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2022年9月18日日曜日

エリザベス女王からチャールズ王へ

今夕配信の『朝日新聞』オンライン版 ↓
https://digital.asahi.com/articles/ASQ9J6581Q9HUCVL044.html
で拙稿が公開されました。印刷版では、女王の葬儀(文字どおりの国葬です)の19日(月)朝刊に載るはずのものですが、ウェブでは半日早く公開されるのですね。
他の識者・先生方とはちょっとちがう議論をしています。『イギリス史10講』も『歴史とは何か 新版』も『王のいる共和政 ジャコバン再考』も著している者として、短いスペースながら言うべきことは言いました。
ウェブですとカラー写真で、かつ「紙媒体では所定のスペースから溢れ出てしまい、ボツになったチャリティ法についてのパラグラフ」が甦りました! ここにこそ、ウェブ版のメリットあり、ということですが、しかし、これでは紙離れ、ウェブ志向が、ますます進行してしまいます! ちょっと心配。

2022年9月9日金曜日

The Queen is dead

6日のバルモラル宮での首相認証式にはにこやかに臨んでいた Her Majesty the Queen でしたが、日本時間で今朝未明(8日午後 BST)に亡くなったということです。1926年の生まれで、96歳。心底、お疲れさまでした。
ヨーロッパの君主として例のとおり、間髪を入れず、
  The Queen is dead. Long live the King!
と宣告されたのでしょう。
新王「チャールズ3世」とは、ジャコバイトの呪われた歴史がありますが‥‥
イギリス史をやっていますから、いろいろと考えます。
今の時点では、立憲君主制あるいは「国のかたち」について、どこかに書いてみたいという気持になっています。
 かつて書いたもののうち、映画「クイーン」(2006)評、また中澤編『王のいる共和政』(岩波書店, 2022)にも関係します。

2021年11月10日水曜日

海域史・華人史研究からみたFO 17 と『英国史10講』

§ 今日(10日)午後に、Gale(Cengage)の催したウェビナーで、村上衛さんのお話を視聴しました。
 https://www.gale.com/jp/webinar
イギリス外務省文書 FO 17, Foreign Office: General Correspondence から19世紀半ば=とくにアヘン戦争後=の海域史をみると、どんなことが浮き彫りにされるのか、この史料にどういった利点があるのか、たいへん具体的でよくわかるお話でした。
「中国史」の相対化はもちろん、海賊史、海難史、またイギリス帝国史も相対視されて、気持よいくらい。ウェビナーなので、該当する史料の例示もテキパキと行われて、白黒の紙媒体で行われていた20世紀の研究報告から、はるか別の環境へとやって来たのだなぁと感心。
海域における海賊行為とその取り締まりを実質的に(無料で)下請けしていたイギリス海軍のはたらき、その事実を清政府は看過したか黙認したか、といった微妙なことさえ考えさせられました。

§ そこで連想したのが、わが『イギリス史10講』の中国語版です。『英国史10講』というタイトル。今年の7月に、何睦さんの訳で中国工人出版社から出たということです(著者献本がつい先日到来したばかりです)。

残念ながらぼくは現代中国語は読めず、乏しい漢文的知識で辿るしかないのですが、各講の最初の年表も含めて忠実に訳してくださっているようです。巻頭の年表を見ても、
  2017年  脱離欧盟(EU)談判開始
という10刷(2018)の修正加筆が反映されています。 サッチャ、ブレア、チャーチル、ケインズなど固有名詞がどう表記されるのかも新鮮な印象。写真もすべてキャプション付きで掲載されて、全体的に良心的な翻訳かなと思います。

唯一、アヘン戦争に関係して1840年4月8日、議会におけるグラッドストンの反対演説をそのまま引用した箇所:
「たしかに中国人は愚かな大言壮語と高慢の癖があり、しかも、それは度をこしています。しかし、正義は中国人側にあるのです。異教徒で半文明的な野蛮人たる中国人側に正義があり、他方のわが啓蒙され文明的なクリスチャン側は、正義にも信仰にももとる目的を遂行しようとしているのであります。‥‥」【岩波 p.211;工人出版社 p.251】
この引用文はそっくり削除されて、地の文だけで「舶麦頓的 "非正義且不道徳的戦争"」へと叙述が続いています!(このブログでは現代中国の略字体は日本語活字で代用)
ぼくはグラッドストンの論法(上から目線)が独特で重要だと考えたからこそ、これを議会議事録(ハンサード)から引用したのですが、たしかに中国人読者にとっては不愉快な記述ですね。そうした配慮で削除されたのでしょうか?

