2020年2月22日土曜日

水際作戦からパンデミックへ


いま中国、日本だけでなく、韓国、その他においても「市中感染」の段階に進んでしまった新型コロナウィルス(WHO の正式名称は COVID-19)ですが、これについてぼくは疫学もその歴史も知りませんから、特別なことは指摘できない。また不安やパニックを煽ったりしたくありません【当面、12日から個人的には花粉症で苦しみ始めました!】。ただ二つほどのことは言えます。

¶1.NHKテレビにもしばしば登場される賀来 満夫 教授(東北医科薬科大)がすでに2月前半には指摘なさっていたとおり、政府も医療チームもできること分かっていることはやっている、ただしこれは SARS や MERS と違って「はじめに劇症が出ない感染症だから、やっかいだ」ということです。つまり COVID-19のキャリアでありながら(とくに若くて元気な人は)ほとんど軽症で、肺炎の症状は出ない。だから普通の生活を送りながらウィルスを拡散しているかもしれない。糖尿病や循環器に疾患をもつ人、そして高齢者が罹患すると重症化してニュースになるが、その周囲にもっと多くの(軽症の)感染者がウィルスを拡げてゆく可能性を警戒すべきだ、とおっしゃっていました。事態はそのとおりに展開しています。【3月6日加筆:同じく東北大学の押谷 仁 教授が、大学のぺージでよく分かるように説明してくださっています。 → https://www.med.tohoku.ac.jp/feature/pages/topics_217.html
WHO はもう少し早めに、この病気の世界的な拡がりの脅威を警告すべきでした。そうすることによって、各国政府に早めで真剣な取組をうながすことになったでしょう。

¶2.もう一つの問題は、横浜港に停泊している Diamond Princess 号の国際法的な位置と船長の指揮権です。(日本政府は、船内の感染者数を日本国内の症例とは別にカウントしています!)
・外国籍の船が、感染症とともに、3700人もの多国籍・多言語の人々を乗せて寄港してしまった場合(しかも、入国手続は全員未履行)に、どうすべきかというノウハウはなかった。だから日本政府は毅然たる/明快な方針を立てなかったということでしょうか。官僚主義的で、どこか真剣さが足りないような気がしました。
・それにしても、船のなかのとりわけ緊急の問題は、船長(とそのスタッフ)に権限・リーダーシップがあるはずですが、今回の事態からはそれがさっぱり見えてこない。乗客にたいするコミュニケーション、乗員従業員にたいする指示・指導‥‥大きな問題を残しました。
グロティウスから大沼保昭、金澤周作にいたる賢者も即答できない、歴史的で急を要する事態が発生したわけです。そうした認識が1月の時点では(だれにも?)不足していた。
「水際作戦」とか quarantine (昔は40日!今は14日)といった、近世・近代的な対策では、スペイン風邪(WWI 直後のインフルエンザ pandemic)以後の現代的感染症 - しかも、はじめは劇症でなくソフトに始まる新型感染症 - には対処できない。これに英語発信の立ち後れという「日本的」問題も加わって(Ghosn 事案の場合と同じ)、この2020年は疫病史だけでなく、世界史に刻みこまれる年になりそうです。

‥‥これによって、付随的に、2020年真夏のオリンピック強行という愚行が、なんとか延期・修正されるかな?

2020年2月11日火曜日

川島昭夫さん(1950-2020)

