柴田先生をしのぶ会。‥‥あつかった。
想定外に多いドタ参、思いの外にたっぷりしたお話、案外の音響効果も加わって、あわてました。とはいえ、集った皆さんは善意の人ばかり。
しめやかなのは密葬で済んでいますので、今夕は期待したとおりに、懐かしく楽しい集いとなり、よかった。
最後の挨拶にもありましたように、柴田史学をこれから前向きに継承するのが、われわれの課題だと思います。あまりボヤボヤしておられません。
『史学雑誌』7号に寄せた追悼文だけでは意を尽くせませんので、べつにも書きます。
2011年7月17日日曜日
2011年7月11日月曜日
こんなページ
少しは楽しい話題を、ということで、みなさん、東大文学部のサイトに、こんなページがあることはご存じでしたか?
これは柴田元幸さん↓
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/personage/1713.html
ほかにも、ずっとアカデミックな人、びっくりする人、等々、
それぞれお顔がずいぶんアップで写っているのも利点かな。
→ http://www.l.u-tokyo.ac.jp/personage/
これは柴田元幸さん↓
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/personage/1713.html
ほかにも、ずっとアカデミックな人、びっくりする人、等々、
それぞれお顔がずいぶんアップで写っているのも利点かな。
→ http://www.l.u-tokyo.ac.jp/personage/
2011年7月9日土曜日
Strawberry Hill
ちょっとは明るい記事ということで、IHRからのご案内です↓↓
ロイヤルホロウェイの皆さんは、学校の催しでさんざ連れていかれた所ではないかな。
Dear Friend
This summer we are organising a group outing for Friends of the IHR to Strawberry Hill House on Wednesday 10 August.
As you may know, Strawberry Hill House was created by Horace Walpole in the 18th century, and is known for its beautiful gothic architecture. The house has been recently restored and has only just been opened to the public. For more details on the house and its gardens please have a look at their website: www.strawberryhillhouse.org.uk
The tour, which will be exclusively for the Friends, will begin at 11.30am and lasts for approximately one and a half hours. The cost will be £15.00 per person.
After the tour it will be possible to buy a light lunch in the cafe at the house. If you would like to do this, please let us know and we will book a table for our group.
We are limited to 20 places so please contact us if you would like to book a place.
Strawberry Hill House is in Twickenham, for more information on how to get there please following this link: http://www.strawberryhillhouse.org.uk/travel-info.php
ロイヤルホロウェイの皆さんは、学校の催しでさんざ連れていかれた所ではないかな。
Dear Friend
This summer we are organising a group outing for Friends of the IHR to Strawberry Hill House on Wednesday 10 August.
As you may know, Strawberry Hill House was created by Horace Walpole in the 18th century, and is known for its beautiful gothic architecture. The house has been recently restored and has only just been opened to the public. For more details on the house and its gardens please have a look at their website: www.strawberryhillhouse.org.uk
The tour, which will be exclusively for the Friends, will begin at 11.30am and lasts for approximately one and a half hours. The cost will be £15.00 per person.
After the tour it will be possible to buy a light lunch in the cafe at the house. If you would like to do this, please let us know and we will book a table for our group.
We are limited to 20 places so please contact us if you would like to book a place.
Strawberry Hill House is in Twickenham, for more information on how to get there please following this link: http://www.strawberryhillhouse.org.uk/travel-info.php
2011年7月4日月曜日
本郷の変貌 - 楠を切る愚 -
ご無沙汰しています。またもや悲しいニュースです。
先のエントリから6週間もあいだが空きました。
理由として、例年より2コマ多い授業;柴田先生関連の追悼文の執筆(『史学雑誌』7号)や 7月14日の準備とかいったこともないではありません。しかし何といっても、総合図書館前で写真に見ていただくような変な工事が進行して、驚愕し、動揺し、しかもこれを推進している方々がぼくの知らない人々ではない、という事実に当惑して、無力感にさいなまれている、というのが大きい。
5月26日、文学部教授会において、鈴木先生がじつに冷静・簡潔に、1923年関東大震災の戒めの象徴である噴水(地下は貯水池)と楠の大樹2本を、2011年東日本大震災の年に破壊するという東大執行部の案は愚劣にして驕慢、と説いてくださって、これで安心と思いきや。
教授会関係者がほとんど本郷にいない6月4日(土)に、写真のような工事が速やかに遂行されたのです。枝ばかりでなく、根回りも「処置」されました。ほとんど重機の前に投身して、業務妨害=阻止行動をとりたい気分でした。
東大の総合図書館書庫問題は、もう20年前から議論されていて、ぼくは今の建物の真下の地下か、農学部の野球場の地上および地下に10層の書庫を建築すべきだと言い続けていました。予算がかかりすぎるとかなんとかいった理由で、むずかしいとされてきました(本気に検討されたことはあったのでしょうか)。
→ http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/contents/ac.html
今回は、それゆけ現(文系)執行部のうちに、という拙速案で、歴史も記憶も景観も思慮も、どこかへ吹っ飛んでしまった。たった300万部の図書のために、楠の大樹2本と、立派な噴水を抹消するなら、現執行部と新図書館構想会議のメンバーは将来にわたって呪われるでしょう。(300万部って、ケインブリッジ大学中央図書館の3分の1にも満たないよ!)
