2011年2月26日土曜日

2月は如月

 2月は逃げる月というけれど、何もなしに逃げるのではなく、1年のうち一番忙しくたくさんのことを成し遂げて、あっという間に4週間が過ぎる、という了解でいました。
 今年の2月は、そうです、例年より諸課題が集中する、ということは前から分かっていました。例年の大学院口述試験(M、D)および判定と、卒業論文口述が三大行事。これに文学部のシノプシスおよび成績入力が期日限定のオンライン入力です【想像したとおり、期日は数日延期となりました。こんなに教員が多いのに、首尾よく完了する人ばかりじゃない!】。これに加えて学外のやや重い公務、教科書の日程、招聘予定研究者とのやりとりの不首尾、『二宮宏之著作集』II関連、また身辺の諸々の行事と決定事項‥‥、そして昨日の『クリオ』インタヴューというわけで、やりがいのある仕事ばかり。もちろん東大入試の後始末も、ただちに始まります。
 日英歴史家会議(AJC)や『イギリス史研究入門』2刷りのための作業さえ、滞りがちになりました。

 昨日の『クリオ』インタヴューにかぎって言えば、(2.5度目ということでもあり)3時間あまりもあれば十二分だろうと思っていたら、案外に1994年(第1回AJC とロンドン大学)くらいから先は、慌ただしく駆け足になっちゃいました。晩の会食は新しい会場で、ゆったり楽しめて良かったかな。ただし、はからずも13人の晩餐になりました!

 ところで、『二宮宏之著作集』関連ですが、「月報」2 はご覧のとおり。4月刊です。ぜひ読んでください。ぼくの「解説」は、二宮さんの「豊穣の四〇代」を軸に「力のこもった」というべきか、「力みすぎ」というべきか、とにかく一所懸命に書きました。これが22/23日に*完了していたので、24日のインタヴューは心安く臨めた、というわけです。ぼくは、究極的に教師(授業のパフォーマー)ではなく、物書き(兼)対話者なんだという自己意識を30代からもっていました。2月4日、授業アンケートに厳しいコメントを記してくれた匿名の1学生さん、ご免ね。
 *なぜ完了日が2日にわたったかというと、岩波書店が一太郎を使わないからです。ワードでは行端処理が崩れてしまう;rtfではルビが飛んでしまう;txtではルビもアクサンも消えてしまう‥‥。やりとりを繰りかえしたあと、結局、PDFで完成態はこうなるのだと見てもらうしかありませんでした。でもね、日本の責任ある出版社なら、一太郎で作業ができるようにしておいてほしいな。本当の日本語は ATOK で作文し、日本語の表示・印刷は一太郎で、というのが、ほとんど自明の真理です。

2011年2月24日木曜日

Marie Stopes

 こういうメールが Miles Taylor から来ました。
I am sending you details of an IHR conference next month on Marie Stopes, the birth control campaigner. I mention it to you, as Marie Stopes worked at the Imperial University, Tokyo, Japan 1907-8, and you may know of Japanese colleagues who might be interested in our event.

 マリ・ストープスについては、荻野美穂さんの『生殖の政治学』(山川〈歴史のフロンティア〉)でも重要な人物ですが、ぼくは Carmen Blacker による小評伝でその魅力というか波瀾万丈の人生を読み、いつだかのBBCの特集で、その息子の側からみた嫌らしさみたいなものを知りました。なんといっても eugenicist です。
 前半生では東京帝大からミュンヘン・ロンドンに留学した鉱物学の*助教授と恋に落ち、彼を追って Royal Society fellowship を得て横浜港にむかった。恋に破れたあともたくましく、日本中の鉱山をめぐって鉱石をあつめ、イギリスに帰国してからは、マンチェスタ大学講師、そして性解放および優生学の主導者でした。いさましい写真が残っています。

The birth of the birth control clinic
Wolfson/Pollard rooms, Institute of Historical Research
Friday 11th March 2011

In 1921 Marie Stopes opened the first of her pioneering birth clinics. Her work and its legacy and the subsequent history of family planning are explored in this one day-conference with the University of Exeter.

2011年2月17日木曜日

大聖堂 The pillars of the earth

 ケン・フォレットの『大聖堂』The pillars of the earth(現世の支柱) を基にしたテレビ連続ドラマ「大聖堂」が毎週 NHK BSで上映中です。http://www.nhk.or.jp/bs/movie/index.html
ちょっとだけ問題なきにしもあらずですが、しかし西洋史の人が見逃すのはもったいない。今晩 尋ねたら、院生はだれも見てない!?

