまではよかったが、泰然たる読書人よろしく、火急の大問題に対応し処理する実行力に欠け、腰の定まらぬままアタフタ、右往左往してしまった。
野党間で立候補調整の余裕のないまま=不十分な準備のまま臨んだ総選挙なのに、与党がこれだけ大敗するとは、よほどのことです。有権者をなめるんじゃない、ということです。
今後の連立政権・閣外協力のための協議、権謀術数については、みにくい「野合」だの「数の論理」だのと冷笑するのでなく、政治とはそういうことです。交渉し妥協する大人のゲームとして、日本政治の成長を見守りたいと思います。
純粋主義(puritanism)、ブレない政治が良いとしてきた価値観は、あまりにも幼い。GHQのマッカーサに「12歳の国民」と評されたころの世界観です。そろそろ卒業したい。
とはいえ、同時に、ひそかに参政党、日本保守党といった純右翼政党が得票を伸ばしている事実は警戒しています。総選挙では自民党の(男権・靖国)別働隊のように動きました。いずれ彼らは自民党に吸収されるのか、逆に自民党が男権=靖国セクトを細胞分裂させて、自身は現代の保守主義政党に脱皮するのか。注目したい。後者は、ほとんどありえないですね!
彼らは国連の女性差別撤廃委員会(UN-CEDAW)の勧告に、本質的・感性的に反発し凝り固まるグループです。CEDAWについて正確には → https://www.ohchr.org/en/topic/gender-equality-and-womens-rights  その 29 October: Press Release というぺージです。

2024年5月1日水曜日

衆院補選 東京15区

4月28日(日)の衆院補選について、話題の「東京15区」です。
マスコミは「立民3勝、自民3敗」とか言っていますが、「敵失」で勝っただけですので、驕らないでほしい。個人的には、むしろ選挙運動中に目撃した現象につき、たいへん憂慮していました。最終的な投票結果をみて、ほんのすこし安堵というか、まだ最悪の情況ではないかな、という暫定的な気持です。
ぼくが目撃したのは商業施設前での立ち会い演説における「根本りょうすけ」の妨害行為です。何百メートルも先から聞こえる大音響で、特定候補にからみ、執拗に妨害するのです。
たまたま地下鉄駅前で支持者を前に演説していた日本保守党(百田尚樹が代表、全員が富岡八幡宮のたすきを掛ける)の選挙カーにほとんどぶつかる勢いで、「保守党は戦争国家アメリカとイスラエルを支持している」と、この点に限れば的確に衝いて(!)、「論破した、どうだ、なにか言えるか」といった調子で、支持者たちには「そのじじい、ばばあ、言ってみろ」と罵倒する。
立憲民主党の宣伝カーは、近づく前に回避して他の方向へ向かったので、「おい立民、逃げるのか」と追って挑発する。ちょっとラップのリズムをまねたような調子で悪罵と威嚇(の大音響)を連ねて、聴衆・観衆を挑発する。ぼくは目撃していませんが、「都民ファースト」の乙武洋匡や「維新」への個人攻撃もすごいものがあったようです。
→ NHK  → 読売新聞  → 毎日新聞 
ようするに、ひとが選挙宣伝活動を続けられないように妨害し、かつ聴衆を威嚇しているだけなのですが、しかし、右を攻撃し、左にまとわりつき、小池都政を罵倒し、どういう政治的メッセージなのか、よくわかりません。無為無力の老人党をたたき、共民の連立を攻撃するというのは、よくある年金世代に反発する若者へのアピールなのでしょうか? 反米反中の国粋主義というトーンは他の候補にもうかがえるのですが、「論破」して対話の余地をあたえない、その攻撃性、威嚇性という点では他に類のないほどきわだちます。
公職選挙法における妨害行為 ⇔ 言論の自由、という争点で、裁判所の判決が言論の自由を優先してきたことが、警察の取締を抑制させている、との報道もありました。この点は、もっと分析的に正確に伝えてほしい。
トランプの政治姿勢にも似た、一種の民衆的・反知性的ファッショの要素がどれだけ許され、大衆的に受け入れられるのか? 開票結果がどうなるか、注目してフォローしました。東京15区では  → NHK
 酒井なつみ(立民)=49,476票が一位当選。
 その下に2万票前後で4人が団子にならび、最下位に
 根本りょうすけ(つばさ)=1,110票。
総計141,076票のうち、「つばさ」を名乗る泡沫威嚇グループは1%に満たなかった。とはいえ、千票以上も支持する者がいた。これは不健全な、見逃せない現象です。ナチスも合法的に、マッチョで威嚇的な運動によって勢力を伸ばしたのでした。

