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2024年11月16日土曜日

アメリカの、民主主義の、これから

5日(日本時間6日)の合衆国選挙の結果。なんとトランプの復活だけでなく、上院も下院も共和党が勝利! いったいマスコミの「大接戦」という予報は何だったんだ、というほどの最悪の結果です。これから4年間のトランプ専制が始まります。言葉を失います。
  (斜線がかかっている州で、2020年:民主から、2024年:共和へと振れました。)
合衆国の東北端と西海岸のリベラル州において民主党やジャーナリストの主導したPC(politically correct)なidentity / diversity politics は、全米的には通用せず、かえって庶民からは高学歴エリートの空理空論として反発された、ということでしょうか。完敗です。かつての大統領選挙でも民主党リベラル候補のアル・ゴア、ヒラリ・クリントンは続けて保守的なおじさん路線のブッシュやトランプに敗北しました。今回は輪をかけてリベラルで理想主義的な黒人女性エリートのカマラ・ハリスが完敗。これをアメリカ民主主義はどう総括するのでしょうか。
一昔前、ビル・クリントンやバラク・オバマの再選が続いたころには、「アメリカ共和党がWASPの党であるかぎり将来はない、多民族・多文化にどう対応するのか、根本的な転換が必要だ」といった論調が垣間見えました。ところが、今回の選挙ではむしろ反対に、白人でもプロテスタントでもない黒人やヒスパニックの労働者も含めて、トランプ的な即効に期待する人びとが多かったのです。リベラルな黒人女性エリートが理性的に正論=寛容を説くのを嫌う、愚かな男たちも(出身のいかんにかかわらず)少なくなかったでしょう。
たちが悪いのは、トランプ政権を支えるのは、けっして貧しい庶民の代表でも味方でもなく、大衆を操作して、自由放任(やりたい放題)をねらう金もうけ主義の大卒エリートたちだという事実です。ヴェーバーが『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』の最後で憂いた「精神なき専門家、心なき享楽人‥‥」の天国が到来します‥‥。
これが合衆国だけのローカルな政治であれば、放っとけばよい。しかし、現代の国際政治のなかで(経済社会も含めて)、エリートが大衆の排外主義と攻撃性をあおると、とんでもない展開が待っている、というのは20世紀の歴史が何度も、どこでも明らかにしていることです。共和党のなかの相対的に賢明な人びとのバランス力に期待するしかないのでしょうか。
さらには、アメリカ合衆国だけではありません。他の「民主主義国」についても同じような危うさが感じられます。

2024年11月4日月曜日

アメリカの民主主義

いよいよ5日(日本時間では6日に投開票)に迫ったアメリカ合衆国大統領選挙です。民主党・共和党、それぞれ盤石の支持基盤が40%以上(47%以上?)あって、浮動票や若年層を把握しようと最後の追い込みです。
とはいえ全国的な支持率調査は、それだけでは misleading 過ちをもたらします。United States の連邦主義は明白に大統領選挙人団(electoral college)の制度に生きています。どんなにカリフォーニア州やニューヨーク州で Kamala Harrisが圧倒的に勝っても選挙人の上限は決まっていて、「激戦州」で僅差の敗北が重なれば、結局は彼女は負け、Donald Trumpの勝利となります。これは変な制度ではなく、建国のとき以来の連邦国家ゆえの原理原則です。
現実的な問題は、それよりも、たとえばトランプは嫌い、でもハリス=民主党はイスラエルに甘い、環境=温暖化問題にも甘い、だからハリスを支持するわけにゆかない‥‥といった若者がいて、批判の意思表示として 棄権する、あるいは無効票を投じるといった傾向です。
3億人を越える大国で100%の理想的な政治はそう簡単には実現しません。選択肢が2つならベターなほう/悪くないほうを選ぶしかない。世の中が安定して、おだやかに成長している時代であれば、棄権・無効票によって異議を申したてるのも意味ある行為です。しかし今はたいへん緊迫した情況で、こうした折には「最悪」を避けることを第一に考えるべきでしょう。
トランプは歴史的に A.ヒトラーJ.マッカーシ上院議員に肩をならべる存在です。敵を作り、これを攻撃し、あおることによって自らの権力を維持する。荒廃の時代を世界史に刻みのこす。こんなヤツに権力を執らせてはならない。
あの連中(Them)われわれ(Us)の対立を際だたせ、口をきわめてThemを攻撃し、敵の陰謀をとなえ、Usの正しさ、愛国心、力強さをうたいあげる。迷い・ブレ・まちがいを許さない。ロベスピエールとの違いは、経済的自由放任(やりたい放題)の立場で、また反教養主義である点でしょうか。徳のかわりに男らしさを強調していますね。
今は、政治的に賢明な決断をする秋です。世界が、文明が、この選挙に注目し凝視しています。アメリカ合衆国の民主主義が試されています。

