2026年8月17日月曜日

刀水書房の歴史

 すでに立秋を過ぎて、さすがに暑さはおだやかになってきたかと思いきや、線状降水帯(むかしの表現では集中豪雨)でたいへんな思いをされた地域のみなさん、お見舞い申しあげます。

 夏休み気分のところ、久方ぶりに刀水書房の中村さんからお手紙! と喜んで開封してみると、なんと8月末で「48年の社歴を閉じる」とのお知らせです。驚きました。「現在のあまりにも本が売れない状況」に言及なさっていますが、スマホに加えてAIの普及により、なおさら本も雑誌も手にしない人が増えました。新聞すら購読者は減っています。
 想い起こすに、ぼくにとって刀水書房は、樺山紘一さんの『カタロニアへの眼』(1979)で始まります。その出版の前年に名古屋・栄までいらして、ぼくと青木くんを相手に、バルセロナ、そしてガウディの魅力を語って下さったものです。80年代には比較文明学会が『比較文明』誌を出していたのですが、ぼくが寄せた学会記事の小文について、桑原社長から電話で質疑があったことも覚えています。
〈樺山さんの世代の英才で山川出版社の『世界史小辞典』(今のと違い、オレンジ色のコンパクトで優秀な歴史辞典!)の小項目を分担し、編集長・桑原さんのお世話になった人は少なくないでしょう。ぼくたちの世代ですとまだ大学に入ったばかりで、事情はよく存じませんでした。桑原さんが70年代の終わりに山川から独立して、ご自分の出版社を立ち上げ、その書房の名を、利根川の源、刀根に発する「刀水」となさる、と聞いて、どうして「刀」なんだ? と的はずれの疑問をもったこともありました。〉
 樺山さんと桑原社長の友情は強いもので、それは刀水書房における西洋中近世史の出版が多いばかりでなく、実質的に樺山編になる『20世紀の歴史家たち』計5巻(1997-2006)、そして最近の〈世界史の鏡〉という(未完結の)シリーズにも反映しています。豪華献呈本、高山・池上編『宮廷と広場』(2002)もありました! 城戸先生をはじめ、少なからぬ歴史家への献呈論文集も続きました。
 樺山さんの縁というわけではないでしょうが、中東欧史でも刀水書房は存在感を示してきました。わが友人、木村和男の『カナダ自治領の生成 英米両帝国下の植民地』(1989)、そして綾部先生の『カナダ民族文化の研究』(1989)にはじまり、『カナダの歴史 大英帝国の忠誠な長女』(1997)を経由して、カナダ関係の重要な出版も続きました。

 ぼく個人はといえば、上の『20世紀の歴史家たち』で、大塚久雄、ナタリ・Z・デイヴィス、E・P・トムスンの3項目を執筆しました。編集の中村文江さん(フーミン)とは、他にもいろいろと思いつきを語らい、実現したもの、そのまま流れた/棚上げのものがいくつもあります。史学会編『歴史の風』(2007)は実現したうちの一つでした。翻訳書も次々に出て、歴史専門出版社としての定評は固まりましたね。ぼくが関与したわけではありませんが、城戸毅『百年戦争』(2010)とか、山﨑耕一『フランス革命』(2018)といった、当該分野において日本語で読める、もっとも信頼できる=成熟した概説書も公刊されています。
 なお個性的なところでは、佐藤清隆さんの英レスタ市におけるエスニックな人びととの交流にもとづくフィールドワーク、Memory & Narrative Series もあります。木谷勤さんの『讃岐の一豪農の三百年』(2014)もありました。
 そうした価値ある出版群の実質的な掉尾にあたるのが、二宮宏之ドラマールを読む』(2025)だったといえるでしょうか。刀水書房の出版歴の誇るに足る記念碑です。
 こうした刀水書房が悲しいことに、この夏にその社歴を閉じるとのことですが、今月にかぎり在庫本を特別販売なさるというので、ぼくの場合は既に手元にあるものは多いのですが、出版図書目録を見て5冊ほど注文してみました。
 http://www.tousuishobou.com/ には社の歴史と桑原社長の写真などがあります。
全出版の書名一覧・索引 http://www.tousuishobou.com/sakuin/syomei.htm もあります。
 いずれ社のお仕事の邪魔にならない日時に、ほんの少時、ご挨拶に行ってみましょう。

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