2010年12月15日水曜日

『二宮宏之著作集』全5巻



 全5巻、2月8日から隔月(つまり偶数月)で、岩波書店の刊行です。
 その宣伝パンフの写真が、すばらしい。こちらをまっすぐ見つめて、おだやかに、容赦ない。
だれか若い人が「ニコニコしてる」と評しましたが、そうではない。知的なのです。
「フッフッフ、‥‥近藤くん、青空を眺めるためにここに来たんじゃないね。
やはり、△▼△ は止めにしましょう。」

2010年12月12日日曜日

『イギリス史研究入門』は品切れ状態?


 写真は University College London (UCL:『研究入門』pp.11, 132 をどうぞ。伊藤博文、夏目金之助の大学でもあります。)

 さいわい、この共著は好評で【掲示板でのコメントは → http://kondo.board.coocan.jp/】、
品切れ状態の小売り店もあるようです。だからといって直ちに増刷に走らないのが、山川出版社の堅実経営。日本の再販・委託販売システムゆえに、売る気のない特定の小売店に配達されたまま開箱されず倉庫に積んであった物が、3カ月の期限まぎわにドカンと返品されてくるかもしれないのです。
 ベストセラーを作ったのに(ベストセラーゆえに)やがて潰れてゆく出版社は、ほとんどこのパターンに眩惑されて、どんどん増刷し、返品の山を作って、その重みに潰れてしまうようです。恐ろしい。
 したがって、2刷は必ず出るようですが、そのタイミングをいま量っているとのこと。

2010年12月11日土曜日

積雪か?


 本郷の銀杏並木は黄葉が散り敷いて、こんなぐあい。↑
 夜、ほかのことで頭が一杯のまま、扉を開けて外に出ると、路面が明るく輝いて、一瞬、雪が積もったのか?と驚くことがあります。滑らないように気をつけながら歩くというのも、積雪のときと似ています。
 工学部 建築学科前の広場で銀杏をバックに一番さえるのは、Josiah Conder 先生。↓ コンダを 明治の人はコンドルと聞いたんですね。コンドーと聞こえてもよかったのに。

2010年12月7日火曜日

歴史学が元気


 11月から12月へ、いつどのように替わったのかわからぬうちに、師走も第2週です。皆さまには迷惑の掛けどおしで、申し訳ありません。
 そうしたなかにも来日中の Pat Thane (KCL) とゆっくり昼食をともにすることができました。
 こういうウェブサイトが始まっているんですね。
→ http://www.historyandpolicy.org/
いただいた British Academy: Policy Centre 刊行のブックレット Happy families? History and family policy (Oct. 2010) もそうですが、イギリスの歴史学は元気。

2010年12月2日木曜日

『伝統都市』

 全4巻のシリーズ完結を記念して、シンポジウム・合評会が4日(土)、5日(日)に予定されています。東大工学部にて。「ふるってご参会ください」と宣伝されています。
→ http://uhsj.itolab.org/event:201012sp

 なおまた、これに関連して当サイトにも、昨日コメントがありましたが、この blogspot の場合、新しい発言があっても、そのスレッドは元の日付の位置からは動かないので、見過ごされてしまうかもしれません。
→ こちらです:http://kondohistorian.blogspot.com/2010/06/blog-post_05.html

2010年11月30日火曜日

美女と銀杏


 ただいま本郷の銀杏並木は、こんな具合。
 だれしもにわかカメラマンといった趣があります。
昼食後、めずらしく三脚を脇にかかえて出てみたら、カメラを構えるすばらしい被写体が左から‥‥。ソフトフォーカスながら、撮らせていただきました。

2010年11月29日月曜日

Virtual reality とはこんなもんか

0. 世の中にはよくわからないことがありますが、以下は、単純にして怠慢なアウトソーシングと copy & paste の結果をだれも確かめてなかった、というお粗末な始末記です。