みなさん、工学部の公園スペースの緑のなかに、前田藩のお女中の呪いを鎮めるための灯籠が、いまでも大事に保存されていることを、ご存じですか。新図書館構想会議のメンバーである歴史学の先生方が、歴史を粗末になさるのを端で見ているのは、じつに悲しく虚しいことです。
先のエントリから6週間もあいだが空きました。
理由として、例年より2コマ多い授業;柴田先生関連の追悼文の執筆(『史学雑誌』7号)や 7月14日の準備とかいったこともないではありません。しかし何といっても、総合図書館前で写真に見ていただくような変な工事が進行して、驚愕し、動揺し、しかもこれを推進している方々がぼくの知らない人々ではない、という事実に当惑して、無力感にさいなまれている、というのが大きい。
5月26日、文学部教授会において、鈴木先生がじつに冷静・簡潔に、1923年関東大震災の戒めの象徴である噴水(地下は貯水池)と楠の大樹2本を、2011年東日本大震災の年に破壊するという東大執行部の案は愚劣にして驕慢、と説いてくださって、これで安心と思いきや。
教授会関係者がほとんど本郷にいない6月4日(土)に、写真のような工事が速やかに遂行されたのです。枝ばかりでなく、根回りも「処置」されました。ほとんど重機の前に投身して、業務妨害=阻止行動をとりたい気分でした。
東大の総合図書館書庫問題は、もう20年前から議論されていて、ぼくは今の建物の真下の地下か、農学部の野球場の地上および地下に10層の書庫を建築すべきだと言い続けていました。予算がかかりすぎるとかなんとかいった理由で、むずかしいとされてきました(本気に検討されたことはあったのでしょうか)。
→ http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/contents/ac.html
今回は、それゆけ現(文系)執行部のうちに、という拙速案で、歴史も記憶も景観も思慮も、どこかへ吹っ飛んでしまった。たった300万部の図書のために、楠の大樹2本と、立派な噴水を抹消するなら、現執行部と新図書館構想会議のメンバーは将来にわたって呪われるでしょう。(300万部って、ケインブリッジ大学中央図書館の3分の1にも満たないよ!)
みなさん、工学部の公園スペースの緑のなかに、前田藩のお女中の呪いを鎮めるための灯籠が、いまでも大事に保存されていることを、ご存じですか。新図書館構想会議のメンバーである歴史学の先生方が、歴史を粗末になさるのを端で見ているのは、じつに悲しく虚しいことです。
2011年5月25日水曜日
魚住昌良 先生
魚住昌良先生が亡くなったということです。享年80歳。
このブログは訃報欄ではありません。しかし、ふつうの西窓記事をしたためる間もなく過ごしていると、とくに最近、大事な方々が亡くなって、しかも何故か大新聞がその事実を報じないという奇妙な現象=症候群がつづきますので、それでは、と事実だけ記しています。
→ http://www.icu.ac.jp/news/20110519-479.html
魚住先生については、80年代の名古屋大学のころから中世史の方々の間で話題になっていました。立教の鵜川馨先生がイギリスから積極的に歴史家を招聘なさっていましたが、最初の Paul Slack のときでしょうか、Joan Thirsk でしょうか、Spufford夫妻だったでしょうか、分からなくなってしまいましたが、そのセミナーの帰路、紀恵先生が間に入って魚住先生から「折いったお話を」ということで、池袋西口の喫茶店に寄り、ICUの非常勤講師を慫慂されました。ありがたいお申し出で、即決し、それ以来、ICUとの関係が生じたわけです。
その後、ICU出身の(元)学生たちとの縁がつづきますが、すべてこのときの魚住先生のお話から始まるわけです。
合掌。
このブログは訃報欄ではありません。しかし、ふつうの西窓記事をしたためる間もなく過ごしていると、とくに最近、大事な方々が亡くなって、しかも何故か大新聞がその事実を報じないという奇妙な現象=症候群がつづきますので、それでは、と事実だけ記しています。
→ http://www.icu.ac.jp/news/20110519-479.html
魚住先生については、80年代の名古屋大学のころから中世史の方々の間で話題になっていました。立教の鵜川馨先生がイギリスから積極的に歴史家を招聘なさっていましたが、最初の Paul Slack のときでしょうか、Joan Thirsk でしょうか、Spufford夫妻だったでしょうか、分からなくなってしまいましたが、そのセミナーの帰路、紀恵先生が間に入って魚住先生から「折いったお話を」ということで、池袋西口の喫茶店に寄り、ICUの非常勤講師を慫慂されました。ありがたいお申し出で、即決し、それ以来、ICUとの関係が生じたわけです。
その後、ICU出身の(元)学生たちとの縁がつづきますが、すべてこのときの魚住先生のお話から始まるわけです。
合掌。
2011年5月18日水曜日
クリオ 25号
土曜に日本西洋史学会大会@日大文理学部 に行ってみたら、『クリオ』25号(2011) が新刊発売中。美女編集部の奮闘努力により、想定をこえる立派なものができていました。全88ページ、1000円也。
ロング・インタヴューというより、まるでアルバムのように写真が一杯というのも、一つのメリットかと。
もとになった2月24日のインタヴューは、柴田先生がこんなに早く亡くなるとは想像もしないままの発言でした。じつは3時間というのは案外短かくて、たとえば 1967-8年の折原ゼミのことや70年代の『社会運動史』のことはいっさい言及されず、他にもいろんなことを言い落としているのですが*、柴田先生と二宮さん、そして Boyd Hilton について最低限の必要なことは明言していると思います。
