2013年7月25日木曜日

相良匡俊さん

 昨夜おそく帰宅したら、訃報が待っていました。

7月3日に下のようなメールを頂いたばかりだったし、昨夜の会でも「相良さんは元気だ‥‥」と話題にしていましたから、驚きました。法政大学を定年退職後、病魔におかされながら、車椅子で、日々を聡明に、自宅で過ごしておられたのですね。
歴史として、記憶として』(御茶の水書房)に寄稿された章は一種の哀感を覚える、「読めて良かった」という文章でした、と書いたぼくのメールへの返事として:

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‥‥この先、どの程度のことができるかわからないけれど、精一杯の仕事をしたいと思う。
ボクが気にしていたのは、政治的行動や社会運動のなかにある行動のパターン、文化でした。
あなたが関心をもっておられたのもそうだったのではないか。そんな風に感じていました。‥‥

残る元気でおもしろい仕事を。
                    さがらまさとし
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相良さんとのお付き合いは、1970年代半ばに濃いものがありました。その江戸っ子というのか、シティボーイというのか、独特の雰囲気(文化!)にはアテられ、たいへんに影響を受けました。

パリに行かれる前の本郷でのさまざまの場面、そしてパリからのお手紙、航空便用の薄い便箋に青インクでしたためられたお原稿(一回では終わらず、数回に分けて送られてきました)‥‥、帰国後は『社会運動史』第6号で相良編集長の下、ぼくが柴田さんからいただいた原稿に赤で編集指定など加筆して印刷所に送った、といった場面を懐かしく想い出します。

一種の諦観のようなものを漂わせつつ、しかしできるだけ粋に、生きようとなさっていたのではないか。地方人のぼくとしては、九鬼周造の『「いき」の構造』なんかを読んで感心していたものです。

相良さんは柴田さん、喜安さんとの「接近戦」がいろいろあったようですが、二宮さん、遅塚さんとご一緒の場面はあまり見かけませんでした。 それから、すでに60年代から冗談の種となっていた「木村・相良の共著」は、ついに実現しませんでしたね。残念!
【ちょっと古いが、法政大学にホームページがあることを発見。
 → http://www.geocities.jp/hoseisagara/

ご冥福をお祈りします。

2013年7月20日土曜日

『10講』

 事情を知る方々から、問い合わせと励ましをいただいています。

> ゴールまであと一息に迫っておられるものと楽しみにしています。
> (あるいは、もうテープを切った!というサプライズも?)

 いえいえ、サプライズはありません。
 『フランス史10講』『ドイツ史10講』への参照を本文中で求めることもありますが、それら既刊書とは一寸違う、タネもシカケもある本です。

 たとえば、E・M・フォースタを小説として引用するのか、それとも映画として?
といったレヴェルで悩んだりしつつ、のたりのたりと9講を書き進んでいます。
フォースタともケインズとも異なる非オクスブリジ・エリートである、ウェブ夫妻の「新しい文明 ソ連」への高評価も、しっかり書きこみます。

 前評判の 『海のイギリス史』(昭和堂)は頂いて、価値ある出版と受けとめています。ありがとうございます。感謝しますが、ご免なさい、本質的にぼくの『10講』では、第1講から視座として「海は人や文化を隔てるだけでなく、人や文化を結びつける」と宣言して、すでに織り込み済みです。越智先生の『大航海時代叢書』(岩波書店)への評価についても(御編著の場合は、p.309)、本文中で言及しています。

 9月後半の上海・天津(旧租界)調査旅行、および
10月の Harvard Conference on Global E.P.Thompson には予定どおり参ります。

2013年6月30日日曜日

初版刊行後 50周年



 E・P・トムスンの『イングランド労働者階級の形成』の初版がゴランツから刊行されたのは1963年。その後、アメリカ版、ペンギン版と出ましたが、いま出回っているのは、基本的に1968年のペンギン版(or その再版にあたる1980年ゴランツ版)でしょう。68年版はペーパー版であるだけでなく、初版に残っていたフランス語のフレーズなど、ちょっとだけインテリ向けだった表現が、ふつうの英語読者むけに改善され、また68年という時宜をえて、一般学生が競って購入する本になりました。日本でも(今でも)邦訳本より英語版を買った方がはるかに安価ですね。

