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2026年5月10日日曜日

MAGAと戦争

 2月末から続く、合衆国内の法規からしても、国際法からしても、異様な戦争。威嚇の継続。そこへ醜悪なほど高市政権がにじりより。‥‥これだけで花便りの季節のぼくは「言葉を失っていた」わけではありませんが、それにしても驚くべき事態です。こうして超大国は「矜持」≒「驕慢」の虜となり、自ずからゆっくり確実に衰微してゆくのでしょうか。長期的には、第3次世界大戦を交えることなく、覇権は信義と正当性を失ったアメリカ合衆国から、別の資源と優位性をもつアジア、とくに中国に移行してしまうような気がします。
 5月2日の『朝日新聞』オンラインに載った、金成記者による社会学者 Arlie Hochschild(彼女もやはり中東欧から追われアメリカに帰化した non-Jewish Jewでしょうか)へのインタヴューは、目を開かせてくれます。--傷ついたプライド、恥と、Democratic なマスコミ・インテリにたたかれる「殉教者トランプ」の罵詈雑言に惹き付けられる、不幸な/不安な合衆国の中流白人たち。 → https://digital.asahi.com/articles/ASV4Z2VWGV4ZUHMC00JM.html
 これは金成(かなり)隆一さんの『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリカを行く』(岩波新書、2017)を踏まえた、理論編インタヴューですね。金成さんは「おわりに」に記します。「私は、トランプでなく、問題だらけのトランプを支持してしまう現代アメリカに興味があった。あんな変な候補を支持する人は何を考えているのか?」p.259

 主権国家=国連加盟国で長い(ギリシアよりも長い)歴史を誇るペルシャ=イランの中枢人物と家族を狙い撃ち=暗殺し、社会インフラを攻撃破壊するという異様な戦争の開始。そして威嚇の継続。これでロシアのプーチンを(そして Japの真珠湾攻撃を! )非難するなんてチャンチャラ可笑しい。MAGA などと唱和しているうちに、合衆国は国際的な信用を失い、孤立するでしょう。国内的にも(議会がなかなか機能しませんが)司法から関税根拠について NO と突き付けられています。

2026年3月24日火曜日

「デモ暗し」 Democracy Report 2026

 『日経』という新聞の強みの一つは、海外情報の網でしょう。
 オンライン版では17日午前に、紙媒体では18日朝刊に載った「米国『自由民主主義』からはずれる 世界の指数、47年前水準に逆戻り」という記事は、もっぱらスウェーデンのイエテボリ大学の V-Dem Institute の年次報告 Democracy Report 2026 の紹介ですが、世界の自由民主主義指数の悪化、そしてアメリカ合衆国における自由民主主義指数の急落が計量政治学的+叙述的に明らかにされています。
 この新聞記事で Democracy を民主主義と訳しているのは当然で妥当なのですが、Autocracy を権威主義と訳しているのは、ヤンワリと穏便に表現しているつもりかもしれませんが、まずい。ダイレクトに「独裁」とすべきです。auto=一人、cracy=支配・権勢です。Authorityではありません。むかし(大学3年で)成瀬治先生の演習テクストが Hans Rosenberg, Bureaucracy, Aristocracy and Autocracy: The Prussian Experience 1660-1815 (Harvard U P, 1958) でした。Autocracy とは、そのときまで知らなかったタームでしたので、強く印象に残っています。
アメリカ合衆国における現状は、権威主義に向かっているのではなく、autocratization(独裁化)の途上にあるのです。

仮訳:「5.焦点:アメリカ合衆国における独裁化の進行
・アメリカ合衆国ではトランプ大統領の政権下、デモクラシーは1965年と同等のレヴェルまで低下した。とはいえ、情況は公民権[闘争]の時代とは根本的に異なる。
・トランプ大統領の第2期を要約するなら、急速で攻撃的な大統領権限の集中、といえる。
・現在アメリカのデモクラシーが解体していく速度は、近代の歴史において前例がない[ほど速い]。
・立法府の制約/束縛は - 最悪の影響を受けているデモクラシーの局面だが - 2025年にその価値の3分の1を消失した。これは過去100年以上の期間でみても最低点に相当する。
・公民権、法の下の平等、表現とメディアの自由は、今や、過去60年間の最低レヴェルにある。
・しかしながら、デモクラシーの選挙人の構成要素は安定している - 今のところ。」

これまで計量政治学なるものには距離を感じていましたが、この V-Dem 研究所の分析はみごとです。今年の年次報告は全52ぺージ。公開され、だれでも無料でダウンロードできます。
https://www.v-dem.net/documents/75/V-Dem_Institute_Democracy_Report_2026_lowres.pdf

2025年9月27日土曜日

近況ご報告

 まったくご無沙汰しています。ときに「‥‥ホームページのブログの更新が4月以降止まっていることを心配しています」とかいう優しい問合せをいただいて、恐縮しています。
 なんとか無事に日々を暮らしていますが、ブログの更新がないのは、① 言いたいことがないのではなく、むしろ逆で、日本の政治社会よりもなによりも、トランプの3権分立なきがごとき独裁政治について憤懣やるかたない毎日です。これほど傍若無人の男にディクタトルぶりを発揮されては、モンテスキューもジェファソンも天を仰ぐでしょう。しかし、ぼくがブログをしたためるとしても、せいぜい新聞の社説に毛を3本加えた程度の(サザエさんの父=磯野波平くらいの)コメントしかできないでしょう。虚しい。
 ブログ更新のないもう一つの理由はもうすこしポジティヴで、② 拙著
「歴史とは何か」の人びと - E・H・カーと20世紀知識人群像』(岩波書店)
がいよいよ最終局面で、そちらに集中するしかないという事情もありました。(過去形で書いているということは、今は一段落ついたということです!)
 これは『図書』の15回連載をもとにしたもので、それで骨組はできているとはいえ、調べれば調べるほど発見があり、「止められない止まらない」状態でした。最初は岩波新書にしようという話だったのに、註も図版も豊富な四六判で行こう、となり、この2年間に現地調査・取材した成果も生かしたく - といっても完璧な学術書というより、むしろ「こんなにおもしろいこと/すごいことがある。皆さんに伝えたい」としたためた試論(essay)であり、皆さんの思考と探究をうながす「いざないの書」という性格を打ち出しています。
 『図書』連載時より分量はだいぶ増えて、内容も充実したかと思います。 ← https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/6074
「15章+エピローグ」編成ですが、全体を3部に分け、
 Ⅰ.歴史学とオクスブリッジ
 Ⅱ.変貌するイギリスの知的世界
 Ⅲ.知と愛とセクシュアリティ
としてみました。各章の「付記」も含めて、書き込んでいます。
 やがて校正ゲラにて目次などご覧に入れられるかと思います。