* たとえば、どんな文書館でどんなリサーチをしてどんな出来事があった;英語ペーパーの発表や論文投稿でどんな苦労をした;科研グループではこんなことをしている;教科書執筆の苦労と楽しさ;出会った編集者たちの個性と志、etc. といったことです。
そもそも1960年代~80年の「ケインブリッジ歴史学の黄金時代」については、『スキャンダルと公共圏』(山川出版社、2006)pp.19-25 で述べたので、インタヴューで繰りかえすまでもないと考えました。またインターネット・リソースについては、複数のインタヴューや講演【 Cengage、東大TV 】がオンラインに載っているので、これも今回は立ち入っていません。
それにしても、ご関心のむきは、ご覧ください。
ロング・インタヴューというより、まるでアルバムのように写真が一杯というのも、一つのメリットかと。
もとになった2月24日のインタヴューは、柴田先生がこんなに早く亡くなるとは想像もしないままの発言でした。じつは3時間というのは案外短かくて、たとえば 1967-8年の折原ゼミのことや70年代の『社会運動史』のことはいっさい言及されず、他にもいろんなことを言い落としているのですが*、柴田先生と二宮さん、そして Boyd Hilton について最低限の必要なことは明言していると思います。
* たとえば、どんな文書館でどんなリサーチをしてどんな出来事があった;英語ペーパーの発表や論文投稿でどんな苦労をした;科研グループではこんなことをしている;教科書執筆の苦労と楽しさ;出会った編集者たちの個性と志、etc. といったことです。
そもそも1960年代~80年の「ケインブリッジ歴史学の黄金時代」については、『スキャンダルと公共圏』(山川出版社、2006)pp.19-25 で述べたので、インタヴューで繰りかえすまでもないと考えました。またインターネット・リソースについては、複数のインタヴューや講演【 Cengage、東大TV 】がオンラインに載っているので、これも今回は立ち入っていません。
それにしても、ご関心のむきは、ご覧ください。
2011年5月10日火曜日
柴田三千雄 先生
つつしんでお知らせいたします。
柴田三千雄先生(東京大学 名誉教授、フェリス女学院大学 名誉教授)は、
5月5日に肺炎のため亡くなりました。
1926年10月、京都・伏見のお生まれですから、享年84歳でした。
すでに近親者による密葬は済みました(ご遺族の意向を第一に考えて、広報は控えました)。
著書に『バブーフの陰謀』『近代世界と民衆運動』『フランス史10講』など。
他に旧『岩波講座 世界歴史』『世界史への問い』(いずれも岩波書店)の編集執筆、
そして高校の教科書『世界の歴史』『新世界史』『現代の世界史』(いずれも山川出版社)があります。
フランス共和国の学術文化功労勲章 Officier des palmes académiques を受勲。紫綬褒章も。
「しのぶ会」が 7月14日午後6時に東京大学・山上会館で予定されています。
柴田三千雄先生(東京大学 名誉教授、フェリス女学院大学 名誉教授)は、
5月5日に肺炎のため亡くなりました。
1926年10月、京都・伏見のお生まれですから、享年84歳でした。
すでに近親者による密葬は済みました(ご遺族の意向を第一に考えて、広報は控えました)。
著書に『バブーフの陰謀』『近代世界と民衆運動』『フランス史10講』など。
他に旧『岩波講座 世界歴史』『世界史への問い』(いずれも岩波書店)の編集執筆、
そして高校の教科書『世界の歴史』『新世界史』『現代の世界史』(いずれも山川出版社)があります。
フランス共和国の学術文化功労勲章 Officier des palmes académiques を受勲。紫綬褒章も。
「しのぶ会」が 7月14日午後6時に東京大学・山上会館で予定されています。
2011年4月12日火曜日
次高さんのこと
あの佐藤次高さんが亡くなるとは、にわかに信じられない事実です。一晩あけると、いろいろな場面が想い出されます。
ぼくが東大文学部に赴任した1988年には「助教授の会」というのがあって、佐藤次高、樺山紘一、青柳正規、藤本強といった大物たちがまだ助教授で、若々しくのさばっておられた。この方たちは教授になってからも、しばらくは「助教授の会」を牛耳っておられた。正確に言うと、彼らが「助教授の会」のメンバーでなくなると、この会そのものが無くなったのです。大学院重点化とともに多くのことが転変しました。
佐藤という名は東大に多いので、「次高さん」と呼ばれていました。その次高さんには、大学の外でも、『現代の世界史』いらい高校教科書や各種の委員会で親しくお付き合いいただきました。右にしめす(著作権の関係でごく一部しかご覧にいれませんが)文章は、山川出版社の世界史教科書の販促パンフレットで、表紙の次、最初(p.2)に佐藤さん、その次(p.3)にぼくという担当でしたためたものです。ぼくは世界史教科書とか教育といったことを書きましたが、佐藤さんの場合は、むしろ日本におけるイスラーム研究の主導者のお一人としての自覚が正面に出た文章となっています。
そうした編集委員会では、1991年、ぼくが『思想』にしたためた「世界史の教科書を書く」という短文について、「悲鳴をあげるより前に[本文の]原稿を‥‥」と戒められたり、ごく最近でも、ぼくが教科書の新稿で〈‥‥だった。〉〈‥‥だが、〉という文体で書いている数カ所をみて「やはりこれは教科書ですから、〈‥‥であった。〉〈‥‥であるが、〉にしませんか」というようにやんわりと、しかし妥協の余地なく方針をお示しになったり。