 初版から50年、あらゆる方面からの批判をふまえて、21世紀にどう継承されるのか。
 The global E. P. Thompson という催しが企画されています。ぼくにも言いたいことがあり、せっかく声をかけていただいたので、10月3~5日にはハーヴァードでしゃべり交流してこようと思います。案内は、こちら ↓

http://wigh.wcfia.harvard.edu/content/global-ep-thompson-reflections-making-english-working-class-after-fifty-years

 じつは Cambridge, MASS に行くのは初めてです!「世界史」の企画としても刺激をうけそう。

 トムスンについては、『20世紀の歴史家たち』4(刀水書房、2001)などなどでコメントしました。ご覧ください。

2013年6月28日金曜日

立正大学 西洋史ゼミ



 高校生(の家族)および受験界むけの案内誌 ARCH 2014 というのがあって、昨冬に取材を受けましたが、いま、こんな形で出版されています。

 現4年生が3年生だったときの演習風景とインタヴューも掲載されています。ご笑覧あれ。

 ぼくも立正大学のために貢献しています。

2013年6月10日月曜日

科研ホームページ

 ルンド大学の古谷先生から、「礫岩国家科研のホームページのアドレスをお知らせします」とのメール到来。
http://conglomerate.labos.ac

 さらには 「近日中に新規科研「歴史的ヨーロッパにおける複合政体のダイナミズムに関する国際比較研究」の内容にアップデートしていく予定」 とのことです。
 ぼくもこの科研では連携研究者としてたいへんに恩恵にこうむってきました。今後も乞うご期待。

2013年6月1日土曜日

歴史として、記憶として

こんな論文集?集団的記憶集?が出ました。
喜安朗・北原敦・岡本充弘・谷川稔 (編) 『歴史として、記憶として
(御茶の水書房、2013年5月末刊行)
『社会運動史』1970~1985- という副題が付いています。

 2年前からいろんな会合と連絡がつづきました。70年代半ばに社会運動史研究会の実務を担当していたぼくとしては、この本にやや中途半端に協力しましたが、現時点でこうしたものを編集し公刊する動機/理由にはよく分からないものが残りました。19名の著者たちがそれぞれ勝手放題のことをしたためているのですが、とはいえ、できあがったものをみると、複数の志向性が相互に響きあい、問題も浮かび出て、それなりに意味のある歴史的証言集かな、と思います。
 322+19 pp. しかも各ページには21行も詰まっている!
 索引が充実していて、これをさぐる人には、いろんなことがゆったりと判明する構成になっています。1970年代を知らない読者には、驚くべき事実も含まれているでしょう(第3部を書いている人びとも、よく理解していない事情がたくさんあります)。

 谷川さんからすると、この本は「喜安朗」論集であるだけでなく、「東大西洋史=柴田三千雄」論集でもあるんだな。

 ぼく個人としては、諸事情のため、短く生硬な覚書(pp.176-182)となりました。やがて -いますぐにではなく- しっかりと十分に再論することを、お約束します。

2013年5月30日木曜日

わからないことはドンドン聞く ?

 公私ともに多事多端のさなかに、帰宅したらこんなメールが来ていました。

 ≪私は私立**高等学校に通う三年生の**と申す者です。今私は学習課題で自分の興味のある人物や事件についての論文を書いております。私はエリザベス一世を題材として選びました。今までエリザベス一世についての洋書、和書、参考資料をいくつか読んできましたが、まだ理解出来てない部分がいくつかあります。
 今回メールさせて頂いたのは、西洋史を専門とする先生の培われた知識を教えて頂きたく送らせて頂いた次第に御座います。御多忙の身だとは十分承知しておりますが、以下の質問に出来るだけ返答して頂けたら幸いです。