2025年4月10日木曜日

Shohei's 'might-have-been'

 『「主権国家」再考』が岩波書店のウェブぺージに載りました。中澤達哉責任編集/歴史学研究会編、岩波書店、4730円。16日刊行とのこと。詳細な目次も、こちらに → https://www.iwanami.co.jp/book/b10132793.html
先にも(3月6日)書きました「‥‥今、トランプ第二期政権は歴史も国際法もなきがごとく、独特の「主権」を主張して世界を驚愕させている。」というぼくのセンテンスは、今となっては、ちょっと弱すぎる表現でした。
 そうした折、なんと大谷翔平(とドジャーズ選手たち)がホワイトハウスに招かれてトランプ大統領と談笑する光景が報道されました。何を話したのか、あまり愉快でない報道写真でした。ここでもし Shohei Ohtani が 
「ぼくは高校しか出てないし、野球のことばかり考えてきましたが、でも高校の公民では貿易収支(balance of trade)と経常収支(balance of current account)の区別は習いました。トランプさんはどうして今さら「貿易収支」みたいな物の取引の赤字なんかにこだわって、国際的なマネーや目に見えない富のやりとりは見ないんですか? 大統領はたしか大学を出て、すごいビジネスで成功なさっているんですよね」
とか、たとえ通訳を通してでも言えたなら、Shohei's Show-time! として、万国で人気が沸騰したに違いないのに。たられば(might-have-been)史観ですが。

2025年4月9日水曜日

相互関税? 報復関税! 

 April Fool の4月1日を避けて2日(水)に発表されたトランプ大統領の Reciprocal Tariff ですが、驚きですね。『朝日』だけでなく『日経』もはっきりと批判・反対の立場を表明。
なんの合理性もなく、ただの18・19世紀的な貿易収支にこだわる「重商主義」、自国(の大衆有権者の歓心)第一の発想、と見えます。こうした近視眼的な行為によって、国際的な信義も友情も失うことを何とも思わないというのが、「大国」の大統領およびその取り巻きの頭脳だとすると、驚くべきことです。(そもそもドナルド・トランプという男の人生で、友情や信義は意味をもつのでしょうか? ディールとカネだけの人生というのは、さびしい。)
ホワイトハウスは相互関税(と日本のメディアは訳していますが、reciprocal tariff とはこの場合、報復関税でしょう)の計算根拠として、こんな数式を公表したようです。
しかし、万国に対して一律の数式を適用しているわけではありません。
LSEのThomas Sampson によれば "The formula is reverse engineered to rationalise charging tariffs on countries with which the US has a trade deficit. There is no economic rationale for doing this and it will cost the global economy dearly." ということです。つまり結論が先で、それに合わせるべく計算式を経済学の理に反して invention したわけです。
さらにオーストラリアのオールバニーズ首相は、単純明快に的確に This is not the act of a friend. と反応しました(ともにBBC情報です https://www.bbc.com/news/articles/c93gq72n7y1o)。

2025年3月6日木曜日

主権国家サイコー(II)

 <承前> わが序章「主権という概念の歴史性」の書き出しについては、何度も書き改めて(合衆国の大統領選挙が進行中で、カマラ・ハリス優勢かもという報道に甘い期待を抱いたりしていました)、結局、現状分析の項目記事ではないと割り切って、第2段落で、短かくこうしたためて了としました。
 「今日、主権は争点としてきわだつ。ロシア連邦(プーチン大統領)、イスラエル国(ネタニヤフ首相)、そして中華人民共和国(習国家主席)のそれぞれ隣接地域にたいする侵攻と住民への暴虐については言葉を失うが、こうした事態を批判すると、当該政権から強い糾弾が返ってくる。その地のいわゆる「犯罪者」「叛乱分子」「テロリスト」を容認すること自体が、国家主権の侵害にあたるという「強者の論理」である。さらに今、トランプ第二期政権は歴史も国際法もなきがごとく、独特の「主権」を主張して世界を驚愕させている。
 2月17日に再校を戻す時点では、時間切れでもあり、おとなしくこれで済ませたのですが、その後の事態は、驚愕どころか、わたしたちの歴史観・世界観・ものの考えかたの根本的な更新を迫っているかもしれない。トランプ政権は経済学も、国際信頼関係もなきがごとく、Make America Great Again のスローガンのみ。MAGA、すなわち短期的(せいぜい4年の)スパンでしかことを考えないマネーゲーム人と有権者大衆との損得勘定の合算で、突っ走っています。
 損得勘定といっても、19世紀的(あるいは重商主義的?)な農工業偏重・貿易黒字主義で、自分/わが国さえよければ他はどうにでもなれ!という短慮だけです。たとえ自国のGDP≒国民経済ファースト、と考えたとしても、複合的な産業連関があるので、じつは関税障壁で国境を守れば OK というのはアホの知恵です。21世紀の大統領がそう本気で考えているとしたら、ブレインたちの怠慢でしょう。
 これにプラスして、民主党=バイデン政権を責める論法と、薬物規制がうまく行かないのを他国のせいにする議論が加わります。昨日の施政方針演説は、なんだか少年のケンカみたいで - 文字どおりのジャイアン - 、聞いていられない。大統領閣下=最高司令官がこのレベルで「論破」を続けると、全国民的に emotionalな対立があおられ、空気(political climate)が悪くなります。いずれ凶事が誘発されるのではないか、心配です。
 リベラル・デモクラシーが機能するには、有権者の大多数が知的で、落ち着いて、判断するということが大前提でした。合衆国でも、兵庫県でも、大前提が違ってきているのではないでしょうか。