2024年4月18日木曜日

マウリツィオ・ポッリーニ、その2

 じつはポッリーニ(ぼくの5歳上)の演奏については、感動していただけではありません。とりわけ近年は、おやっ、と思うことがなきにしもあらずでした。
 バッハの「平均律クラヴィーア曲集」は、なんといってもS・リヒテルの録音(ザルツブルク、1972年~73年)があって、これがそれ以前の演奏すべてを上書きし(無にした!)、以後の演奏者はリヒテルとどう差別化するかで苦闘してきました。なにしろザルツブルク郊外のSchloss Klessheimでは、録音演奏中のリヒテルのピアノに感動した雀たちがリヒテルに唱和していっしょに歌ってしまった(!)、そのような歴史的な演奏です。
【ぼくにこの演奏の魅力=迫力を教えてくれたのは、名古屋の土岐正策さんでした。1990年代以降の再版CDでは鳥の唱和を雑音として消去してしまったので、聞こえません! ぼくはもとのLPレコードから、白黒デザインのEurodisk、瀟洒な日本ヴィクター、美しくない肖像写真のalto、RCA Victor Gold Seal とCDだけでも4つの版を持っていますが(同一の演奏なのに!)、それもこれも雀の唱和を求めてのことでした。ディジタル処理が容易になってしまった時代に、きれいに処理される以前のヴァージョンを求めての、むなしい探索でした。ちなみにグレン・グールドの我が道を行く演奏も、リヒテルという偉大な「敵」あればこその試行だったのでしょう。こんなことをいうと、天国の木村和男くんが嗤うかもしれない。】
 ですから、2009年にポッリーニの演奏で「平均律クラヴィーア曲集」の第1巻だけ、ドイツグラモフォンからCD2枚組が出たときには、ただちに買って期待して聴きました。しかし、なぜか先を急ぐような演奏で(リヒテルの正反対)、あまりくりかえし聴きたいという録音ではなかった。
 そして2019年6月、ミュンヘンにおけるベートーヴェン最後の3つのソナタ(2020年ドイツグラモフォン発売)です。先の日曜夜にNHK-E tvでポッリーニの死を悼んで再放送したのは2019年9月のミュンヘンにおける公演ですから、同年6月の演奏録音と基本的に同じ解釈・表現と受けとめてよいでしょう。 
これはしかし、77歳、ポッリーニ円熟の演奏というよりは、なにかに憤っているのか、時代を諫めるというか、厳しい表現行為です。テレビ画面で見ていても、表情はずっと硬くて、最後にも笑顔はない。あたかもリヒテルの(ロシア的?)ロマン主義に対抗し、グレン・グールドの(アングロサクスン的?)ego-historyを諫め、これこそベートーヴェンの理性と構成主義なのだ、と息せき切って説いているかのようです。彼の遺言でもあったのでしょうか。