 こういう文章は先生が雛形をつくって、生徒が言葉を填めこんで制作しているのだろうか?高校生らしくない文体(「送らせて頂いた次第に御座います」)‥‥もうこれだけで不愉快になる。もっと清楚な日本語を使ってね。

 それはさておき、知的な質問のしかたのマナーを、この生徒も先生も知らないようだ。

「洋書、和書、参考資料をいくつか読んできましたが、まだ理解出来てない部分がいくつかあります」というからには、どんな文献を読んだのか、固有名詞を示してほしい。洋書とはいかなるもの? 高校3年なら、著者・研究者名を意識して質問してほしいな。百科事典もおおいに結構です。項目執筆者を意識してね。

 1990年代のはじめに東大西洋史で3年生が、「本で読んだんですけど‥‥」と質問してきたので、著者名を尋ねたら答えられなかったので、こっちが驚いたことがある。いまの高校では、著者も書名もなく、「わからないことはドンドン人に聞く」という教育をしているのか。一見積極的に見えても、自分で調べる、読んで考えるということをしないかぎり、結局は伸びませんよ。

 以下5か条にわたる質問事項は、「洋書、和書、参考資料をいくつか読んできました」という人の質問としては、お粗末。言ってしまえば高校世界史定番の質問で、ちょっとした書物を読めばすぐわかるはず。あなたは、現役の研究者の知的関心をそそらないことばかり、質問しています。「御多忙の身だとは十分承知しております」というからには、こちらが乗り気になるような good question を書いてきてね。

 というわけで、あなたの質問にはお答えできません。
 かわりに、近藤(編)『イギリス史研究入門』(山川出版社)という良書があります。近世については小泉徹さんという方が担当しています。同じ小泉さんは『世界歴史大系 イギリス史』第2巻(山川出版社)でも該当部分を担当されています。あなたの学校の図書館には入っていますか? 信頼に足る答えは、この2冊で十分でしょう。万一図書館にない場合は、希望して入れてもらってくださいね。

 【じつは、もう一つぼくを慎重にさせた事情もあります。メール発信人名と質問者名が異なるのです。苗字も違うし、受信メール一覧にみえる From: の氏名がやや色っぽい‥‥。考えすぎだとしたら、ご免なさい。】

2013年5月13日月曜日

小シンポジウム3 & 林志弦


¶ 昨12日(日)は五月晴れで、百周年時計台記念館の学会よりは北山・東山へと出かけてしまった方々も少なくなかったのではないでしょうか。

 ぼくはというと、午前中、A3で2枚×200部のレジュメ・複写に手間取りました。街中のコンビニは、コピーを数枚とるには便利至極ですが、うけつけるのは最大限99枚まで。お金も千円札1枚かぎり。したがってちょうど200部+自分用1部をコピーするためには、どんなに工夫しても、3回の設定、それを2度繰りかえす、という羽目に。途中で、トナー交換、用紙の補充。コンビニの不慣れな店員より、ぼくにやらせてくれたら、もっとすみやかにできるのに‥‥と思いながら待ちました。こういうことは大学で済ませなくちゃいけないんだな。

 というわけで、他のメンバーをやきもきさせながらも、昼食をかっ込んで、定刻に開始することはできました。お一人からの深夜のメールを無断部分引用しますと、
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「「礫岩」という共通のテーマが多面的に、かつ凝集力をもって報告され、問題提起も
含めて5本の報告が、惑星系のようにそれぞれ響き合っていましたが、この種のシンポジウムとしては希有なことではないでしょうか。」
「‥‥私が刺激を受けたのは、「礫岩(状態)」が静態的なものではなく、政治的主体間の多様な「交渉の結果として」「可塑的」に成立しながら、一つの秩序をなしている、という論点でした。それぞれの事例研究は、その様態を非常に説得的に提示していたと思います。」
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 ありがとうございます。当然ながら、登壇した者だけでなく、科研メンバー全員、そして他の研究会と合同でやりとりを繰りかえした成果であり、皆さんとの共鳴関係のお陰だと思います。