1. Manchester workhouse 関連で、新しくアプロードされた史料か文献はあるかな、とインターネットを探した折に、信じがたい発見をしたのです。
何番目かのヒットに次のようなものがありました。
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 Title: The Workhouse Issue at Manchester Selected Documents, 1729-35
 Author: 近藤, 正治 Kondo, Shoji
 Issue Date: 31-Mar-1987
 Publisher: 名古屋大学文学部
 Citation: 名古屋大学文学部研究論集史学. v.33, 1987, p.1-96
 URI: http://hdl.handle.net/2237/9791
 ISSN: 0469-4716
 ------------------------------------------------------------
 おいおい、近藤正治さんよ、これはあなたではなくぼくの仕事だよ。あなたがどんな方か知らないが、名古屋大学文学部に所属したことはないだろうに。
そもそも、Nagoya Repository という、名古屋大学の紀要類をディジタル・アーカイヴにする企画の一部らしいが、
http://hdl.handle.net/2237/9791 をクリックしてみると、正しく『研究論集』でぼくが編纂した史料集が PDF で出てきます。PDFなので 最初のページの著者名は Kazuhiko Kondo のまま。 → だったら問題ないじゃないか、と言いたいところですが、そうではない。

2. そもそも著作権は著者=近藤和彦にあるはずだが、その仕事が、①本人の関知しないまま、②著者名が変えられて、③ヴァーチャル世界に登載されている、という問題です。
① じつは何年か前に、名大図書館から同じく『名古屋大学文学部研究論集』に載ったぼくの Town and county directories in England and Wales, 1677-1822 という article について名大リポジトリに掲載してよいかどうか、郵便で問い合わせが来ました。これに OK した覚えはあります。同時に、1985年のこの article だけについて問い合わせが来て、翌々87年の workhouse issue について来ないのはどうしてか。リポジトリの年度区切りとか、著作権25年といった考え方とか、ありうるのかと想像しましたが、それ以上は深く考えないままで打ち過ごしていたのです。
‥‥いずれ材料を補充しつつ、この第2版を制作しなくてはいけない、と考えていました。Workhouse issue は英米ではそれなりに引用・参照されている史料集なので [→ Handley 1990; Horner 2001; Innes 2005; Langford 1991; Speck 1999]。→ http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~kondo/Quoted.htm

3. 大学の知的資源の公共的アクセス・情報公開の推進といったことが数年前から話題になりました。大学の図書を市民に開放するとか‥‥。そもそも公共図書館の不備・未成熟をどうするかという問題と、官公庁の情報公開とが一緒になっての動きだと思われますが、しかし大学の人的資源はギリギリだという与件もあり、 じゃぁ SOLUTION はアウトソーシング、ということでにわか情報業者がもうかる構図です。
 そうしたアウトソーシングの意味を全否定するつもりはありませんが、競争入札で、かつ新規業者を優先する方針でやった結果が、ここに出ています。
 なにかの contingency の結果として、名大工学部の近藤正治先生の論文をPDF化した直後に、近藤和彦の番になって、そのままコピー&ペイストして「いっちょ上がり」だったのでしょう。
 仕上がりを再確認するのはいったい同じオペレータか、職制か知りませんが、いずれにしても sine ira et studio、たんたんと作業を進めたのでしょう。
 著作権許諾を問われた近藤正治先生の側も、多数のペーパーについて、PAが(?) たんたんと「承諾」という返事を繰りかえしたに違いない。
 
4. 上の3に書いたのは、憶測 a plausible conjecture に過ぎませんが、これに随伴して
②近藤和彦の仕事として検索した場合にはヒットせず、
③しかし、本人の知らぬまにインターネットの世界では利用が繰りかえされてきた、
という問題があります。英米の歴史研究者で Kondo Shoji という名は知られていないでしょう。 Google などで検索・ヒットしてもパスする(内容を見ない)、というケースがほとんどだったでしょう。
 そもそも本人の研究計画のなかで The workhouse issue at Manchester: selected documents は緊急性の低い課題だったのでよかったとは言えますが、もし緊要な仕事だったらどうするのでしょう。損害賠償の訴訟‥‥といったこともありえますよ。

 これを書くためにまさか、と思いながら検索したら
 長谷川 博隆 の読みが Hasegawa, Kazuhiko
となっています!(Ciceroの法廷弁論にあらわれるcolonus と clientela)