2025年2月1日土曜日

2期目のトランプ

 1月20日に就任式を終えたトランプ大統領、議会の承認なしで執行できる大統領令(executive order)でどんなことを指令するか、メディアは戦々恐々で見つめていただろうと思います。ただ、いろんな極端なことを言っても、それは deal の始まりで、(ブレインが熟慮したうえでの)ほどほどの所に落とし所があるのではないか、と。 DEI (Diversity, Equity, Inclusion)原則の否定についても、民主党政権とは違う、という意思表示でしかないかも、と甘い観測もありました。
AIP(American Institute of Physics)は科学の研究教育にかかわる補助金の支出停止について憂慮を表明していましたが、裁判所が「支出停止」は違法だと決定したようです。https://ww2.aip.org/fyi/trump-spending-freezes-sow-confusion-among-researchers
   ところが、ワシントンDCの航空機衝突事故について、31日(JST)のトランプは型どおりの弔意を表したあとに、事故は管制官の採用方針における DEI のせいだと述べます。
. . . the hiring guidance for the FAA's diversity and inclusion programme included preference for those with disabilities involving "hearing, vision, missing extremities, partial paralysis, complete paralysis, epilepsy, severe intellectual disability, psychiatric disability and dwarfism".
https://www.bbc.com/news/articles/cpvmdm1m7m9o
これはまるでガキの喧嘩の論法(おまえのカーさんデベソ)で、大国の大統領としての品位も徳も感じられない。こんな男を大統領へとかつぎ上げ、投票した有権者たちの人格も疑われます。
記者会見で、このトランプの放言について根拠を問いただした記者にたいしては、
Asked by a reporter how he could blame diversity programmes for the crash when the investigation had only just begun, the president responded: "Because I have common sense."(やはり BBC.com)
ということで、これは18世紀スコットランド人たちが common sense について口角泡を飛ばして議論していたことへの侮辱か、挑戦か。両方でしょう。そもそもトランプもその支持者も反知性主義 anti-intellectualism です。

 モンテスキューは言っていました。「共和国においてはが必要であり、君主国においては名誉が必要であるように、専制政体の国においては恐怖が必要である。」『法の精神』岩波文庫(上) p.82.
同じく一君をいただく政体ではあっても「君主政においては、君公がもろもろの知識の光をもち、大臣たちが公務に堪能で練達である。専制国家においてはそうではない。」p.86.
 アメリカ合衆国はいまや共和国でも君主国でもなく、(4年間の)専制政体(despotism)の国に転じたかに見えます。

2024年11月16日土曜日

アメリカの、民主主義の、これから

5日(日本時間6日)の合衆国選挙の結果。なんとトランプの復活だけでなく、上院も下院も共和党が勝利! いったいマスコミの「大接戦」という予報は何だったんだ、というほどの最悪の結果です。これから4年間のトランプ専制が始まります。言葉を失います。
  (斜線がかかっている州で、2020年:民主から、2024年:共和へと振れました。)
合衆国の東北端と西海岸のリベラル州において民主党やジャーナリストの主導したPC(politically correct)なidentity / diversity politics は、全米的には通用せず、かえって庶民からは高学歴エリートの空理空論として反発された、ということでしょうか。完敗です。かつての大統領選挙でも民主党リベラル候補のアル・ゴア、ヒラリ・クリントンは続けて保守的なおじさん路線のブッシュやトランプに敗北しました。今回は輪をかけてリベラルで理想主義的な黒人女性エリートのカマラ・ハリスが完敗。これをアメリカ民主主義はどう総括するのでしょうか。
一昔前、ビル・クリントンやバラク・オバマの再選が続いたころには、「アメリカ共和党がWASPの党であるかぎり将来はない、多民族・多文化にどう対応するのか、根本的な転換が必要だ」といった論調が垣間見えました。ところが、今回の選挙ではむしろ反対に、白人でもプロテスタントでもない黒人やヒスパニックの労働者も含めて、トランプ的な即効に期待する人びとが多かったのです。リベラルな黒人女性エリートが理性的に正論=寛容を説くのを嫌う、愚かな男たちも(出身のいかんにかかわらず)少なくなかったでしょう。
たちが悪いのは、トランプ政権を支えるのは、けっして貧しい庶民の代表でも味方でもなく、大衆を操作して、自由放任(やりたい放題)をねらう金もうけ主義の大卒エリートたちだという事実です。ヴェーバーが『プロテスタントの倫理と資本主義の精神』の最後で憂いた「精神なき専門家、心なき享楽人‥‥」の天国が到来します‥‥。
これが合衆国だけのローカルな政治であれば、放っとけばよい。しかし、現代の国際政治のなかで(経済社会も含めて)、エリートが大衆の排外主義と攻撃性をあおると、とんでもない展開が待っている、というのは20世紀の歴史が何度も、どこでも明らかにしていることです。共和党のなかの相対的に賢明な人びとのバランス力に期待するしかないのでしょうか。
さらには、アメリカ合衆国だけではありません。他の「民主主義国」についても同じような危うさが感じられます。