しかしながら、同じ中国に関する記述でも、20世紀に入って:
「イギリスの中国権益は上海に集積していた。‥‥[このあと中略することなく逐語的に訳したうえ]イギリスは「条約を遵守させることが非常に困難」な中国よりは、日本に宥和政策をとることによって権益を保持しようとした。法の支配、私有財産、自由貿易といった基本について大きく隔たる中国側にイギリスが接近するのは、1931-32年(満州事変、上海事変)以後である。」【岩波 p.266;工人出版社 p.314】
といった中国人の読者にとって愉快ではないだろう段落も、「正如后藤春美所言‥‥」と忠実に訳してくれているようです。ただし最後の満州事変、上海事変は「九一八事変、八一三事変」と表現されていますが、これは中国の読者のためには自然な言い換えでしょう。
というわけで、上のグラッドストン演説の件については不明なところが残りますが、翻訳の話が浮上してから、順調に翻訳出版が実現したことには感謝しています。
これまで『イギリス史10講』をはじめとして、書いたり発言したりするときに近隣諸国にたいして特別の遠慮をすることも、自制することもなかったのですが、このような中国語訳をみて、あらためて自分の文章を客観視できました。Sachlich であることの合理性にも思い至りました。

2021年6月16日水曜日

デジタル史料とパブリック・ヒストリー

デジタル史料とパブリック・ヒストリー 1641年アイルランド反乱被害者による証言録取書(1641 Depositions)
歴史学研究会の総合部会・例会として催されます。 → http://rekiken.jp/seminars/Sougou.html

日時:2021年6月19日(土) 15時00分~18時00分
報告:ジェーン・オーマイヤ Jane Ohlmeyer(ダブリン大学トリニティ・カレッジ TCD)
コメント:勝田俊輔、吉澤誠一郎、後藤真
通訳・運営協力: 槙野翔、正木慶介、八谷舞

参加形式:ZOOMウェビナー
*次のGoogleフォームから、6月16日(水)までに参加登録ください。
https://forms.gle/ytH51B1GU7u1vdkx8

この史料の意義については、ぼくの「ECCOから見えるディジタル史料の宇宙」『歴史学研究』1000号(2020年9月)pp.29-30でも触れました。
「ピューリタン革命」「三王国戦争」を考えるときにも、また今日のイングランド・アイルランド・スコットランドのあいだの「歴史問題」を考えるときにも避けて通れない1641年「虐殺」「フレームアップ」事件の原史料がオンラインで読めるのです。写真で、ママの転写(transcript)で、そして研究者のコメントつきで。
https://1641.tcd.ie/ (どなたもアクセスできます)
歴史学の具体的な革命の一例だと考えます。日本史・東アジア史の方々にもぜひ知ってほしい国際プロジェクトです。
【登載が、実家のちょっとした事案で遅れました。歴史学研究会の参加登録は16日(水)までとのことです!】

2020年6月26日金曜日

川勝 の 勝!

 川勝平太といえば、オクスフォードでもマンチェスタでも聞こえた男でした。ぼくより1歳若いが、小松芳喬先生と日本の社会経済史学会で鍛えられてアジア史をふまえ、イギリスでは Peter Mathias先生(そして Douglas Farnie先生)の薫陶のお蔭で、良い仕事をまとめることができたのです。早稲田大学では British Parliamentary Papers (いわゆるブルーブック)の購入決定に理事会が反対したというので、タンカを切って辞職して、国際日本文化研究センターに移動。そのころすでに環境史には一家言あり、1997年の日英歴史家会議(AJC, 慶応)ではスマウト先生の環境史報告へのコメンテータをつとめました。【じつは川勝とぼくの共著もあります!『世界経済は危機を乗り越えるか:グローバル資本主義からの脱却』(ウェッジ選書*、2001)】
 それからは静岡芸術文化大学(木村尚三郎後任)をへて政治にコミットしたようで、2009年の静岡県知事選挙で、(自民党・民主党の支持者を分裂させながら)当選、以後、2選、3選は圧倒的に勝利しています。

 一方のJR東海の金子慎社長は、といえば東大法卒、国鉄・JRの人事・総務畑で出世してきたかもしれないが、内向きの能吏で、- そもそも歴代首相とやりあい、英語での交渉もでき、皇室との個人的なつきあいもある川勝知事を相手に -、太刀打ちできるタマではない。
 今晩のNHK-TV、7時のニュースでも、川根の水で入れたおいしいお茶を供されて、金子社長が完全に手玉にとられてしまった場面が放映されました【この部分を、9時のニュースでは繰りかえさなかった。NHK幹部の独自の政治的判断≒配慮が介在したと想像されます!】。

 問題は、大井川や南アルプスだけではありません。
 コロナ禍で「リモート仕事」「Zoom会議」の快感を知ってしまった国民が、はたして、東京-名古屋は40分、東京-大阪は67分、といった恐怖のトンネル続きの「利便性」をこれからも支持しつづけるだろうか。ここは、むしろ東京オリンピックの中止、Aegis Ashoreの中止(河野防衛相の英断)、につづいて、never too late to mend! 電磁気によるリニア新幹線計画じたいを中止するという英断が待たれます。東京首都圏への過度の集中、通勤・出張を再考する好機ですよ、金子社長!

* ウェッジ選書とは、すなわち JR東海きもいりの出版でした! なんという皮肉/めぐり合わせ!

