2021年7月15日木曜日

エヴァンズ『エリック・ホブズボーム』上・下

 オクスフォードの歴史学欽定講座には Robert Evans (近世中欧、ハプスブルク朝)、
 ケインブリッジの歴史学欽定講座には Richard Evans (ドイツ特別の道、史学史) 
とじつに紛らわしい配置が続いていました。いずれにしてもオクスブリッジの歴史学が「国史」でなくヨーロッパ史に比重をかけていることの現れで、そのこと自体は歓迎していました。
このたび、そのリチャード・エヴァンズ(Cambridge)の『エリック・ホブズボーム 歴史の中の人生』上・下 が木畑洋一監訳で岩波書店から刊行。原著は2019年なので、たいへん迅速です。

 ホブズボームという魅力的な歴史家の生涯を実にさまざまの(私信も共産党諜報記録もふくむ!)情報を駆使しながら、かなりの詳細まで描き込んだ伝記で、性生活も、出版契約の金額の交渉・再交渉も書きこまれているのには驚きます。それにしても、ホブズボームのように20世紀を代表具現するような歴史家、包括的で飾らない人柄の伝記を書くよう遺族から依頼されたエヴァンズ(Birkbeckでホブズボームの同僚)は、誇らしく思ったことでしょう。
 リチャード・エヴァンズについて、個人的にIHRでの記憶はなく、むしろ2010年、ケインブリッジで President of Wolfson College になったことを記念する講演会に出ました。TVカメラも入り、「お顔を撮されたくない方はこちらへ」といった案内で、マスコミPRの上手な方、という印象でした。
 ずっと以前にはE・H・カーの What is History? の2001年版・2018年版への Introduction(研究史的なサーヴェイ)も読んでいて、その才覚には脱帽します。In Defence of History (2nd ed., 2001)の著者でもあります。

¶ ホブズボームと日本人については、訳者あとがきで木畑さんが触れておられるとおり、「日本人をよく分からない存在と思っていた」だろうと、ぼくも思います。 水田洋さんと何度も会って交渉したとしても、その(翻訳にその主なエネルギーが注がれた)仕事をよく理解していたわけでもないでしょう。それより前、戦後すぐに Past & Present で高橋幸八郎と接触していたはずですが、どこにも言及がありません。
 そもそも都築忠七さんをはじめ、ホブズボーム的ソシアビリテに入り込める日本人は、無かったのではないでしょうか。分析的な学問への意志、ジャズから異文化にいたる懇談・冗談まで、縦横に英語(やドイツ語・フランス語)でやりとりできる、左翼(的)知識人が戦前・戦後日本にいたか、という問題でもあります‥‥。
【ぼく自身はホブズボームが1974年に来日し、東大社研で講演したとき、一所懸命に労働者コミュニティについて質問しましたが、それは sociology だ、と軽くあしらわれました。1980年からIHRのホブズボーム・セミナーにも時折出席しましたが、ぼくからアピールすることは無かった‥‥。】  

¶ なお、E・H・カーについての言及は一箇所だけ(それも無内容)ですし、またカーの側でもホブズボームへの言及がない、ということが何を意味しているのか、(カーがイギリス共産党には一度も近づかなかったという事実以上には)すぐには分かりません。
 諸々のことを考えさせてくれる本ですが、それにしても、これは人を惹きつけて仕事の邪魔をする(!)本ですね。
 みなさん、夜に読み始めると、やめて就寝に向かう機会を失い、3時、4時になっても止まりません! 昼間明るいうちに読み始めましょう。

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