2024年11月4日月曜日

アメリカの民主主義

いよいよ5日(日本時間では6日に投開票)に迫ったアメリカ合衆国大統領選挙です。民主党・共和党、それぞれ盤石の支持基盤が40%以上(47%以上?)あって、浮動票や若年層を把握しようと最後の追い込みです。
とはいえ全国的な支持率調査は、それだけでは misleading 過ちをもたらします。United States の連邦主義は明白に大統領選挙人団(electoral college)の制度に生きています。どんなにカリフォーニア州やニューヨーク州で Kamala Harrisが圧倒的に勝っても選挙人の上限は決まっていて、「激戦州」で僅差の敗北が重なれば、結局は彼女は負け、Donald Trumpの勝利となります。これは変な制度ではなく、建国のとき以来の連邦国家ゆえの原理原則です。
現実的な問題は、それよりも、たとえばトランプは嫌い、でもハリス=民主党はイスラエルに甘い、環境=温暖化問題にも甘い、だからハリスを支持するわけにゆかない‥‥といった若者がいて、批判の意思表示として 棄権する、あるいは無効票を投じるといった傾向です。
3億人を越える大国で100%の理想的な政治はそう簡単には実現しません。選択肢が2つならベターなほう/悪くないほうを選ぶしかない。世の中が安定して、おだやかに成長している時代であれば、棄権・無効票によって異議を申したてるのも意味ある行為です。しかし今はたいへん緊迫した情況で、こうした折には「最悪」を避けることを第一に考えるべきでしょう。
トランプは歴史的に A.ヒトラーJ.マッカーシ上院議員に肩をならべる存在です。敵を作り、これを攻撃し、あおることによって自らの権力を維持する。荒廃の時代を世界史に刻みのこす。こんなヤツに権力を執らせてはならない。
あの連中(Them)われわれ(Us)の対立を際だたせ、口をきわめてThemを攻撃し、敵の陰謀をとなえ、Usの正しさ、愛国心、力強さをうたいあげる。迷い・ブレ・まちがいを許さない。ロベスピエールとの違いは、経済的自由放任(やりたい放題)の立場で、また反教養主義である点でしょうか。徳のかわりに男らしさを強調していますね。
今は、政治的に賢明な決断をする秋です。世界が、文明が、この選挙に注目し凝視しています。アメリカ合衆国の民主主義が試されています。

2024年6月1日土曜日

アメリカのデモクラシに まだ希望が‥‥

(私ごとで時間をとられている間に、日も月も替わってしまいました。)トランプの恥ずかしい違法行為の数々について、ニューヨークの12名の陪審員が「34件すべて Guilty」と評決したというニュース。わずかながら希望がつなげたような気がします。
「口止め料裁判」と日本で言っているのは、英語で hush-money trial/case なのですね。
とはいえ、「これぞニューヨークの司法が腐敗して魔女裁判をやっていることの証」といった暴言が通り、マスコミもそのまま報道する、といった現実。「底が深い」としか言いようがありません。合衆国の有権者のみなさん、賢明であってください!
混合政体(mixed constitution)の要素を排して実現した大衆民主主義の危うさを見ているような気がします。そもそも共和党の「保守派」≒「良識派」の声はなかなか聞こえてきません!
  Washington Post紙のロゴのすぐ下には Democracy dies in darkness. と謳っています。

2023年11月12日日曜日

NZD ナタリ・デイヴィス ありがとう!

昨夜、なぜか胸騒ぎがしてNew York Times の obituary欄を検索したら、
Natalie Zemon Davis, Historian of the Marginalized, Dies at 94
とありました。生まれは1928年です。
息子=音楽家のアーロンに看取られてトロントの自宅で10月21日に亡くなったとのことです。学生時代から一緒だった夫チャンは、去年に亡くなっていました。
落ち着いてウェブのぺージを見直すと、プリンストンもトロント大学も、バークリもミシガン大学も、オクスフォードの歴史学部も、それぞれ縁のあった所は、みなオビチュアリや懐古の記事を載せないわけにゆかない気持になっているのですね。Google ですべてヒットします。
ぼくは1995年1月にヨークで開催された社会史学会の朝食の場で遭遇して、楽しく放談することができたようすを『UP』に書きました。その縁で、97年5月、6月に彼女を日本に招聘するときにも、実務的なことも含めて、いろいろお手伝いしました。このとき、立命館、東大、北大(西洋史学会大会)でデイヴィスに接した方々は、みな強い印象 - inspiration そのもの - を受けたでしょう。
『iichiko』という雑誌に、二宮さん福井さんと一緒のインタヴューを載せることができましたが、その夜はなんとシャルチエも合流して、英語仏語チャンポンの談笑とあいなりました! 97年にはすでに69歳だったナタリは夕食時に、アルコールはいけない、脳細胞に悪い効果がある、とキッパリおっしゃって、こちら日本人学者たちを絶句させたものです。
【ちなみに『歴史とは何か』のときにやはり69歳だったE・H・カーは、アルコールを忌避したわけではないが、パブのような所には無縁の人でした。酔うことが楽しいとは思わなかったのでしょう。】
その後のデイヴィスはさらに文化史、ジェンダー史、ユダヤ人・先住民史の関わり(braided history)へと切り込んでゆき、ぼくたちをほとんど置いてきぼりにしそうな勢いでした。
「贋者のリメイク-マルタン・ゲールからサマーズビへ、そしてその先」 「16世紀フランスにおける贈与と賄賂」ともに拙訳『思想』880号(1997年10月) はよく読むと、その片鱗/予兆がうかがえます。 ぼくの「デイヴィス(ナタリ)」『20世紀の歴史家たち(3)』(刀水書房、1999)はいささか息切れしていたかもしれない。
70歳代、80歳代もまた知的に創造的に生きた、カッコいいNZD
なんとオバマ大統領は、2013年、彼女に National Humanities Medalを授与していたんだね。これもカッコいい大統領!< https://www.nytimes.com/2023/10/23/books/natalie-zemon-davis-dead.html> こちらに写真があります。
音楽家(piano, percussion)のアーロンは来日のたびに連絡してくれたので、会うことができました。