穏やかだが、しかし原則をまげない人;そして原稿は(冗談まじりの言い抜けかもしれないことを口になさりながらも、たいていは)期日通りにできあがってくる;夕食の座談はもっぱら佐藤さんの逸話を中心にめぐる、というわけで、出版社の覚えは最高によかったのではないでしょうか。学問的な実力に裏づけられた、余裕の人でした。
ぼく個人としては、それより先に、大きなご恩にあづかりました。1989年秋、Martin Daunton との出会いをアレンジしてくださったのが佐藤さんだったのです。
Urbanism in Islam という、初めて聞いたときは、なんだかよく分からん企画だなと思わせる国家的プロジェクトで、板垣雄三さんや佐藤次高さんが中心になって、80年代から多数のイスラム研究者を招聘していました。
そのなかに紛れて、イスラームなんか全然関心のない、しかしイギリス都市史の有望らしい研究者として「ダーントン」とかいうロンドン大学の若手教授が来ているんです、近藤さん お相手してくださる? というお声掛かりで、三鷹のホテルに行き、シンポジウムそのものはお呼びでなかったのですが、夕食は佐藤さんの基金で、しかし Martin とぼくの二人で会食したのが最初です。
いやぁ、楽しかった。Martin はまだ30代の終わりで、初対面なのに、Jim Dyos や Asa Briggs や Theo Barker や Derek Fraser そして Vic Gatrell といった都市社会史の人びとのことで盛り上がりました。そのころはまだ日英歴史家会議(AJC)の生まれる気配さえなかったのですが、次にイギリスで長期滞在するなら、彼のいる UCL だな、と思いました。
→ これは両方とも1994年に実現することになります。
次高さんに話は戻りますが、日本のイスラーム研究と東洋史をたばね、山川出版社、講談社、岩波書店、等々の多くの歴史書出版を表裏で学術的に支えてきた佐藤さんがいなくなって、これからどうなるのでしょう。
それから、ウイグル自治区からの留学生トフティ君の問題は、結局、佐藤さんの元気なあいだには解決しなかったわけで、中国政府への憤りも増します。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~toyoshi/tohti.html
ぼくが東大文学部に赴任した1988年には「助教授の会」というのがあって、佐藤次高、樺山紘一、青柳正規、藤本強といった大物たちがまだ助教授で、若々しくのさばっておられた。この方たちは教授になってからも、しばらくは「助教授の会」を牛耳っておられた。正確に言うと、彼らが「助教授の会」のメンバーでなくなると、この会そのものが無くなったのです。大学院重点化とともに多くのことが転変しました。
佐藤という名は東大に多いので、「次高さん」と呼ばれていました。その次高さんには、大学の外でも、『現代の世界史』いらい高校教科書や各種の委員会で親しくお付き合いいただきました。右にしめす(著作権の関係でごく一部しかご覧にいれませんが)文章は、山川出版社の世界史教科書の販促パンフレットで、表紙の次、最初(p.2)に佐藤さん、その次(p.3)にぼくという担当でしたためたものです。ぼくは世界史教科書とか教育といったことを書きましたが、佐藤さんの場合は、むしろ日本におけるイスラーム研究の主導者のお一人としての自覚が正面に出た文章となっています。
そうした編集委員会では、1991年、ぼくが『思想』にしたためた「世界史の教科書を書く」という短文について、「悲鳴をあげるより前に[本文の]原稿を‥‥」と戒められたり、ごく最近でも、ぼくが教科書の新稿で〈‥‥だった。〉〈‥‥だが、〉という文体で書いている数カ所をみて「やはりこれは教科書ですから、〈‥‥であった。〉〈‥‥であるが、〉にしませんか」というようにやんわりと、しかし妥協の余地なく方針をお示しになったり。
穏やかだが、しかし原則をまげない人;そして原稿は(冗談まじりの言い抜けかもしれないことを口になさりながらも、たいていは)期日通りにできあがってくる;夕食の座談はもっぱら佐藤さんの逸話を中心にめぐる、というわけで、出版社の覚えは最高によかったのではないでしょうか。学問的な実力に裏づけられた、余裕の人でした。
ぼく個人としては、それより先に、大きなご恩にあづかりました。1989年秋、Martin Daunton との出会いをアレンジしてくださったのが佐藤さんだったのです。
Urbanism in Islam という、初めて聞いたときは、なんだかよく分からん企画だなと思わせる国家的プロジェクトで、板垣雄三さんや佐藤次高さんが中心になって、80年代から多数のイスラム研究者を招聘していました。
そのなかに紛れて、イスラームなんか全然関心のない、しかしイギリス都市史の有望らしい研究者として「ダーントン」とかいうロンドン大学の若手教授が来ているんです、近藤さん お相手してくださる? というお声掛かりで、三鷹のホテルに行き、シンポジウムそのものはお呼びでなかったのですが、夕食は佐藤さんの基金で、しかし Martin とぼくの二人で会食したのが最初です。
いやぁ、楽しかった。Martin はまだ30代の終わりで、初対面なのに、Jim Dyos や Asa Briggs や Theo Barker や Derek Fraser そして Vic Gatrell といった都市社会史の人びとのことで盛り上がりました。そのころはまだ日英歴史家会議(AJC)の生まれる気配さえなかったのですが、次にイギリスで長期滞在するなら、彼のいる UCL だな、と思いました。
