2021年4月16日金曜日

立正大学のR

 水曜には大崎の立正大学まで授業に行って参りました。教室で授業をするのはじつに2020年1月から15ヵ月ぶり! 大学事務に顔を出すのは、20年3月の年度末処理以来でした。 学生もそれなりに居ますが、しかし Covid前に比べると、やはり空いています。
 峰原坂の正門から入ると変化に気付きませんが、6号館食堂・図書館の脇から山手通りの通用口へ下ると、2019年以来の大工事がすべて完了して、きれいになっています! 11号館と新13号館を合体させて一つの建物であるかのように見せているのですね。

 左隣は大崎警察署。あいにくの天気でしたが、違和感のない連続性が示されています。
大学のロゴもいつのまにか「緑のR」から「青のRデザイン」に替わりました(校舎の左壁、そして1階の中ほど)!

2021年4月6日火曜日

山陽路

昔むかし、学齢前に住んでいた松山から、母の実家・広島県の(今は尾道市に合併した)向島に行くには、瀬戸内の今治=尾道間の連絡船で、しまなみの大きな島小さな島の間を抜けながら、次々に変わる景色のなかを船に揺られました。
その後、住居が京都、千葉に移ってからは、母とともに山陽本線で神戸から須磨の浦、舞子の浜の美しい松林を眺め、姫路の次「相生」から岡山平野へ抜けるまでの山あいの蛇行する鉄路は、機関車がナンダ坂コンナ坂‥‥とあえぎながら上るのですが、この光景は小学生には忘れられないものでした。そして岡山、福山を過ぎて、しばらく海が見えなくなったあと、「松永」から左にカーヴして、まもなく家並みの合間に、尾道水道の海面と造船所のクレーンなどが目に入ってくる。
   海が見えた、海が見える。
   五年振りに見る尾道の海はなつかしい。
   汽車が尾道の海にさしかかると
   煤けた小さい町の屋根が
   提灯のように拡がってくる。
   赤い千光寺の塔が見える。
   山は爽やかな若葉だ。
   緑色の海の向こうに[向島の]
   ドックの赤い船が帆柱を空に突きさしている。
   私は涙があふれていた。
といった林芙美子の文章を染めた(観光用の)手拭いを、千葉に住む母は部屋にずうっと飾っていました。林芙美子は、母と同じ「尾道高女」の卒業なのです。いまは無人の家に、まだ垂れ飾ったまま。母ほどではないが、ぼくにとってもささやかな原風景のひとつです【新幹線の「新尾道」経由だと、この感動は味わえません。福山で在来線に乗り換えるにかぎります】。
この向島にいま二人の叔父が90歳を過ぎて在住です。

その尾道からさらに西へ行った隣町、三原市では   〈古民家しみず〉再生プロジェクト  というのが始まったということです。叔父が『中國新聞』の切り抜きを送ってくれました。
  → http://www.kominkashimizu.net/
 「西国街道の古民家を 民泊&土蔵ギャラリー&カフェ として再生し 地域に活気を取り戻す!」という謳い文句で、古民家カフェがこの春から始まるのです。
まもなくパンデミックが収まって、ご無沙汰の二人の叔父に会い、この古民家カフェにも訪ねて行けますように。