2020年2月11日火曜日

川島昭夫さん(1950-2020)

 川島さんが2月2日に亡くなったと、先ほど知らされました。69歳。

 1950年生まれ、あるいは1969年の京都大学入学者には人も知る逸材が多くて、(西洋史にかぎらず)あの人も、この人も、という情況でした、今でもそうです。ぼくが川島さんを意識したのは(誰から聞いたのでしたか)越智武臣先生のもとにすごい逸材がいる、ということでした。17世紀あたりの科学史やものの歴史、近代のantiquarianism といった変なこともやってる自由人!
 たしか父上は『西日本新聞』の記者で、そうした点でも、かつて『朝日新聞』九州本社に勤務した越智先生と話が通じやすかったのでしょうか。広く自由な興味関心のままに、京都の教員生活を楽しまれたのかな。いつだかの年賀状には、俳句をひねることもある、と記されていました。
 20年以上前のなにかの学会で、「こんなアホな報告、聞いていられない」と途中で廊下へ出たら、すでに廊下に退出していた川島さんと目が合って、あはは、となったこともありました。ぼくの「自由の度合い」は川島さんのそれに一歩出遅れている、ということかな。
 いまさらの恨み言をひとつしたためると、『岩波講座 世界歴史』16巻〈主権国家と啓蒙〉に執筆してくれるはずだったのに、どれだけ待っても原稿を出してくれず、1999年夏、ぼくがオクスフォードに滞在して自分の原稿の仕上げにアタフタしているうちに、岩波書店がこれ以上は待てないとのことで(当時はファクスおよび紙媒体の郵便のヤリトリでした)、結局見切り発車となってしまいました。そのときの「月報」には、正誤表のあとに、
 「本巻掲載予定の‥‥「森林と法慣習」(川島昭夫)は、都合により収載できませんでした。読者の皆様に深くお詫び申し上げます」
と記されています。
 その翌年の Anglo-Japanese Conference of Historians (IHR, 28 Sep.2000) ではオブライエン司会で
 British colonial botanic gardens and Edinburgh
という報告をなさいました。Respondent はキャナダインでした。
 谷川・川島・南・金澤(編著)『越境する歴史家たちへ』(ミネルヴァ書房、2019年6月)には寄稿されていません。
 最後にお会いしたのは京大の構内で、あわただしく挨拶しただけでした。川島さんが65歳で定年退職なさった直後ですから、4年前でしたか。ぼくも彼もそれぞれの研究会合に向かう途上で、こんなに急いで別れて良いのだろうか、とそのときも心残りでした。

 ご冥福をお祈りします。

2020年1月18日土曜日

生と死


 いただく寒中見舞いではじめて知己の死を知ることも少なくありません。厳粛な気持になります。
 まだお元気であっても「"生涯の残余"を通過中」というある方は、ぼくより13歳年長でしょうか、「死に逝く者にも矜恃があるとして、それはいつまで保てるものか」「もう少し勉強してみよう」と記しておられます。
 こんなポストカードに印字されていました。
 Anthony Sedley 1649 Prisoner
 セドリはレヴェラーの一人ということですが、不覚にも知らず、ODNB を引いても項目がありません。ウェブのなかで検索すると、オクスフォードの Burford Church 教区教会の関連で、1649年のレヴェラー指導者の処刑にかかわる逸話と写真がいくつかあるのでした。(「なんにも知らないんだなぁ」とまた言われそう。)

2019年10月8日火曜日

編集力の問題


 10月7日、『日経』文化欄にて、「誤記や捏造、揺らぐ出版」と題する、久しぶりに郷原記者の署名記事を読みました。
・池内紀『ヒトラーの時代』(中公新書、2019)
についてあまりに誤記、間違いが多い、という指摘に、研究者・小野寺さんのコメントが引用されています。じつは、こちらはそう珍しくない、多作な執筆者になくはない話かな、と思わせます。池内さんの翻訳文について、二昔ほど前にも話題になったことがありました。ゆったり温泉につかって書いているような随筆文なんでしょう。脇から舛添要一のコメントも加わったりして、やや混乱していますが、問題はやはり編集力ということではないでしょうか。

・深井智朗『ヴァイマールの聖なる政治的精神』(岩波書店、2012)
こちらはずっと深刻で、表向きは学術的な、学問を否定する作品でした。捏造、盗用、デッチ上げ。すでに本人は東洋英和女学院を懲戒解雇され、岩波書店も公に謝罪してこの本を回収しています。

 郷原記者は、こうしたことが続く原因を、現今の出版社の点数主義と、編集者の(忙しすぎるゆえの)手抜きとしています。そのとおりですが、もう一つ、編集者の水準の低下、「ゆとり世代」の基礎学力不足も深刻なのではないでしょうか。専門書ならばレフェリー制度、というのが一つの解決策ですね。

・かくいうぼくも、じつは剽窃まがい(無断の借用)の被害者です。加害者は多作で名の通った大学教授(and 創業100年をこえた出版社の担当編集者)で、もしや教授殿から、本文はできたから、「地図等はテキトーにやっといて」と任されたのでしょうか。若い編集者が、それこそテキトーに手にした、近藤和彦編『イギリス史研究入門』(山川出版社、2010)p.394 の地図を無断で拝借したのでした(対照してみると、ぼくが選択した地名だけでなく、文字の配置・傾斜も、イタリックもすべて一致。海の波線は異なります!)。完璧なコピー&ペイストです。参考文献表のある本でしたが、近藤の名も『イギリス史研究入門』という表記も、巻頭から巻末まで、どこにも見当たりませんでした。
 その著者先生の人柄は前から存じていましたので、ご本人と交渉してもノレンに腕押し(!)でしょうから、出版社の編集部に釈明を求めました。
 直ちに、担当編集者とその上司から平身低頭の対応がありました。担当編集者(20代?)のセリフによると「地図なんてどれも同じ」、コピーライトがあるなんて知らなかったというのです。この老舗出版社の名声を揺るがすような発言でした。
 おそらく事態をはじめて認識した上司が奮闘したに違いありません。次の第2刷から(微妙にニュアンスをつけて)「近藤和彦著『イギリス史10講』による」という1行が地図の下に加わりました。執筆者ご本人はというと、ある時、ある所で遭遇したら、‥‥頭を下げずに「お騒がせしました」とのご挨拶でした!