2024年2月26日月曜日

門司駅遺構 緊急シンポジウム

世の中で心配なことは少なくありませんが、とりわけ合衆国の大統領選挙の行方は、予断を許しません。このままでゆくと、トンデモナイこと、だれも予想していなかった民主主義の自己破壊、反知性主義の跳梁(ナチスより凄い)に至りそう。とはいえ、米国民でないぼくとして、何一つできないのがもどかしい。
 それとは対照的に、昨24日(土)に北九州市の会場とZoomで結んで行われた「九州鉄道 初代門司駅関連遺構の遺産価値を考える」という緊急シンポジウムは、これまでの各方面のご尽力があってこそですが、微力ながら関与できそう、という感覚がえられて嬉しかった。
都市史学会としても積極的に関与して、現会長・元会長たちの具体的な話がありました。現地の発掘調査の成果については、じつに知的でおもしろかったし、歴史的遺構の保全にかかわってきた経験豊富な方々の発言には、たくさん教えられました。
Youtubeをご覧ください。 → https://www.youtube.com/watch?v=6C8xyehZcTM
全部で3時間18分です。最初の30分近くは開会前の準備過程が録画されたものですが、定時開場したあとの部分はきわめて有益です。
ぼくも、2時間23分経過したあたりから発言し(最初は画面共有云々でもたつきましたが‥‥)マンチェスタ市の「リヴァプールロード駅」(1830)、その倉庫(1830)、科学産業博物館(MoSI)、近隣の「ブリッジウォータ運河」埠頭、ローマ遺跡の一帯の一体保全(integrity)についてお話ししました。
今後は、北九州市、福岡県、国へのはたらきかけと交渉が本格化しますね。

2024年2月2日金曜日

みすず『読書アンケート2023』

みすず書房から【WEBみすず】を定期的にいただいていますが、
https://magazine.msz.co.jp/backnumber/
【お知らせ】月刊雑誌『みすず』新年の号に恒例の特集として掲載してまいりました「読書アンケート」は、本年から書籍『読書アンケート2023』として2月16日に刊行予定です。全国の書店を通してご注文になれます。
ということです。例年のことになりましたが、ぼくも執筆しています。
1.M・ウェーバー『支配について』 I、II 野口雅弘訳(岩波文庫、2023-24)
2.嘉戸一将『法の近代 権力と暴力をわかつもの』(岩波新書、2023)
3. E. Posada-Carbo, J. Innes & M. Philp, Re-imagining Democracy in Latin America and the Caribbean, 1780-1870 (Oxford U P, 2023)
4.R・ダーントン『検閲官のお仕事』 上村敏郎ほか訳(みすず書房、2023)
5.大澤真幸『私の先生』(青土社、2023)
についてしたためました。
じつは原稿を送ってから、「そうだ、この本も逃してはいけない重要なお仕事だったのに」と気付きました。その本については、また別途、きちんと論じなくては。

2023年11月21日火曜日

RE-IMAGINING DEMOCRACY

ふだん使っていないgmail.comのアカウントに facebook の通知があったと気付き、読んでみて驚きました。イニス=フィルプたちの例のデモクラシ・プロジェクトの新著について、Zoom会合が14日(JST では深夜未明)にあったのでした! 残念ながら後の祭り。
しかたなく、facebook最後尾に書き込みました。↓
Joanna Innes
6日前 · LAC MAIN SEMINAR Tuesday, 14 November, 5.00 pm
Main Seminar Room, Latin American Centre, 1 Church Walk, Oxford and Zoom - registration link below
To join online, please register in advance:
RE-IMAGINING DEMOCRACY in Latin America and the Caribbean, 1780-1870
Book launch: presentation by the editors, followed by comments by Professor Alan Knight,

5日前
Well….Alan Knight liked the cover. After that he found it hard to follow.
5日前
David Schwartz
oh what does he know about revolutions in Latin America . . . oh wait . . .
今日
Kazuhiko Kondo
I'm glad you mailed me about this. But I noticed only today....
Kazuhiko Kondo
To set the years 1780-1870 as a global period of democratic transformation/revolution would have delighted my Japanese mentors - Shibata, Chizuka, etc - who wanted to describe the Meiji Revolution (1867-69) in a global context.

