2014年9月19日金曜日

スコットランド をめぐる festival of democracy

 後ろ髪を引かれる思いで、投票日の18日(木)、ヒースロウからコペンハーゲンに乗り継ぎ、たったいま東京に帰り着きました。すでに19日(金)です。
 レファレンダムを「住民投票」と訳すのはどうかと思います(総選挙もまた住民が投票します)。今回のレファレンダムは、ゴミ処理場をどうするか、幹線道路をどうするか、といったレベルの問題ではなく、国のかたちを変えるかどうかという、国政選挙以上の国制をめぐる選挙ですから、人民投票に近い。
 選択肢は、単純:Should Scotland become an independent country? これに Yes か No で答える(チェック×する)という投票です。
 しかも有権者は、SNP の立法で、なんと16歳以上と定められました。自国の将来・未来を決める投票だから、だとしても高校2年生まで投票するのには、個人的に抵抗感があります。そもそもUKは政治的国民で、投票率は高いのですが、今回の有権者登録は97%にまで上ったというのだから、関心の高さは remarkable です。事前の世論調査では、Yesが48%、Noが52%。
 政府も、労働党もこれには脅威をおぼえて、投票前日にキャメロン首相(オクスフォード大学卒)、前首相ブラウン(エディンバラ大学出身)がともに連合王国堅持の立場から熱烈なキャンペーンをしました。
 17日にオクスフォードでお話ししたO先生とぼくは同じ立場で、ナショナリズムは不毛で、政治の視野狭窄をもたらすと考えます。
 いま開票結果が順に明らかになっている途中ですが、なんといっても大都市エディンバラとグラスゴーが決定的。エディンバラは18世紀からそうであるようにホウィグ的・UK支持。グラスゴーはひところまで労働党基盤だったはずなのに、いまは Scottish National Party の地盤になっているとのこと。最近の労働若者映画でよく描かれているとおり、失業若者が多い、したがって閉塞感の強い地域です。すでに1997年の労働党政権下でdevolutionが進行し、さらにSNPのサモンド党首がスコットランド首相に収まっているわけですが、21世紀のナショナリズム、煽りと内向で、スコットランドの将来ばかりでなく、連合王国の将来、そしてEUの将来を誤るデマゴーグではないか、というのがぼくの本音。
 独立して=主権国家になってどうするのか。あらゆる点で連合王国の重要部分として存在し、機能してきたスコットランド。しかし、イングランド人が結婚(Union)した相手をなおざりにしてきたことは確かで、プライドへのrespect が足りなかった、怒らせてしまった、ということも事実。タカをくくっていたこともたしか。
 ゴードン・ブラウンが What we have built together, by sacrificing and sharing, let no narrow nationalism split asunder! と熱弁をふるったのは、テレビでも見ましたが、18日のガーディアンは好意的です。
 開票途中で、案外、Yes が伸びないというので「安堵」の空気が出ているようですが、最後に最大の選挙区グラスゴーの票が確定するので、これが決定的です。No、すなわち連合王国が維持されるなら、スコットランド人も理性を失わずに合理的な選択をしたと判断してよいでしょう。さもなければ、連合王国全体、ヨーロッパ全体、コモンウェルス全体の政治文化は、良くない方向に展開するところでした。
 スペインも、フランスも(?)、さらには「琉球処分」にも関係するイシューです。

 多様性を前提に、連帯する連邦国家。アメリカ合衆国やドイツ連邦共和国に似た国制、が解決策でしょう。

2014年9月15日月曜日

スコットランド独立?

 ちょっと説明が足りませんでした。
(イングランド王、デンマーク王、ノルウェイ王を兼ねた)クヌート王によって命名されたスコーネのロンドン(Lund)からイングランドのロンドン(London)に参りました。見慣れた景色も相対化されます。
 スコーネをとりまく周囲の離合集散(スウェーデン、デンマーク、バルト海、ノルマン人の礫岩...)をふりかえると、-Skane と Scone! そしてScotland が無関係とは考えられない - 1707年、そしてバノクバンの1314年を想い出しながら、スコットランドの有権者が Yes! と投票したくなる気持は、わからないではない。
 SNP とは日本のマスコミがいう民族党ではなくて(スコットランド民族なんて存在しません)、19世紀のアイルランド国民党と同じく、構築され、主張されているスコットランド国民党ですが、
現UK の保守党(Unionist Party)にたいする political な反対と、
UK の constitution(国のかたち)問題とを混交させたデマゴギーをやっていると思われます。
もしSNP、独立派が勝利すると、イギリス史はもちろん、ヨーロッパ史においても時代が変わるんじゃないかと思います。それだけ重要なレファレンダムです。
『イギリス史10講』では pp.57-58, 181-183, 156, 299-302 などが関連します。

 18日、木曜の投票を刮目して待ちましょう。
日本のテレビ局からせっかく取材のお申し込みを受けましたが、すみません、ただいま在ロンドンで、遊んでいるわけではないぼくには、ちょっと無理なスケジュールでした。

2014年9月11日木曜日

Lund にて

 百聞は一見に如かず。
 一見は歩くにしかず。
 ルンドに来るには、ストックホルム経由でなく、コペンハーゲン経由なのでした。
(歴史を知らずして現実を理解することはむずかしい‥‥)
しかも、ケインブリッジやハーヴァードに負けないくらいの良いの雰囲気の大学町。
デンマーク大司教座がここに置かれていたということは、中世のこの地域の中心だということですね。
Conglomerate state を論じるのにこれほど適切な場がほかにあるでしょうか?
 昨日はコペンハーゲン大学の Lind 先生の案内で最高の17世紀コペンハーゲンを歩き、また夜の討論は
内村鑑三の『デンマルク国の話』の脱神話化、invention of tradition、内村 → 矢内原 → 大塚 の系譜の歴史性
にまで及びました。
 それにしても、4月のイングランドみたいな驟雨がつづきました。
ルンドについては、Gustav王のお友だちには既知の ↓ に写真がありますので、どうぞ。
https://www.facebook.com/daisuke.furuya/posts/10204152309586635