2019年9月27日金曜日

主権は議会にあり、それを制限する内閣の決定は違法にして無効

 9月5日、13日にも書きましたとおり、迷走し、自由民主主義および社会民主主義の祖国というイメージを裏切りつづけるイギリスですが、現地24日の最高裁の判決(11名の判事全員一致)は、久方ぶりの快哉でした。
 この判決文は、全文24ぺージのPDFとして容易にダウンロードできます。
https://www.supremecourt.uk/cases/uksc-2019-0192.html Judgment(PDF)
 
 こう書くと「またデハのカミが」と揶揄されそうですが、それにしても最高裁判決が、このように知的で明晰だというのは、羨ましいかぎり。大学院の授業で教材として熟読したいくらいです。
 判決文の出だしに、1段落使って、重要なことだが、そもそも問題になっているのは Brexit の内実ではなく、ジョンスン首相が8月末に女王にたいして議会を prorogue するよう助言(進言)して10月14日までそのように定めたことが、法にかなっているかどうかである。このようなイシューは空前絶後であり、再発はありそうもない、one off (1回きり)である、と確認しています(p.3)。
 以下の論理がすばらしい。
 そもそも議会の会期の定義から始まります。Prorogation とは「会期延長」や「停会」ではなく、議会の活動停止であって、その間は議場での討議だけでなく、委員会で証言をとることもできないし、内閣に対して書面で質問することもできない。政府は法的権限内で権力行使できる(p.3)。
 Prorogation を決めるのは議会の権限でなく、君主(王権)の特権である。が、議会主権ということに随伴して、prorogue する権限は法によって制限される。というわけで、挙がっている先行法は 1362年法(エドワード3世)、1640年法、1664年法、1688年法(権利の章典)、スコットランド1689年法(権利の要求)、1694年法‥‥(p.17)
【法の年度の数え方が、われわれ歴史家と違って、法律実務家の慣行に従い、議会会期の始まった時点の西暦年で記されています。歴史的に[われわれの世界では]、権利の章典は1689年、権利の要求は1690年なのに‥‥】
 それにしても最高裁の判事さんたちも The 17th century was a period of turmoil over the relationship between the Stuart kings and Parliament, which culminated in civil war. という認識を共有しているのは嬉しいですね。The later 18th century was another troubled period in our political history . . . .(p.12) といった判決文を読み進むのは、心地よい。イギリス史をやってて良かった!と思える瞬間です。

 判決文の後半では、議会主権(Parliamentary sovereignty)という語が、何度繰りかえされているでしょう。きわめつけは、ブラウン-ウィルキンスン卿の判例からの引用で、 the constitutional history of this country is the history of the prerogative powers of the Crown being made subject to the overriding powers of the democratically elected legislature as the sovereign body (p.16). というのです。いささかホウィグ史観的だけれど、とにかく行政権力による議会主権の制限は違法であり、無効であり、ただちに取り消されなければならない、という力強い結論に導かれます。
 ここでは「議会絶対主義」という語こそ用いられないけれど、現在の民主主義の本当の問題は、まさしく
    議会主権 ⇔ ポピュリズム 
    議会制民主主義 ⇔ 人民投票型衆愚政治
というところにあるのではないか、と考えさせる、知的な判決。
 英国の最高裁が全員一致で、迅速に、こうした明快な判決を出したこと、そしてそれを誰にも読みやすい形で(全文とサマリーと)公表したことは、すばらしい。『イギリス史10講』の最後(p.302)を久方ぶりに読みなおすことができます。日本の司法もこうあってほしい。

2019年9月17日火曜日

後ろを見つめながら未来へ


暑さをなんとか凌いだところで、ちょっと振り返りますが、

・5月19日(静岡大学)の西洋史学会大会・小シンポジウムは、ぼくにとっては3月18日のブダペシュトのつづきで、フランス革命におけるジャコバン独裁の研究、他国のジャコバン現象の研究、共和政と民主主義の歴史といったことを考えることができて良かったのですが、文章にしないとなかなか定着しませんね。パーマの『民主革命の時代』の学問的な前提にあった両大戦間の corporatist の研究からなにを学ぶかという点で、二宮史学を相対化できたのも、思わぬ成果でした。

・5月26日(立教大学)の歴史学研究会大会・合同部会は、主権国家再考 Par 2 ということで、昨年(Part 1、早稲田大学)のつづきでした。すでに『歴史学研究』976号(2018)に昨年の合同部会における研究発表・コメントと討論要旨が載っていて、「‥‥公共的で批判的な学問/科学の要件」『イギリス史10講』p.165 が満たされています! 今年の大会増刊号のために「主権なる概念の歴史性について」という小文を書いて、すでに初校ゲラも戻しました。秋の終わり頃には公になっているでしょう。それにしてもぼくは、皆川卓氏と岡本隆司氏の引き立て役にすぎません。
この間、合衆国のトランプ、連合王国のジョンスンばかりではない、中華人民共和国の習近平、大韓民国のムンジェイン、日本国の安倍晋三、等々の政治家たちはみな「主権の亡者」のごとく、マスコミもまた国家主権の強迫観念を客観視できないようです。