 『イギリス史研究入門』で言いますと、その年表1135年前後から(p.381~2)、そして系図(p.391)、ヘンリ1世の姫マティルダをMaudと補って、マティルダとスティーヴンのあいだの骨肉の争い、この時期の尖頭アーチ(ゴシック様式)の急速な普及をになった職人集団、そして叙任権闘争といった時代性のもとに、歴史ドラマを楽しんでください。 cf. http://kondo.board.coocan.jp/

2011年2月16日水曜日

歴史学研究所(IHR)


 ロンドンの歴史学研究所(IHR)の移転工事は去年から予告されていましたが、今朝 所長の Miles Taylor より下記のようなメールが到来しました。前半のみ引用します。詳細は → http://www.history.ac.uk/news/ihr#2613 これからしばらくは不便することになりますね。1921年創立、東大の図書館より古いのだから当然ともいえます。 

As was announced before Christmas, the IHR will be moving this summer into a temporary location for two years, as the University continues with the refurbishment of Senate House. We will be rehoused in the 3rd floor of the South Block and in the Mezzanine. IHR staff have now been allocated new offices and we hope to finalise soon the relocation of the Common Room facilities as well.

We have now agreed with the Senate House Library which sections of the IHR Library will remain on open access during the temporary relocation, and full details of the new arrangements are now available on the IHR website: on the news page and on the Library pages.

I can also announce that the University has confirmed that it will be able to rehouse all of the IHR Events programme, that is our seminars, colloquia, conferences and Friends’ Events programme. It has also been agreed that external scholarly organisations which use IHR rooms and facilities will be charged the same rates during 2011-13 as they would in our usual premises. During 2011-13 our seminars and other events will run in the Ground Floor rooms of the South Block of Senate House, and on the Second Floor of Stewart House.
<後略>

2011年2月14日月曜日

a happy surprise

 日曜の朝。起床は遅く、しかも、なんだか怪しげな営業電話の相手をして、ちょっと機嫌の悪い状態で、またもや電話。‥‥ん、これも営業トークか、と思いきや
「‥‥中学のチョーノーです。近藤くん?‥‥」
えっ、張能正先生!! なんと『朝日新聞』の読書欄、岩波の広告(↓)に君の名前が出ているので、確かめたかった、と。「君はフランス文学が専門ですか」とは、ちょっと困ったが。
 中学卒業は1963年。その後、大学1年のとき千葉県庁でお会いして、また40歳のとき同期会でも再会しました。いま先生は84歳とのこと。あのころは30代でいらしたんですね。お元気な先生とお話しできて良かった。
 じつは、ぼくの英語力の半分は、この先生のおかげなのです。

 中学1年は New Tsuda Reader という教科書で、なんだか印象が薄かったのですが、2年になると、たしか三省堂の The Sun という教科書にいっせいに切り替わって、雰囲気が一気に新しくなった。きっと学習指導要領が変わったことに対応する新教科書だったのでしょう。1年では Have you a pen? と習っていたのに、2年からは Do you have a pen? が正しいとなりました。
 2年の最初の単元は The City という題で、都市なる存在の文明的意味みたいなメッセージのある本文。しかも奥付のページをみると、張能先生はその執筆者の一人として名を連ねておられるじゃないですか。先生はこれを活用しつつ、授業では簡単な和文英訳をどんどん出して、ぼくたちにやらせた。じつに簡単な問題で悩むところは一つもなかったけれど、これは要するに各単元をきちんと理解しているかどうかは、英文和訳でなく、和文英訳で確認できる、という信念にもとづく授業だったのでしょう。
 単純な言い回しを暗唱し、平叙文をただ否定文にしたり、疑問文にしたり。これは入門語学の最初の訓練ですね。

 これは中学の卒業写真。張能正先生は、前列右から4人目。ぼくは‥‥3列目のまん中でした。

 さらに張能先生の授業を補う形で(定年後の?)老先生と、もう一人どこかの大学院生(オーバードクター?)がおそらく非常勤で長文講読(和文英訳)のコマを持っておられた。老先生は完全にカタカナ英語なので、3年になると、発音の良い近藤が朗読しろ、などと命じられることが続きました。
 その老先生は発音は悪くても英語の分かった人で、別の似た表現について成り立つかどうか質問すると、二つの文をならべてどっちも意味の通る立派な英語だ、「アイザー ウィル ドゥーだ」とゆっくりいうのが決まり文句で、Either をイーザーと発音しない「古めかしさ」とともに、これは中学生の頭に刻みこまれた。

 こうした中学校の授業に加えて、NHKの「基礎英語」「英語会話」、そして文化放送の「百万人の英語」を聞くことによって、ぼくの英語の基礎能力は培われました。基礎英語は芹沢栄先生の教養主義的な(中1には高級すぎる)英語入門で、なんと
 The year's at the spring,
 And day's at the morn;
 Morning's at seven;
 The hill-side's dew-pearled;
 The lark's on the wing;
 The snail's on the thorn;
 God's in his Heaven -
 All's right with the world!
なんて暗唱させたのですよ! シャワートレーニングどころじゃない。

 Row, row, row your boat,
 Gently down the stream.
 Merrily, merrily, merrily, merrily;
 Life is but a dream.
というのもあった。なんて速くてむずかしい発音。なんて含蓄のある詩。

 発音とイントネーションこそ、大事。文法を暗記するのではなく、言い回しを暗唱すべし。迷ったときだけ文法に頼ればよい。‥‥1960~63年の国立中学という環境で考えると、なんて理想的な英語教育だったんでしょう!