2022年7月15日金曜日

7月14日に思ったこと

 35度をこえる暑い日が続いたかと思うと、豪雨が全国的に展開。Covid-19 も第7波入り、というだけでも大変ですが、参院選最終盤の7月8日(金)にあった凶行とその報道、その後の参院選の結果(弔い合戦?)には、暗然とします。
直ちにいろいろと考えましたが、身辺のことに紛れ、ブログ登載はかないませんでした。ここに遅まきながら、すこし書いてみます。
 7月8日昼に奈良であった安倍元首相襲撃/暗殺について、直後の報道や政党の発言の多くは、a.「民主主義への挑戦だ」「暴力による言論封殺は許せない」といったものでした。まもなく b.「特定の宗教団体へのうらみ」という捜査陣からのリーク情報が加わりました。
 後者(b)のリークについては、まず正規の記者会見報道でなくリークであることがけしからんと思いましたが、やがて海外メディアでのみこれが Moonies (文鮮明から始まった世界統一神霊教会)のことだと報じられたのには、怒りに近いものを感じました。日本のマスコミ業界の自主規制はここまで極まっているのです。こういった自主規制≒事なかれ報道に甘んじているマスコミでは、いざという時に信用されませんよ。
 そもそも世界統一神霊教会のことを、今どう名を変えているとしても、「特定の宗教団体」と呼ぶべきなのか、ただの「カルト」ではないか、という付随的な疑問もありますが、こちらは(今日のところは)問題にしません。
 ◇
 むしろ大問題なのは、(a)今回の事件は「民主主義への挑戦」や「暴力による言論封殺」のたぐいなのか、ということです。Oh, No! それ以前の、より深刻な問題ではないでしょうか。
 41歳の容疑者は、民主主義や議会制民主主義に不満をもらしたことはあったのか。あるいは自分の凶行が、国政の基本(国のかたち)にある「効果」をもたらすことを期待して -政治的テロリズムとして- 手製銃の引き金を引いたのか。否でしょう。
 彼はもっと別のレベルの、しかし本人にとっては深刻な不幸(母のこと、失意の人生、誰かの不用意な発言, etc.)について繰りかえし悩み、その不幸の原因を「これ」と思い詰めて、「これ」を解決する/消すためにどうするか執拗に考えた。それが母を奪ったカルトの代表を襲うこと、それが実行不可能となると、第2目標として安倍晋三元首相を襲うことだった。‥‥
 そこには論理の飛躍があり、分析も検証もないままの思いつきで、それを直線的に実行するための情報とノウハウを集積したのでしかありません。しかし、そもそも複合的な事態を調査探究したり、友人や同輩と対話し討論しながら、考えを具体化してゆくという訓練も経験も、彼は -学校でも自衛隊でも- していないのではないでしょうか。そもそも「話し相手」「グチ友だち」といえるほどの人は居なかったのかもしれない。
 TVなどで中学高校の同級生や、職場の同僚が「あんなにおとなしい人が‥‥」「いつも人に合わせる人で、暴力をふるうなんて想像もできない」とコメントするのを聞かされると、そもそも取材する側の無知と想像力の浅さに唖然とします。おとなしすぎる人こそ危険なのです。自分の意見を言ったことのない人こそ(いざとなれば)凶暴になるのです。
 こうしたことは民主主義や議会制よりはるか以前の、人間の社会性、あるいは文明/市民性の大前提ではないでしょうか。
 学校教育で、また社会で、こうした事態や証言の分析、人前での報告、ディベートやディスカッション、そして紙の上での文章化‥‥要するに以前から問われていた公民教育/文明的経験を欠いたまま、やれ「民主主義を守る」だの「言論の自由」だの言ってみても、ただのお題目にすぎないのではないでしょうか。  ◇
 じつは9日(土)午後8:00-8:45のNHKスペシャル「安倍元首相 銃撃事件の衝撃」と題する番組の後半で、御厨(みくりや)さんがコメントしていました。【まだ土曜まで NHK plus での視聴は可能です。】
「‥‥災害、疫病、戦争と続いて、人心が惑った。この国もテロを呼びこむのか。みんなが何でも言える社会になった。これはいい。しかし(イエス or ノーの)二値論理の対立になっちゃっている。これはまずい。自分の要求(思い)が通らない時にどうするか。内容のある議論を尽くして、これなら許せるという妥協点を見つける。このマリアージュが大事です。」
「妥協できる合意」を見つけて実行しよう、という立場です。
 ◇
 1789年7月14日から、フランス革命は時々刻々と展開しますが、1792年、93年と緊迫した情勢で、いわゆるジャコバン派(山岳派)が勢いをもち、93~94年のいわゆる「革命独裁」を国民公会が支持することになります。
 この苛烈な革命独裁は、味方と敵、パトリオットと反革命、徳と悪徳、純粋と腐敗といったシャープな対置、二項対立を是とし、異論をとなえる者、迷い、曖昧なままでいる者を許さず、さらには「まちがえる権利」も許さなかった。『王のいる共和政 ジャコバン再考』(岩波書店、2022)p.14.
 これをかつての「ジャコバン史学」は、歴史の必然とするか、あるいはせいぜい「歴史の劇薬」として是認していた。ロベスピエールやサンジュストの93~94年のメンタリティを、純粋で高貴と受けとめるか、悲劇的に狂っていると受けとめるか。革命史にかかわる人は、全員、この問題に正気で取り組むべきでしょう。
 御厨さんの立場は、必然や劇薬ではない。イギリスの首相ピットも、89年に始まったフランス革命には賛同し(バークとはちがいます)、92年の急転には唖然とし、93年1月のルイ14世処刑には意を決して、2月に対仏大同盟を結成します。はっきりと識別しておきたい。巻末の「関連年表」も活用してください。