・今秋の11月9日(東京大学)ですが、史学会大会シンポジウムでは〈天皇像の歴史〉という共通論題で日本史3名の研究報告があり、なぜかコメンテータは近藤です。
すでに準備会などで討論していますが、ぼくとしては第1に、君主の位の正当性根拠(3つの要件)*といったことから、「万世一系」を正当性のなによりの根拠としているらしい日本の天皇という制度の独自性を際立たせたいと思います。第2には、江戸時代から明治時代への転換において、いかにして欧語 emperor の指す権力が征夷大将軍(imperator)から天皇(総帥権をもつ皇帝)へと変わるのか、維新の政治家たちの判断(決断)理由を問います。エンペラーという語がカッコイイというのもあったでしょう。19世紀半ばという時代性を際立たせたいと思います。
なお大日本帝国憲法について、その絶対性ばかり指摘されがちですが、じつはその第4条に「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬し、此ノ憲法ノ条規ニヨリ之ヲ行フ」とあるように、モンテスキュにならって、君主制は即、法の支配の下にあると明記していました。だから美濃部「天皇機関説」こそ正しい解釈だったのですね。
それをファシストたちが崩していったときから日本帝国は法治国家でなくなり、いわゆる「天皇制絶対主義」という解釈の余地が生じてきます。安丸良夫、丸山眞男の見識を再評価したいと思います。他方で、講座派およびその優等生・大塚久雄は、ここの転換のデリカシーを受け容れない、硬い解釈を採っています。

* 君主位の正当性の3要件とは、『イギリス史10講』を貫く理屈のひとつの柱でした。p.33 から p.274まで。

2019年9月13日金曜日

Contingency は「偶然」ではない


 「取り扱い注意!」の行政文書のつづきです。
 歴史家としては、ここで contingency というキーワードが使われていることにも注目します。これまで修正派(revisionist)がよく使う語として(必然史観の反対の)「偶然性」といった訳語とともに紹介されてきましたが、それでは不適訳です。偶然どころか、複数の要因が複合して生じる、情況しだいの非常事態
 良い辞書には contingency plan=非常事態の防災計画、
contingency reserves=危険準備金、
contingency theory=(経営学における)普遍一般理論でなく、経営環境に特化した情況適応理論*、 そして
contingency fee=成功報酬! つまり必然ではないが、努力の成果にかかる報酬、
といった説明があります。
 (*いま「私の履歴書」を執筆しておられる野中郁次郎さんの博論も、この関係だったのですね。今日の『日経』)

 修正主義を語る歴史家の皆さんも、再考してください。

2019年5月20日月曜日

ジャコバン シンポジウム

 19日(日)午後、静岡大学においける小シンポジウム「革命・自由・共和政を読み替える - 向う岸のジャコバン」は、当日直前までハラハラしていたわりには、「案ずるより産むは易し」でした。有機的に連関して、かつ発展の芽がみえるセッションになったのではないでしょうか。ぼくも第1報告を担当しました。
 終了後にある先生から、チーム内の考え方の不一致というより多様性を指摘されました。それは認めますが、そうした点はネガティヴよりはポジティヴに受けとめてほしいと思いました。なにより
1) シンポジウムとして、各報告間とコメント間にたしかな共振・呼応関係があり、
2) (18世紀やモンテスキュはもちろん)いくつか重要で大きな論点が開示され、それを我々も出席者も持ち帰っていま再考=熟慮中という事実に、発展的な可能性をみるべきではないでしょうか。

 たとえばですが[古代からの継続・近世史のイシューについては、すでにいろんな方々が問うておられますので、近代以降を展望しますと]、
・厳密な「ジャコバン主義」は歴史家の概念として、(1793-4年の)山岳派・ロベスピエール(そしてバブーフも?)の言説・思想から抽出した理念型として、考え用いるべきでしょう。
・理念型としての「ジャコバン主義」においては18世紀から革命へと(近代的)断絶がみられますが、広汎な向う岸の「ジャコバン現象」においては res publica も君主政も19世紀へと連続しえた。しかも、こうした異質の両者が1790年代には共振する情況・関係がありました。
・19世紀にはイギリスが、ジャコバン主義的近代もウィーン体制も拒絶しつつ、経験主義的な改良を重ねて Pax Britannica の世界秩序を築きあげる。その国のかたちは君主政・貴族政・民主政の混合政体で、しかも自由放任です。
・こうしたイギリス型近代に対抗すべきフランス型近代は、清明な合理主義による統制をめざすとみえてもストレートには行きません。体制転換(革命やクー)を繰りかえしつつ、パリコミューンを鎮圧した第三共和政で、ようやく1789年/93年的なフランス革命が国是とされます。フランス史における contemporain=近現代=革命体制の遡及的措定ですね。
・上海租界地などで今も19世紀半ば以降のイギリス型近代とフランス型近代の競争的な共存を目撃し再確認できますが、共通の敵/市場に対峙する列強=英仏の協力関係、それを補完するようにナショナルな様式を顕示した建築やデザイン -

