2026年2月18日水曜日

『「歴史とは何か」の人びと 20世紀知識人群像』の読者より III

 あいつぐ私信から、シャープな指摘、そして思考の糧をいただいています。有難いことです。その一部をご紹介します。
HMさん
 ‥‥『図書』連載が始まったときから、毎号拝読しておりましたが、それを数段もヴァージョンアップされた、とても内容の充実した御本ですね。カー/『歴史とは何か』を取り巻く歴史家・学者の研究・著作からプライベートまで、それぞれの個性が伝わってきました。20世紀イギリスの知識人のコミュニティを、立体的というのでしょうか、「ポリフォニー」的に感じ取ることができました。
 錚々たる歴史家・学者ばかりでそれぞれの研究の意義をおさえるだけでも至難ですのに、各章のタイトルに掲げられた人物はもとより、現在の歴史家についてのエピソードも織り交ぜられ(キャナダインとコリーの結婚公告まで!)、大変面白かったです。また「付記」では歴史学の見方、日本の歴史学の先駆性・独創性にも言及されていて、イギリスを越えた同時代的な様子を知ることができたのも、有益でした。ご自身のリサーチによる『歴史とは何か』のアメリカ版刊行に関する書状の発見は、とてもスリリングでした。
 拝読していつも感じるのですが、文体に無駄がないと申しますか、よく研かれていると感じます。加えて、アイリーン・パウワの箇所で「元気(パウワ)にあふれるアイリーン」「‥‥社会政策の「発電所(パウワ・ステーション)」と韻を踏まれるなど、読み手を楽しませてくれます。‥‥

NSさん
 ‥‥イギリスの歴史家論というと、ジョン・ケニヨン『近代イギリスの歴史家たち』を思い起こしますが、ケニヨンが情報豊富で勉強になりはするものの、記述がやや平板なのと比べると、ご著作のほうは人物の複合的背後が浮かび上がると同時に、筆致が活き活きしており、とても面白く、勉強になりました。
 折に触れて示される鋭い洞察もとてもためになりました(アクトンがなぜ大著をまとめられなかったか、歴史家に構想力が必要なこと、しかし近年、資料の撮影が容易になり、資料フェティシズムには注意すべきこと‥‥)。
 アダム・スミスがオクスフォード時代に読書に打ち込んだことにも言及されておりますが、近年の研究を踏まえても言えることで重要だと思います。かつてはスミスはオクスフォードであまり学びがなかったとされていましたが、フィリップスンらにより、スミスはオクスフォードで、グラスゴー大学にはない書籍に触れたことがわかってきました。
 思想をどう歴史に組み入れるか、歴史的実態の中の思想をとくに意識するようになり、その点模索中です。とくに日本の思想史は、テキスト解釈に集中し、歴史的実態との関連を軽視する傾向にあります(内田義彦なども歴史を重視しましたが、それは講座派的な理解だったと思います)。イギリスの歴史解釈の層の深さを感じておりましたが、それはじつは20世紀に発展したものでした。‥‥
SOさん
 ‥‥歴史をやっている者にとってこの本が意義深いのは、一方で第15章で「わたしは孤独で、そして深く不幸です」というよく引用される言葉の本当の意味を教えてくれるというようなことだけでなく、『歴史とは何か』に登場する人たちが、20世紀史のなかに位置づけられ描写されていることだと思います。これは近藤さんにしかできない仕事だと思います。歴史学界の端っこにいる私にとって、興味深いだけでなく勉強にもなったところです。たとえば『P&P』誌の変身の舞台裏について、などなど。
 個人的になるほどと思ったのはR・H・トーニのところでした。彼の人となりが魅力的なのは大昔に『ハエとハエとり壺』を読んで以来ですが、ながいこと彼が熱心なアングリカン[国教徒]だったことがしっくりきませんでした。ウェーバーの読み過ぎだったのかもしれません。[人口・家族史の]ケンブリッジ・グループの創立者たちがノンコンフォーミスト[非国教徒]だったことにも影響されていたかもしれません。‥‥
 それが今回R・H・トーニの親友三人組の話を読んで、だいぶわかってきたように思います。その一人テンプルがアングリカンでキリスト教社会主義者、最後は大主教になったことを知り、あの時代のアングリカン改革派は国教会を内側から動かし、三人組のもう一人ベヴァリッジが構想した福祉国家への道を推し進めることになったのだと理解しました。有意義で楽しい読書でした。