→ これは両方とも1994年に実現することになります。
次高さんに話は戻りますが、日本のイスラーム研究と東洋史をたばね、山川出版社、講談社、岩波書店、等々の多くの歴史書出版を表裏で学術的に支えてきた佐藤さんがいなくなって、これからどうなるのでしょう。
それから、ウイグル自治区からの留学生トフティ君の問題は、結局、佐藤さんの元気なあいだには解決しなかったわけで、中国政府への憤りも増します。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~toyoshi/tohti.html
2011年4月10日日曜日
年年歳歳 花相似
年年歳歳 花相似
歳歳年年 人不同
という対句が、今年ほど染みいる春はないかもしれない。
洛陽の城東、大横川につらなる桜並木は例年どおり、この日曜に静かに満開を迎えました。けれども、恒例となっていた石島橋における門前仲町商店街と東京海洋大による露店と甘酒、そして大道芸のもてなしは、なし。
花は相似て美しいがゆえに、人間すなわち社会の転変がきわだって認識される。
3.11は、10年前の9.11よりも、文明にとってはるかに大きい衝撃となるのではないか。「敵」を作りだして攻撃することによってごまかしたり、やりすごしたりはできません。国家か無国家か、という問題の立て方もまちがっているのではないでしょうか。
Amazing Grace
このところ、映画どころじゃないという空気かもしれませんが、「アメイジング・グレイス」は、銀座テアトルにて15日まで、とのことです。
→ http://www.ttcg.jp/theatre_ginza/nowshowing
かなり宗教的な感想を述べているブログもあると知りました。
→ http://blog.goo.ne.jp/mamedeifque/e/efd8991a02e3b0f35a9453a61fba64d4
ぼくの場合は、小ピットというかなり近代的な statesman なしには説明のつかない歴史だと考えています。ピット → ピール → グラッドストンへとつながる系譜。
ちかごろ論議される、国難に直面した「リーダーシップ」の問題ですね。これに「男の友情」が加わった映画ですから、当然ながら『イギリス史10講』でも引用させていただきます。
ジャコバン史観に支配された日本の高校教科書では、ピットはまるで保守反動の権化みたいに描かれてきた。めぐりめぐって無能な首相がほぼ1年前後で交替をくりかえすという醜態は、戦後世界史教育のひとつの結果か、という気もします。
→ http://www.ttcg.jp/theatre_ginza/nowshowing
かなり宗教的な感想を述べているブログもあると知りました。
→ http://blog.goo.ne.jp/mamedeifque/e/efd8991a02e3b0f35a9453a61fba64d4
ぼくの場合は、小ピットというかなり近代的な statesman なしには説明のつかない歴史だと考えています。ピット → ピール → グラッドストンへとつながる系譜。
ちかごろ論議される、国難に直面した「リーダーシップ」の問題ですね。これに「男の友情」が加わった映画ですから、当然ながら『イギリス史10講』でも引用させていただきます。
ジャコバン史観に支配された日本の高校教科書では、ピットはまるで保守反動の権化みたいに描かれてきた。めぐりめぐって無能な首相がほぼ1年前後で交替をくりかえすという醜態は、戦後世界史教育のひとつの結果か、という気もします。
2011年4月8日金曜日
『二宮宏之著作集』 第2巻
第2巻〈深層のフランス〉(岩波書店)は、8日(金)発売です。
巻末の「解説」には、こんなことをしたためました。
・「各論考は、執筆された時代とときの学界にたいして発言する著者のアンガジュマンであったが、そうした時代と学界のあり様をあらためて考えることによって、何がどうみえてくるだろうか。」p.435
・「一九八〇年代~九〇年代に広く日本の読書公衆に知られることになる二宮連峰の最初の頂き‥‥」p.438
・「二〇世紀日本の考える歴史家、二宮宏之の自己意識の証言がある。‥‥『講座』と『歴史哲学』は、彼の一生ついてまわる問いとなった。」p.445
・「ブルターニュにおける地域慣行と領主制、土地経営と新税を分析し、民衆の心性を論じる「印紙税一揆」には、一九六〇年代までの二宮戦後史学のエッセンスが流れ込み、ここから七〇年代の二宮社会史が流れ出す。高橋幸八郎の退官を記念する弟子たちの論文集‥‥への寄稿という象徴性、そして長い病臥からの恢復の喜びが明らかである。‥‥二宮は高橋史学のエスプリを継承しつつ、その呪縛から自らを解放した。」pp.445-6
・「第2巻〈深層のフランス〉という名の豊穣な社会文化史のディナーの最後に設けられた、美味なるデザート・コース‥‥。このコースは、苦いコーヒーで締められる。」p.451
巻末の「解説」には、こんなことをしたためました。
・「各論考は、執筆された時代とときの学界にたいして発言する著者のアンガジュマンであったが、そうした時代と学界のあり様をあらためて考えることによって、何がどうみえてくるだろうか。」p.435
・「一九八〇年代~九〇年代に広く日本の読書公衆に知られることになる二宮連峰の最初の頂き‥‥」p.438
