あいつぐ私信から、シャープな指摘、そして思考の糧をいただいています。有難いことです。その一部をご紹介します。
HMさん
‥‥『図書』連載が始まったときから、毎号拝読しておりましたが、それを数段もヴァージョンアップされた、とても内容の充実した御本ですね。カー/『歴史とは何か』を取り巻く歴史家・学者の研究・著作からプライベートまで、それぞれの個性が伝わってきました。20世紀イギリスの知識人のコミュニティを、立体的というのでしょうか、「ポリフォニー」的に感じ取ることができました。
錚々たる歴史家・学者ばかりでそれぞれの研究の意義をおさえるだけでも至難ですのに、各章のタイトルに掲げられた人物はもとより、現在の歴史家についてのエピソードも織り交ぜられ(キャナダインとコリーの結婚公告まで!)、大変面白かったです。また「付記」では歴史学の見方、日本の歴史学の先駆性・独創性にも言及されていて、イギリスを越えた同時代的な様子を知ることができたのも、有益でした。ご自身のリサーチによる『歴史とは何か』のアメリカ版刊行に関する書状の発見は、とてもスリリングでした。
拝読していつも感じるのですが、文体に無駄がないと申しますか、よく研かれていると感じます。加えて、アイリーン・パウワの箇所で「元気(パウワ)にあふれるアイリーン」「‥‥社会政策の「発電所(パウワ・ステーション)」と韻を踏まれるなど、読み手を楽しませてくれます。‥‥
NSさん
‥‥イギリスの歴史家論というと、ジョン・ケニヨン『近代イギリスの歴史家たち』を思い起こしますが、ケニヨンが情報豊富で勉強になりはするものの、記述がやや平板なのと比べると、ご著作のほうは人物の複合的背後が浮かび上がると同時に、筆致が活き活きしており、とても面白く、勉強になりました。
折に触れて示される鋭い洞察もとてもためになりました(アクトンがなぜ大著をまとめられなかったか、歴史家に構想力が必要なこと、しかし近年、資料の撮影が容易になり、資料フェティシズムには注意すべきこと‥‥)。
アダム・スミスがオクスフォード時代に読書に打ち込んだことにも言及されておりますが、近年の研究を踏まえても言えることで重要だと思います。かつてはスミスはオクスフォードであまり学びがなかったとされていましたが、フィリップスンらにより、スミスはオクスフォードで、グラスゴー大学にはない書籍に触れたことがわかってきました。
思想をどう歴史に組み入れるか、歴史的実態の中の思想をとくに意識するようになり、その点模索中です。とくに日本の思想史は、テキスト解釈に集中し、歴史的実態との関連を軽視する傾向にあります(内田義彦なども歴史を重視しましたが、それは講座派的な理解だったと思います)。イギリスの歴史解釈の層の深さを感じておりましたが、それはじつは20世紀に発展したものでした。‥‥
SOさん
‥‥歴史をやっている者にとってこの本が意義深いのは、一方で第15章で「わたしは孤独で、そして深く不幸です」というよく引用される言葉の本当の意味を教えてくれるというようなことだけでなく、『歴史とは何か』に登場する人たちが、20世紀史のなかに位置づけられ描写されていることだと思います。これは近藤さんにしかできない仕事だと思います。歴史学界の端っこにいる私にとって、興味深いだけでなく勉強にもなったところです。たとえば『P&P』誌の変身の舞台裏について、などなど。
個人的になるほどと思ったのはR・H・トーニのところでした。彼の人となりが魅力的なのは大昔に『ハエとハエとり壺』を読んで以来ですが、ながいこと彼が熱心なアングリカン[国教徒]だったことがしっくりきませんでした。ウェーバーの読み過ぎだったのかもしれません。[人口・家族史の]ケンブリッジ・グループの創立者たちがノンコンフォーミスト[非国教徒]だったことにも影響されていたかもしれません。‥‥
それが今回R・H・トーニの親友三人組の話を読んで、だいぶわかってきたように思います。その一人テンプルがアングリカンでキリスト教社会主義者、最後は大主教になったことを知り、あの時代のアングリカン改革派は国教会を内側から動かし、三人組のもう一人ベヴァリッジが構想した福祉国家への道を推し進めることになったのだと理解しました。有意義で楽しい読書でした。
KYさん
‥‥こうしてまとまって読ませていただくと、『図書』で拝読した時以上に、イギリスの歴史家たちへの近藤さんのまなざしがよく分る気がします。近藤さんが最も愛着を覚えているのはネイミアだろうという印象で読み終わりましたが、違っているでしょうか。
『図書』にはなかった「付記」も、日本関係の話題などを盛り込まれる形で、それぞれ短いながら読み応えがありました。カーの新訳同様、多くの方に読まれる本だと思います。
KYさんに近藤より返信
‥‥ぼくが一番愛着を覚えるのがネイミアなのかどうか、よく分かりません。ある時期にそうだったのかもしれませんが‥‥。カーその人については、ぼくとは違うタイプの人だが、理解はできる、という所まで辿り着きました!(かつて E.P.トムスンに距離感を覚えて以来、)あまり特定の一人に執着することはないかもしれません。むしろ拙著の執筆のために勉強した結果、従来は嫌いだった/理解の外だった、トレヴァ=ローパとか K.ポパーとかについて、少しは理解が増した気がします。
個人的に申しますと、1970年代に、フランス革命、18世紀英仏の民衆運動といったことで R.コッブ、G.リュデ、R.B.ローズ、M.ベロフなども読んでいたのですが、今回はこの人たちと E.P.トムスンばかりかネイミア(そしてベロフの場合はカー)との関係/摩擦まで浮かびあがってきて、目の覚める思いです。
フランス革命修正論とベティ・ベーレンス、そのカーへのつながりについて、なおまた I.バーリンが1955年にアリーンと婚約発表したあと(結婚前のハネムーンとして)夏の南フランスから車でたっぷり大旅行を敢行し、ローマの国際歴史学会議に向かったことについても(p.165)、柴田三千雄先生がお元気なら、ぜひ伝えたかったことでした。
【まだぼくが学部の5年生のころ、本郷の喫茶店で柴田先生から、世紀転換期ウィーンにおけるウェーバーの周辺の知識人世界をやるのも面白いんじゃないか、と誘惑されたことを、今ごろになって想い出しました。まだカール・ショースキの安井訳『世紀末のウィーン 政治と文化』(岩波、1983)が出るよりはるか前のことでしたが、ぼくが駒場で折原ゼミに精勤していたのをご存知だったので、柴田さんと西川正雄さんのあいだの懇談から、こうした発言が派生したのかもしれません。】
全体を通じてですが、巻末の「人物対照年表」の18名について列伝みたいなものを試みたことにより、相互の意外なほどの関係が見えてきたのは収穫でした。当初に考えていたよりずっとテマヒマかかりましたが、調査探究の実が上がり、historiaという営みを生涯の仕事としてきたがゆえの喜び(醍醐味!というのでしょうか)を感じています。
0 件のコメント:
コメントを投稿