2021年1月21日木曜日

虚構新聞

NHKの報道のうちでも、最近のヒット・ニュースは、9時のニュースにおける『虚構新聞』の紹介でした。ウェブの文字ニュースとしても読めます。↓

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210114/k10012810791000.html 滋賀県のUKさんという方の発信する、力強いユーモア、リテラシー教育効果もある作り物(fact/fiction)。健全な民主主義のあらわれと受けとめました。

たった今ワシントンで進行中の、バイデン就任式にトランプ夫妻が欠席するというのは信義(の慣習)にもとるだけでなく、これだけ緊迫した政治情況においては「脅迫」をも含意する「教唆」の行為です。

New York Times (Thomas B. Edsall記事) によれば共和党に投票した有権者のうち3500万~4000万人は今でもバイデンの勝利は illegitimate だと信じているというのですから、フェイクと侮るだけでは問題は解決しない。We become ungovernable... と。恐ろしい事態についての分析記事です。

2020年12月22日火曜日

野村達朗さん, 1932-2020

 あとすこしで88歳になられるところ、今月に惜しくも亡くなって、すでに葬儀は済んでいるとのことです。

 1977年4月に名古屋大学に赴任して、ぼくの人生は新しい局面に入ったのですが、その名古屋におけるインフルエンサが野村達朗さんでした。ぼくが『思想』630号(1976年12月)に書いた「民衆運動・生活・意識」をほめてくださって、アメリカとイギリスと違うけれど、同じ労働者民衆の世界を社会史として見ている、それ以上に「近藤さんは民衆だ!」と過大評価してくださいました。

 名大文学部では非常勤の授業を続けてくださって、学生の良い先生でした。不定期ながら西洋史の研究会をやることもできました。それよりも映画についてのイニシエーションをしてくださって、名古屋は大須の芝居小屋で無声映画、グリフィスの『国民の創生』、そして『イントレランス』を一緒に見ました。小川プロの『日本国古屋敷村』も。

 西洋史学会大会の大シンポジウム、『過ぎ去ろうとしない近代』(山川出版社、1993)にどうしてアメリカ労働社会史の野村が入っているんだと、尋ねる人がありましたが、こうした名古屋の「密」なソシアビリテの結果であります。

 野村さんは1932年、鹿児島の生まれ。九州大学の大学院を修了してから愛知県立大学に赴任してそのまま30年間勤めあげたのでした。あの二宮宏之、遅塚忠躬と同じ「32年テーゼ」の年の生まれです。1950年代の東大西洋史は(34年生まれのTさんの言によると)、二宮・遅塚、そして33年生まれの西川正雄と「(知的)プリンスみたいな学生が揃っている研究室で、ぼくなんか気後れして‥‥」とのことでした。九州大学の、しかもエレガントでないアメリカ史をやって、野村さんも、このTさんと同じく「文化資本」の隔絶を感じてしまうはずのところ、そこはしっかり非共産党系の左翼労働民衆という立場を確立して自分の道を歩まれた。自己紹介では飲んべの「ノムラー」です、といった具合に気どらないおじさんでした。

 アメリカ史、カナダ史の交遊も広く、安武秀岳、太田和子、木村和男、金井光太朗、遠藤泰生‥‥といった方々とのお付き合いも、野村さんのおかげで始まったのでした。名古屋のアメリカンセンターで David Apter, Jack Greene をはじめ重要な学者たちと面談する機会もいただきました。亡くなってしまった木村和男とは、名大から四谷通りを下っていった店で初対面ながら、カナダや毛皮のことより、まずは吉岡昭彦、そしてグレン・グールドで盛り上がりました。

 近藤・野村(編訳)『歴史家たち』(名古屋大学出版会、1990);遅塚・近藤(編)『過ぎ去ろうとしない近代』で一緒に仕事をしましたが、明記されていなくとも、たとえば野村さんの『ユダヤ移民のニューヨーク』(山川出版社、1995)が〈歴史のフロンティア〉のシリーズに入っているのも、友情の結果です。『イギリス史10講』(2013)の名古屋における合評会にも出かけてくださいましたが、耳が不自由になって、とのことでした。2014年にいただいた(唯一の!)電子メールでは、長年ご愛用のワープロ専用機が壊れて使い物にならない‥‥と嘆いておられました。

 なかなか語り尽くせません。想い出を愛しみたいと思います。

2020年12月2日水曜日

『感情史の始まり』

Jan Plamper著・森田直子監訳『感情史の始まり』(みすず書房)を手にしています。いつもながらみすず書房の美しい造本。

メルケル・プーチン・大きな犬の関係性をしめす写真(p.48)、アメリカ心理学の教科書みたいな表情のならぶ写真(pp.213, 217)、‥‥「キス測定器」!? など文脈のわからないまま一しきり見渡したあと、訳者あとがき、用語解説を見てから、最初に戻り、卒読を始めました。

当初の期待はあまり大きくなかったこの本、読み進むにつれ、知的なおもしろさと ambitionの力強さに引き込まれました。博士論文がスターリン崇拝だったという Plamper(初めて聞く名です)が、序論ではアリストテレス以来の哲学を(再)吟味する必要を説き、第1章をリュシアン・フェーヴル(アナール学派)で始める意気込み、‥‥pp.400-2 の引用文のしばらく後には「歴史家はなぜ、文書館作業における自身の感情について、一種のフィールドワーク日誌をつけないのであろうか」と尋問して、読者に迫ります。

あとがきによると、本書は歴史学の史学史(来し方行く末)、19世紀以来の諸学問の歴史(これから)「としても読める」とのことですが、むしろ積極的に、それこそが著者の狙いだったのではないか、とさえ思えます。ドイツ生まれ、大学・大学院は合衆国、その後またドイツで、今はロンドン大学教授。 圧倒的な本です。ブツとしても432+144ぺージ+前付き、後付き。すなわち600ぺージの存在感、退屈しません。