 千葉高校に入ると、すぐに POD (Pocket Oxford Dictionary) の木村先生との出会いが待っていました。『文明の表象 英国』p.20 に書いたとおりです。

2011年2月10日木曜日

『二宮宏之著作集』第1巻

 昨夜、自宅に届いていました。洗練された造本、美しい版面。なんといっても最初の肖像写真‥‥‥。折り込みの「月報」にも、あまり知られてなかった事実(新宿高校およびパリにおける、伝説?)が記録されています。

 こちらの写真は、あまり知られていないでしょう。1960年、羽田を発つ二宮さんです。28歳。横になっている旗は「東大西洋史」という三色旗から白を除いた、赤・青の学科旗です。1969年に警察に押収されてしまったもの。

 巻末の解説は福井憲彦さんで、これまた福井節というべきか。かなり楽に、わかりやすく書いておられる。ぼくの場合(第2巻)はちょっと肩に力が入って、「そもそも二宮史学の1970年代における転回=展開は‥‥」といった議論をするので、こちらが先だと堅い。刊行の順番が逆でなくて良かった。分業による、よき協業となりました。【分業による協業という概念も、内田義彦さんから習いました!】
 岩波書店のサイトはこちらへ。→ www.iwanami.co.jp/series/

2011年2月6日日曜日

新燃岳


 新燃岳の噴火、おどろいて見ています。じつは2002年夏に家族旅行で、霧島温泉に泊まり、韓国岳から霧島連峰を縦走し、新燃岳では、直径数百メートルのお鉢を半分だけ巡って(あと半分はあまりに危険)、このとおり緑色の怪しい火口池を見下ろしました。いまこのお鉢が溶岩で一杯になっているわけですね。1421mの標識なんて、吹っ飛んでるでしょう。

 なおこの間、内田義彦『経済学の生誕』と、映画 Amazing Grace にそれぞれ新規書き込みがありました。匿名さん、ありがとう。
 このブログは簡明で良いのですが、新しいコメントがあっても、それは掲示順には全然反映されないので、よほど注意深い読者でなければ見過ごされる、という欠点があります。coocan の場合は、本文でもコメントでも、つねに新規書き込みの順に並び替わるという方式でした。

2011年2月5日土曜日

『みすず』読書アンケート


 『みすず』1・2月合併号(no. 590)到来。待ってました! 恒例の前年の読書アンケート。 去年とほとんど同じ感想をもちますが‥‥
 書く側としては、年末年始の繁忙時に、それなりに意味のあることを書き記すために、慌ただしいけれど、冬休みに取り組んでいる書き物と感応して、それなりの勢いのある文となる。
 できあがった『みすず』を読む側としては、大学関係者だと2月前半は最高に忙しいが、しかし旧知あるいは未知の物書きがなにをどう書いてるのか、楽しみではある。じっさい今年は今月3日深夜に手にして、翌日早朝の出勤を控えながら、自室で立ち読みしてしまった!
 好きなことを書かせてくれる、みすず書房に感謝。1年間に読んだ物について(新刊に限定せず)自由に、という編集方針は合理的です。 夏の『週刊読書人』〈上半期の収穫〉よりも長めに書けるのは嬉しい。定点観測的な意味をもつ短評として、この年中行事を位置づけています。

 ちなみに、今回ぼくが取りあげたのは、
1. 遅塚忠躬『史学概論』(東京大学出版会、2010)
2. 二宮宏之「歴史の作法」『歴史を問う』(岩波書店、2004)
3. 塩川徹也『発見術としての学問』(岩波書店、2010)
4. OED online (OUP)
です。
ただ列挙するのではつまらないので、遅塚忠躬と二宮宏之、フランスとイギリス、「普遍と洗練」「覇権と実用」「言語論的転回」といったことで、話に筋をつけてみました。 
『みすず』の今月号は → www.msz.co.jp/book/magazine/
去年は
 1 勝田俊輔『真夜中の立法者 キャプテン・ロック』
 2 高橋慎一朗・千葉敏之編『中世の都市』
 3 西川正雄編『ドイツ史研究入門』
 4 Craig Horner, ed., The diary of Edmund Harrold, wigmaker of Manchester 1712-15
 5 Charles Beddington, Canaletto in England

一昨年は、
 1. 金澤周作『チャリティとイギリス近代』
 2.『丸山真男書簡集』全5巻
 3. 加藤周一『日本文学史序説』上下
 4. 西川正雄『社会主義インターナショナルの群像 1914-1923』
 5. Douglas Farnie, The English cotton industry and the world market 1815-1896
でした。