2010年12月25日土曜日

The King's Speech 映画


 今夕、忙中の時間をつくって、試写会に行って参りました。邦題は「英国王のスピーチ」、ご存じジョージ6世(在位1936~52)と先年101歳で亡くなった Elizabeth Queen Mother、そして知られざる Lionel Logue の3人を中心とした、感動の物語です。
 期待せずに行ったのですが、2時間の上映の終わりには、感涙。いくら顔をふいても止まらず、照明の前に長いクレディトのつづいたことに感謝したほどです。左右の男女もすすり上げていました。清らかな涙と、シネマートの外、夜の六本木の雑踏 ‥‥ なんというコントラスト!

 ジョージ5世の長男エドワード(David)は外向的で、女にももてる王太子(ウェールズ公)でしたが、その弟アルバート(Bertie、ヨーク公)はつねに兄と比較され、シャイでどもり、学業成績は68人中68位、病弱、泣き虫。めだつ兄の陰にあって、親にもナニーにさえバカにされていたとのこと。生来の左利きを無理に矯正されたことも、どもりの誘因だったようです。ここまではよく知られています。第1次大戦における海軍士官としての従軍も含めて、ODNBにはしっかり書きこんであります(Colin Matthew 執筆)。これを克服するために妃エリザベスの献身のあったことも、第二次大戦中の(自明の悪ナチスにたいする)国民的な戦意高揚のための行脚も、周知の事実。
 ところが、兄エドワード8世の「世紀の恋」のとばっちりで、もっとも不適格とみられたアルバートがジョージ6世として王位を継承するわけですから、confidenceを欠くアルバート=ジョージの、どもりはますますひどくなる。ここで登場するのがオーストラリア人 Lionel による言語治療 兼 カウンセリングなわけで、王族の親子関係からイギリスの階級関係、そしてすでに自治国のはずのオーストラリアにたいする差別意識までが上手に扱われて、この映画をおもしろくします。ちょっと Pygmalion=My Fair Lady のヒギンズ教授を思わせるところもないではない。
 英国王といっても、ジョージ6世の正式の称号は、king of Great Britain, Ireland and the British dominions beyond the seas, and emperor of India です。複合国家の王+インド皇帝。即位時にすでにアイルランドは独立しているのに!
【それからジョージ王も兄エドワードも Lionelも freemason だった[それのみが3人の共通点だった]という事実は、この映画では[単純化のために?]見逃されます。】
 映画のコリン・ファースの立派な体格のあたえるイメージと違って、国王ジョージは見るからに神経質で、胃腸も弱そうでした。1939年、小柄のかわいらしい王妃エリザベスと一緒の写真は、こちら↓
→ http://www.flickr.com/photos/striderv/2407182783/
 この映画を100%楽しむには、シェイクスピアの favourite quotes が頭に入っていることが必要かもしれません。もう一つ、映画音楽として前半はモーツァルトが使われ、後半の大事なところからベートーヴェンに変わることにも気付かされます。ラジオのことを wireless と呼んでいたこと、日本の玉音放送と違って、ライヴで放送されたことも大前提ですが、とにかく交響曲7番の第2楽章を背景に、どもる国王の大スピーチを聴いて涙しない聴衆は、よほど鈍感な人でしょう。スピーチの終わると同時に、BBCの職員、バキンガム宮殿の職員、ラジオに耳傾けていた市民のあいだで自然に拍手の波が広がることになり、音楽はピアノ協奏曲5番(emperor!)の第2楽章に替わる! 心にくい演出。

 来たる2月26日に一般公開だそうですが、すでに出来上がっているパンフレットに監修者=某大学教授がしたためた小文は、残念ながらフツーの高校生の感想文のレベルです(ウェブの世界の雑文と大差なし)。せめて、スピーチとは「演説」以前に、話すこと、言語能力、話しかたでもあるということくらい、指摘してもバチは当たらないのに。それから、きっとせわしなく視聴なさって、シェイクスピアもベートーヴェンも聞き流したのでしょう。
 
 結論。アカデミー賞を取っても取らなくても、これは感涙の作品。日本版監修者がだれであれ、ODNB を読んでから、ぜひ見に行きましょう。当然ながら、Lionel Logue の項目もあります。
→ http://www.imdb.com/video/screenplay/vi752421145/

2 件のコメント:

近藤 さんのコメント...

 発声できないまま音の空白が続くと、心の緊張がますます高まってしまう国王にむかって、ライオネルは「間をおいてゆっくりしゃべると威厳が増します」と言葉を添え、いざマイクへとむかう国王と並んで歩くチャーチルは、「じつはわたしも、どもりでした」と告白して驚かせる。
 こういった win-win の心温まる映画のなかで、エドワード8世とWallis Simpson(ウィンザ公夫妻)は、ただの我がままで、ナチスとつきあった愚王夫妻のように描かれます。このエドワード王が退位してくれて良かった‥‥と言いたいみたいな映画。

近藤 さんのコメント...

 BBCがこんな報道をしていました↓
http://www.bbc.co.uk/news/uk-12372617