2024年4月17日水曜日

マウリツィオ・ポッリーニ(1942-2024)、その1

 3月、イギリスから帰国した直前直後、衝撃の報はポッリーニ死去というニュースでした。
NHKの日曜夜の番組では、先週には初来日時のブラームス・ピアノ協奏曲1番(N響)、今週は30代の録画の断片いくつかに吉田秀和のコメントを加えて、最後に、なんと2019年ミュンヘンの演奏会における最後のピアノソナタを放送しました!
先に「ボクの音楽武者修行(1・2)にも書いたとおり、わが音楽人生は何も自慢できることのない、恥じらいで一杯のものです。演奏会にもさほど熱心に通っているわけではない。
 それがしかし、1994年の10月には幸運が重なり、テムズ南岸の Queen Elizabeth Hall におけるポッリーニ演奏会に行きました。曲目は、ベートーヴェンの最後のソナタ3つ。
10代には「悲愴」とか「熱情」とか「ワルトシュタイン」といった渾名のついた曲に惹きつけられていたけれど、年齢とともにそうした「若い」曲よりは、もっと成熟して、かつ知的に構成された曲を好んで聴くようになっていました。最後のピアノソナタ3曲は、晩年の弦楽四重奏曲の場合と似てなくもなく、ベートーヴェンの知的構成力と幻想的な心情(ロマン派の前衛!)が十分に表現されて、聴く人の心を揺さぶり、慰める。
(人生を70年+やっていると、こうした経験に恵まれているわが人生は、幸運に満たされている、と静かに想いいたります。)
 この夜の演奏会より前にぼくはポッリーニの「後期ピアノソナタ集」(1975年~77年に録音)のCDを持っていて、ロンドンにも携行していたのでした。
録音から17年を経て、52歳のポッリーニがどういった演奏をするのか。その夜の演奏会は、満場の期待を静かに十分な感動に変えたと思います。すでに30番(op.109)、31番(op.110)の後の休憩時間に洩れ聞こえてきた他の聴衆の反応もそうだったし、最後の32番(op.111)は、着席するやただちに力強いMaestosoが始まり、それまで穏やかに感傷的になっていた気持を揺さぶって、ハ短調(運命!)の最後のソナタ(といっても形式的にかなり自由な大曲)の宇宙にわたしたち聴衆を浸したのでした。
満場の拍手に促されるように、憑かれたように、ぼくは舞台脇から楽屋へと向かい、マウリツィオ・ポッリーニにつたない英語で感動を伝え、握手しました。
公演のあと楽屋まで押しかける、あるいはせいぜい廊下でご本人に挨拶する、といったことはあまりできないぼくですが、このときは何故か自然に突き動かされるようにそうしたのでした。
 じつはその半年後、1995年の初夏、今度はアルフレート・ブレンデルがやはりテムズ南岸の Queen Elizabeth Hall で、同一のプログラムで演奏しました。やはり知的なピアニストで 1970年~75年の録音CDを持っているぼくとしては、大きな期待をもって出かけたのですが、なぜでしょう。長い日照に邪魔されて(?)、会場もぼくも集中できず、やや散漫な印象に終わってしまった夜でした。むしろメンデルスゾーン的な「夏至の夜の夢」でした。
 先の吉田秀和さんの評によると、ポッリーニは知的な構成力が勝ちすぎて、たとえばシューベルトの幻想的なソナタを弾くときには(吉田さんの求める)即興性・幻想性に不満が残る、ということらしい。そこには知性と感性の二律背反が前提されているかに見えますが、どうでしょう。少なくともベートーヴェンにあっては、両者は背反しない、理知と感情が矛盾なく合わさって表現されるのではないか。ポッリーニこそ、その点で最適の演奏者=表現者なのではないか、と思います。