ふざけるな、と言いたい。リポジトリを構築する図書館の担当者さん、委託された業者さん、どうぞ堅実に仕事してください。
【上の Workhouse Issue at Manchester の author にかぎって、名大図書館はすでに修正してくださいました。12月3日追記】

2010年11月25日木曜日

横浜の収穫



 24日(水)、横浜みなとみらいの「図書館総合展・学術情報オープンサミット2010」に行って参りました。
 パシフィコ横浜で開かれたいくつもの公開セミナーのうち、「大学図書館における人文社会系データベース」という催し。早稲田大学図書館のドン・中元さんの組織なさった催しだから、有意義であることは最初からわかっていて、オーディエンスのみなさんも、そうしたことは先刻承知でいらしたのでしょう。雄松堂および Cengage の方々にはお世話になりました。
 ぼく個人としては、「自分がいま夢中になっているテーマを話すと、決められた時間をどうしてもオーバーする」という定理からそろそろ学習しなくては、と反省しております。討論では、当然ながら IT 格差の問題も提起されました。

 事後には、NII の担当者にも直接に要望を伝えることができて幸いでした。Webcat Plus のひどい状態は、かならず改善してくださる、としっかり耳に刻みました。ここにも記しておきます。Webcat から Wikipediaへのリンクも、はずしましょうね。品位の問題です。

2010年11月20日土曜日

KJC@熊本


 隔年の会合ですでに3度ご一緒し、もはや haiku を交わす旧友という関係になりました。
【一斉写真を撮れなかったので、2次会の -見通しの悪い- スナップですが】
 Thomas Spence の土地構想を論じた『史学雑誌』研究ノート(松塚俊三)を発見して勇気が出たという趙先生の学生時代。青山・越智(編)『イギリス史研究入門』を持って勉強していた1980年前後の韓国の院生たちは、いま初老の大学教授。わたしたちは日本語で仕事していても、ガラパゴスではなかった‥‥!
 いま新しい『イギリス史研究入門』を手にする日韓の院生たちは30年後にどうしているでしょう? 後景に見える方々にも注目。
 Robert Bartlett って熊本で初めて意識しましたが、良い先生ですね。ずっと前にロンドンの AJC(2000年)でコメンテータをつとめられた Clanchy 先生も、2003年にいらした Harry Dickinson 先生もそうですが、理想的な「先生」。こういった師に学べるひとは幸せです。

2010年11月14日日曜日

遅塚忠躬先生



 遅塚忠躬先生が亡くなったという電話を、続いてメールを、今晩、熊本にて受けました。
12日~14日、熊本大学にて KJC の充実したコンファレンスに参加している最中です。

 厳粛な事実を耳にして、一言で言えない恩義と、これまでの様々なことを想起します。
 【写真は高橋幸八郎先生の60歳退官を記念したパーティで。右端が遅塚先生。1973年春、隣の二宮宏之さんと同じく、ちょうど40歳でした。高橋先生をはさんで、左端は柴田三千雄先生、46歳。】

 目黒区・碑文谷会館にて14日(日)夕刻に通夜、15日(月)正午に告別式が行われるということです。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。

2010年11月11日木曜日

イギリス史研究会など

12月18日・19日に3つの研究会が集中するようです。

  イギリス史研究会第21回例会
  2010年度イギリス女性史研究会
  第190回「歴史と人間」研究会

それぞれの許可をいただいて、転載します。
右肩の FEATURES の小見出しをクリックしてください。
ダウンロード、プリントもできます。

2010年11月7日日曜日

‥‥京都やあらへん



 11月2日に京都の史学研究会でお話をする機会を与えられ、ついでにぼくの懐かしい原風景(の一部)を再確認してきました。2日、3日と快晴でしたし、北山もよーく見えた。百万遍から烏丸御池・烏丸丸太町あたりまでを徒歩で往復して、京のまちなかをゆったり見ることができたのも(予定になかった)収穫でした。
 9歳まで、阪急 桂 駅からのぼった月見ヶ丘の北窓から、なんとなしにいつも稜線を眺めていました。まわりは建て込んでなかったので、西山・北山・東山と遮るものなく見えました。
 「桂ゆうたら 京都やあらへん」
ゆうこと言やはった先生にも来ていただいて、「伝説」と「記憶」の創造・捏造について、木屋町のお店でしばらく再審することもできました。ありがとうございます。
 3日の読書会に出席するのも初めてでしたが、たくさんの懐かしいお顔に挨拶できて良かった。

