2026年3月29日日曜日

キャンタベリ大主教セーラ

 BBC の記事で読みました。イングランド国教会最初の女性大主教、改革派として歓迎されています。 → https://www.bbc.com/news/articles/c20356v74k7o
 こんなにも大事な叙任式典をなぜ水曜に(?)と思いましたが、日付を確認して納得。3月25日すなわち Annunciation, Lady Day なのです。(イエスキリスト生誕の日とされる)クリスマスの9カ月前(旧暦でいう十月十日前)で、すなわちの聖母マリア受胎告知の日という信仰上の想定/迷信でした!
 それはとにかく、元気そうなおばちゃん大主教の誕生、おめでとう、Dame Sarah Mullally! イングランド国教会で女性司祭の叙任は1994年に始まり、今では女性主教さんは何人もいるようです。
(c) BBC

2026年3月25日水曜日

『近代日本の歴史学とフランス』

 高澤紀恵・平野千果子(編)、山川出版社で今月刊です。副題に「日仏交流150年の軌跡から」とあるとおり、歴史ある日仏会館で2024年12月に催されたシンポジウムにもとづく、報告・討論集。
 ぼくも巻末に「反省的所感 西洋史研究におけるフランス学」というのを寄稿しています。ご覧になれば一目瞭然のとおり、この一文と『「歴史とは何か」の人びと 20世紀知識人群像』(岩波書店、2026)の該当部分とは、相互参照の関係にあり、照合しています。最後の校正をしている段階で、両方のゲラ刷りを見ながら調整したところもあります。また中澤(編)『王のいる共和政 ジャコバン再考』(岩波書店、2022)の序章「研究史から見えてくるもの」でも論じた点については、それと同一の典拠註となりそうな箇所は省略しています。
 つまり今回の「反省的所感」は計12ぺージで短いけれど、書き飛ばしたのではなく、このかんの問題意識を凝縮してしたためました。

2026年3月24日火曜日

「デモ暗し」 Democracy Report 2026

 『日経』という新聞の強みの一つは、海外情報の網でしょう。
 オンライン版では17日午前に、紙媒体では18日朝刊に載った「米国『自由民主主義』からはずれる 世界の指数、47年前水準に逆戻り」という記事は、もっぱらスウェーデンのイエテボリ大学の V-Dem Institute の年次報告 Democracy Report 2026 の紹介ですが、世界の自由民主主義指数の悪化、そしてアメリカ合衆国における自由民主主義指数の急落が計量政治学的+叙述的に明らかにされています。
 この新聞記事で Democracy を民主主義と訳しているのは当然で妥当なのですが、Autocracy を権威主義と訳しているのは、ヤンワリと穏便に表現しているつもりかもしれませんが、まずい。ダイレクトに「独裁」とすべきです。auto=一人、cracy=支配・権勢です。Authorityではありません。むかし(大学3年で)成瀬治先生の演習テクストが Hans Rosenberg, Bureaucracy, Aristocracy and Autocracy: The Prussian Experience 1660-1815 (Harvard U P, 1958) でした。Autocracy とは、そのときまで知らなかったタームでしたので、強く印象に残っています。
アメリカ合衆国における現状は、権威主義に向かっているのではなく、autocratization(独裁化)の途上にあるのです。

仮訳:「5.焦点:アメリカ合衆国における独裁化の進行
・アメリカ合衆国ではトランプ大統領の政権下、デモクラシーは1965年と同等のレヴェルまで低下した。とはいえ、情況は公民権[闘争]の時代とは根本的に異なる。
・トランプ大統領の第2期を要約するなら、急速で攻撃的な大統領権限の集中、といえる。
・現在アメリカのデモクラシーが解体していく速度は、近代の歴史において前例がない[ほど速い]。
・立法府の制約/束縛は - 最悪の影響を受けているデモクラシーの局面だが - 2025年にその価値の3分の1を消失した。これは過去100年以上の期間でみても最低点に相当する。
・公民権、法の下の平等、表現とメディアの自由は、今や、過去60年間の最低レヴェルにある。
・しかしながら、デモクラシーの選挙人の構成要素は安定している - 今のところ。」

これまで計量政治学なるものには距離を感じていましたが、この V-Dem 研究所の分析はみごとです。今年の年次報告は全52ぺージ。公開され、だれでも無料でダウンロードできます。
https://www.v-dem.net/documents/75/V-Dem_Institute_Democracy_Report_2026_lowres.pdf

2026年3月22日日曜日

Habermasの死(1929-2026)

 ソメイヨシノの開花宣言については、わが近隣に靖国神社の標本木(19日に開花宣言)と同様の樹木があり、いま1分咲きです。
 それよりも新聞でハーバマスの死を知って、日本の新聞はどれもほんの10行もない軽い扱いなので、米英の新聞(オンライン版)のobituary=故人略伝を捜して見ました。New York Times はA4にすると約5.5ぺージほど、The Guardian は約3ぺージだけれど、現イスラエルをめぐる発言についての別の記事(22 Nov. 2023)へのリンクがあり、こちらは2ぺージほど。
 上の NYTの写真は、1969年のフランクフルト大学の様子。記事は礼賛的。
 これにたいして Guardianの2023年の記事はガザ戦争をめぐって、ハーバマスの German commitment to protecting Jewish life and Israel's right to exist の主張、それにたいする賛否をもっぱら扱っています。ナチスおよび東欧のポグロムの忌まわしさはどれだけ強調しても強調しきれない。戦後ドイツの Never again 原則は正しい。だれもなおざりにできない。とはいえ、それがイスラエル国家の排他的(独善的)存立擁護につながるのは、どうしてもおかしい。現イスラエル国家にたいする疑念を表明するだけで、即「反ユダヤ主義だ」とする立場に、ぼくは与することはできません。
 ハーバマスから多くを学び、「みずからの社会について熟議する市民」、そのうえに成り立つデモクラシーを信じる彼と希望を共有してゆきたいと考えるぼくとしては、このイスラエル全面擁護の立場は、残念な、苦い一点です。
 1929年に口蓋の障害をもって生まれてきたハーバマス、したがって10代でヒトラーユーゲントに編入された彼であればこそ、批判的に戦後のデモクラシー、啓蒙、世俗教養主義を代表具現したインテリゲンチアでした。 同じフランクフルト学派のマンハイムには共感を示した E.H.カーですが、ハーバマスについてはどう受けとめていたのか、わかりません。『歴史とは何か』の頃には、まだ『公共性の構造転換』(1962)は出ていなかった。その後も哲学者としてのみ見ていた? 民主主義、啓蒙、理性、進歩といったキーワード/価値観は、ハーバマスとカーのどちらにとっても枢要なもので、共有していたはずですが、複数性とか対話とかいったissue をカーは十分に問題意識化していなかった、ということでしょうか。分かりません。