2021年9月26日日曜日

政治の世界、学問の世界

なんとも間が空きました。 身の回りで気にかかることが続いたからですが、それだけでなく、ある原稿が完成に近づいて、そちらに集中したかったから、という理由もありました( → これについては後日)。

そうしたなかで、コロナ禍第5派、8月末には菅義偉首相の延命工作とその不首尾が目立ってきたと思いきや、なんと9月3日には総裁選不出馬宣言、それに続いて、にわかに自民党内の力学が動めき出したのです。
史上最低の菅内閣(ダンマリを決め込んでただ進行、よくも1年もちました!)が消えるのは良いことだけれど、そのあとどうなるのか?(届け出順でなく、立候補宣言順でみると)
岸田文雄の「ソフト資本主義」、反二階・非安倍
河野太郎の「実行力」(?)、発言力
高市早苗の筋金入り(!)右翼・秩序派男権路線
野田聖子のフェミニズム・弱者路線
といった「線」はわかりますが、
結局、当選の見込みのない(4位確定の)野田聖子のみフランクな発言をしていて、好感をもてないではない。他の3候補は、ニュアンスの差こそあれ、菅政権の批判はしない、安倍政権の汚点を追及しない、自民のコアである靖国・遺族会に配慮する、といったことで特徴が消えて、その分、内容的には高市(安倍の手飼い)が実力以上に浮上しています。 ぼく個人としては、内向きなだけの(つまり内政しか念頭にない)政治家、そして有能な同志が一緒にやりたいと申し出てくれないような人は、首相をつとめる資格はないと思っています。

マスコミはといえば、学術会議問題、歴史認識, etc.については質問しない、という暗黙の合意があるのでしょうか。政策・方針について独自に立ち入り追求することなく、国会議員・自民党員・世論の動勢を追うばかりです。ようするに勝ち馬はだれか、岸田・高市が連合する可能性はあるのか、といった分析(算術)のみ。
なおまた、野党側は蚊帳の外、話題の外で、せっかくの敵の弱将=スガが沈没してからは、どう攻めてよいか分からないままなのです。

学問の世界では、違いやズレにこだわり、そこに注目することから新しい展望を切り開いてゆくことが良しとされます。少数派であること、むしろ唯一であることは、弱点ではなく、むしろ希望のしるしです。
政治の世界では、なにより数と勢いが決定的。昨日までの敵をも巻き込みつつ、合従連衡、多数派を形成すること(plus 大衆へのイメージ戦略)に日夜、身を削っているようです。もしやそれ自体が目的になり、喜びになっているのでしょうか。

2021年7月4日日曜日

〈ドイツ史の特別の道〉?

 今日(3日)は早稲田のWINE シンポジウムで「帝政期ドイツの国民形成・国家形成・ナショナリズム」が催されました。1871年のドイツ帝国成立から150年、ということで、要するに現時点で、ドイツ近現代史の何がどう問題か、という討論会でした。 https://www.waseda.jp/inst/cro/news/2021/05/06/5771/
  報告は西山さん、小原さん、
  コメントは篠原さん、森田さんでした。
https://mobile.twitter.com/winewaseda/status/1398826161564647427

 いくつも大事な論点が指摘されましたが、ぼく個人としては、
1) deutscher Sonderweg の訳として「特有の道」ではなく「特別の道」「特殊な道」とすべしということ(おそらくドイツ史研究者にとっては既に前々からの合意点)とともに、
2) ドイツ国民史の枠内だけで考えるのでなく、外との関係、またビスマルクをカヴール、ルイ・ナポレオン、ディズレーリ、(さらには伊藤博文、大久保利通‥‥)のような同時代人との連続性で捉えるべき、という小原さんには十分に賛成できます。西山さんの場合は、おそらく似たことを contingency という語で表現されていました。

 じつはイギリス史でもかつてイングランド(人)の特殊性(peculiarities of the English)といった議論がされたまま、あまり発展しませんでした。 ぼくの場合は、ペリ・アンダスンの近現代史のとらえ方に関連して、こう言ったことがあります。
「その論理はこうである。西欧(≒フランス)史の理念型が想定され、その理念型に照らして自国史に欠けているもの/遅れている要素をさがす。日本やドイツにおける「特有の道」論にも似た、自国史批判の急進版劣等複合(コンプレックス)である。グラムシのヘゲモニー論を用いて、独自の世界観をもたず貴族の価値観に拝跪する俗物ブルジョワ、そして利益還元にしか関心のない組合労働者が批判される。
なぜこうなったのか。それは、イギリスの17世紀以降、近現代史を通じて「本当の市民革命」がなかったからだという。あたかも日本近代史についての大塚久雄、丸山眞男の口吻さえ想わせるほどである。」『イギリス史10講』pp.289-290.[ただし13刷にて、すこし修文改良]