 そこでも話題になった『イギリス史研究入門』については、こちらで対話が継続中です。お時間があったら、たっぷり10月26日の分まで遡ってご覧ください。

2010年10月28日木曜日

『イギリス史研究入門』 をめぐって



 新刊書について、さっそくご感想・ご意見などをいただいていますので、双方向でやりとりしやすい掲示板〈イギリス史研究 Q&A〉に抜粋登載しています(10月26日以降)。
こちらです → http://kondo.board.coocan.jp/

 個人的な要素はできるだけ省いて、共有される論点 or 普遍性のある問題を討論できればと思います。よろしく。

2010年10月20日水曜日

Schedule 11月

 11月といえば、まだ先のことですが、自分のためにも混同しないよう、明記しておきます。

2日(火) 京都大学文学部にて史学研究会、翌3日に読書会

12日(金)夜~14日(日) 熊本大学にて Korean-Japanese Conference of British History

24日(水) パシフィコ横浜にて 図書館総合展・学術情報オープンサミット2010
   の公開セミナー「大学図書館における人文社会系データベース」
   【もちろん無料です。ただし予約は必要。 ← クリック】


 --------------------<以下 未確定も含む>--------------------
12月4日(土)5日(日) 『伝統都市』合評会@東京大学出版会

12月18日(土)   イギリス史研究会@青山学院大学

 組織者の方々、それぞれ日時だけでも早めに確定してくださいな!

2010年10月18日月曜日

読者へ



  だれもが知っている(と思っている)イギリス。
  じつは歴史の重さゆえに、わかりにくい英国。

 新刊の『イギリス史研究入門』(山川出版社)ですが、最初からことばの問題に取り組みます。
でも、どこかの修正主義文献のように「ことは複雑で一様に語れない」「合理的分析にはなじまない」なんて論法ではありません。学問=科学なら simple & clear に論じてみよ!というのが、知り合いの scientist たちからの教訓です。

 「読者へ」というアピールもありますので、右肩の FEATURES からクリックしてご覧ください。

 この程度の抜粋引用は、著作権契約の許容範囲内でしょう。ただし皆さんがこれらから一部・全部を引用なさる場合は、出典を明示する必要があります。

2010年10月15日金曜日

史学研究会(11月2日@京都大学)



 案内のポスターをいただきました。ありがとうございます。
 「モラル・エコノミー論を歴史的に再考する」
という題で話をいたします。右上肩の FEATURES(ページ)に案内状を転載させていただきました。

 このブログでは、これまで以下のようなエントリで一寸づつですが関連ある発言をしてきました。

モラル・エコノミー(労働党の今日)↓
http://kondohistorian.blogspot.com/2010/09/blog-post_28.html
悲報(EPTの研究助手の死)↓
http://kondohistorian.blogspot.com/2010/10/blog-post_12.html
ウォーリク大学 現代史史料センター↓
http://kondohistorian.blogspot.com/2010/09/sent-to-coventry.html
ジョン・ウォルタ↓
http://kondohistorian.blogspot.com/2010/06/john-bron.html
ずっと前、2007年のインタヴューも関連します ↓ 
http://www.cengage.jp/ecco/2007/05/post-1.html
つまりディジタル史料論でもあり ↑
また、わが『民のモラル』(1993)の再考 ↓ という意味もあります。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~kondo/statet0402.htm
どうぞよろしく。

2010年10月14日木曜日

新 刊



『イギリス史研究入門』(山川出版社)、ようやく見本を手にしました。まだ糊付けの乾いていない状態の写真を14日に載せましたが、それはあまりにひどかったので、16日、端正なものに入れ替えました。なにしろ菊地信義さんの装丁です。

 奥付は 10月15日 1版1刷 発行 となっていますが、実際に全国の書店に並ぶのは20日だそうです。
 ノンブルを打ってないページも加えると viii+412 pp. これで2500円+税というのは安い。出版社としては、しっかり売って元をとろうということでしょうね。
編集会議が始まったのは 2006年の科研費を申請する前でしたから、結局、何年がかりでしょう。