2024年2月12日月曜日

『ボクの音楽武者修行』その2

そういうわけで、中3(1962)の8月には3・4日かけて音楽室でベートーヴェンの全交響曲をスコアを見つつ聴く、といったこともやりました。学校にあったのはブルーノ・ワルター(コロンビア交響楽団)のステレオ録音全集。音楽室の音響環境を十分に生かすにはモノラル録音は不足、ということで、これを聴いたのですが、この点、今になってみれば、異議ありと言いたいところ。ぼくたちはフルトヴェングラー、トスカニーニ、クレンペラーなどのモノラル録音を聴き、しだいにフルトヴェングラーに圧倒されるようになっていたのです。
翌1963年4月に千葉高校に入ると、念願の音楽部に所属し、ここでさまざまの楽器に触り、ひとと合奏することの喜びを知りました。中3の悪ガキたちはほとんど全員、一緒でした。11月23日、県内の高校演奏会の朝に、ケネディ大統領暗殺の報が入り、落ち着かない空気の会場で演奏したことについては『いまは昔』(2012)にも記しました。高1の1年間は、フルトヴェングラーのベートーヴェン、そしてヴァーグナーと向きあった1年でした。ドイツ語を勉強したいと思いました。
そのころ『指揮法入門』という本を KK*と一緒に購入し、勉強を始めました。(ぼくとは違う)中学のブラスでクラリネットをやっていた彼は、本気で芸大に進むつもりでしたから、高1の途中からピアノの先生に付いて楽理も勉強し始めた。ぼくはといえば、アマチュアのまま、『ジャン・クリストフ』を読むのと同じ構えで総譜を開いていたに過ぎないので、すぐに付いて行けなくなった。音楽ではない領域で武者修行するしかないと認識します。高2になると同時に音楽部は退部して、別の勉強を(ドイツ語の基礎も)始めました。
【* このKKは、前記の高梨先生を訪ねていったK とはちがう男で、現役で芸大の指揮科に入学しました。その前後から個人的つきあいはなくなってしまったけれど - 1982年秋にぼくが留学から帰ってきてみると、NHKFMでマーラー、ブルクナーの放送があると、必ずのように登場してコメントする人になっていました。 ちなみに、Kというイニシャルは日本人にはたいへん多くて - 加藤も木村も工藤も近藤も - 一対一識別は困難です。この芸大に行った楽理の同級生は KKとします。むかし『ハード・アカデミズム』(1998)という本で高山さんは、K先生、K教授、K助教授といった区別をしていましたが、ほとんどナンセンスな識別法でした。正解は順に木村尚三郎、城戸毅、樺山紘一で、刊行時には3人とも先生で教授でした!】

小澤征爾という方とはお話したこともないし、その人柄は報道でしか知りません。『朝日新聞』がウェブで再掲載している、1994年9月、サイトウ記念オーケストラのヨーロッパ公演後の上機嫌のインタヴュー(59歳、4回連載)
https://digital.asahi.com/articles/ASS296F34S29DIFI00X.html
では、彼のフランクな発言が引き出されています。昨11日朝の『朝日新聞』オンライン版では、村上春樹が天才肌の小澤の晩年のエピソードをいくつか紹介しています。
https://digital.asahi.com/articles/ASS2B5223S29ULZU00L.html
小澤征爾ほどの才能もエネルギーも持ちあわせなかったぼくとして、羨ましいかぎりですが、それにしても、生涯をかけてヨーロッパ近代文明の本質に(別の面から)接することになった者として、参考になることばかりです。
ずいぶん前のNHKの番組は、ボストンの小澤が(二人の子どもの成長を気にかけながら)早朝からスコア研究にたっぷり日時をかけている様子を描いていて、とても好ましい印象でした。印刷総譜だけでなく、ベートーヴェン自筆譜(の大きなファクシミリ)になにか書込みながら探究している様子は、調べ究める人(ギリシア語の histor)の好ましい姿に見えて、以前よりも好きになりました。

2021年11月8日月曜日

史学会大会 11月13-14日

 『史学雑誌』9号に挟みこまれた横長の「ご案内」では
東京大学(本郷)‥‥法文2号館一番大教室 にて
公開シンポジウム「世界主義の諸様相 - コスモポリタニズム・アジア主義・国際主義

