2009年6月28日日曜日

本郷近影

 赤門の手前に このような建物が出現しました。フランス風というのか、オランダ様式というのか。黒い屋根に赤褐色の壁という構造が 緑に映えて、外観は悪くない。

 学士会分館とは 戦後すぐに、神保町・一橋の学士会館を占領軍(GHQ)が接収したので - 日本が1945年に一敗地にまみれて連合国に占領されたというのは、まさか常識でしょうね、学生諸君 - 、接収されてしまった立派な学士会館の代わりに、本郷の帝大構内に 急造りのモルタル2階建ての分館を建てたのが始まり。ここで学士たちの同窓会や集い、柴田先生の結婚披露宴とか、各種出版の企画会議とかが催され、さらには国大協の事務もおかれていたとは、今では常識ではないかもしれない。

 ぼくが委員だったころの史学会編集委員会は、常にここの2階の小部屋で開きました。 『深層のヨーロッパ』の原稿(皇太子の結婚式と都市暴動)を編集者に手渡したのも、1987年、この分館1階のラウンジでした。1992年の、記憶から「過ぎ去ろうとしない」日本西洋史学会大会の懇親会も、ここでやりました。

 その後、ナタリ・Z・デイヴィスはここを Faculty House と呼び、ゲオルク・イガース先生はここで軽食とともに懇談したけれど、本当は faculty ではなく、graduates の会員施設。だから 英語の本来の意味での club house ですね。 それよりむしろ、この建物の南の芝生で、毎夏 開店するビアホールで 無数の蚊と戦いつつ 安いビールを飲んだことを覚えている人は 少なくないでしょう。

 そのビアホールの芝生が立ち入り禁止になって、考古学的に発掘調査されたかと思うまもなく、写真のような中層のしゃれた建物になりました。まだ外装だけです。後方 【写真 右下】 の白っぽいモルタル造り2階建て分館は、築60年にして、すでに風前の灯火です。戦後アカデミズムの 一つのmemento. 機会があったら、写真でも撮ってやってください。

 それにしても 日本の街並みは電柱と電線に覆われていますね。それが 一歩大学構内に入ると、たいていの大学では電線が目立たない。 ということは、電信柱を地下に埋めるのは、その気になれば 特別に困難なわけではない、ということですね。

3 件のコメント:

古谷大輔 さんのコメント...

なかなか最近本郷はおろか、東京へ向かう機会も(そして気力も)ありませんが、学士会館の近影に懐かしい思いがします。

確かに古くからあるヨーロッパの町並みにはあまり電柱をみかけません。電柱がないのは事実なのですが、しかしよくよく町中を歩いてみると、電線類が地下に埋設されているのではなく、(表通りはスッキリしていても)ちょっとおくまった裏道や建物の軒下などに電線が張り巡らされているというのを目にしたりします。この間、ウップサーラに滞在していたときに、大学から借りた宿舎の通信がおかしくなったときに、その宿舎の面する地区の通信ケーブルをチェックするから…といわれ、「地下を掘り返すのかな?」と思っていたら、なんのことはない建物の裏手のほうにケーブルがはられていて、チェックされていました。

日本だと、電柱を無くすことと電線などを地中に敷設することは一緒と考えることが一般的ですね。行政は、地下に埋設する際の電線類の建設’管理に関しては一定の基準を策定しているものの、実際にその工事を行うのは行政ではなく、電線や通信ケーブルなどを管理する電力会社や通信会社といった民間会社の負担で工事を行わねばならず、従って、そうした民間会社の業績に左右される形で、電線類の地下埋設工事が遅々として進まない事情があるようですね。

近藤 さんのコメント...

 コメントありがとう。
 たしかに電信電話についてはそうですね。オクスフォードの北、Summertown という住宅地に住んでいた折に意識したことですが、電力・ガス関連の配線はしっかり地下に埋めてあるのに、電話線が日本やアメリカ西部のように手当たり次第に地上に配線されているので、せっかくの住宅地の景観が台無しだな、と思いました。ナイティンゲールをはじめとする小鳥にとっては、水平な線がたっぷりあるのは、また便宜な環境なのでしょうが。

 1999年、都知事選に立候補した柿沢弘治(もとリベラルズ、外相)は、「東京から電信柱をなくす」というのを一つのスローガンとして掲げたのですが、政党再編成の荒波のなかで自民党推薦は明石康に取られ、票は石原慎太郎に取られ、深川のエリート【両国高校 → 東大 → 大蔵省 → フランス勤務 → 議員】は惨敗しました。

 その後「都市から電信柱をなくす」といった選挙公約は耳にしませんね。

近藤 さんのコメント...

 本日10日(金)に工事用の囲いが取り払われ、ようやく経済学部からこの新しい建物の脇を通って博物館へ直行できる vista が開けました。旧学士会分館そのものは電線もなにもはずして、すぐにでも解体工事が始まるかという模様。
 さっそく覚えたばかりのリンクを応用してみましょう。
学士会分館から「学術研究交流棟」へ