 皆さんの手元に行きわたったら、メリットと問題点など、おいおい討論しましょう。

2010年10月12日火曜日

悲 報

 なんたることだ。今はウースタに一人で暮らす Dorothy からメール到来。

Dear Kazu

I sent you the name and address of Edward's former research assistant Malcom Thomas . . <中略>. . but I thought I should tell you that I have just had a
'phone call from his wife to say that he died yesterday.
He was only 67 and apparently in reasonable health. His wife didn't know whether you had been in touch as she is not an academic and doesn't keep in detailed touch with his academic work.

He was a delightful man and his death will be a loss but his files will be full of unpublished material - he was too much of a perfectionist to publish much of his work.

Best wishes Dorothy Th.

 このマルカムの次のリサーチ助手が E. E. Doddで、後者とのコレスポンデンスがウォーリク大学にあって9月に読みに行ったのです。Moral economy 論議をめぐってそちらで判明しない事柄はしっかりマルカム君に尋ねなくては、と考えながら後回しにしていた。ぼくは一種、現代の切迫したオーラル・ヒストリをやっているのだという自覚が不足していました。油断してると当事者はどんどん消えてゆく! 反省します。
http://kondohistorian.blogspot.com/2010/09/blog-post_28.html
http://kondohistorian.blogspot.com/2010/09/sent-to-coventry.html

 ドラシへの返事には次のようにしたためました(抜粋)。

. . . thank you for letting me know the truth.
<近況について中略>
I now realize that Edward acknowledged both 'the late E. E. Dodd' and
'Malcolm Thomas . . . whose gifted services I was once fortunate to have as a research assistant' in his Customs in Common.

I just regret that I should have come in touch much sooner.
Thank you again and please take good care of yourself.


 それにしてもアナログ時代の写真の管理は、よほどしっかりしないと迷宮入り。Wick Episcopi で
EPT夫妻と一緒に撮った写真はどこかに隠れてしまい、その白黒ゼロックスの何度も複写したものしか手元にはない!? これまたひどい話、なんとかしたい。

2010年10月11日月曜日

事 情 説 明

 帰国してこのかた、このブログは間遠になっていますが、その一般的な理由は、帰国翌日の文学部講義からただちに平常業務に復帰して、また内外の公務を処理して、余裕がなかったということ。もう一つ、やや憂鬱な特定事情がありました。話は長くなります。