 フランス史、ドイツ史の方々との討論も、これからの課題となるでしょう。それより前に、東欧も北欧もイベリア半島もブリテン諸島も、「ヨーロッパ周縁世界」として位置づけられ、かつそこに注目することがヨーロッパ(近世)の本質を見やすくする、ということが本科研グループの呈示する vantage point として、会衆のみなさんにアピールできたかと思います。

 ひとまず3年間の共同研究としては成功したと見てよいのではないでしょうか。ここまでの中間報告として共著の公刊、さらなる新研究への発展、‥‥と楽しいアイディアが次々に湧いてきます。

¶ それから、11日の林志弦(Lim JieHyun)の講演は盛り沢山でおもしろかった。彼の有能さと自負も感得されました。

 なお、ぼくが『現代の世界史』および『世界の歴史』(世界史A)の共編著者だとは、ご認識がなかったようで、山川出版社の担当編集者とともに挨拶しておきました。

2013年5月7日火曜日

富士山の県の知事



 今夜、久しぶりにお話をしました。富士山をかたどった襟の記章、空色に富士山とお茶のネクタイ。いつもながら明るく周囲を盛りたてる方です。

 なんと一期目のおわりが迫り、6月16日の投票日は間近なのに東京で学問的な会合と二次会に出席。選挙運動はしない、勝手連が運動するのは拒まない、という方針。現職の彼は一期目は民主党推薦でした。今回は無所属。売られたケンカは買わない。しかし自然エネルギー、健康日本一の県をほこり、大地震・大津波への対策は怠らず、製薬でも打って出る、新幹線の駅の数が一番多い県。

 実績からいえば安泰か、とよそ者は考えるけれど、しかし対抗馬は自民党で県人。安部政権は必死で戦うでしょう。彼はといえば、京都生まれ、早稲田大学卒、オクスフォード大学博士。(ぼくと彼との共通点といえば、マンチェスタでファーニ先生のお世話になったことくらい‥‥)

 今夜、彼を囲んだ5・6名のうち、有権者は一人もいないが、勝手連を‥‥という声は高まりました。

 *県立大学の先生、いかがお考えですか? こんなときに共産党推薦候補に投票するなんて、ナイーヴ+阿呆ですよ。

2013年5月6日月曜日

西洋史学会大会@京都大学


 まだまだ先と思っていたら、すでに次の日曜(12日)午後です!

 古谷代表による科研組織の研究プロジェクトにもとづく小シンポジウムですが、ぼくもその一端をになって「問題提起 - 礫岩国家と普遍君主」をやります。右肩の FEATURES をクリックしてください。その趣旨というか、前口上というか、こんなことです、とあらかじめお知らせします。礫岩(れきがん)=conglomerate とは、こんなにカラフルな堆積岩(さざれ石のイワオとなりて‥‥)です。
OUM

 ヨーロッパ近世史からの発言ですが、すこし広い意味合いもねらっています。

 この小シンポジウム全体は、いうまでもなく京都大学の準備委員会と古谷科研のおかげで実現するものですが、この feature ページの文責は近藤にあります。

2013年4月30日火曜日

春の海


 4月もまたあっという間に過ぎてゆきます。
 写真は、「春の海、ひねもすのたりのたり‥‥」ならぬ、豊洲岸壁の様子です。

2013年4月9日火曜日

Baroness Thatcher 1925-2013


Former Prime Minister Baroness Thatcher has died "peacefully" at the age of 87 after suffering a stroke, her family has announced.


David Cameron called her a "great Briton" and the Queen spoke of her sadness at the death.
Lady Thatcher was Conservative prime minister from 1979 to 1990. She was the first woman to hold the role.