KYさん
 ‥‥こうしてまとまって読ませていただくと、『図書』で拝読した時以上に、イギリスの歴史家たちへの近藤さんのまなざしがよく分る気がします。近藤さんが最も愛着を覚えているのはネイミアだろうという印象で読み終わりましたが、違っているでしょうか。
 『図書』にはなかった「付記」も、日本関係の話題などを盛り込まれる形で、それぞれ短いながら読み応えがありました。カーの新訳同様、多くの方に読まれる本だと思います。

KYさんに近藤より返信
 ‥‥ぼくが一番愛着を覚えるのがネイミアなのかどうか、よく分かりません。ある時期にそうだったのかもしれませんが‥‥。カーその人については、ぼくとは違うタイプの人だが、理解はできる、という所まで辿り着きました!(かつて E.P.トムスンに距離感を覚えて以来、)あまり特定の一人に執着することはないかもしれません。むしろ拙著の執筆のために勉強した結果、従来は嫌いだった/理解の外だった、トレヴァ=ローパとか K.ポパーとかについて、少しは理解が増した気がします。
 個人的に申しますと、1970年代に、フランス革命、18世紀英仏の民衆運動といったことで R.コッブ、G.リュデ、R.B.ローズ、M.ベロフなども読んでいたのですが、今回はこの人たちと E.P.トムスンばかりかネイミア(そしてベロフの場合はカー)との関係/摩擦まで浮かびあがってきて、目の覚める思いです。
 フランス革命修正論とベティ・ベーレンス、そのカーへのつながりについて、なおまた I.バーリンが1955年にアリーンと婚約発表したあと(結婚前のハネムーンとして)夏の南フランスから車でたっぷり大旅行を敢行し、ローマの国際歴史学会議に向かったことについても(p.165)、柴田三千雄先生がお元気なら、ぜひ伝えたかったことでした。
【まだぼくが学部の5年生のころ、本郷の喫茶店で柴田先生から、世紀転換期ウィーンにおけるウェーバーの周辺の知識人世界をやるのも面白いんじゃないか、と誘惑されたことを、今ごろになって想い出しました。まだカール・ショースキの安井訳『世紀末のウィーン 政治と文化』(岩波、1983)が出るよりはるか前のことでしたが、ぼくが駒場で折原ゼミに精勤していたのをご存知だったので、柴田さんと西川正雄さんのあいだの懇談から、こうした発言が派生したのかもしれません。】
 全体を通じてですが、巻末の「人物対照年表」の18名について列伝みたいなものを試みたことにより、相互の意外なほどの関係が見えてきたのは収穫でした。当初に考えていたよりずっとテマヒマかかりましたが、調査探究の実が上がり、historiaという営みを生涯の仕事としてきたがゆえの喜び(醍醐味!というのでしょうか)を感じています。

2026年2月15日日曜日

『「歴史とは何か」の人びと』(岩波書店)について II

 拙著の読者からのご感想の第Ⅱ弾です。お寄せくださった皆さま、ありがとうございます。たいへん嬉しく、また励みになり、著者冥利に尽きるとはこのことです。個人的固有情報は除き、エッセンスのみご紹介いたします。
AMさん
‥‥岩波の『図書』に連載されていたエッセイは、部分的に読んでいたのですが、内容に引き込まれて、先週末に一気に読み終えました。「人物対照年表」を見ながら、錯綜した人間関係とOxbridge, LSEとの関係を改めて見直すことができました。
 描かれる人物像とともに、付記の部分にも引き付けられました。付記12の、英米の出版事情の相違と、ご自身のオリジナルな史料的「発見」の部分は、さりげなく書いてありますが、本書における重要な独自性にもなっていると感じました。