2026年3月1日日曜日

『「歴史とは何か」の人びと 20世紀知識人群像』読者との交信 IV

OTさん
 ‥‥まず全体として本書は、『歴史とは何か』の副読本にとどまることなく、また内容的にも E.H.カーをめぐる人々の単なるエピソード集に収まることなく、20世紀の史学史・ヨーロッパ思想史になっている、と感じました。
 最も印象に残ったのは、いかに20世紀のイギリスがヨーロッパからの頭脳の流入により受益していたか、という点です。ネイミアやエルトン、ホブズボームといった歴史家に加え、バーリンやポパーといった20世紀思想史の最重要級もその列に連なります。こうしてみると、20世紀のイギリスは長期衰退過程にあっても、最強の国際言語たる英語と教育/研究機関、リベラルな政治体制により、すばらしい人材を誘引していたことが改めてわかりました。同じ衰退国でも、21世紀の日本では逆立ちしても真似できそうもないのが、悲しいところです。
 <中略>
 また、カーのある種の欠落を明らかにする7章、8章も、非常に効果的だと思います。『パースト&プレズント』の面々との没交渉、フランス革命史研究への言及の欠如は、カーの知的傾向を理解するうえで重要でしょう。また女性たちおよび周辺人物とのコミュニケーション不全(15章)も、著作のみからはうかがえない彼の人格的凹凸をよく示しており、彼を把握するための助けになろうと思われます。
 誰もが知る思想史上の大物ももちろんですが、個人的にはアクトンあたりに深い解説が加えられているのがありがたいです。主だった単著も邦訳もないアクトンの場合、特別な関心がない限り彼の著作を読むことも調べることもまずないと思われるので、彼の業績や歴史的評価に関する記述が読めるのは、貴重だと思います。
 マンチェスタ大学史学科に関する記述(特にp. 219-220)も心が躍りました。わけても「オクスフォード・マンチェスタ・ケインブリッジ・ロンドンの4点からなる四角形」なる表現は、非常に誇らしい思いを抱かせるものでした。
 以下には(些末ですが)気になった点を。
 「付記10 LSEの変貌」の最終センテンス(p.180)、「そこにはかつてのように前近代の歴史を研究する教員はいない」という表現について。この文章は二重にとれまして、「LSEにはもう前近代経済史の専門家はいない」とも、「かつてのように」が「研究する」にかかるとすると「LSEの前近代経済史家の姿勢がかつてとは変わってしまった」とも解釈できます。いずれにせよ、「LSEにおける前近代経済史研究にかつての勢いはない」、あるいは、「前近代経済史研究から熱気が失われた」くらいの意味の文章だと拝察します。
 しかし例えば、Oliver Volckart、イギリス史のPatrick Wallisなどは近世経済史において手堅い研究をしていると思います。アジア史でも、Tirthankar Royなどの仕事はどうでしょうか。
 別にLSEを擁護する義理はないのですが、LSE:Department of Economic Historyの教員一覧を眺めるに、前近代についても専門誌でよく見る名前がそろっていて、依然として経済史研究の最前線だな、というのが私の印象です。これ以上充実した経済史のスタッフを揃えている機関は、そうはない。確かに往年のPatrick O'Brienのような大物が見当たらない、といわれればその通りです。また「黄金時代」のような熱気が感じられないとするなら(それも否定できません)、個々人の資質というより「付記」にも指摘されるとおり、もっと大きな知的潮流の変化に原因があるのでしょう。

OTさんに近藤より返信
 ほとんど書評のようなコメント=メールをいただきました。内実のあるコメントを下さって、うれしい。たいへん心強く受けとめて、筆が軽く流れてしまった箇所など反省しています。
¶ マンチェスタについては、最初の留学で Boyd Hilton と V.A.C. Gatrell の指導を受けつつリサーチを開始したのですが、Manchester Central Library で Douglas Farnie先生(1926-2008)に会えてからは、ローカルな事情についてのお知恵を伝授していただくばかりでなく、史学史的な話もお好きなので、イギリスでも日本でも、会ってお話するのが楽しくなりました(拙著では p.281)。1987年9月に京都にいらしたときの写真をご覧にいれます(ぼくもまだ40歳になったばかり!)。
¶ 今日のLSEにおける歴史的学問の現状については、すみません、印象主義的な記述で凌いでしまいました。「付記10」p.180 の記述は、12行目「飛ぶ鳥を落とす勢いがある。」で終わりとし、以下は削除します。ここはむしろ、LSEは経済学自体の変貌、そしてヨーロッパ(西欧)中心史観からグローバルな視野への移行といった大きな変化を、オクスブリッジよりもはっきり代表具現している、と言うべきだったかもしれません。