2013年3月15日金曜日

Industrial Action !

こういう通知/予告が British Library から来ました。


Planned Industrial Action
Wednesday 20 March 2013

若い人たちのために、industrial action とは産業行動/勤勉に働くことではなく、
罷業=ストライキを打つことですよ。やったことあります?
詳報は、下記のとおりですが、給与・年金・労働条件について争議権を行使するというのは、いまの日本で、本当にマレになりました。
アメリカ的(NY的?)ハード・キャピタリズムがこの20年ほどで定着したからでしょうか?それとも事態は80年代の国鉄解体・民活路線あたりから始まっていたのか?

Members of the Public & Commercial Services Union (PCS) have voted for a one day strike on Wednesday 20 March 2013 over changes to pay, pensions and working conditions in the public sector.

The British Library at St Pancras plans to be open as usual for visitors to its public areas and exhibition galleries, but there is likely to be significant disruption to our Reading Room services with the potential of late opening and some rooms likely to remain closed.

2013年3月2日土曜日

三宅ディレクター


NHK-BSの予告を見ていたら、昔の名前ばかりか、笑顔も出てきたので驚きました。
【こちらは、むかし1999年9月、オクスフォードからウェルズ大聖堂、グラストンベリに行った小旅行のときのスナップ。14年くらいでは人は変わらないということかな。】

東大西洋史からオクスフォード大学へ、そしてロンドンで活躍とは聞いていましたが。
学生のころ、第2志望として映画関係で仕事ができれば、ということを聞いていましたから、その道に進んでいるわけですね。

母上のご実家は福島県とは承知していましたが、311に海通りでご親戚がたいへんな被害とは‥‥
[BS1]   <以下引用 (c) NHK>
2013年3月8日(金) 午後11:00~午前0:40(100分)
 福島第一原発事故のニュースを海の向こうで知ったロンドン在住のディレクターの三宅響子が、福島県浪江町の親類たちの軌跡を1年半にわたって追った。国際共同制作
  
【後日加筆】 見たあとの感想ですが、三宅さん自身の(進行形の)認識の歩みと、邦子おばさん一家とのこれまでの歴史と現在が交錯するドキュメンタリ作品でした。
Fact とはそれ自身の歴史をもつ;語られたこと、語られかたに左右されるし;そもそも近世英語では feat (なされたこと、事績)である、という ジョン・ルーカス(ルカーチ)を想い起こしながら見ました。

2013年2月26日火曜日

柴田蔵書


 柴田三千雄先生が亡くなって、5月にははや2年となります。

 その蔵書については、いろいろなことがありましたが、結局、お茶の水女子大学の関係者の皆さんの奮闘で、その図書館に収まる方向で進んでいます。先に遅塚忠躬先生の蔵書がやはりお茶の水女子大学に寄贈されていますので、これと合体し、フランス革命史関連では、もしや日本で一番充実した図書館となるかもしれません。

 その作業の途上ですが、日曜に北原さんと一緒に柴田家に伺いました。2階の書斎の本はもう段ボール箱に収まっていました。1階西の書庫はほとんど手つかずで、洋書はフランス史ばかりでなく、イタリア史、イギリス史、ヨーロッパ史、そして方法論、とりわけ政治文化関連、またあらゆる分野の日本語文献が、ご本人独自の分類によって排架されています。すでに生前に、ロシア史関係はI氏へ、インターナショナル議事録関係はN氏へ、贈与されたとのことですが。

 昔日は手書きのフランス語で購入年月を記入されるだけで、蔵書印はほとんど使われなかったようですが、石は中国にいらした折に購入され、文字は日本で刻印された立派な物があります。お茶大で整理する際にこれを捺すことにしましょう、と方針が決まっています。
 とにかくお茶大関係の皆さん、ありがとうございます。

 この日、先生の蔵書から何冊かいただきましたが、蔵書印を記念に自分で捺して収めました。

2013年2月19日火曜日

50th anniversary of EPT's Making of the English Working Class !