KHさん
 ‥‥すぐにご本を拝読いたしました。複雑な面白さなので、読んでいると止まらなくなって2晩で読了。二、三の感想を記して御礼にかえたいと思います。
 登場する歴史家たちの大半について、学生時代以来さまざまの読書で学んできました。このご本の I部では文句なしに、第6章 経済史家にして教育者、トーニ。
II部では、第7章 フランス革命史-ルフェーヴルとコッブ、第9章 バーリンとドイチャ、カーの二人の友人 の両章がすばらしい。私はバーリンは大嫌いでしたが、今回その理由が分かったと思います。ルフェーヴルの本は何冊か持っていますが、やはり筋金入りの歴史家であることを納得。
III部は、とてもきつい。戦後育ちの私は、第15章 E・H・カーと女性たち を読むのが辛かった。時代的被拘束性は分かっていますが、それにしても何というカーなのだ、と。この本はこれから何度も読み直すと思います。
 率直な不満があります。第8章 『パースト&プレズント』の歴史家たち の記述にはやはり不十分さを感じました。私は、学生時代からホブズボームの仕事が好きでしたので、E・H・カーとホブズボームはいったいどのような関係であったのかを知りたい。その探索の可能性は果たしてないのでしょうか。‥‥

YNさん
 ‥‥引き込まれるように一読させていただきました。素晴らしいご著書で、感嘆しております。
 E.H.カーを軸に、20世紀を歩んだイギリスの歴史研究者を、その研究や大学人としての歩みだけでなく、全人格とともに描写し尽くす。これは並大抵なお仕事ではないと、門外漢ながら感じ入っております。英国におけるオックスブリッジの位置、また学寮を基礎とする大学の社会や機能、そこを主な舞台として繰り広げられてきた20世紀英国の歴史学の状況が、きわめて鮮明な像として描かれ、とてもよく理解できました。
 いくつも印象的な部分がありました。
 *ネイミアのいう、歴史家の仕事は画家に似ている、医者の診断に似ている。。。
 *(歴史家の)頭のなかで響いていた音を聞き分ける
 *ハスラム「カー評伝」における、私生活を含め「全人格をあつかう」という手法
 *こうした視点で叙述された「知と愛とセクシュアリティー」の各章
 また、ぜひ再読させていただくつもりです。

KSさん
 ‥‥興奮をもって読了しました。
 激動の20世紀のイギリス主要大学で、伝統の血/知と外国からの新しい血/知が混ざり合い、濃密な人間関係の中で、互いの仕事を意識しつつ、強烈な自負をもつ、総じて「奇矯な」人びとが、教え学び、時代の荒波を生きて、同時代的課題に向き合い、友情や嫉妬や恋心や虚栄心や失望に翻弄されながら歴史を書いていたさまが、息遣いを再現するかのように描かれていて、ほんとうに、ほんとうにおもしろかった。
 たしかに人生を生き切ったような綺羅星のごとき人たちの頭を「いっぱい」にしていたことを踏まえてはじめて、その人の仕事の真の評価ができるのだなと思います。
 本書は、まことに「ポリフォニック」な作品だと思います。カーを出発点にして、数珠つなぎのように人間関係を探査していくうちに、当初計画にはきっとなかったような意外な事実が次々に浮上したのだろうと推察いたします(研究計画に偶然性を組み込んでいる、ということではないでしょうか)。登場人物が勝手に語り出すような、勝手に自己主張し始めるような、そんなところが随所にある気がいたします。著者自身が登場人物のお一人でもあり、そのことが独特の臨場感を与えています。 個人的に、昔お世話になった人に出逢った感もありました。「地上の星」的な存在にも随所で言及しておられるのも素晴らしいです。
 本書は一書として自律したポリフォニックな書物ですが、また『イギリス史10講』と『歴史とは何か 新版』とトライアングルを成していて、互いのサブテクストになっているのだな、との印象を抱きました。このようなコンステレーション - 近藤史学の星座 - を観られるのは幸せです。

2026年2月6日金曜日

読者の反応

 1月末の拙著『『歴史とは何か』の人びと  E.H.カーと20世紀知識人群像』(岩波書店)の刊行は、個人的には人生の一大事(!)なのですが、いま真冬の解散・総選挙という国民的大イヴェントのほうに人びとの関心が向いています。これじたいは健全なことなのですが、著者としてはほんの少しさびしい。ところが、政治文化の大きな転変、「大変貌」も予測されて、気がかりで、正気にかえります。8日(日)に投票所に行けない人は、不在者投票をしましょう!