アンダスンも、大塚も丸山も、あくまで国内の諸要素(の編成)に絞って議論し、同時代の外との関係を有機的に議論しようとはしなかったのです。国内の市民社会の充実、民主主義の成熟を一番に考えていたから!? そのためにこそ、同時代を広くみるしかないのに。30年代の講座派の成果(山田盛太郎の「過程と構造」!)に絡め取られた日本の歴史学と社会科学、ヨーロッパの場合は学問の雄=歴史学における系譜的発想の拘束性。

 1970年代からぼくたちは、こうした祖父の世代の成果=殻=拘束衣からゆっくりと脱皮し、ようやく発見の学、分析の学としての歴史学を参加観察し、また具体的に担ってきたのだろうか。
Public history ないし森田コメントにかかわって指摘されたとおり、新しいメディアの出現・蔓延にたいしては、ぼくたちの積極的参加・関与、同時にすでにある史資料をしっかり読み、既存のテクノロジを最大限に活用するというのが、参加者たちのコンセンサスでしょうか。先の歴史学研究会の「デジタル史料とパブリック・ヒストリー」はアイルランドにおけるうまく機能している企画の紹介でした。↓
https://kondohistorian.blogspot.com/2021/06/blog-post_22.html

 今日の早稲田のシンポジウムはドイツ近現代史やナショナリズム研究を共通の場として、司会の中澤さんも含めて、ほとんど同じ世代の気心も知れた研究者たちだったから(?)、議論が噛みあい、補強しあうシンポジウムとなりました。

2021年6月11日金曜日

集団接種に参りました

暑い6月の金曜午後でしたが、江東区の公共施設でのワクチン集団接種に行って参りました。

5月17日から予約期間が始まり、区の通知で「ワクチンの安定的な供給が見込まれたことから」65歳以上の集団接種は「最大予約可能人数46,400人分」と明記されていたので、慌てることなく5月18日にPCに向かい、拍子抜けするくらい簡単に予約できました。ただちに自動的に確認メールも来たので、実際の接種まで3週間あまり待ちましたが、安心していました。前日にはリマインド・メールも到来。
これに続き区内医療機関での「個別接種」が始まり、さらにマスコミは政府の大規模接種センター(大手町・自衛隊)による接種を大きく報じました。選択肢が増えたこと自体はよいことですが、これで「浮気して」or「浮き足だって」大規模センターに押しかけ、地域自治体の接種予約をネグレクトする人々の気が知れないと思っています。最近の報道だと、その大規模接種センターがガラガラだというのも問題ですね。早く65歳未満にも接種対象を広げるべきです。

江東区は広いので、集団接種会場は区のスポーツセンター6カ所。接種時間は予約の段階で15分ごとに別けられていますが、到着した人は検温のあと全員屋内の待機室に案内されて、予約時刻が1時間以内の人から奥のホール(アリーナ)へ。老人たちは1時間以上前からやってきたりするので、そのための待機室だったわけです。
ざっと見たところ(撮影は禁止でした!)広いホールでは、15分枠ごとに15人が座って(1人1分という計算)順を待つように椅子が整然とならび、4列×15=60席ではなく、余裕をみて6列用意されていました。うち2列は全空席として、次に受付する該当列とそうでない列とを視覚的にはっきり区別しつつ、同時に席のアルコール消毒や忘れ物確認などをゆっくり施すという方針のようです。
会場には「事務」「責任者」「看護師」といったゼッケンをつけた係員がたくさん。
 (郵送された)「接種券」「予診票
  そして本人確認書類
の計3点の必須アイテムを携行しているかどうかは、最初の入館時から、くりかえし再確認されました。実際は順に
受付」(であらためて本人確認と予診票記載の遺漏がないかどうか形式的に確認)
→ 「予診」(予診票をみながら医師が問診) *
→ 「接種」(別の医師と言葉を交わしつつ) *
→ 接種後の経過観察(15分~30分)
→ 「最終受付」(体調確認と接種券の済証へのシール貼りなど)
と進みました。(2回目の接種予約は1回目に済ませています。)
【* この2つのプロセスのみ個室的に囲ったブースで、他はオープンな空間でした。】

ここまでの人のフローをいかに確実に間違いなく実現するか。これが枢要で、要するに Operations Research (大学一年・林周二先生の授業でやりました)をきちんと具体的に・集団的にやっているかどうかで運用は決まり、ときに報道されているような事故・混乱は防げるはずですね。
なお大学や事業所で集団接種をするというのは、たいへん良いことだと思います。社会的免疫状態(collective immunity)という観点から考えると、なによりも公共的な業務に従事している人、活動的に飛び回っている人からドンドン接種していただくべきでしょう。横並びの順番、平等主義がじつはあまり合理的でない無責任主義だったかもしれない、と再考しておく必要があります。

2021年2月11日木曜日

長老支配  gerontocracy!

