みすず書房より『読書アンケート 2024』(単刊書、2月刊、800円)が到来。
→ https://www.msz.co.jp/book/detail/09759/
ぼくも短かいながら5件の出版について感想を述べました(pp.175-178)。掲載の順番は、おそらく原稿がみすず書房に着いた順で、この本文180ぺージのうち、ぼくはビリから4番です。
月刊誌『みすず』は紙媒体ではなくなり、今はウェブ配信ですが、毎年2月号に載っていた読書アンケートだけで単刊書とすることになり、毎年の年初の楽しみは保たれます。むしろ前より厚くなった観があります。
ぼくの場合は、
1.二宮宏之『講義 ドラマールを読む』(刀水書房、2024)
2.木庭顕『ポスト戦後日本の知的状況』(講談社選書メチエ、2024)
3.松戸清裕『ソヴィエト・デモクラシー 非自由主義的民主主義下の「自由」な日常』(岩波書店、2024)
4.Lawrence Goldman, The Life of R.H.Tawney: Socialism and History (Bloomsbury Academic, 2013)
5.『みすず』168号~177号(1973-74)に連載された、越智武臣「リチャード・ヘンリー・トーニー あるモラリストの歴史思想」
を挙げてコメントしました。
4,5については、今書いている本『「歴史とは何か」の人びと』のなかの一つの章にもかかわり、また著者ゴールドマンが、E・H・カーの世代のインテリ男性の性(さが)について明示的に問うているので、響きました。
巻末の奥付に (c) each contributor 2025 とあり、著作複製権についてはぼくにあるのでしょうが、出たばかりの本ですので、ここには言及するだけで、文章は引用しません。
2025年2月19日水曜日
2024年2月5日月曜日
「68年世代」の修業時代
とくにどうということのない小文ですが、〈わたしの問い、わたしの研究〉というコーナーに
「「68年世代」の修業時代」 → https://ywl.jp/view/cIqWX という、回想をしたためました。
山川出版社のサイトで『歴史PRESS』のNo.17(12月号)、計4ぺージ。ダウンロードなどできます。かつて「70年代的現象としての社会運動史研究会」を『歴史として、記憶として』(御茶の水書房、2013)に寄稿しましたが、それと対をなすものです。
こんなものを書いた動機の一つは『歴史PRESS』誌から依頼があったからですが、もう一つは、昨夏の終わりにある人と同道した列車中の会話でした。
彼は、「今の学生たちは、"全共闘とかいって暴れていた学生たちは何も勉強せずに卒業していった" と考えているようです」と話を持ちかけ、ぼくを挑発して(?)きたのです。
『いまは昔 年譜・著作ノート』(2012年3月)と合わせて読んでくださると、年次が分かりやすいかと思います。1969年12月に「文スト実」の最後の会議で、無期限ストライキの解除決議をした後のことですが、70年の春だったか、再開された柴田三千雄先生の授業2コマの期末の課題として2つのレポートを提出しました。ことの顛末は、2013年12月『10講』の刊行時の柴田家にまで及びますが、こんなことをしたためたのは、上の会話への答えといった意味もあります。
ところで、その69年12月に最後の「文スト実」を招集して筋を通した委員長Yは、その後、卒業論文「戦前における社会科学の成立」を70歳になった2017年に復刻自費出版し、さらに -「初心を忘れることは一度もなかった」と本人は言う - それを飛躍的に展開したような実証研究を2021年に公刊しました。グローバルにわたるフランクフルト学派の社会思想史/学問史です。
「「68年世代」の修業時代」 → https://ywl.jp/view/cIqWX という、回想をしたためました。
山川出版社のサイトで『歴史PRESS』のNo.17(12月号)、計4ぺージ。ダウンロードなどできます。かつて「70年代的現象としての社会運動史研究会」を『歴史として、記憶として』(御茶の水書房、2013)に寄稿しましたが、それと対をなすものです。
こんなものを書いた動機の一つは『歴史PRESS』誌から依頼があったからですが、もう一つは、昨夏の終わりにある人と同道した列車中の会話でした。
彼は、「今の学生たちは、"全共闘とかいって暴れていた学生たちは何も勉強せずに卒業していった" と考えているようです」と話を持ちかけ、ぼくを挑発して(?)きたのです。