 拙著については、ふだんからお世話になっている方々から反応を頂いています。ありがとうございます。個人を特定する固有情報は除いて、順にエッセンスのみ紹介させてください。
NMさん
  ‥‥じつは二日ほどで、ほとんど拝読いたしました(後さき 行きつ戻りつもありましたが)。なんて沢山のものをお読みになって、桁外れのひとの頭のなかと人生とイギリス人のありようを活写なさったのかと、感じ入りました。‥‥本当にものを読むのがお好きなんですね。
ACさん
 ‥‥先生が長年、多彩な歴史家の皆さんとの交流を大切にされ、楽しんでこられたご様子を、まのあたりにしてきました。ですので、舞台を20世紀イギリス歴史学界にして、「知識人群像」というこのご本をお書きになられたことにつきましては、なるほどなと感じております。
   少し驚きましたのは、ホモソーシャルで知的な側面ばかりでなく、取り上げられた方々のこだわりや失策や性愛にいたるまで、しっかり描かれていることです。女性たちの矜持や生き方も語られていて、実に興味深いです。全体に人物像がとても生き生きしており、立体的だと感じました。なんだかワクワクしてきて、読み進めていくのが楽しみです!! 個人的にはリチャード・コッブの『革命軍』を見つけ、なつかしくて涙が出そうになりました(笑)
ITさん
 ‥‥カーを取り巻く群像をポリフォニックに描くという離れ業へのご挑戦、流石としか言いようがありません。その「雰囲気」は芬々と本書全体から醸し出されています(人間工学的に優しい書籍の大きさ・重さも含めて)。 ケインブリッジの地図を眺め、ずいぶん昔に案内していただいたカレッジ群やケム川辺の風景、雑踏などが頭のなかに重奏的に甦ってきています。
 全体は I~IIIの3部構成になっていて、Iの内部的オーソドックスな知的関係、IIの外部からの知的刺激、IIIのジェンダー的様相の3楽章は、それぞれ異なる旋律とハーモニーが奏でられるであろうことが早くも予感されてワクワクします。そして『図書』の連載原稿には、大幅に手が加えられ、‥‥各章に付記が周到に配されていることにも、読者への心遣いが感じられます。そしてポリフォニーのさらなる増幅がはかられているようでもあります。
HMさん
 ‥‥大変興味深いです。ケインブリッジの芝生のかぐわしい匂いがよみがえります。 同じ頃私はパリに留学していました。まだブローデルもフーコーも健在だったのに、視野の狭さと博論作成の難しさのゆえに、彼らの講義に出席することはありませんでした。今になってとても残念に思っています。 [‥‥] が日記を残しており、それを読むと歴史学者とその学問がその人の生きた時代の思潮の影響を、半ば無意識のうちに強く受けていることに気付きます。
HYさん
 『図書』で欠かさず拝読していましたが、あらためて拝見すると、アングロフォンの知識人を中心とするカーの生きた時代の知的コミュニケーション空間が甦ってくるようです。その時代の思想空間を全体として反映するポリフォニーでなくとも、今日までなお歴史家に課題を提示する通奏音が聞こえる気がします。また何より生身の人間としての歴史家たちの交わりの物語が楽しめるのが喜ばしい。 こういう世界が、そしてこのようなスタイルの伝記的叙述を誘発するような歴史家(たち)は今後なお存在するのだろうかと思ってしまいます。