東大駒場に入学して、おもしろいと思った授業がいくつもあったうち、京極純一先生の「政治学」はまた特段でした。定員700か800くらいの大教室で、最前列の2・3列は席取りが激しく、真ん中あたりでも、早めに行かないと席がなくなる。立ち見の学生もいるし、後方には双眼鏡をもって板書を写すヤツさえいる、といった授業。法学部進学者には必修だったからだけでなく、とにかく面白かったのです。
 「ふかいことをおもしろく、
  おもしろいことをまじめに、
  まじめなことをゆかいに」
井上ひさしより前から、こういう講義を心がけておられたのか。

あの三木清か藤田嗣治みたいな眼鏡をかけて、老先生のような雰囲気だったけれど - 1924年生まれということは、まだあのころ御年42歳だったのか!-、「わたしは保守主義だ」とのたまいながら、飄々と政治現象を分析なさる。のちに『日本の政治』(東京大学出版会)になる前の原型だったのかもしれません。

その京極先生の講義で、大学1年になったばかりのぼくは、Gerontocracy と板書された英語をみて、知らないだけでなく、意味を想像することさえできない英単語がある、という衝撃を受けたのでした!

Geronto- とは老人、年寄りという意味。-cracy とは権力、支配をいう(ギリシア語から来ている)。政界の長老の意向で国政がうごくとか、会社でも先代の社長が方針を決める場合がそうですね。「伝統主義」と同じことになる場合もあるが、なにより年季の入った者がそれゆえに力をもって、他の人は異論を言えない場合が、この老人支配です。年齢自体より、年季ゆえの権力関係‥‥。 とかいった説明を受けて、もぅ忘れられない。講義の上手な方でした。

今回のオリパラ組織委・森喜郎会長の「不注意」放言と、それを厳しく批判できない自民党。なにより「なにがいけないんだ」と言い出しそうな二階幹事長。これこそ gerontocracy の見本です。
十代で男女共学を経験していない世代は、じつはぼくの母親たちも含めて男尊女卑だった/あるいはそうした価値観に順応しないと生き苦しかった。森、二階ばかりでなく、彼らに直言できない橋本聖子オリパラ担当大臣も、自由に発言できないなら、降板する好機ではないかな。
現在のオリンピックの理念は、美しいナニカではなく、IOCバッハ会長の姿勢に現れているように、あくまで国際スポーツ興行の金もうけ主義だと思います。だからこそ、協賛企業の意向(スポンサーから降りるかどうか)を気かけているわけ。ここはガラパゴス・差別文化をニヤニヤと/苦笑いでやり過ごすのでなく、好機ととらえて、スッキリしましょう。

じつは靖国合祀問題も同じですね。

2021年1月21日木曜日

虚構新聞

NHKの報道のうちでも、最近のヒット・ニュースは、9時のニュースにおける『虚構新聞』の紹介でした。ウェブの文字ニュースとしても読めます。↓

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210114/k10012810791000.html 滋賀県のUKさんという方の発信する、力強いユーモア、リテラシー教育効果もある作り物(fact/fiction)。健全な民主主義のあらわれと受けとめました。

たった今ワシントンで進行中の、バイデン就任式にトランプ夫妻が欠席するというのは信義(の慣習)にもとるだけでなく、これだけ緊迫した政治情況においては「脅迫」をも含意する「教唆」の行為です。

New York Times (Thomas B. Edsall記事) によれば共和党に投票した有権者のうち3500万~4000万人は今でもバイデンの勝利は illegitimate だと信じているというのですから、フェイクと侮るだけでは問題は解決しない。We become ungovernable... と。恐ろしい事態についての分析記事です。

2020年11月15日日曜日

天皇像の歴史

 夏から以降はハラハラどきどきの連続でしたが、そうした間にも、あわてず騒がず仕事を処理してくださる方々のおかげで、『史学雑誌』129編の10号(11月刊)ができあがりました。感謝です。

 「特集 天皇像の歴史を考える」 pp.76-84 で、ぼくはコメンテータにすぎませんが、「王の二つのボディ」論、また両大戦間の学問を継承しつつ、   A. 君主制の正当性根拠    B. 日本の君主の欧語訳について の2論点に絞って議論を整理してみました。

 じつは中高生のころから、大学に入ってもなおさら、いったい「日本国」って君主国なの?共和国なの?何なの? という謎に眩惑されましたが、だれもまともに答えてくれませんでした。いったい自分たちの生きる政治社会の編成原理は何なのか、中高でならういくつかの「国制」で定義することを避けたあげく、あたかも「人民共和国」の上に「封建遺制」の天皇が推戴されているかのようなイメージ。「日本国」という語で、タブー/思考停止が隠蔽されています!