・「二〇世紀日本の考える歴史家、二宮宏之の自己意識の証言がある。‥‥『講座』と『歴史哲学』は、彼の一生ついてまわる問いとなった。」p.445
・「ブルターニュにおける地域慣行と領主制、土地経営と新税を分析し、民衆の心性を論じる「印紙税一揆」には、一九六〇年代までの二宮戦後史学のエッセンスが流れ込み、ここから七〇年代の二宮社会史が流れ出す。高橋幸八郎の退官を記念する弟子たちの論文集‥‥への寄稿という象徴性、そして長い病臥からの恢復の喜びが明らかである。‥‥二宮は高橋史学のエスプリを継承しつつ、その呪縛から自らを解放した。」pp.445-6
・「第2巻〈深層のフランス〉という名の豊穣な社会文化史のディナーの最後に設けられた、美味なるデザート・コース‥‥。このコースは、苦いコーヒーで締められる。」p.451
2011年4月6日水曜日
CALL for PAPERS: AJC 2012
2012年9月にケインブリッジで開催される日英歴史家会議(AJC)の報告者公募が始まりました。まだ第一報ですが、詳細は、右肩の FEATURES の項目をクリックしてご覧ください。
ダウンロードや転載もご自由に。
これについての質問などお問い合せがある場合は、各委員あてにどうぞ。
プロポーザルの〆切期日については「夏」とのみ記されていますが、この期日は5月に確定します。
なお、junior session については、いましばらくしてから公募が始まりますので、お待ちを!
ダウンロードや転載もご自由に。
これについての質問などお問い合せがある場合は、各委員あてにどうぞ。
プロポーザルの〆切期日については「夏」とのみ記されていますが、この期日は5月に確定します。
なお、junior session については、いましばらくしてから公募が始まりますので、お待ちを!
2011年4月3日日曜日
東大西洋史
2日の晩のパーティは旧知のかた、初めての人と、いろいろお話しできて幸いでした。地震・津波・原発とともに、それぞれの二宮さん・遅塚さんのことがずいぶん話題になりました。
『二宮宏之著作集』第2巻(4月8日刊)の月報でも赤堀さんがお話なさるとおり、「二宮君と遅塚君のこと」は語り尽くせないものがあるんですね。外川さんの世代にとっては当然、ぼくの世代でも自然のことかもしれません。でも小林さんにとって、遅塚さんの死に装束が特別のものだったとは知りませんでした。「食いっぱぐれ」の清水さんもまた良い挨拶をしてくださいました。
一太郎とルビの話のツヅキも良かった。大出版社は大きく構えているんだ、と思いました。大ならぬ山川出版社は一太郎でやってくれます。
クラレットとイギリスの話は、ウソではありません。岩波新書にきちんと書きこんであります。
とはいえ、一寸ばかり気にかかることがあって、懇談を中断して、失礼しました。いずれ釈明いたします。
『二宮宏之著作集』第2巻(4月8日刊)の月報でも赤堀さんがお話なさるとおり、「二宮君と遅塚君のこと」は語り尽くせないものがあるんですね。外川さんの世代にとっては当然、ぼくの世代でも自然のことかもしれません。でも小林さんにとって、遅塚さんの死に装束が特別のものだったとは知りませんでした。「食いっぱぐれ」の清水さんもまた良い挨拶をしてくださいました。
一太郎とルビの話のツヅキも良かった。大出版社は大きく構えているんだ、と思いました。大ならぬ山川出版社は一太郎でやってくれます。
クラレットとイギリスの話は、ウソではありません。岩波新書にきちんと書きこんであります。
とはいえ、一寸ばかり気にかかることがあって、懇談を中断して、失礼しました。いずれ釈明いたします。
2011年3月24日木曜日
宮城学院・学院長より
わが同期の桜より、近況のメールあり。以下に転載します。
------------------------------------------------------------
震災見舞いメールをありがとう。それほど大変でもなくなってきたので、返事します。
仙台市街地の揺れは1978年の地震よりやや大きかったが、さすがに耐震工事がほぼどこも出来ていて、建物倒壊はほとんどなく、死者けが人もわずか。ただ宮城学院でも天井板が落ち、書架・家具が倒れて研究室内はひどかった。
今回の深刻さは津波。‥‥
宮城学院でも大学生に死者が、今1人確認。学生生徒の対応はよくやっていると思う。‥‥
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震災見舞いメールをありがとう。それほど大変でもなくなってきたので、返事します。
仙台市街地の揺れは1978年の地震よりやや大きかったが、さすがに耐震工事がほぼどこも出来ていて、建物倒壊はほとんどなく、死者けが人もわずか。ただ宮城学院でも天井板が落ち、書架・家具が倒れて研究室内はひどかった。
今回の深刻さは津波。‥‥
宮城学院でも大学生に死者が、今1人確認。学生生徒の対応はよくやっていると思う。‥‥
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Cengage データベース
下記のとおり、Cengageよりお申し出をいただきました。
それどころではない、という方もあるでしょう。
しかし、もしこれで便宜が生じるなら、文字どおり「災いを転じて福となす」。
復興に精だすと同時に、わが文明的な力を見せつけたいものです。
近藤 和彦
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拝啓
この度は大変な地震に見舞われましたが
先生とご家族の皆様はご無事でしたでしょうか?