 なお、新著の刊行にともない、じつに何年ぶりかですが、右上のぺージ = FEATURES も対応して、少しづつ更新してゆきます。よろしく。

2026年1月30日金曜日

高市の TACO

 ドタバタしているうちに真冬の衆院解散、総選挙! しかも、あまり思慮深くない高市政権とそれにニジリ寄るポピュリスト・単細胞諸党が勢いをもっているかに見えるのです。
 こうした政局にたいして『日経』は先週までは解散に大義なし、いわゆる「責任ある積極財政」なるものは責任なく禍根を残す、消費税を低減することに経済的効果なし、議員定員の削減案とはじつは反民主主義、‥‥と批判していました。なにより為替市場での円の極度の弱体化( → 輸入物資のインフレ → 経済すべての悪循環)を憂慮しての議論でした。
 しかし、いざ世論調査で自民党の議席増、「中道改革」の議席減が予想されると、ちょっと立ち止まって、今後の論調を再考・模索中かと見えます。大衆民主主義の世の中ですから、大新聞が大衆の意向に添う、というのは一つの知恵なのかもしれませんが、一般庶民よりは情報と(歴史的な)経験知をそなえた大新聞の論説委員なら、その「英知」を上手に見せてほしい。

 そうしたデリケートな情勢にあって、29日の夕刻に『日経』は "高市円安に転機到来 消費税減税、市場に「TACO観測」" という記事を [会員限定記事] として配信しました。 2026年1月29日 17:53
 トランプについて語られる TACO [Trump Always Chickens Out] が高市政権についても当てはまって、Takaichi Always Chickens Out. 【高市もはったりで威勢のいいことは言うが、結局は客観情勢をみて拳をおろす/現実的妥協策をとる。】
 なるほど、これは『日経』的な英知の記事かもしれません。
 有権者の側が、これを受けとめるだけの英知をもつのか、それとも反知性的で、たけだけしく単細胞の(尊王攘夷みたいな)SNSのムードに押し流されるのか。去年の兵庫県知事選や、先日の福井県知事選のような、天を仰ぐほどの事態を心配しています。
 なんだか、石破さんの冴えない(熟議の!)顔がなつかしくなります!

2026年1月7日水曜日

試し読み

 あまり心構えもできないうちに年が改まり、年賀状はようやく本日6日に投函しました!

 ありがたいことに、いつのまにか拙著『「歴史とは何か」の人びと - E.H.カーと20世紀知識人群像』については、早々と詳細な刊行情報が出ました(1月23日刊)。旧臘にくりかえしたドタバタの<成果>ですね。
https://www.iwanami.co.jp/book/b10154380.html
しかも、巻頭部分は「立ち読み」もできます。はしがき(v-ix)、目次、凡例、第Ⅰ部のイントロ(p.2)、第1章の前半 pp.3-10まで。 → 試し読み」をクリック
 ここで 図1-1 ケインブリッジ 学寮と大学(p.5)もきれいに読めます。

2026年1月3日土曜日

腰帯

 正しい名はどういうのか、知りませんが、とにかく本のカバーの下方を覆うように巻いて、その本の内容をアピールする、キャッチーな文言の記された帯/紙片です。著者でなく、その著書に長らく関与した編集担当者が苦労して制作します。
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 今回の『「歴史とは何か」の人びと - E.H.カーと20世紀知識人群像』の場合は、長い帯の右側(仕上がりでは本の裏側)に並んだ21名だけでなく、ウェブ夫妻やハイエクやマンハイム、そしてグラッドストン首相、チャーチル首相、サッチャ首相も登場します。カーの3人の妻や子どもたちが本のなかでどのような役をになうのか。そして高橋幸八郎や柴田三千雄を - 二宮宏之も西川正雄も! - 近藤がどう論じるのか。現役の歴史家たちにも顔を出していただきます。印象的な写真もありますよ。
 「読んで楽しい」本にはなっているかな? ちなみに It is a delight to read とは、リン・ハントが History: Why it matters? (2018), p.124 でカーの What is History? を評した、短いけれど本質的な言でした。拙著の場合は、図版が多いので、見て楽しい本にもなっているかと期待しています。