『いまは昔 年譜・著作ノート』(2012年3月)と合わせて読んでくださると、年次が分かりやすいかと思います。1969年12月に「文スト実」の最後の会議で、無期限ストライキの解除決議をした後のことですが、70年の春だったか、再開された柴田三千雄先生の授業2コマの期末の課題として2つのレポートを提出しました。ことの顛末は、2013年12月『10講』の刊行時の柴田家にまで及びますが、こんなことをしたためたのは、上の会話への答えといった意味もあります。
ところで、その69年12月に最後の「文スト実」を招集して筋を通した委員長Yは、その後、卒業論文「戦前における社会科学の成立」を70歳になった2017年に復刻自費出版し、さらに -「初心を忘れることは一度もなかった」と本人は言う - それを飛躍的に展開したような実証研究を2021年に公刊しました。グローバルにわたるフランクフルト学派の社会思想史/学問史です。
この1・2週にわたって新聞紙上では、「東アジア反日武装戦線」とかいうテロ組織の Leftoverメンバー、桐島聡のこと、その近辺にいたかもしれない「連合赤軍」の男女の惨劇などを想い出したように書きたてています。1974年~75年に三菱重工・三井物産‥‥大成建設・間組をはじめとする海外進出企業をねらった爆破・襲撃を繰りかえしていた秘密集団です。ぼくもYも、こういった悲しくニヒルな小宇宙とは全然別の世界、対話も成り立たない所にいて、思考し議論していたのでした。ミリゥ(milieu)が違った、と「総括」するほかありません。
50年余をへると、昭和も遠くなりにけり。「語り部」としてきちんと語り明かしておかねばならないことも少なくありません。
2020年9月15日火曜日
戸田三三冬『‥‥アナキズムの可能性』
戸田三三冬さんという存在感のある女性の、ドシッと重い遺稿集。カバー折り返しの写真も「みさと」さんの面影をよく伝えています。
本のメインタイトルは『平和学と歴史学』(三元社)とあり、これだけではおとなしい印象ですが、副題のほうに意味があり、じつはすごい大冊で600ぺージになんなんとし、巻末の索引は夫・三宅立さんによる周到なもので16ぺージにおよびます。アナキズム、アナーキー、インタナショナル、社会主義、愛郷心・愛国心(patriotismo)、くに・故郷・祖国(paese)といった語を手引に、ぺージを前に後にくって読み返す価値があります。
戸田三三冬さん(1933-2018)は、略歴からみても、
卒業論文(1960)で「ドイツ11月革命におけるレーテ」
修士論文(1963)で「第一次大戦中における中欧再編問題」
フルブライト奨学金でアメリカ・ボストン留学、ヨーロッパ旅行
アナキスト・マラテスタの著作に遭遇して、日本アナキストクラブに参加
三宅立さんと結婚
イタリア政府給費留学生としてナポリ留学
各大学で非常勤講師を重ねつつ、1990-2004年に文教大学教授
日本平和学会のシンポジウム「人間・エコロジー・平和」を企画・司会
マラテスタ研究センター主宰
といった具合に、三面六臂の活躍でした。
戸田さんはぼくよりずっと年長で、親しくお話しする機会は多くなかったし、会合でぼくが発言しても「坊や、いいこと言うわね」程度にあしらわれたように記憶します。それにしても本書に集められた論考も授業の記録も、人柄と語り口をしのぶ良きよすがとなっていて、懐かしいものです。たとえば、巻末の長い「解題」にも紹介されているとおり、
[長いヤリトリのあと]
司会:「‥‥ストップしないと(戸田先生の話は)止まらないから」
戸田:「一つ言わせて! 私の平和学の根底にはアナキズムと仏教があります」
司会:「それはみんなわかっている」
会場と戸田:「ハッハハ」(p.528)
じつはいま「ジャコバン研究史から見えてくるもの」という拙稿、すでに去年に執筆したものですが、ただいま再考中でして、
「彼[マラテスタ]にとっては社会主義者、アナキスト、インタナショナリストは、常に同義である」(p. 363)
といった戸田さんの文章に「再会する」ことにより、わが身体にいつしか刻みこまれたマルクス主義的≒近代主義的偏向(!?)をあらためて反省します。
イタリア人アナキスト・マラテスタは在ロンドン、1881-1919年。イギリス史の基本的レファレンスである Oxford Dictionary of National Biography にも当然のように Errico Malatesta が(クロポトキンなどとともに)立項されています。ロンドンの亡命者コミュニティというのは、すでに1840年代から呉越同舟で、おもしろい。なんと1905年、08年にはあのレーニンもマラテスタたちの居るロンドンに滞在しました! 顔を合わせてしまったら、どうする/したんでしょう?
登録:
投稿 (Atom)