 この問題に歴史研究者として、ようやく答えることができるようになりました。E. カントーロヴィツや R. R. パーマや尾高朝雄『国民主権と天皇制』(講談社学術文庫)およびその巻末解説(石川健治)を再読し反芻することによって、ようやく確信に近づいた気がします。

 拙稿の pp.77, 83n で繰りかえしますとおり、イギリス(連合王国)、カナダ連邦、オーストラリア連邦とならんで、日本国は立憲君主制の、議会制民主主義国です。君主制と民主主義は矛盾せず結合しています。ケルゼン先生にいたっては、アメリカ合衆国もまた大統領という選挙君主を推戴する monarchy で立憲君主国となります。君主(王公、皇帝、教皇、大統領)の継承・相続のちがい - a.血統(世襲・種姓)か、b.選挙(群臣のえらみ、推挙)か - は本質的な差異ではなく、相補的であり、実態は a, b 両極の間のスペクトラムのどこかに位置する。継承と承認のルール、儀礼が歴史的に造作され、伝統として受け継がれてきましたが、ときの必要と紛糾により、変容します。

 『史学雑誌』の註(pp.83-84)にあげた諸文献からも、いくつもの研究会合からも、示唆を受けてきました。途中で思案しながらも、 「主権なる概念の歴史性について」『歴史学研究』No.989 (2019) および 「ジャコバン研究史から見えてくるもの」『ジャコバンと王のいる共和政』(共著・近刊) に書いたことが、自分でも促進的な効果があったと思います。研究会合やメールで助言をくださったり、迷走に付き合ってくださった皆さん、ありがとう!

2020年11月4日水曜日

American democracy? 

みなさんと同じく、テレビの米大統領選挙の開票速報にクギ付け、ときにインターネットで米紙の速報を見たりしています。

それにしても、4年前に続いてまたもや世論調査はまちがって、民主党支持率を多めに、トランプ支持率を低めに見積もってしまいました。開票してみると、かつての激戦州では、今回トランプが予想以上に伸び、バイデンが勝つ場合も差は僅差です。これが悪意のデータ操作でないことを祈りますが、根本的に方法的な問題がありませんか?

世論調査を指揮している専門家が、そして実際の対質者が(自分たちはバカじゃない、エゴイストじゃないという立場から)、こんなにも非合理な共和党・トランプ支持者をバカか、エゴイストかと見て/見えてしまう‥‥といった具合に、観察者の観点が対象に反映して、調査の結果を左右していないでしょうか。 薬の治験や、社会調査における中立性の保証(ダミー薬も投与する、or「Youの意見・投票について尋ねるのでなく your friend の意見・投票について尋ねる」)といった手法は厳守されているのでしょうか?

これまでゴア候補もヒラリ・クリントン候補も微妙な負けかたをしたけれど、最終的には潔く敗北を公に認めて政治ゲームを終わらせました。 あることないこと出まかせに言って4割のコア支持者を固め、「私は敗北を認めない」と公言する現職大統領(!)は、スポーツマンシップにももとる! こんな政治手法で権力を維持しようという「ジャイアン」を歓喜して支持する4割の有権者。こんなことがまかり通るなんて、まるで16世紀内戦中のフランスや現代アフリカの部族国家みたい。

 

この4割のコア支持者に訴えあおりながら権力政治を操作してゆく手法が、これからほかの国々でも定着してゆくのだとすると、恐ろしいことです。 テレビの視聴率4割だったら、モンスター番組でしょう。でもこれは大国の政治です。4割の硬い支持を根拠に(浮動・無関心が2割)面罵し、分断をあおりつつワンマンが強権的に「指導」してゆくのだとすると、これはナチスとどこが違うんですか?