 川島さんが2月2日に亡くなったと、先ほど知らされました。69歳。

 1950年生まれ、あるいは1969年の京都大学入学者には人も知る逸材が多くて、(西洋史にかぎらず)あの人も、この人も、という情況でした、今でもそうです。ぼくが川島さんを意識したのは(誰から聞いたのでしたか)越智武臣先生のもとにすごい逸材がいる、ということでした。17世紀あたりの科学史やものの歴史、近代のantiquarianism といった変なこともやってる自由人!
 たしか父上は『西日本新聞』の記者で、そうした点でも、かつて『朝日新聞』九州本社に勤務した越智先生と話が通じやすかったのでしょうか。広く自由な興味関心のままに、京都の教員生活を楽しまれたのかな。いつだかの年賀状には、俳句をひねることもある、と記されていました。
 20年以上前のなにかの学会で、「こんなアホな報告、聞いていられない」と途中で廊下へ出たら、すでに廊下に退出していた川島さんと目が合って、あはは、となったこともありました。ぼくの「自由の度合い」は川島さんのそれに一歩出遅れている、ということかな。
 いまさらの恨み言をひとつしたためると、『岩波講座 世界歴史』16巻〈主権国家と啓蒙〉に執筆してくれるはずだったのに、どれだけ待っても原稿を出してくれず、1999年夏、ぼくがオクスフォードに滞在して自分の原稿の仕上げにアタフタしているうちに、岩波書店がこれ以上は待てないとのことで(当時はファクスおよび紙媒体の郵便のヤリトリでした)、結局見切り発車となってしまいました。そのときの「月報」には、正誤表のあとに、
 「本巻掲載予定の‥‥「森林と法慣習」(川島昭夫)は、都合により収載できませんでした。読者の皆様に深くお詫び申し上げます」
と記されています。
 その翌年の Anglo-Japanese Conference of Historians (IHR, 28 Sep.2000) ではオブライエン司会で
 British colonial botanic gardens and Edinburgh
という報告をなさいました。Respondent はキャナダインでした。
 谷川・川島・南・金澤(編著)『越境する歴史家たちへ』(ミネルヴァ書房、2019年6月)には寄稿されていません。
 最後にお会いしたのは京大の構内で、あわただしく挨拶しただけでした。川島さんが65歳で定年退職なさった直後ですから、4年前でしたか。ぼくも彼もそれぞれの研究会合に向かう途上で、こんなに急いで別れて良いのだろうか、とそのときも心残りでした。

 ご冥福をお祈りします。

2020年2月5日水曜日

ピート市長!


アイオワ州の民主党コーカスで、途中経過ながら、まさかの38歳 Pete Buttigieg が第1位!
政治手腕は未知数ですが、若さと落ち着きの好青年、democratic capitalism を支持する、カトリック≒アングリカンというので、案外これから他州でも支持を拡げるかも。Gay であると公言したうえでの出馬ですから、今後は右翼からの攻撃・揶揄はすごいでしょう(警備はしっかりやってほしい)。

長い大統領選挙キャンペーンで、ぼくが考える第1の基準は「トランプに勝てるか」です。サンダーズやウォレンがどれだけ正しいことを主張しても、最終的に全国で勝てない選挙戦をつづけるのは、トランプ再選に手を貸すことになる。今のアメリカ合衆国で50%以上の有権者を獲得できる、かつ理性的な政策・政治姿勢はなにか、という観点から考えるべきです。
想うに、16世紀フランスの血で血をあらった宗教戦争(36年間におよんだ)の最後に出現したポリティーク派(正しい信仰かどうかよりも、公共善/国家の存立を優先した人文主義者たち)の選択を、いまも実際的で賢明だと思います。「パリはミサに値する」。プロテスタントのナヴァル王アンリは、みずからの信仰を曲げてまで、内戦の終結、フランス王国の安泰、各信教の自由を優先しました。近世フランス、ブルボン朝の繁栄の始まりです。

ところで CNN も言うとおり、
  But while Buttigieg will struggle with building national name recognition,
  voters will likely struggle with pronouncing his name.
マルタ系の氏名らしいですが、日本のマスコミの「ブティジェッジ」という表記には無理がある。ゲルマン風には「ブティギーク」となりますが、これでは硬い。最初の音節 Butt に強勢をおいて、後半の -gieg をどう流すか、がポイントですね。弱く「ジッジ」ないし曖昧母音で「ジャッジ」かな。
https://edition.cnn.com/2019/01/23/politics/how-to-pronounce-pete-buttigieg/index.html
↑ こんなサイトがあります。すでに1年前にCNNの質問に答えて本人が「ブティジッジ」(後半は弱く曖昧)と発音しています。でも笑って「ピート」でいいんだよ、とのこと。