 ハーヴァード大学から、今朝、前触れなく a conference to reflect on the importance of Thompson's work around the world on the occasion of the 50th anniversary of the publication of The Making of the English Working Class への参加の意向を尋ねるメールが到来。開催は10月3~5日だそうですが、proposal は5月、draft paper は9月1日まで、というのはちょっと厳しい。

でも、添付の案内などを熟読のうえ、間をおかず、積極的な返事を出しました。(学期中とはいえ、校務やたいくつな執筆, etc. より、学問と国際的発信のほうが優先ですよ!)
Translating E. P. Thompson: English Idioms and Traditions in Global Context

Class Formation: An Important Category of Analysis in History?

Moral Economies and Political Economy: Culture, Economy and Politics

Spatially Situating Social Processes: Communities, Regions, Nations, World-Systems

などがイシューとして想定されているようです。
ということは、ぼくが出ていって場違いでないことは明らか。というより、ご指名で . . . as an ideal participant from Japan, so I write to encourage you to take part in this event. It would be an honor if you agreed to participate と書いてくださっているのだから、ありがたい話です。「日本におけるEPTの受容」といったよくある話より、もう少し普遍的な意味のある議論をしたいな。

Call for papers にもある表現ですが、
critical engagement with Thompson's legacy
ということで思いの丈を語りましょう。

このところ、ぼくの書くものはすべて「思いの丈」を率直に表明することにしています。かつてレトリックを用いて「上品に」書いたものの、正反対に受けとめてくださる読者もいたりして、これじゃ困る。
残り時間も少なくなってきたことだし‥‥。

2013年2月4日月曜日

『みすず』読書アンケート


『みすず』1・2月合併号(no. 611)、恒例の読書アンケート特集が到着しました。
→ http://www.msz.co.jp/book/magazine/

 例年の特集号ですし、おおくは例年なじみの執筆陣(計158名とのこと)。それぞれさまざまですが、それにしても楽しみな企画です。新刊ばかりでなく旧刊についても、教えられることが多い。

 ちなみに、今回ぼくが言及したのは、

1. 松方冬子『オランダ風説書と近世日本』(東京大学出版会、2007)
  同(編著)『別段風説書が語る19世紀』(東京大学出版会、2012)

2. 石田千尋『日蘭貿易の史的研究』(吉川弘文館、2004)
  同 『日蘭貿易の構造と展開』(吉川弘文館、2009)

3. A. P. Wadsworth & Julia de Lacy Mann, The cotton trade and industrial Lancashire 1600-1780 (Manchester U.P., 1931)

4. John Lukacs, The future of history (Yale U.P., 2011)

です。 今やっている仕事の関連で手にした本、という偏りがあります。これしか読んでないというわけではありませんが‥‥

 去年の特集号については、こちらをご覧ください。↓
http://kondohistorian.blogspot.jp/2012/02/blog-post.html

2013年1月29日火曜日

教師冥利



昨日、34人の卒業論文の口頭試問をやって、【2・3年生の個別面談はまだ2月ですし、なにしろ今月末には修論、来週は博論の審査がありますが、】 学部生相手の行事は、峠をこえました。専任教員としては初年度ですが、昨年度に非常勤で演習をやりましたから、この春の卒業生は2年間もったことになります。

 (手間のかかる!)学生たちと2年間つきあい、卒論指導でさんざやりとりした結果ですから、それなりの情も移ってきて、全員が無事に卒論(正本も副本も)を提出して、また口頭試問もそれなりにこなしたのを見ると、いささかの感懐があります。 → 卒業式後の写真

 そうした折も折、次のようなメールが到来。
 「約2年間、演習ではお世話になりました。はじめは卒論を書くことに全く自信の無かった私が、卒論を無事書き上げることができたのも、先生のご指導のおかげです。ありがとうございました。
 その他にも授業や、教育実習での指導を受けて、とても強い刺激を受けました。先生の指導のおかげで、歴史学の奥深さを知り、沢山の勉強が必要とわかりました。
 先生を見て、森羅万象に興味を持ち、常に疑問を投げかけながら勉強していくことが大切なのだと思いました。もちろんそれは歴史に限らないことですが。
 これから働きながら、一生懸命勉強して、高校世界史の先生になりたいと思ってます。先生のゼミで本当に良かったと思っています。[後略]」
 こういうのをもらうと、‥‥ウルウルではないが、教師冥利に尽きる、という句を想い起こします。