She will not have a state funeral but will be accorded the same status as Princess Diana and the Queen Mother.
The ceremony, with full military honours, will take place at London's St Paul's Cathedral.
The union jack above Number 10 Downing Street has been lowered to half-mast.
(c) BBC

2013年4月7日日曜日

胸像をぬらす‥‥花


 今年のソメイヨシノは、咲きいそいで、すでに葉桜になってしまいました。

3月28日、本郷へ科研の決算関連で行きましたが、本郷でみる桜といえば、もう決まっています。(赤門の八重桜はまだなので、)医学部病院前へいそぎました。
 胸像をぬらす日本の花の雨 (秋桜子)

ベルツ、スクリバ両先生としては、これだけ日本人に大事にされて、言うことはないんじゃないでしょうか。

 19世紀末、ドイツが文明・科学・普遍を代表具現していた時代、ということもあり、世紀転換期の本郷の胸像群は、雄弁なメニュメント群をなしています。【ところでこの時代、日本ばかりでなく、イギリスでもアメリカでも進歩的知識人はドイツを注視していました。ロシアでも?】

2013年3月31日日曜日

『青春の一冊』?


 これが共著というのは恥ずかしい。この「信山社新書」は、要するに数年前に『東大新聞』に寄稿したコラムが編集されて一冊の新書になった、ということに過ぎません。ぼくの『資本論』というコラムは、去年の3月20日の催しに来てくださった方々に受けとっていただいた『いまは昔』(非売品)に所収のものです。


 ただし、そこにあった誤植は訂正され、また編集部から「仕上がりで1行減らすよう」要望があったので、それにともない、モタモタした部分を添削しました。趣旨もトーンも変わらないが、ほんのすこし文章として改善された、と考えています。

 むしろ読者としての楽しみは、他の皆さんの文章です。一番年長は佐々木毅さん(元総長)、続いて五十嵐武士さんかな。塩川さんや吉田さんなど団塊が多いのは当然として‥‥、若いのは塚本昌則、阿部公彦、赤川学といった方々。東大を退職されて、いまは?という方々の現職を知る手がかりになる場合もあります。

理工系がやや少なめで、東大文学部と駒場の関係者が多いのは、自然でしょうか。それにしても、小冊ながら島薗進さんのように率直な文章を読めて良かった、と思わせる本。

ぼく自身の率直な述懐といえば、むしろ近刊の
 ・「70年代的現象としての社会運動史」『歴史として、記憶として』(御茶の水書房、4月刊)、そして
 ・「礫岩政体と普遍君主:覚書」『立正史学』113号(5月刊)
 のほうにしたためました。島薗さん言うところの「ものごとを見通す枠組」を求めて、「煮えたぎるような思いを冷静にふり返るために、他者の生涯や思考・信仰の歩みをまなぶ」という方法の試みは、そう易々とできることではなく、年来の『イギリス史10講』の課題です。

2013年3月29日金曜日

立正大学 西洋史

27日(水)は冷雨のなか立正大学の卒業式でした。

あいにくの天気でしたが、「雨降って地かたまる」と言います。
これからの人生の門出としては、象徴的でよいかもしれません。

この卒論ゼミ17名の写真はTAの須藤さんが撮ってくれましたが、
無声だったので、後方でなにが起こっていたか、知りませんでした。

きれいな花束をありがとう。
28日からは桜も満開。
卒論を書きあげたことが、これからの人生の自信になるといいですね。
ゆうぽおとの会食(1月11日)写真は ← こちら。

2013年3月26日火曜日

京都・大阪にて


23(土)は京都大学で、24(日)は千里中央で、それぞれたいへん充実した会合がつづきました。東京よりちょっと寒いと思いましたが、高揚しました。

・京都(土)は近世史研究会。二宮宏之さんの仕事をどう継承し発展させるか、ということで、余所者ながら押しかけて発言してしまいました。中世や近現代、それからあまり関係ないかに見える方々もたくさんいらして、二宮さんの影響力というか啓発力をあらためて再認識しました。

小山さん、佐々木さんの進行の妙もあり、具体的な論点もそうですが、皆さんの誠意と相互の信頼関係が伝わって、すばらしい unforgettable な会合となりました。
二次会、三次会も含めて、* * さんを緊張させ、興奮させたのも、レアな機会でした!!
Ringo, the Beatles という店には初めて行きました。