→ 著者・共訳者たちの紹介はこちらに:https://www.msz.co.jp/book/detail/08953/

関連して思うのは、 a)アメリカの学界(東海岸、西海岸)の先行性と土壌の豊かさ。引用されている中世史の Rosenweinも、フランス革命の Huntも、アメリカ人で外国史をやって世界のその分野を領導するような存在になりました。ここに出てこない N. Z. Davisも! 逆にヨーロッパ人でヨーロッパ史をやっている研究者も、おもしろい研究をする人は必ずのように何年か何十年かアメリカで過ごす(Kocka, Frevert, Elliott, Koenigsberger, Brewer . . .)。日本生まれの研究者でもノーベル賞をとっている人の過半はアメリカ在外生活。ちょっとこれにはかなわない!という気になります。

とはいえ、b) pp. 314, 325あたりでも指摘されるように、アメリカ中西部・キリスト教原理主義のルサンチマン、反啓蒙性 -つまりトランプ以前のトランプ現象- は厳として存在しています。この本の初版は2012年、英訳は2015年とのことですから「東西両海岸の左派リベラルにとっての「通過飛行地帯」」(p.314)の深刻な問題性は、まだ示唆にとどまったのでしょうが、いまや恥ずかしげもなく世界に報道されています。7000万票も集める大問題です。

2020年11月8日日曜日

New York Times 朗報

たった今、読みました。

Joseph Robinette Biden Jr. was elected the 46th president of the United States on Saturday, promising to restore political normalcy and a spirit of national unity to confront raging health and economic crises, and making Donald J. Trump a one-term president after four years of tumult in the White House.

Mr. Biden’s victory amounted to a repudiation of Mr. Trump by millions of voters exhausted with his divisive conduct and chaotic administration, and was delivered by an unlikely alliance of women, people of color, old and young voters and a sliver of disaffected Republicans. Mr. Trump is the first incumbent to lose re-election in more than a quarter-century.

The result also provided a history-making moment for Mr. Biden’s running mate, Senator Kamala Harris of California, who will become the first woman to serve as vice president.

2020年11月4日水曜日

American democracy? 

みなさんと同じく、テレビの米大統領選挙の開票速報にクギ付け、ときにインターネットで米紙の速報を見たりしています。

それにしても、4年前に続いてまたもや世論調査はまちがって、民主党支持率を多めに、トランプ支持率を低めに見積もってしまいました。開票してみると、かつての激戦州では、今回トランプが予想以上に伸び、バイデンが勝つ場合も差は僅差です。これが悪意のデータ操作でないことを祈りますが、根本的に方法的な問題がありませんか?

世論調査を指揮している専門家が、そして実際の対質者が(自分たちはバカじゃない、エゴイストじゃないという立場から)、こんなにも非合理な共和党・トランプ支持者をバカか、エゴイストかと見て/見えてしまう‥‥といった具合に、観察者の観点が対象に反映して、調査の結果を左右していないでしょうか。 薬の治験や、社会調査における中立性の保証(ダミー薬も投与する、or「Youの意見・投票について尋ねるのでなく your friend の意見・投票について尋ねる」)といった手法は厳守されているのでしょうか?

これまでゴア候補もヒラリ・クリントン候補も微妙な負けかたをしたけれど、最終的には潔く敗北を公に認めて政治ゲームを終わらせました。 あることないこと出まかせに言って4割のコア支持者を固め、「私は敗北を認めない」と公言する現職大統領(!)は、スポーツマンシップにももとる! こんな政治手法で権力を維持しようという「ジャイアン」を歓喜して支持する4割の有権者。こんなことがまかり通るなんて、まるで16世紀内戦中のフランスや現代アフリカの部族国家みたい。

 

この4割のコア支持者に訴えあおりながら権力政治を操作してゆく手法が、これからほかの国々でも定着してゆくのだとすると、恐ろしいことです。 テレビの視聴率4割だったら、モンスター番組でしょう。でもこれは大国の政治です。4割の硬い支持を根拠に(浮動・無関心が2割)面罵し、分断をあおりつつワンマンが強権的に「指導」してゆくのだとすると、これはナチスとどこが違うんですか?

ぼくはコア支持者よりもっと広く、なんらか公共性普遍理念に訴えるスピーチを聞きたい。  すべては、投票に行かない有権者の責任でもあります。  愚かな民には愚かな政府がふさわしい。

2020年6月13日土曜日

Zoom の不都合な事実

 これは「セキュリティ上の不具合」より深刻かもしれない問題です。

 この2・3ヶ月で急速に普及した Zoom会議。ぼくも初体験は学会の委員会で、5月から立正大学院の演習で利用しはじめ、先日はN先生の最終講義の会に「出席」しました。
じっさいやってみると、これは非常事態をしのぐ手段というより、とても便利で、発言者の顔が間近なので、独自の効用があり、今後もさらに普及しそう。音声と図像の微妙なズレといった問題もないではないが、周辺機器を(100%無線でつなぐのでなく)できるだけ有線でつなぎ、発言しないときは音声をミュートにする、とかいった工夫でなんとかしのげそう。
 セキュリティ上の技術的不具合は解決しつつあるようです。
 というわけで明るい展望のもとに周辺機器と Wifi環境をととのえていたら、日本では今朝からアメリカの報道を引用する形で記事になっていますが、重大事件です。
 6月4日の天安門虐殺事件(Tiananmen Square massacre)をめぐって Zoom を利用した集会・催しがアメリカ、香港で行われたのに対して、中国政府が Zoom社に圧力をかけ、これに Zoom社が屈して、進行中の4つの集会のうち3つを中断し、主催者のアカウントを停止/廃止した(we suspended or terminated the host accounts)のです。とんでもない事件です。今ではアカウントは回復された(reinstated)からというので、New York Times, Wall Street Journal などの報道は歯切れが悪い。 → https://www.nytimes.com/2020/06/11/technology/zoom-china-tiananmen-square.html
https://www.wsj.com/articles/zoom-catches-heat-for-shutting-down-china-focused-rights-groups-account-11591863002
 当の Zoom社のブログ(米、6月11日)を見ると、こうです。 → https://blog.zoom.us/wordpress/2020/06/11/improving-our-policies-as-we-continue-to-enable-global-collaboration/
Recent articles in the media about adverse actions we took toward Lee Cheuk-yan, Wang Dan, and Zhou Fengsuo have some calling into question our commitment to being a platform for an open exchange of ideas and conversations.

