OTさん
‥‥まず全体として本書は、『歴史とは何か』の副読本にとどまることなく、また内容的にも E.H.カーをめぐる人々の単なるエピソード集に収まることなく、20世紀の史学史・ヨーロッパ思想史になっている、と感じました。
最も印象に残ったのは、いかに20世紀のイギリスがヨーロッパからの頭脳の流入により受益していたか、という点です。ネイミアやエルトン、ホブズボームといった歴史家に加え、バーリンやポパーといった20世紀思想史の最重要級もその列に連なります。こうしてみると、20世紀のイギリスは長期衰退過程にあっても、最強の国際言語たる英語と教育/研究機関、リベラルな政治体制により、すばらしい人材を誘引していたことが改めてわかりました。同じ衰退国でも、21世紀の日本では逆立ちしても真似できそうもないのが、悲しいところです。
<中略>
また、カーのある種の欠落を明らかにする7章、8章も、非常に効果的だと思います。『パースト&プレズント』の面々との没交渉、フランス革命史研究への言及の欠如は、カーの知的傾向を理解するうえで重要でしょう。また女性たちおよび周辺人物とのコミュニケーション不全(15章)も、著作のみからはうかがえない彼の人格的凹凸をよく示しており、彼を把握するための助けになろうと思われます。
誰もが知る思想史上の大物ももちろんですが、個人的にはアクトンあたりに深い解説が加えられているのがありがたいです。主だった単著も邦訳もないアクトンの場合、特別な関心がない限り彼の著作を読むことも調べることもまずないと思われるので、彼の業績や歴史的評価に関する記述が読めるのは、貴重だと思います。
マンチェスタ大学史学科に関する記述(特にp. 219-220)も心が躍りました。わけても「オクスフォード・マンチェスタ・ケインブリッジ・ロンドンの4点からなる四角形」なる表現は、非常に誇らしい思いを抱かせるものでした。
以下には(些末ですが)気になった点を。
「付記10 LSEの変貌」の最終センテンス(p.180)、「そこにはかつてのように前近代の歴史を研究する教員はいない」という表現について。この文章は二重にとれまして、「LSEにはもう前近代経済史の専門家はいない」とも、「かつてのように」が「研究する」にかかるとすると「LSEの前近代経済史家の姿勢がかつてとは変わってしまった」とも解釈できます。いずれにせよ、「LSEにおける前近代経済史研究にかつての勢いはない」、あるいは、「前近代経済史研究から熱気が失われた」くらいの意味の文章だと拝察します。
しかし例えば、Oliver Volckart、イギリス史のPatrick Wallisなどは近世経済史において手堅い研究をしていると思います。アジア史でも、Tirthankar Royなどの仕事はどうでしょうか。
別にLSEを擁護する義理はないのですが、LSE:Department of Economic Historyの教員一覧を眺めるに、前近代についても専門誌でよく見る名前がそろっていて、依然として経済史研究の最前線だな、というのが私の印象です。これ以上充実した経済史のスタッフを揃えている機関は、そうはない。確かに往年のPatrick O'Brienのような大物が見当たらない、といわれればその通りです。また「黄金時代」のような熱気が感じられないとするなら(それも否定できません)、個々人の資質というより「付記」にも指摘されるとおり、もっと大きな知的潮流の変化に原因があるのでしょう。
OTさんに近藤より返信
ほとんど書評のようなコメント=メールをいただきました。内実のあるコメントを下さって、うれしい。たいへん心強く受けとめて、筆が軽く流れてしまった箇所など反省しています。
¶ マンチェスタについては、最初の留学で Boyd Hilton と V.A.C. Gatrell の指導を受けつつリサーチを開始したのですが、Manchester Central Library で Douglas Farnie先生(1926-2008)に会えてからは、ローカルな事情についてのお知恵を伝授していただくばかりでなく、史学史的な話もお好きなので、イギリスでも日本でも、会ってお話するのが楽しくなりました(拙著では p.281)。1987年9月に京都にいらしたときの写真をご覧にいれます(ぼくもまだ40歳になったばかり!)。
¶ 今日のLSEにおける歴史的学問の現状については、すみません、印象主義的な記述で凌いでしまいました。「付記10」p.180 の記述は、12行目「飛ぶ鳥を落とす勢いがある。」で終わりとし、以下は削除します。ここはむしろ、LSEは経済学自体の変貌、そしてヨーロッパ(西欧)中心史観からグローバルな視野への移行といった大きな変化を、オクスブリッジよりもはっきり代表具現している、と言うべきだったかもしれません。
2026年3月1日日曜日
『「歴史とは何か」の人びと 20世紀知識人群像』読者との交信 IV
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