突然の大地震、地震をあまり経験したことのない私には
未だに軽いショックが残っております。
まだ余震、そして原発問題と大変な時期が続きますが
何卒ご自愛の程お祈り致します。
弊社は今回の災害にあたり、
この東北地方太平洋沖地震に見舞われた
大学教職員・学生の皆様に対して
弊社データベースを一定期間無料で提供させていただくことに致しました。
国立大学は東京大学様、私立大学は早稲田大学様、
そして国会図書館情報ポータルであるカレントアウェアネスにて
既にご案内済みでございます。
弊社ホームページ: http://cengage.jp/gale/
アクセス URL: http://infotrac.galegroup.com/itweb/cgjp
パスワード: insights
有効期限: 2011年5月1日
宜しければ、お知り合いの研究者及び学生の皆様、
外国人で被災された方々にご案内ください。
宜しくお願い致します。
敬具
大川 健太郎
Cengage Learning Japan
それどころではない、という方もあるでしょう。
しかし、もしこれで便宜が生じるなら、文字どおり「災いを転じて福となす」。
復興に精だすと同時に、わが文明的な力を見せつけたいものです。
近藤 和彦
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拝啓
この度は大変な地震に見舞われましたが
先生とご家族の皆様はご無事でしたでしょうか?
突然の大地震、地震をあまり経験したことのない私には
未だに軽いショックが残っております。
まだ余震、そして原発問題と大変な時期が続きますが
何卒ご自愛の程お祈り致します。
弊社は今回の災害にあたり、
この東北地方太平洋沖地震に見舞われた
大学教職員・学生の皆様に対して
弊社データベースを一定期間無料で提供させていただくことに致しました。
国立大学は東京大学様、私立大学は早稲田大学様、
そして国会図書館情報ポータルであるカレントアウェアネスにて
既にご案内済みでございます。
弊社ホームページ: http://cengage.jp/gale/
アクセス URL: http://infotrac.galegroup.com/itweb/cgjp
パスワード: insights
有効期限: 2011年5月1日
宜しければ、お知り合いの研究者及び学生の皆様、
外国人で被災された方々にご案内ください。
宜しくお願い致します。
敬具
大川 健太郎
Cengage Learning Japan
2011年3月23日水曜日
Statement of Support for Japanese scholars from the UK
下記のとおりメッセージをいただきました。転載します。
Dear Colleagues,
In case you have not already seen it the IHR has joined with the Royal Historical Society, the Economic History Society and the Social History Society in issuing a joint statement (see http://www.history.ac.uk and below) expressing our sympathy with you and the history community more widely in Japan.
Please do let me know if there is any practical assistance we can give. Our thoughts are with you at this difficult time.
Best wishes, Miles Taylor
Dear Colleagues,
In case you have not already seen it the IHR has joined with the Royal Historical Society, the Economic History Society and the Social History Society in issuing a joint statement (see http://www.history.ac.uk and below) expressing our sympathy with you and the history community more widely in Japan.
Please do let me know if there is any practical assistance we can give. Our thoughts are with you at this difficult time.
Best wishes, Miles Taylor
2011年3月22日火曜日
遅塚忠躬 『フランス革命を生きた「テロリスト」』
NHK Books 3月末刊 
遅塚さんの遺稿を、岩本さん、早川さん、松浦さんが力を合わせて公刊までもちこんだ本。監修者あとがきと編者あとがきは、どちらも「なかなかよくできている」と受けとめましたが、しかし、とりわけ編者=岩本さんの文は、感涙 止めることあたわず。
これを読むことができるだけでも、この出版は良かった。
「この遺稿を「幻の原稿」にするわけにはいかなかった」p.281
と松浦さんの言うのは正しい。裕子さんのご尽力に、たくさんの読者が感謝するでしょう。
11月15日のご葬儀では、棺の中にご遺体と一緒に岩本さんのご本があるのが見えて、安堵し、涙が止まらなくなりました。
今回の編者あとがきによると、11月はじめに本書の出版作業が始まることが決まって、
「遅塚の顔は、病人でなく学者に戻っていた」という朝があったのですね。遅塚さんも最後は幸せだったのですね。

遅塚さんの遺稿を、岩本さん、早川さん、松浦さんが力を合わせて公刊までもちこんだ本。監修者あとがきと編者あとがきは、どちらも「なかなかよくできている」と受けとめましたが、しかし、とりわけ編者=岩本さんの文は、感涙 止めることあたわず。
これを読むことができるだけでも、この出版は良かった。
「この遺稿を「幻の原稿」にするわけにはいかなかった」p.281
と松浦さんの言うのは正しい。裕子さんのご尽力に、たくさんの読者が感謝するでしょう。
11月15日のご葬儀では、棺の中にご遺体と一緒に岩本さんのご本があるのが見えて、安堵し、涙が止まらなくなりました。
今回の編者あとがきによると、11月はじめに本書の出版作業が始まることが決まって、
「遅塚の顔は、病人でなく学者に戻っていた」という朝があったのですね。遅塚さんも最後は幸せだったのですね。
Letter to the BBC
Are you in Japan? Are you taking part in the recovery efforts?