 20世紀史の身近な(卑近な?)事件で喩えてみると、4つの大学の学園祭で、ナチスか、スターリンか、「反米委員会」かをテーマにして討論集会/デモンストレーションを企画し実行していたら、当該政府・大使館から抗議がきた。 → あわてた3つの大学当局が催しを強制中止した。 → 企画・主催者そして参加していた学生たちは怒っているが、マスコミは静観中ということでしょうか。喩えの規模が小さいけれど、本質は似ています。ディジタルでグローバルなプラットフォームを利用して進行したことにより、一挙に国際事件になるわけです。
 喩えを続けると、中止させられた3つの大学祭の催しは、当該国からの留学生が参加していたので、当該国の法律=政府に従順な Zoom社としては、彼らだけを排除したかったのだが技術的にその手段がなかったので催しそのものを中断した。当該国の留学生がいなかった1つの催しは、支障なく進行した(中国の外の法は守られている)、という言い草です。

 Zoom社は、アメリカの企業です。広大な中国市場もにらみつつ、コロナ禍の好機に急成長しつつあるグローバル企業。ただし起業者は中国の大学を卒業してカリフォルニアに渡った Eric Yuan (袁征)。出自にこだわっては彼の志を貶めることになるので、これ以上は言いませんが、会社として、(a)中国市場への拡がりと、(b)それ以外の地域における世論(人権と民主主義)とが二律背反する情況を、どう克服するか。これは Zoom社にとってほとんど生命にかかわる問題となるでしょう。
 さすがにそのことを認知しているからこそ、11日のブログでは次の3項について明記したのでしょう。
Key Facts (すでに5月から中国政府の告知があった;ユーザ情報を洩らしたりはしていない;(IPアドレスで)中国本土からの参加者が確認された Zoom会議についてのみ中断の措置をとった)
How We Fell Short (2つの間違いを認める)
Actions We're Taking (現時点での対策:中国本土の外に居るかぎりいかなる人についても中国政府の干渉には応じない;これから数日の間に地理的規制策を開発する;6月30日までにわが社の global policy を公にする)

 そして中国政府の理不尽に無念の思いを秘めて、ブログの最初のセンテンスは、こうしたためられています。
We hope that one day, governments who build barriers to disconnect their people from the world and each other will recognize that they are acting against their own interests, as well as the rights of their citizens and all humanity.

 Zoom社の誠意と無念の思いはいちおう認めるとして、現実的には甘いんじゃないか。
かつて1930年代にナチス=ドイツにたいして宥和策をとり、スターリン=ソ連と平和条約を結び、また戦後の合衆国における「反米活動」の炙り出しを困惑しつつ傍観していたことを厳しく反省する立場からは、現今の中国政府のありかた、それに宥和的な各国政府およびグローバル先端産業を、このまま許すわけにゆかないでしょう。

 コロナ禍は、あたかも稲妻のように、平時には隠れていた(忘れがちな)大問題を照らしだし、もろもろの動機や関係をあばきだしています。先例を点検し、記憶を呼び覚まし、しっかり考察して、賢明に生きたい。cf.『民のモラル』〈ちくま学芸文庫〉pp.22-23.

2020年4月19日日曜日

対数グラフの不吉な動き


前から言っていますように、大きく動く数値について、少しでも長期の傾向、瞬間的な方向(あたかも放物線に現れるような変化のヴェクトル)を見通しながら比較するには、なんといっても対数グラフです。
日本の新聞でもテレビでもグラフとして示されるのはナイーヴな(小学生向け)グラフで、右端がぐっと急上昇して、「みんなで破局に向かう」みたいな印象主義です。
そうしたなかで『日経』はこれまで米ジョンズホプキンズ大学の成果を紹介するときだけ、対数グラフをそのまま見せていました。そんなに難しいことではなく、高校2年の数学、および遅塚忠躬先生の経済史の授業を受けた人なら馴染みがあるはず。
ほぼ日々更新されていますが、みなさんもどうぞ。
4月18日(日本時間)時点のチャートから一つだけ引用します。感染者数についてはテストの少ない日本の数値は少なめに現れているかもしれませんので、ここでは広汎なテストがあってもなくても fact として現れる感染死者数のグラフを見ます。「累計死者数の増加ペース」という対数グラフで、一般に新聞テレビで見なれたものとちがう印象を与えるのではないでしょうか。
死者数が全国で10名をこえてから何日たつと、どのように増加しているか。示されているのは主要国だけで、右側のめもりが 10, 100, 1000, 10000と上がっているように、各グラフ線の傾き増加のペースが一致します。薄く「2日で倍増」「3日で倍増」「1週間で倍増」と補助線が添えられています。紫のスペインや緑のイタリア、青いアメリカのような死者が万をこえて動くスケールと、下方の死者が何百のレベルで動く日本や韓国のスケールとは絶対数で比べれば、それこそ桁違いです。
でも、対数グラフは桁が違っても増減の動向(倍々ゲームの動き)を比較できるのが利点。スペインやイタリアのように死者が万をこえている国でも、じつは最近その伸びが鈍化していること;中国および韓国は増加ペースが水平に近づいて、それぞれ押さえ込みの効果を上げつつあることがクリアにわかります。
警戒すべきはアメリカ合衆国と日本です。アメリカの青い線は最近「3日で倍増」の補助線から離れて死者増が鈍化しているかもしれないが、しかしスペイン、イタリアとは違って、水平に向かうのではなく、上方へ首をもたげています。つまりトランプ大統領のハッタリとは異なる動きを示しています。
日本のオレンジ線はまだ「1週間で倍増」の補助線より下にあります。でも、空色の韓国とは違って、その線は水平に向かうのではなく上方へ首をもたげ、まもなく韓国の死者数を抜くことはほとんど明らかです。