・千里中央(日)は古谷科研で、ぼくは「礫岩政体(conglomerate polity) と普遍君主(universal monarch)」という問題提起。

じつは科研プロジェクトの3年めの小括でもあり、5月12日の西洋史学会大会小シンポジウムのための準備会でもありますが、ぼく個人としては勤務先の必要もあって、荒削りの覚書をすでに『立正史学』113号(2013年5月刊)に書きました。

土曜の討論と連続する部分を集団的に反芻しつつ、さらにわれわれ的に先を見すえて、近世的秩序について議論できて、たいへん効果的でした。教会(君主の司祭性)や概念史の重要性、同時代的競合、世界史的広がり‥‥、The world is not enough.

皆さまには、請うご期待、としか今は言えませんが、まもなく/やがてホームページを開設するとのことで、パブリックな討論もできるかと思います。

念のために申しますが、ときにドラスティックな批判・飛躍とみえるときもあるかもしれない学問も、継承的にしか発展しない。マンタリテやソシアビリテや社団的編成や etc. の時代は終わって、いまや礫岩政体論の時代だ、といった(新商品の)販拡キャンペーンではけっしてありません。

ヨーロッパ近世史の資産を継承しつつ、フランス中心主義を相対化し、もうすこし広いパースペクティヴ、もうすこし(focusを深く)長い時間軸で〈秩序問題〉を再考したいのです。そうすることによって二宮さんの知的洗練もあたらしい意味をもつでしょう。

三間堂という店も悪くなかった!

2013年3月18日月曜日

弥生の鼎談

今日も暖かく風の強い日でした。

ソメイヨシノの開花宣言が聞こえてきますが、わが深川の水辺では写真のように、まだつぼみが張っている状態。ところが茗荷谷、お茶の水女子大の構内に参りますと、ご覧のようにすでにしっかり咲いていました。
隣町は「小日向」ですから、日当たり良好、校舎の南側で風も当たらないのかな。

そもそも今日、お茶の水女子大に参りましたのは、柴田三千雄先生の蔵書の受け入れを決めてくださった大学図書館に詣でるためでした。
遅塚、柴田両先生の蔵書が、こういう穏やかで暖かい環境で合体する、‥‥しかもなんと御縁で、二宮蔵書は春日通りをはさんで旧教育大(現筑波大)の文京校舎に収まるのだとすると、これはすばらしい。三旧友の霊が、茗荷谷=大塚で相まみえて、尽きせぬ鼎談を毎夜つづけることになるのですね。
ダレソレの声はでかすぎるとか、君のルフェーヴルの読み方は違っているとか、こんどの京都の会はだれが仕切るんだとか‥‥

2013年3月16日土曜日

二宮史学の不思議


 3月23日(土)に京都大学で開かれるコロクにも、5月12日(日)の西洋史学会大会シンポジウムにもかかわりますが、関連して、二宮宏之(1932~2006)さんのお仕事について、「礫岩政体と普遍君主:覚書」(『立正史学』 2013年5月刊で二言したためました。その最後の段をちょっと抜粋させてください。

【前略】
A. 「フランス絶対王政の統治構造」およびこれと不可分の「社団的編成と「公共善」の理念」が一揃いになって、フランス社会史および国制史の研究蓄積を知悉した二宮による近世王国の社団的編成と理念的統合の議論であり、これがまた、「六角形のフランス」というフランス史の人びとを拘束し続けた枠組への批判にもつながるものであったことは、いまさら言うまでもないでしょう。編著『深層のヨーロッパ』(山川出版社、1990)もその一つです。

B. しかし、1990年代以降になると、こうした多様で複合的で可塑性の政治社会や政治文化にはあまり論及することなく、からだとこころ、地域/家族の(顔のみえる)共同体に沈潜されたようにみえます。たしかに『マルク・ブロックを読む』(岩波書店、2005)では アルザス人、フランス人、共和主義者としてのブロックの重層的アイデンティティが語られていますが、エトノスの複合性をふまえたうえでの res publica 論やホッブズ的秩序問題、あるいは思想史・概念史(history of ideas)にかかわる議論は棚上げされたかにみえます。その理由については、宿痾のことがあるから軽々には憶測できませんが、それにしても、晩年の二宮の文化史的な内向の磁力が、追随する若手研究者におよぼす抑制的影響力をわたしは懸念しています。