Send us your comments and experiences というページがあったので、以下のとおりコメントというより抗議文を送りました。
I am professor of history at the University of Tokyo, staying calm, business as usual.
I cannot help being angry at the inaccurate and irresponsible article written by Chris Hogg of BBC News, Tokyo, on 20 March 2011 GMT.
I quote:
'Four days after the earthquake and tsunami hit Japan, a local newspaper in Sendai - the city closest to the quake's epicentre - reported there had been 40 incidents of theft and looting since the disaster'.
Q1. Is Sendai the closest city to the epicentre?
- No. Ishinomaki and Kesennuma are.
Sendai is 100 kilometres distant from the epicentre.
Q2. What is the name of the local newspaper which Chris Hogg says 'reported 40 incidents of theft and looting', and when?
Were the incidents in London or in New York?
He does not specify where.
What is amazing about the disaster and disruption in eastern Japan now is the sensationalism and ungrounded reports of either inexperienced or ill-informed members of the press, who are unable to speak and read the Japanese language.
Will BBC please tell the world that the Japanese are one of the best-literate nations, perhaps the most civilized, in the world today?
They are also polite and commercial, and their cultured life at the time of the present 'national crisis' may be worth investigating. You live and learn.
Send us your comments and experiences というページがあったので、以下のとおりコメントというより抗議文を送りました。
I am professor of history at the University of Tokyo, staying calm, business as usual.
I cannot help being angry at the inaccurate and irresponsible article written by Chris Hogg of BBC News, Tokyo, on 20 March 2011 GMT.
I quote:
'Four days after the earthquake and tsunami hit Japan, a local newspaper in Sendai - the city closest to the quake's epicentre - reported there had been 40 incidents of theft and looting since the disaster'.
Q1. Is Sendai the closest city to the epicentre?
- No. Ishinomaki and Kesennuma are.
Sendai is 100 kilometres distant from the epicentre.
Q2. What is the name of the local newspaper which Chris Hogg says 'reported 40 incidents of theft and looting', and when?
Were the incidents in London or in New York?
He does not specify where.
What is amazing about the disaster and disruption in eastern Japan now is the sensationalism and ungrounded reports of either inexperienced or ill-informed members of the press, who are unable to speak and read the Japanese language.
Will BBC please tell the world that the Japanese are one of the best-literate nations, perhaps the most civilized, in the world today?
They are also polite and commercial, and their cultured life at the time of the present 'national crisis' may be worth investigating. You live and learn.
2011年3月20日日曜日
Business as usual
皆さま
11日以後のひんぱんな余震、判明する甚大な被害、そして福島原発‥‥といった、想像を絶する未曾有の事態には驚き、ほとんど萎縮しそうになります。
ご親戚や知己などに被害はないでしょうか。
さて、この間の卒業式・修了式にかかわる日程につき、個人的希望とはことなる展開となりましたが、東大総長の決定があり、人文社会系研究科・文学部からの通知もあり、研究室=専修課程でも祝賀行事をふくめて中止・延期とせざるをえません。
ただし、大学当局の決定とは別に、当事者だけで判断・行動できる、博士論文審査や委員会、等々の業務や会合は、予定どおりとしたいと思います。
激甚な天変地異であればこそ、可能な業務や支援行動は平常心で粛々とおこなう(Business as usual)というのが、われわれにとっても、われわれを注視している世界の人々にとっても、いま必要だし、求められているのではないでしょうか。冷静にほとんど英雄的に任務を遂行する消防関係者、そして救助関係者には頭が下がります。
対照的に「軽い不安から」余分な買いものに走る庶民、煽るような海外メディアを見るにつけ、その感を強くします。
11日以後のひんぱんな余震、判明する甚大な被害、そして福島原発‥‥といった、想像を絶する未曾有の事態には驚き、ほとんど萎縮しそうになります。
ご親戚や知己などに被害はないでしょうか。
さて、この間の卒業式・修了式にかかわる日程につき、個人的希望とはことなる展開となりましたが、東大総長の決定があり、人文社会系研究科・文学部からの通知もあり、研究室=専修課程でも祝賀行事をふくめて中止・延期とせざるをえません。
ただし、大学当局の決定とは別に、当事者だけで判断・行動できる、博士論文審査や委員会、等々の業務や会合は、予定どおりとしたいと思います。
激甚な天変地異であればこそ、可能な業務や支援行動は平常心で粛々とおこなう(Business as usual)というのが、われわれにとっても、われわれを注視している世界の人々にとっても、いま必要だし、求められているのではないでしょうか。冷静にほとんど英雄的に任務を遂行する消防関係者、そして救助関係者には頭が下がります。
対照的に「軽い不安から」余分な買いものに走る庶民、煽るような海外メディアを見るにつけ、その感を強くします。
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