と予告されていました。13日(土)1時から勝田俊輔さんの司会・趣旨説明につづき、
  川出良枝「普遍君主政の超克-18世紀ヨーロッパ」
  中島岳志「アジア主義‥‥」
  長縄宣博「静かなラディカリズム-20世紀ロシア」
  後藤春美「‥‥国際連盟」
翌14日の部会については法文1号館113教室。 というわけで、久しぶりに本郷へと、期待していました。 ただしちょっとだけ心配で、念のためとウェブぺージを見て、びっくり ↓
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 http://www.shigakukai.or.jp/annual_meeting/schedule/
 開催方法は、ウェブ会議システム(Zoom)によるオンライン参加のみの実施となりました。事前登録が必要となりますので、こちらより参加申し込み・参加費のお支払いをお願いいたします。締め切りは11月4日(木)です。 PEATIXの利用方法はこちらをご参照ください。本システムでのお申し込みができない場合は、shigakukai.taikai■gmail.com(■を@に変えてください)へご連絡ください。
 昨年度は臨時的措置として参加費を無料といたしましたが、本年度は例年通り参加費(2日間共通)をいただきます。一般1,000円、学生500円。会員・非会員の別はございません。
 お申し込み・お支払いいただいた方には、大会前にプログラムを郵送いたします。また報告レジュメ、ZoomのURLは11月11日(木)頃ご連絡いたします。
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 Zoom開催で、しかもすでに締め切りを過ぎている!
だれもが史学会のウェブぺージをいつも見ているわけではないでしょう!
それでも、とにかく13日のシンポジウムだけでも視聴したいので、Peatixなるぺージへ初めて入って手続を進めてみたら、締め切りは超過しているはずなのに、予約完了。その確認メールまで到来しました。

 この事態は放置しておいてはいけないのでは、と考えて、司会・趣旨説明者と史学会事務にメールで連絡してみました。 すみやかに反応があり、
≪‥‥混乱をまねきましたことをお詫び申し上げます。
他に期限後の申し込み希望の方もいらっしゃいましたので、サイトからの申し込みは 11日(木)17時までということを明記いたしました。≫
ということです。[ただし、どこに明記されたのかは不詳。]
→  http://www.shigakukai.or.jp/
ご関心の皆様も、どうぞご覧になってください。

2021年6月22日火曜日

パブリック・ヒストリー?

19日(土)の歴研・総合部会ウェビナー「デジタル史料とパブリック・ヒストリー」は、ジェイン・オールマイア(TCD)のお話が手慣れて明快だったし、いくつも論点が明示されて意義ある研究会となりました。
コメンテータのお一人が事前のパワポでたいへん重要なことを言ってくださっていたのに、当日欠席で、討論できなかったのは残念でした。ぼくとしても「ECCOから見えるディジタル史料の宇宙」『歴史学研究』1000号(2020年9月)よりさらに一歩踏み込んで議論すべきことがありました。

個人的感想としては、1994年以降のアイルランド和平交渉が進んだ中で I. Paisley のような長老派ユニオニスト(宗派主義右翼)が、オールマイア・パワポでも紹介されたような、2010年10月22日の発言(演説)をしたことが決定的に重要だと思います。
. . . A nation that forgets its past commits suicide.
サッチャ時代の荒廃をなんとか癒やし矯正すべく、そのための環境作りをした保守党メイジャ、労働党ブレア政権をいま再評価すべきでしょう。

宗派主義にたいして世俗合理的に考え、かつ影響力をもつ人の働きが決定的に重要となる局面が歴史にはあります。1598年のアンリ4世、1919-48年のガンディ
日本では1990年代後半に、80台後半だった林健太郎さんが「日中戦争は侵略戦争であって、いかなる意味でもそれは否定できない」と他ならぬ『朝日新聞』に寄稿したことを想い出します。お弟子さんたちが「これはすばらしい遺言だ」と感激していました。欲を言えば、参議院議員をしている期間に、国会での演説として議事録に刻みこみ、広く国際的な物議をかもしてほしかったですね。

なお Jane Ohlmeyer については、今年初めの「フォード講義」@Zoom
Ireland, Empire and the Early Modern World ↓
https://www.rte.ie/history/2021/0304/1201023-ireland-empire-and-the-early-modern-world-watch-the-lectures/ (梗概と動画50分×6)
そして新聞などでの積極的発言 ↓
https://www.irishtimes.com/opinion/ireland-has-yet-to-come-to-terms-with-its-imperial-past-1.4444146 
が、とても好ましい。マスコミがそれだけ知識人を大切にしている文化の現れでもあり、日本におけるぼくたちの側の工夫が不足していることの現れでもありますね。

2020年11月4日水曜日

American democracy? 