 二宮は今でもすばらしい。その文章は人を魅惑します。だが、「六角形の枠組」をこえなければならないとくりかえされながらも、2000年代の内省的二宮は、六角形をこえて内外に浸透した秩序問題、そして概念史、世界史へと研究を広げようとする者にたいする抑止力でもありました。あたかも高橋幸八郎(1912~82)の理論的かつ個人的な魅力/呪縛が、1960年代・70年代の二宮と遅塚忠躬の自由な飛翔を抑止したのと似ているかもしれない。

 二宮はまた、G.ルフェーヴルの「革命的群衆」論文が集合心性の研究への橋渡しとしていかに枢要だったかを強調しますが、なぜか同じルフェーヴルの「複合革命」論には言及しません。柴田とも遅塚とも違って、二宮は革命の情況性にも国際的条件にも言及しないといった不思議が、わたしたちの前に残されています。 【中略】

 ‥‥根本的なところで、二宮宏之と E.P.トムスン(1924~93)には共通点があります。わたしは両者を批判的に継承したい。『二宮宏之著作集』第2巻「解説」(岩波書店、2011)にも書いたとおり、偉大な先達のたおれたあと、未完の課題を引き継いで前へ進もうというのが、わたしの立場です。
(C) 近藤和彦
 

2013年3月15日金曜日

Industrial Action !

こういう通知/予告が British Library から来ました。


Planned Industrial Action
Wednesday 20 March 2013

若い人たちのために、industrial action とは産業行動/勤勉に働くことではなく、
罷業=ストライキを打つことですよ。やったことあります?
詳報は、下記のとおりですが、給与・年金・労働条件について争議権を行使するというのは、いまの日本で、本当にマレになりました。
アメリカ的(NY的?)ハード・キャピタリズムがこの20年ほどで定着したからでしょうか?それとも事態は80年代の国鉄解体・民活路線あたりから始まっていたのか?

Members of the Public & Commercial Services Union (PCS) have voted for a one day strike on Wednesday 20 March 2013 over changes to pay, pensions and working conditions in the public sector.

The British Library at St Pancras plans to be open as usual for visitors to its public areas and exhibition galleries, but there is likely to be significant disruption to our Reading Room services with the potential of late opening and some rooms likely to remain closed.

2013年3月2日土曜日

三宅ディレクター


NHK-BSの予告を見ていたら、昔の名前ばかりか、笑顔も出てきたので驚きました。
【こちらは、むかし1999年9月、オクスフォードからウェルズ大聖堂、グラストンベリに行った小旅行のときのスナップ。14年くらいでは人は変わらないということかな。】

東大西洋史からオクスフォード大学へ、そしてロンドンで活躍とは聞いていましたが。
学生のころ、第2志望として映画関係で仕事ができれば、ということを聞いていましたから、その道に進んでいるわけですね。

母上のご実家は福島県とは承知していましたが、311に海通りでご親戚がたいへんな被害とは‥‥
[BS1]   <以下引用 (c) NHK>
2013年3月8日(金) 午後11:00~午前0:40(100分)
 福島第一原発事故のニュースを海の向こうで知ったロンドン在住のディレクターの三宅響子が、福島県浪江町の親類たちの軌跡を1年半にわたって追った。国際共同制作
  
【後日加筆】 見たあとの感想ですが、三宅さん自身の(進行形の)認識の歩みと、邦子おばさん一家とのこれまでの歴史と現在が交錯するドキュメンタリ作品でした。
Fact とはそれ自身の歴史をもつ;語られたこと、語られかたに左右されるし;そもそも近世英語では feat (なされたこと、事績)である、という ジョン・ルーカス(ルカーチ)を想い起こしながら見ました。