この対数グラフの出典は → https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-chart-list/ 他にもたくさん図示されています。

2020年3月29日日曜日

『論点・西洋史学』 ミネルヴァ書房


鬱陶しいニュースが続きます。世界史に残るパンデミックの展開を同時代人として経験するとは、想像もしていませんでした。

そうした空気を一掃するような、金澤周作監修『論点・西洋史学』が到来。高さ26cmで xi+321+6 pp. のソフト装ですが、ずっしり重い大冊。https://www.minervashobo.co.jp/book/b505245.html

ミネルヴァ書房の最初は「よくわかる教科書」といったオファーにたいして、むしろ金澤さんのほうから逆提案して「「論点」だけで構成された西洋史本」を実現させたということです。編者でなく監修者ということらしいですが、とにかくそのイニシアティヴ/リーダーシップが明白で、「はじめに」も「おわりに」も気持が入って、力強い。

「おわりに」に引用されているチェスタトンによれば、望遠鏡派は「大きな物を研究して小さな世界に住み」、顕微鏡派は「小さな物を研究して大きな世界に住む」。そこで金澤さんの名言によれば、西洋史学は、どちらでもなく、「ちょうどよい論争的な多義性を持っている」(p.303)。はたまた「本書は決して、歴史の解釈には正解も優劣もない、といったようなシニカルで相対主義的な態度を推奨するものではない‥‥。むしろ、‥‥歴史ならではの、複数性と矛盾しない「真実」ににじりよっていく姿勢を善きものとして大切にします。本書で登場する競技場(アリーナ)の参加者はほとんど全員、真摯に歴史の真実を追究する求道者です。」(iii)と言い切る。 
そうした点からも、「はじめに」に続く「準備体操1 歴史学の基本」「準備体操2 史料と歴史家の偏見,言葉の力と歪み」を読んでも、学生よりまず誰より、この書を選ぶ教員たちを惹きつけるでしょう!

5人の編者たちとの会議が楽しかっただろうことは容易に想像できますが、123名もの担当執筆者とのヤリトリ・意思疎通はさぞや大変だったでしょう。

そこで本体の項目を個別的に見ると、じつは不満を覚える項目もないではありません(担当者の実力不足か、たまたま多忙すぎたか)。しかし、落ち着いて前後の項目をひっくり返し、相互参照しながら読むと、なにが問題なのかが浮き彫りにされてくる、という構造になっています。そうした点でも、積極的な学生たちには取り組み甲斐のある(active learning! の)教材と言えそうです。
たとえば、歴史記述起源論から中世史・近世史における国家論、そして19世紀の諸国民史から「帝国論」まですべて通読したうえで、「凸凹先生の項目は、少しくすんでいませんか」「△○先生って、短くてもシャープに表現できるすごい方ですね」とか議論するような学生が(院生が?)現れたら、すばらしい。

カバーデザインも、論点のある絵(1529年の表象)で、これだけでも1時限たっぷり討論できますね。
執筆者の半分くらい(?)はよく知っている方、半分くらいは知らない方々ですが、読んでいてぼくも元気になります。
ありがとうございました。

2020年2月5日水曜日

ピート市長!


アイオワ州の民主党コーカスで、途中経過ながら、まさかの38歳 Pete Buttigieg が第1位!
政治手腕は未知数ですが、若さと落ち着きの好青年、democratic capitalism を支持する、カトリック≒アングリカンというので、案外これから他州でも支持を拡げるかも。Gay であると公言したうえでの出馬ですから、今後は右翼からの攻撃・揶揄はすごいでしょう(警備はしっかりやってほしい)。

長い大統領選挙キャンペーンで、ぼくが考える第1の基準は「トランプに勝てるか」です。サンダーズやウォレンがどれだけ正しいことを主張しても、最終的に全国で勝てない選挙戦をつづけるのは、トランプ再選に手を貸すことになる。今のアメリカ合衆国で50%以上の有権者を獲得できる、かつ理性的な政策・政治姿勢はなにか、という観点から考えるべきです。
想うに、16世紀フランスの血で血をあらった宗教戦争(36年間におよんだ)の最後に出現したポリティーク派(正しい信仰かどうかよりも、公共善/国家の存立を優先した人文主義者たち)の選択を、いまも実際的で賢明だと思います。「パリはミサに値する」。プロテスタントのナヴァル王アンリは、みずからの信仰を曲げてまで、内戦の終結、フランス王国の安泰、各信教の自由を優先しました。近世フランス、ブルボン朝の繁栄の始まりです。

ところで CNN も言うとおり、
  But while Buttigieg will struggle with building national name recognition,
  voters will likely struggle with pronouncing his name.
マルタ系の氏名らしいですが、日本のマスコミの「ブティジェッジ」という表記には無理がある。ゲルマン風には「ブティギーク」となりますが、これでは硬い。最初の音節 Butt に強勢をおいて、後半の -gieg をどう流すか、がポイントですね。弱く「ジッジ」ないし曖昧母音で「ジャッジ」かな。
https://edition.cnn.com/2019/01/23/politics/how-to-pronounce-pete-buttigieg/index.html
↑ こんなサイトがあります。すでに1年前にCNNの質問に答えて本人が「ブティジッジ」(後半は弱く曖昧)と発音しています。でも笑って「ピート」でいいんだよ、とのこと。