みなさんと同じく、テレビの米大統領選挙の開票速報にクギ付け、ときにインターネットで米紙の速報を見たりしています。

それにしても、4年前に続いてまたもや世論調査はまちがって、民主党支持率を多めに、トランプ支持率を低めに見積もってしまいました。開票してみると、かつての激戦州では、今回トランプが予想以上に伸び、バイデンが勝つ場合も差は僅差です。これが悪意のデータ操作でないことを祈りますが、根本的に方法的な問題がありませんか?

世論調査を指揮している専門家が、そして実際の対質者が(自分たちはバカじゃない、エゴイストじゃないという立場から)、こんなにも非合理な共和党・トランプ支持者をバカか、エゴイストかと見て/見えてしまう‥‥といった具合に、観察者の観点が対象に反映して、調査の結果を左右していないでしょうか。 薬の治験や、社会調査における中立性の保証(ダミー薬も投与する、or「Youの意見・投票について尋ねるのでなく your friend の意見・投票について尋ねる」)といった手法は厳守されているのでしょうか?

これまでゴア候補もヒラリ・クリントン候補も微妙な負けかたをしたけれど、最終的には潔く敗北を公に認めて政治ゲームを終わらせました。 あることないこと出まかせに言って4割のコア支持者を固め、「私は敗北を認めない」と公言する現職大統領(!)は、スポーツマンシップにももとる! こんな政治手法で権力を維持しようという「ジャイアン」を歓喜して支持する4割の有権者。こんなことがまかり通るなんて、まるで16世紀内戦中のフランスや現代アフリカの部族国家みたい。

 

この4割のコア支持者に訴えあおりながら権力政治を操作してゆく手法が、これからほかの国々でも定着してゆくのだとすると、恐ろしいことです。 テレビの視聴率4割だったら、モンスター番組でしょう。でもこれは大国の政治です。4割の硬い支持を根拠に(浮動・無関心が2割)面罵し、分断をあおりつつワンマンが強権的に「指導」してゆくのだとすると、これはナチスとどこが違うんですか?

ぼくはコア支持者よりもっと広く、なんらか公共性普遍理念に訴えるスピーチを聞きたい。  すべては、投票に行かない有権者の責任でもあります。  愚かな民には愚かな政府がふさわしい。

2019年11月3日日曜日

南アフリカ、強かったね


 日本が10月20日に 3対26 で圧倒的に負けた相手ですが、11月2日、エディ・ジョーンズHCのイングランドは、ラシ・エラスムス(!)HCの南アフリカ(Springboks)にやはり実力で圧倒されてしまった。トライなしで 12対32.
 その点をBBCは飾ることなく、
   South Africa broke English hearts with a ruthless display of power rugby
   to seize their third Rugby World Cup in devastating fashion.
という見出しで伝えています。これまた、なんという力強い、簡にして要をえた英語なんだ!

(C)BBC 

 そして、写真の真ん中、黒人主将 Siya Kolisi のドラマも語りあげます。
その語りにおいては、1899-1902年の不義の闘い・南アフリカ戦争の意趣返し、といったことは、品がなくなるので口にせずに、エラスムス的[≒オランダ起源のコスモポリタンの]多様性の文化が、南アフリカ共和国の将来を示す、というストーリです。
 これはマルチ=エスニックな日本チームについて報じられているのと、方向性は同じです。美しくない過去の克服について、南アでは政府イニシアティヴでポジティヴに取り組んでいる;日本ではそれがどこまで意識的に追求されているか、という違いはありますが。