 こうした議論もいくらでも展開できるでしょう。
 ぼく個人としては
長い18世紀のイギリス その政治社会』に結実したシンポジウム(2001年@都立大)、
礫岩のようなヨーロッパ』に結実したシンポジウム(2013年@京都大)
を想い出しつつ、前を向いています。

2019年5月11日土曜日

Brexit → Brexodus を歴史的にみる


 昨日はある集まりで「イギリスとEU: Brexit を歴史的にみる」というお話をしました。参列者は、みなさん情報・通信のプロ、またヨーロッパ駐在の長い方々もいらして、講師としてはやや冷や汗ものでした。こちらは例のとおり先史(氷期)の大ヨーロッパ大陸から説きおこし、『イギリス史10講』や『近世ヨーロッパ』でも使った図版に加えて、ナポレオン大陸封鎖の図、ドゴール、イギリスEEC加盟申請に拒否権行使といった経緯、そして現EUの二重構造、英連邦(Commonwealth)の三重構造なども見ていただきました。
 質疑応答の質も高く、お話ししているうちに、権力政治に振り回された EU離脱、連合王国解体、といった暗い将来も British diaspora という観点から考えると、案外、人類史にとっては明るい要因なのかも、と思えてきました。要するに現イギリスに集積している金融および高等教育における人材が流出してしまうこと(Brexodus)による、主権国家=英国の枯渇・衰微はしかたないとして、かつてのユダヤ・ディアスポラやユグノー・ディアスポラ、アイリシュ・ディアスポラ・また20世紀のインド人やチャイニーズのディアスポラのように、不運な祖国からの離散が続いたとしても、新しい新天地で広い可能性が花開くかもしれないのです。その新天地はフランクフルト? オランダ? シンガポル? コスモポリタンで、新次元の文明の地。
 お雇い教師がやってきた明治初期の日本も一つの成功例でした。21世紀の日本列島が British diaspora の新天地となるか? 今のところ中国に比べてもその可能性は低いとみえますが‥‥

2019年3月6日水曜日

『大塚久雄から‥‥』

昨5日(火)は青山学院大学における合評会
大塚久雄から資本主義と共同体を考える』(日本経済評論社)
https://www.freeml.com/kantopeehs/69/latest
に参りました。主催者(政治経済学・経済史学会 関東部会)からはレジュメは30人分とか指示されていましたが、それよりずっと多い人数。団塊の世代以上が半数?

オファをいただいても、率直に言って、あまり気乗りのしない話でしたが、小野塚さんから上手に持ちかけられて
言うべきことを言えばよいか、と参加いたしました。

大塚久雄は(丸山眞男も)両大戦間期に自己形成した、憂国の知識人として並みいる戦間期の学問のうち最高級のものをプロデュースした。【念のため、当日の一人の発言について申します。ナチズムや太平洋戦争に言及したからといって、その賛同者ということにはなりません。たとえば、近藤がアクチュアルな問題としてトランプや習近平に立ち入って言及したら、70年後の一知半解の「若い研究者」が、近藤は心底はその信奉者だったのだ、と解釈するのでしょうか? AIレベルのアホです。】
問題はむしろ、大塚・丸山とは全然ちがう条件を与えられた情況に生きるわれわれとして、どう向きあうか、という問題だろうと思います。

「資本主義と共同体を考える」というより、大塚の資本主義論(過程と型)と共同体論(ゲルマン共同体・ローカル市場圏・民富)の有効性を理解したうえで批判する;要するに20世紀前半の歴史学から学び反芻しつつ、現在の研究水準で超えてゆく、ということではないでしょうか。
よく知らなかった論点を指摘してくださる方もいらしたし、逆に歴史学がいま動いている、ということをあまり意識せずに、ご自分の学生時代の理解のままの枠組で「老人の繰り言」をリフレインする方もいらっしゃるようです。
敬意を失わないよう自戒しつつ参加したつもりですが、いかがでしたでしょうか。
個人的には、これまであまりご縁がなくて十分親しくできていなかった方々のお考えがよく分かり、それは収穫でした。

ぼくの場合は、大塚史学に限定することなく、歴史学の問題として
1) commonweal・respublica にかかわる中世末から(古代から!)の議論、そして革命独裁や帝国秩序へと議論が絞り上げられていった近現代史が問い直されるし - 早くは『深層のヨーロッパ』(山川、1990)における二宮・近藤対談がありました -
2) いささか観念的に(?)称賛されてきた association については、charity や公益法人といった制度的・財政的保証のある社団へと議論をフォーカスしてみてはいかが? - 「チャリティとは慈善か」(年報都市史研究、2007)そして北原敦ほか「フランス革命からファシズムまで」(クリオ、2016)があります -
と思います。
編者の方々、『大塚久雄から‥‥』というタイトルは、もしや大塚の祖述に甘んじるのでなく、大塚を卒業してその先へ、という含意でしたか? 

今後ともよろしく!