2020年2月3日月曜日

『みすず』 読書アンケート


 例年どおり、2月の始めに『みすず』の1・2月合併号(no.689)が到来。みすず書房から計134名の方々にたいして依頼した「2019年読書アンケート」の特集、読み始めると止まらなくなるのが欠点です!
 新刊本に限らず、また日本語の本に限らず、しかも長さは約*字とかいったゆるい制限で、読書によせて考えたことを自由に書いてよいことになっています。書き手として年末年始のちょうどよい節目でもあり、読み手としても、あぁ、あの人はまだ元気だとか、そうかこんな本があったのかとか。とても有意義なフォーラムだと思います。あきらかに1年前の『みすず』当該号を意識した発言もあったりして。
 原稿の到着した順に(あいうえおも、世代も専門もなく)そのまま組んでいる - でなければ暮から正月三が日の編集者が過労死してしまう!- のですが、加藤尚武さんに始まり、杉山光信さんが最後を締める構成のうち、ぼくはビリから11番目。
 ぼくの場合、論及したのは、
・歴史学研究会編『天皇はいかに受け継がれたか - 天皇の身体と皇位継承』績文堂、2019 
・尾高朝雄『国民主権と天皇制』講談社学術文庫、2019(初版は1947年)
・清水靖久『丸山真男と戦後民主主義』北海道大学出版会、2019
  → この本についてはすでに https://kondohistorian.blogspot.com/2020/01/blog-post_8.html でも述べました。
・山﨑耕一『フランス革命 - 共和国の誕生』刀水書房、2018
・Takashi Okamoto (ed.), A World History of Suzerainty: A Modern History of East and West Asia and Translated Concepts. Toyo Bunko, 2019

 それぞれ各々読まれるべき良書だと思いますが、一応、ぼくの側のストーリとしては、君主制ないし主権ないし国のかたちという問題; 
人としては丸山真男(を相対化する尾高朝雄、清水靖久、柴田三千雄、岡本隆司‥‥)で筋を通してみたつもりです。
 わずかながら、上村忠男、山口二郎、草光俊雄、苅部直、川本隆史、増田聡、喜安朗、市村弘正、キャロル・グラック、そして杉山光信といった方々の文章に(全面的にではないが一部分、強く)響くものを感じ、教えられる所がありました。
 なぜか説明なしのカタカナで暗号のように刻まれた言葉もありました。グラックさんの場合、記憶の palimpsest(前の字句を書き直した羊皮紙≒目の当たりにされた多重構造)のことですし(p.105);杉山さんの場合は jusqu'au-boutiste すなわち68年末・69年初の徹底抗戦派のことですね(p.110)。ぼくは、こんなことをしたためたことがあります。 → https://kondohistorian.blogspot.com/2019/09/blog-post_22.html
 なおまた patria/patriotism の問題が少なからぬ方々の心をとらえていることも知れました。将基面貴巳『愛国の構造』(岩波書店)に触れる方々が少なくありません。ジャコバン主義、共和政治、共同体運動を考えるときに、避けて通れない問題ですね。

2020年2月2日日曜日

つらい別れのときに エリオット

 ついに1月31日(日本時間では2月1日)連合王国(UK)はヨーロッパ連合(EU)から離脱。その最後のヨーロッパ議会で Auld Lang Syne (蛍の光)が合唱されたことは日本のメディアでも伝えられましたが、その前に EU 委員長≒大統領の von der Leyen (写真の手前左の女性)が、優しく(あるいは respectable な教養人としては当然の礼儀として)次のような詩を朗読したことは、日本で伝えられたのでしょうか? 女性作家ジョージ・エリオットの詩ですが、
   "Only in the agony of parting, do we look into the depths of love.
   We will always love you, and we will never be far."
  「つらい別れのときに、ようやくわたしたちは愛の深さ[複数形! あれこれの強烈な想い出!]を見つめる。
   これからもずっとあなたを愛しています。遠い所に行ってしまうわけではないので。」

 しかもこれに加えて、United in diversity といった青いバナー(横幕)が掲げられては、もぅ感涙するしかないじゃありませんか。

 こうした優しい配慮と友情にたいして、感謝を知らないウツケ者ファラージ(Brexit党)は、
1534年に我々はローマ教会から抜けて自由になった[首長法のこと]。いま我々はローマ条約[1957年の条約によるEEC結成]から自由になるのだ」

などと公言して悦に入っている。ローマカトリック信徒への差別、みずから国家主権の亡者であることを包み隠さぬポピュリストです。

 【ちなみにポピュリスト・ポピュリズムをマスコミは大衆迎合主義(者)と訳していますが、これは不十分です。大衆に迎合するようなこと[フェイクも含む]を言って扇情的に政治権力を執ろう[維持しよう]とする政治手法ですし、そういう政治家です。「デマゴーグ」と昔は呼んでいました。ファラージもジョンソンも、トランプもヒトラーも。大衆受けを狙うだけなら、そう悪いことじゃない。芸能人は(かつてのトランプも)それが商売です。しかし、デマゴーグの扇情的=分断的=反知性的手法でポリティックスをやられては、地獄か煉獄です。ナチス政権は、12年間続きましたね。】