2019年5月11日土曜日

Brexit → Brexodus を歴史的にみる


 昨日はある集まりで「イギリスとEU: Brexit を歴史的にみる」というお話をしました。参列者は、みなさん情報・通信のプロ、またヨーロッパ駐在の長い方々もいらして、講師としてはやや冷や汗ものでした。こちらは例のとおり先史(氷期)の大ヨーロッパ大陸から説きおこし、『イギリス史10講』や『近世ヨーロッパ』でも使った図版に加えて、ナポレオン大陸封鎖の図、ドゴール、イギリスEEC加盟申請に拒否権行使といった経緯、そして現EUの二重構造、英連邦(Commonwealth)の三重構造なども見ていただきました。
 質疑応答の質も高く、お話ししているうちに、権力政治に振り回された EU離脱、連合王国解体、といった暗い将来も British diaspora という観点から考えると、案外、人類史にとっては明るい要因なのかも、と思えてきました。要するに現イギリスに集積している金融および高等教育における人材が流出してしまうこと(Brexodus)による、主権国家=英国の枯渇・衰微はしかたないとして、かつてのユダヤ・ディアスポラやユグノー・ディアスポラ、アイリシュ・ディアスポラ・また20世紀のインド人やチャイニーズのディアスポラのように、不運な祖国からの離散が続いたとしても、新しい新天地で広い可能性が花開くかもしれないのです。その新天地はフランクフルト? オランダ? シンガポル? コスモポリタンで、新次元の文明の地。
 お雇い教師がやってきた明治初期の日本も一つの成功例でした。21世紀の日本列島が British diaspora の新天地となるか? 今のところ中国に比べてもその可能性は低いとみえますが‥‥

2016年9月20日火曜日

七隈(ななくま)史学会大会


 ちょっと大きく構えすぎのタイトルかも知れませんが、ポスターのような講演をすることになりました。
絵として、よく知られている16世紀後半の Europeana Regina のうち、女王の表情が優しく、また後の「国民国家」への行方がまだあまり(太い文字で)明示されていない1570年ころのヴァージョンを選びました。本当は『ヨーロッパ史講義』(1588年?)でも、こちらを使いたかったくらいです。

 日本人の世界認識および歴史認識を振りかえると、幕末・明治には福澤諭吉のような啓蒙的な文明論が、日清・日露以降にはドイツ歴史学派経済学/国家学が、そして戦間期、コミンテルンを後ろ盾とするマルクス主義史学が決定的な枠組を提供しました。人類史の普遍的な歩みのなかに自分たちの歩みも位置づけられるというパースペクティヴの発見。モダンであることもマルクス主義も、若者に、知的な世界の拡がりを感得させ,喜びをもたらしました。
 わたし自身、大塚久雄、高橋幸八郎の愛弟子たちに育てられ、「戦後の学問」の後半局面のなかで呼吸し、そこから全体を把握し構成する志を学び、留学と世界史の転換のなかで脱皮してきました。知のグローバルな展開も目撃してきました。いま文明史を見すえた歴史学を探るにあたって、「近世」の捉えなおしが決定的と思われます。

2016年3月8日火曜日

Sir Keith Thomas

サー・キース・トマス(元British Academy会長) が
3月17日に東京到着、23日に京都へ移動、その間に
19日(土)に日本学士院@上野で公開講演という予定でいらっしゃいます。
学士院では What did it mean in early modern England to be 'civilized'?
という講演です。
http://www.japan-acad.go.jp/japanese/news/2016/012001.html
無料ですが、事前予約が必要です。

2015年11月14日土曜日

宗教戦争と文明

 「国制史」か「秩序問題」か、などと悠長なことを言っていたら、13日、パリでのたいへんな一連の事件が耳に入ってきました。報道に出てきた後藤健二さんのお母さんが心配していたとおり、「憎悪と報復のくりかえし/増幅」になってしまっています。
今年5月に刊行された、谷川 稔十字架と三色旗』(歴史のフロンティア → 岩波現代文庫版)が論じている「やわらかいライシテ」と「やわらかいイスラム」以外には、根本解決はないのではないかと思われます。
16・17世紀ヨーロッパの宗教戦争から生まれてきて「ポリティーク派」と貶められた公共善派、すなわち純粋主義(puritanism)を離れた「世知」にこそ、信教をめぐる戦争を越える道はある。それ以外に希望はないかもしれない。近世英語でも politic という形容詞は今日の「政治」と無関係ではないが、むしろ古典語の polis(都市共同体)や politicus(都会的、文明的、公共の作法を知る)の意味合いを継承していました。用例をみても、英語 polite や civil に近い。
Civil で polite で politic な文明に希望を託したい。