2019年2月6日水曜日

パブリック(デジタル)ヒストリ

セミナー案内を転載します。

3月上旬に、ジェーン・オーマイヤ氏(Prof. Jane Ohlmeyer, Trinity College Dublin)、
アン・ヒューズ氏(Prof. Ann Hughes, Keele University) のお二人が
アイルランド、イギリスから同時来日し、3回のセミナーが京都大学と東洋大学で開催されます。

東洋大学では、両氏をお迎えし、
・3/9(土)に、社会史再考(パブリック/デジタル・ヒストリ、およびジェンダー・ヒストリ)

・3/10(日)に、革命史再考(五王国戦争および大衆出版と公共圏)

をテーマとした公開セミナーを開催いたします。
9日には、日本近代史の三谷博先生にもご登壇いただき、近藤和彦先生に司会をお願いします。
詳しくはポスターをご覧ください。

セミナーは事前登録不要ですが、3/9の懇親会参加をご希望の方は、
会場手配の都合上、<3/4までに>下記までご一報ください。
 東洋大学 人間科学総合研究所 渡辺・後藤 ihs @ toyo.jp <スペースは詰めてください>

さらに、一足先の3/4(金)には、京都大学でも「関西イギリス史研究会」の
例会にて、上記のセミナー報告の一部をお話しいただきます。

多くのみなさまのご参加を、心よりお待ちしております。
関心のありそうな方が周囲にいらっしゃいましたら、ぜひ本案内をご転送ください。

2018年3月2日金曜日

3月の研究集会

2月はアッと言うまに逃げ去り、すでに3月です!
ぼくにとって最後の大学勤めなのですが、同時に学問的にもたいへん有意義な催しが続きます。

すでにずいぶん前から準備されていましたが、この3月にイギリスからジョン・モリル(ケンブリッジ大学名誉教授)と一緒にマイケル・ブラディック(シェフィールド大学教授)が来日して、連続セミナーが開催されるのです。東京では、3月9日(金)に東京大学、10日(土)・11日(日)に東洋大学です。それぞれのオーガナイザからの案内を以下に転載します。

この3つのセミナーは事前登録不要ですが、【2】【3】の懇親会参加をご希望の方は、会場手配の都合上、下記までご一報ください、とのことです。
 東洋大学人間科学総合研究所(渡辺) [a]は半角@に換えてください。
ご関心のありそうな方に本案内を転送してよいとのことです。

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J・モリル/M・ブラディック氏 来日セミナー

【1】 3/9(金)18:30~20:30
東京大学(本郷)小島ホール1階 第2セミナー室
  Prof. John Morrill (with Prof. Michael Braddick), "How to spend a lifetime living with early modern Reformations and Revolutions"
https://politicaleconomyseminar.wordpress.com/ (近日更新予定)
※ポリティカル・エコノミー研究会(PoETS)主催、井上記念助成研究所プロジェクト「グローバル時代の歴史学」共催

【2】3/10(土)13:30~18:00
東洋大学(白山)10号館A301教室
<「民」と革命--17世紀イギリス史再考・2>
  Prof. John Morrill, "The Peoples' Revolution: Civil Wars within and between three kingdoms and four peoples 1638-1660"
  Prof. Michael Braddick, "The people in the English Revolution"
  コメント:山本浩司(東京大学), "The English Revolution and the politics of stereotyping"
※科研基盤A(大阪大学)「歴史的ヨーロッパにおける主権概念の批判的再構築」主催、井上記念助成研究所プロジェクト「グローバル時代の歴史学」共催

【3】3/11(日)11:00~16:00(13:00~14:00は昼食・懇親会)
東洋大学(白山)10号館3階A301教室
<社会史再考・2>
 Prof. John Morrill, "Revisionism and the New Social History"
 Prof. Michael Braddick, "Politics, language and social relations in early modern England"
 コメント:辻本諭(岐阜大学)
※井上記念助成研究所プロジェクト「グローバル時代の歴史学」主催

更新情報は、以下のサイトに随時掲示します。
 https://www.toyo.ac.jp/site/ihs/
 https://www.facebook.com/toyo.ihs/
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2017年11月11日土曜日

人生はシネマティック!


この映画は11日公開。『日本経済新聞』夕刊の映画評でも★★★★という評点が付いていましたが、
朝日.com では、↓のような評。
http://www.asahi.com/and_M/interest/entertainment/Cfettp01711118378.html
(配給元からの情報をそのまま抜粋・編集したような文で、手抜きです。)

ぼくの評価はそれよりは高く、このブログにて、すでに8月10日にコメントしました。
日本公開タイトルは、「人生って映画みたい」というのと「映画制作者の人生」とを重ねているのでしょう。原題の Their Finest Hour & a Half は「最高の1時間半」。戦時映画の所要時間、90分、ということに込めて、
1) ふつうの戦意高揚映画とはちがう、精魂こめた映画のためにわたしたちはこんな苦労をしました、というメッセージ。
2) そうした劇中劇の制作をともにした男女の「最高の瞬間」‥‥だから Hour & a Half は省いて、Their Finest で余韻を残す。
なんといっても戦中なので、人の命は計れない。限られた命と能力のかぎりで、ほとんど同志愛(comradery; フランス語だったら camaraderie)が表出した瞬間、ということでしょうか。この 1) 2) を重ねたタイトルです。
3) でも、もっと理屈っぽく、人の心を動かすための虚構(作為)、「本当らしい演技」、事実と表象、といった作品論議もたたかわせる、ちょっと知的に青いところも、この映画に楽しさを増しています。