ぼくはコア支持者よりもっと広く、なんらか公共性普遍理念に訴えるスピーチを聞きたい。  すべては、投票に行かない有権者の責任でもあります。  愚かな民には愚かな政府がふさわしい。

2020年11月1日日曜日

まともな発言

 この間の日本学術会議問題に現れた政治文化、マスコミや有権者のより深い問題、反知性主義について、こんな文章もあります。

 たとえば『日経ビジネス』における小田嶋隆さんの「ア ピース オブ 警句」 https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00090/

は辛口で、ジャーナリストおよび国民を(臆病な)チキンないし小学生程度とこきおろします。チキンではなかった NHKクロースアップ現代の国谷裕子キャスターがなぜ降板させられたか、という問題にも説きおよびます。小田嶋氏の結論は、次のとおり:

≪ そして、[チキンたちは]学者から学問の自由を奪い、研究者を萎縮させ、10億円ばかりの税金を節約することで、何かを達成した気持ちにさせられるわけだ。で、われわれはいったい何を達成するのだろうか。たぶん、役人から安定を奪った時と同じ結果になる。  安定した生活を営む役人をこの国から追放することで、われわれは、めぐりめぐって自分たちの生活の安定を追放する仕儀に立ち至っている。おそらく、自由に研究する学者を駆逐することを通じて、われわれは、自分たち自身の自由をドブに捨てることになるだろう。  昔の人は、こういう事態を説明するために、素敵な言葉を用意しておいてくれている。 「人を呪わば穴二つ」というのがそれだ。  他人の自由を憎む者は、いずれ自分の自由を憎むことになる。≫

 なおまた学者知識人の発言としては、三島憲一さんが『論座』で↓

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020102100003.html https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020091400003.html https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020102200007.html

まともな議論をしています。とりわけ「人事だからこそ、その理由を言わねばならない」と説き、ムッソリーニやヒトラーのいない「日本型のファシズムを考え」ようとしているのは、異議なし。

 ときを同じくして恒木・左近(編)『歴史学の縁取り方』(東京大学出版会)が公刊されました。恒木氏、そして最後の章の小野塚氏が冴えている。きわめて刺激的でおもしろい本。これについては、また後日に。

2020年10月12日月曜日

西洋史研究者の会

みなさま ご無沙汰しております。

菅政権に抗議する署名キャンペーンが始まりました。

このURL、https://seiyoushi-kenkyusha-kai.org/index.php/shomei/ をクリックして署名フォームに入ってください。

行政の長としての器じゃない驕慢な言動のある菅イカロスですが、 まだ高い支持率を引きずり下ろすには、それなりの運動が必要とみえます。 22日〆切としています。

 近藤 和彦  http://kondohistorian.blogspot.com/

2020年10月11日日曜日

パンケーキが怖い

菅義偉が自民党の総裁選挙に立候補したときから、ぼくは懸念を表明していました。

http://kondohistorian.blogspot.com/2020/09/blog-post.html

この人は政権の実務をあずかる能吏かもしれないが、No.1 になる(権力を代表具現する)にはふさわしくない人なのです。何より public speech ができない。むずかしい問題となると、担当官に言わせるか、事前に熟慮した想定問答集のメモにたより、失言しないようになるべく短く答える。

これは官房長官だったときの、あのでかく厚い帳面の端の付箋です。

https://www.asahi.com/articles/ASN962V20N93UEHF008.html

なぜか朝日新聞 Online(9月7日登載)に一つや二つでなく10以上も類似の視角からの写真があります。見てみましょう。

 たくさんならぶ付箋をよく見ると(クリックすると拡大)、

「岸田 30万円」には上に「」、 「30万円 妥当性」には「日テレ」、 「30万円 理由」には「」と朱書されている!

つまりそれぞれ共同通信、日本テレビ、朝日新聞が質問する予定項目(そして答弁)が並んでいるのです!

次の写真の場合は、

「IMF予測」に「共」、 「布マスク配布」に「朝」とか朱書されて並んでいますが、それらの付箋の一番上には

一つだけ薄青い紙で「山口代表」とあります。

つまり公明党の山口代表とのネゴ、あるいは配慮についての想定答弁・メモが(この場合は何社からの質問でもなく)用意されていた! 例の困窮家庭30万円給付から全国民一律10万円給付への転換( → 岸田政調会長の凋落の始まり)の直前に公明党の介入があったことの証拠でもあります!

菅おじさんは、こうした念入りの想定問答集がないと記者団の前に立つのが怖い。丁々発止、臨機応変のやりとりは苦手なのでしょう(岸田、石破、河野とは違うタイプです)。総理大臣に就任してからは通例の記者会見は9月16日のみ、それからはあのパンケーキ朝食会をはさんで、10月5日には読売新聞、北海道新聞、日本経済新聞の3社、9日には毎日新聞、朝日新聞、時事通信の3社に限定して「グループインタヴュー」なるものを設営しただけです。3社が総理を囲むように座して(予定の質問を発し)、他の記者クラブ各社はそれをただ傍聴する。当日志望の他のマスコミはクジで当選したら別室で音声のみを傍聴する(!)とかいう設営。

なにかとんでもなく「公共性を怖がる首相」を自由民主党は選んでしまったようですよ。外国メディアからあきれられても、当然です。菅個人というより、こうしたことを横行させる自民党、マスコミ、そして有権者の問題です。