2026年3月22日日曜日

Habermasの死(1929-2026)

 ソメイヨシノの開花宣言については、わが近隣に靖国神社の標本木(19日に開花宣言)と同様の樹木があり、いま1分咲きです。
 それよりも新聞でハーバマスの死を知って、日本の新聞はどれもほんの10行もない軽い扱いなので、米英の新聞(オンライン版)のobituary=故人略伝を捜して見ました。New York Times はA4にすると約5.5ぺージほど、The Guardian は約3ぺージだけれど、現イスラエルをめぐる発言についての別の記事(22 Nov. 2023)へのリンクがあり、こちらは2ぺージほど。
 上の NYTの写真は、1969年のフランクフルト大学の様子。記事は礼賛的。
 これにたいして Guardianの2023年の記事はガザ戦争をめぐって、ハーバマスの German commitment to protecting Jewish life and Israel's right to exist の主張、それにたいする賛否をもっぱら扱っています。ナチスおよび東欧のポグロムの忌まわしさはどれだけ強調しても強調しきれない。戦後ドイツの Never again 原則は正しい。だれもなおざりにできない。とはいえ、それがイスラエル国家の排他的(独善的)存立擁護につながるのは、どうしてもおかしい。現イスラエル国家にたいする疑念を表明するだけで、即「反ユダヤ主義だ」とする立場に、ぼくは与することはできません。
 ハーバマスから多くを学び、「みずからの社会について熟議する市民」、そのうえに成り立つデモクラシーを信じる彼と希望を共有してゆきたいと考えるぼくとしては、このイスラエル全面擁護の立場は、残念な、苦い一点です。
 1929年に口蓋の障害をもって生まれてきたハーバマス、したがって10代でヒトラーユーゲントに編入された彼であればこそ、批判的に戦後のデモクラシー、啓蒙、世俗教養主義を代表具現したインテリゲンチアでした。 同じフランクフルト学派のマンハイムには共感を示した E.H.カーですが、ハーバマスについてはどう受けとめていたのか、わかりません。『歴史とは何か』の頃には、まだ『公共性の構造転換』(1962)は出ていなかった。その後も哲学者としてのみ見ていた? 民主主義、啓蒙、理性、進歩といったキーワード/価値観は、ハーバマスとカーのどちらにとっても枢要なもので、共有していたはずですが、複数性とか対話とかいったissue をカーは十分に問題意識化していなかった、ということでしょうか。分かりません。

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