2017年10月18日水曜日

ジョン・ウォルタ夫妻

ご無沙汰です。
9月1日夜から、老いたる母の闘病につきあって、心の余裕のない7週間目です。
「老老介護」でおたがいに疲労困憊!とはなりたくない、というときに、ケアマネージャさんが有能で助かっています。

そうした折、今月末よりケインブリッジからジョン・ウォルタ夫妻が来日して、ぼくの知性を再活性化してくれます。
(肖像権を考慮して、右側をトリミングしました。ぼくはなぜかすごい日焼け。)
ジョンは、C・ヒルの影響下に17世紀史を始め、社会史、民衆文化、とりわけ暴力の問題を正面から議論してきた人です。エセックス大学まで自転車で通勤したこともある! 日本人で留学生としてお世話になった方が何人もいるのではないでしょうか。
近世民衆史および政治社会の歴史家で、もっとも重要な人のひとり。J・モリルの親友でもあります。
ブロン夫人はアイリッシュ・ディアスポラおよびジェンダー研究。

東京でのジョンの予定は、次のとおり:
【主催者からは事前登録不要だが、懇親会参加希望の方は ihs@toyo.jp にご一報ください、とのこと。
 この@マークは半角に変えてください。】
・10月28日(土)午後2時、東洋大6号館2階にて
Crowds & popular politics in the English Revolution: Recovering agency.
(コメント:那須敬) ⇔ なぜかブロン夫人のセミナーと同階隣室にてぶつかる?

・10月29日(日)午後1時、東洋大10号館3階にて
The new social history & discovering political culture in early modern England.
(斎藤修、高橋基泰、ギヨーム・カレ氏を迎えて、ケインブリッジ学派についての大討論会になるかも)
→ 詳細は、こちらのサイトから https://www.toyo.ac.jp/site/ihs/334083.html

・11月7日(火)午後6時30分、東大経済(小島ホール2階)にて
 Reflections on my career as a historian

2017年8月22日火曜日

風のアイルランド


 アイルランド探訪のなかでも、いくつか重要な側面があり、まずは ancient Ireland とされてきたもの(invented traditionかもしれない)の最たるスポットを訪ねました。順不同です。

¶「タラの丘」は太古の王(high kings)の居所だったと伝えられる丘。古墳から遠からぬ所に、シャムロックを手にもつ聖パトリックの立像も据えられ、シンボリズムは十分ですが、近代史ではオコネルの1843年「百万人集会」の場にもなりました。
『風と共に去りぬ』でもタラはアメリカ南部の Irish American の心の支えで、この映画のライトモチーフになっています。最後の場面ではスカーレットの Tomorrow is another day が「明日は明日の風が吹く」と訳されて、名訳か迷訳か、ひとしきり議論されましたが、現場に立ってみて、そうか、この強風のことなのだ、と妙に納得しました。
緑、緑、緑のただなか、たえまなく吹きつける風に、全身で耐えている4人の写真です。

¶ カシェルの岩山はマンスタ王の居城だったのが、1101年に教会領となり、修道院文化の繁栄の中心でした。1647年にクロムウェル軍の包囲攻撃で廃虚となり、1749年には屋根が除去されて、荒廃が進んだようです。大聖堂わきの十字架を撮りましたが、ここでも身の危険を感じるほどの強風。
誰かさんのようにこの廃虚で「運命の人とのめぐりあい」はなかったけれど、しかし、アイルランド史、ブリテン諸島史、ヨーロッパ史のことを再考しました。

 Gone with the Wind も、The Wind that shakes the barley も、the wind をキーワードとしていたのでした。これが分かってなければ、アイルランド史は(アメリカ史も!)理解できないということか。

2017年4月26日水曜日

〈歴史のフロンティア〉は今


 1993年11月から刊行の始まった山川出版社の〈歴史のフロンティア〉。最初だけ2冊配本で、近藤『民のモラル』と森田安一『ルターの首引き猫』が出ました。それから、松本宣郎『ガリラヤからローマへ』、喜安朗『夢と反乱のフォブール』、荻野美穂『生殖の政治学』、石井規衛『文明としてのソ連』、山本秀行『ナチズムの記憶』‥‥と続き、90年代半ば、歴史学の一風景をなしたのではないかと思います。
 結局、出版環境の変化と担当編集者の退職により、計20巻、本村凌二『帝国を魅せる剣闘士』(2011年)が最後となってしまいました。
 四六判の立派な装丁による定価2600円~2700円の本には一般学生が手を伸ばさないという時代になって、それならと、文庫に形をかえて出版されるのは、歓迎すべきことでしょう。文庫版として出た順で並べると、
・近藤和彦『民のモラル - ホーガースと18世紀イギリス』 ちくま学芸文庫 2014年(364 pp.) 1300円
・谷川 稔『十字架と三色旗 - 近代フランスにおける政教分離』 岩波現代文庫 2015年(306 pp.) 1240円
・松本宣郎『ガリラヤからローマへ - 地中海世界をかえたキリスト教徒』 講談社学術文庫 2017年(341 pp.) 1130円
 それぞれの出版社・文庫担当者の方針と見識が現れているかと思われます。講談社はずいぶん安く仕上げましたね。ただし、1ページに18行つめこんでいます。
 この次に文庫版で出るのは何でしょう。すでに準備されているのでしょうか。ぼくが出版者ならただちに「これ」と推せるものがありますが‥‥。