 ぼくは海外で使う財布と国内で使う財布をわけて、中身はそのままとし、出入国・通関の前後に2つの位置を鞄から衣服のポケットに(& vise versa)替える習慣にしています。こういうことはあまり公衆の面前ですべき仕事ではないと考えて、トイレやあるいは飛行機の座席で落ち着いておこなうのが普通。こんどの帰国に際しても、機内でそれを済ませたつもりでいたのですが‥‥。
 9月29日昼ヒースロウ発 V社の帰国便はむやみに混んで、しかも機械チェックインで夫婦別々の席になってしまったので、非常口脇の脚部が十二分に空いている51A-Cに替えてもらいました(二人で計75ポンド)。空間があってよいのですが、欠点は前に座席がないのでちょっとものを置くネット袋がなく、また手荷物を座席下に置くこともできない(頭上の物置にあげるしかない)という点です。
 座席ではケインブリッジで完成しなかったペーパーに、未練がましく推敲をいれ(それどころか議論の順を変えてパラを移動してみたり‥‥)、それにしても鞄がすぐ足下にないと、こんなにも不便とは‥‥。食事のあとはちょっと気を抜いて映画 Robin Hood と Bollywood を見て、あまり睡眠できないなぁ、と疲労感とともに、30日午前、雨模様の成田に降り立ちました。日本としては涼しいのかもしれないけれど、14度15度のイギリスから来ると残暑を感じる。
 離陸時と着陸時に非常口前に対面して着席する客室乗務員の美女とのあいだで、ケインブリッジのパントがむずかしいとか、清澄白河がどうとかいったローカルな話で盛り上がったついでに、彼女は「成田から東京に出るには疲れたときにはリムジンバスが一番」という意見。そもそも通関時に別送品(25キロ×2)を申告し、税関の捺印申告書をヤマト運輸の「GPAお預かりカウンター」に提出。そのとなりの宅急便で大きなスーツケース2つ(33キロ+30キロ!)の即日配達を託してようやく身軽になり、ふだん使っている鉄道ではなくリムジンバスへ。そうか、箱崎ばかりでなく、東陽町「イースト21」行きのバスもあるんだ、と目を開かれ、快適な高速の帰途についたのです。
 10月1日は早暁から目ざめ、講義の第1回目を慌てて済ませ、その後さっそく学生と面談はいいけれど、*出版社もただちにやってきて、これとそれとあれのスケジュールの念押し。
 2日と経つうちになんだかおかしい。ポンドや University of Cambridge のカード、CULの利用票をいれた財布がどこかに紛れてしまっている‥‥。
 V社に連絡しようとしても、少なくともインターネットには成田・東京のメールアカウントは無いようだし、ようやく探し出した電話番号も月曜~金曜のみ受付! いくら日本便を軽く見ているとしてもそれはないよ。‥‥ようやく4日アサイチに電話してみました。応対は丁重ですが、調べたあげく、午後にそうした遺失物の連絡はありませんという返事。
 うーん、こちらの不注意というか、無意識におこなった習慣的行動の確認不足のせいで紛失したらしいのだから、20ポンド紙幣5枚~10枚未満+コインは諦めるとして、ケインブリッジ大学のカードと図書館利用票は(もしロンドン便に乗った誰かがこれを見つけて)悪用しようと思えば可能だ。これは連絡しておかないと面倒なことになるかも‥‥。
 翌5日、歯医者、三菱財団、11月の京都出張、etc. の処理をしているうちに、自宅から電話。久松警察署から東大へ連絡があった、という連絡があったとのこと。? ただちには意味が飲みこめず。


 翌6日午前に日本橋・人形町の久松警察署(なるものが存在するとは初めて知りました)に参上。リムジンバス会社からの遺失物届け出のうちの一つに Kazuhiko Kondo のカードと外国の通貨の入った財布があったとのことで、落としもの係で、簡単な確認の後、無事143ポンド余り+University of Cambridge のカード+CULの利用票+クレアホールのコピーカードを手にしました。リムジンバスの座席前の網袋に置いたままだったのです。
 V社には(掃除が行き届かないとか)根拠のない嫌疑をかけて済みませんでした。
 それにしてもリムジン会社は一律に所管の久松警察署に届けることにしているのでしょうが、警察はどうやってぼくの日本のアイデンティティを探し当てたのでしょう。昔むかし41年前の記録?ヤマカン?
 でも若い人によると、ウェブでローマ字の氏名 + university で検索すれば一発。しかもカードに顔写真があるからコンファームもできる、とのこと。そうかもしれない。
 そういえば、このネットの検索力を信じているからこそ『イギリス史研究入門』では、『アメリカ史研究入門』のように長たらしい URL を記すことなく、Googleによるキーワード検索を原則としたのでした!
 日本の安全平和と、警察の有能さを再認識しました。円強(日本の底力の高い評価)の傾向がつづいて、しごく当然ですね!
 関係者の皆々さま、ありがとう。

 というわけで10月6日まではこのブログに書きこむ元気も消沈し、6日からは気を取りなおして公校務に紛れ、土日は風邪の症状が始まり‥‥今日にいたるわけです。
 暑いのか寒いのか、身体のほうであまり対応できないようで、ちょっと困りました。
 皆さまはどうぞご自愛ください。

2010年10月5日火曜日

Newton Institute

 何ごとにも終わりはあって、哀しみとともに帰国いたしました。

 夕刻のケインブリッジには、このように「伝統都市」ならぬUFO集団が着陸したかのような風景もあります。
 この地区を昼間訪ねると、個々の建物はこんな感じ。玄関の「碑文」をみてください。クリックすると拡大します。

 なにしろニュートンの大学ですので(!) 数理科学研究科は、東大駒場の建物の比でなく、いかにもなんだかおもしろいこと(変わったこと)やってるぞ、という雰囲気が生きています。