 ところで、ぼくたちはぼくたちの先生にこうした感謝の念をしっかり伝えていただろうか? 先生の死後に遺稿を公刊するだけでは、償いとして乏しい。‥‥

 『イギリス史10講』
 (共著)『「社会運動史」 1972~1985 - 記憶として 歴史として -』
などをはじめとして、これからたっぷり「恩返し」をします。

2013年1月24日木曜日

Holly Cole Trio in Tokyo

http://www.youtube.com/watch?v=72Ts84JLG5c

しばらくぶりに NZD よりメールにて、Aaron Davis の東京公演のおしらせ。
息子をおもう母の心情です。
Holly Cole は 例の Calling You で知られているでしょうか。そのキーボードを担当しているのが Aaron なのです。いつも冬の、大学教員がもっとも忙しい季節にやってきます!

Holly Cole and the band will be performing in Tokyo on January 25-30. Here are the show times in case you or any friends want to attend performances.


Blue Note Tokyo, 6-3-16 Minato-ku Minamiaoyama Raika Bldg. B1-2
Friday, Jan. 25, open 5:30 p.m. show time 7 p.m;
  second show: open 8:45 p.m. show time 9:30
Jan 26 open 3:45 p.m. show time: 5 p.m.;
  second show :open 7 p.m. show time 8 p.m

Cotton Club Tokyo, Tokyo Building 3F, 2-7-3 Marunouchi Chiyoda-ku
Jan 29 and Jan. 30: first show open 5 p.m. show time 6:30 p.m
  second show: open 8 p.m. show time 9 p.m.

Chandler and I went to the Holly Cole concert here in Toronto last night, a warm up for the Tokyo performances. It was really terrific! Many new songs and wonderful new arrangments.

2013年1月14日月曜日

お年賀状から


 到来する年賀状も、「返事」か寒中見舞いというタイミングですね。
 ところでいろいろ印象的な年賀状が多いなかで、一番だったのは、水田洋先生からのものです。最初に
9月には94歳になる予定ですのでどうぞよろしく」とあります。また
翻訳者として終わってはならないという自戒を守り、ホッブズからスミスへの唯名論の継承というスミス論を書いていますが、同時に訳者として残したものへの責任は重く感じていますので、‥‥ミルの自由論の‥‥拙訳を点検しています。立つ鳥跡を濁さず。
「‥‥」の部分はぼくが勝手に省略していますが、きちんとしたセンテンスです。
 ぼくの母は91歳ですが、水田先生には負けます! 蔵書は浙江大学に贈る手筈とのことで、「老後」も立派なものです。なにか秘訣がおありなのでしょうか。尋ねてみたい。
 中国における近影を、お年賀状から拝借します。このサイトが複写権について厳しくなっているようで、Picasa経由です。

2013年1月3日木曜日

謹 賀 新 年

 2013年をいかがお迎えでしょうか。
 12年3月に東京大学における24年間を終え、4月から立正大学史学科(大崎)に勤務しています。初年度でもあり、毎週毎週があらたな経験です。
 9月に実施したケインブリッジの日英歴史家会議(AJC)のあとも 新旧の企画が目白押しで、途中に難儀する苦しみと喜びには事欠きません。‥‥ すこし仕事を抱え込みすぎたかもしれません。

 健康第一と心しています。
 皆さんも ご健勝にお過ごしください。

 2013年正月                  近藤 和彦



2012年12月27日木曜日

いったい何やってんだ

Oさん、
今いったい何やってんだ!? と不審に思われているかもしれません。

1) 日英歴史家会議(AJC)の事後処理と proceedings 編集刊行、

2) 70年代現象としての社会運動史(『社会運動史』と戦後歴史学)、

3) 本国サラサはどこから来たか(本国更紗とイギリス資本主義)
  → 1月の科研合宿報告 → 『立正史学』)、

4) 礫岩国家と普遍君主(the world is not enough)
  → 日本西洋史学会大会の小シンポジウム(2013年5月12日@京都大学)、

5) その他、校務のたぐい、

というわけで、まるで schizo、同一性障害そのものではないか、と。

いえ、じつは、立正の講義もふくめて すべて 『イギリス史10講』(岩波新書)と関連し、その裏付けだったり、その執筆中に自己展開し始めたテーマだったり。

『10講』とは、即、柴田・二宮・遅塚史学から学びつつ、そこから脱皮する過程でもありました。一方の「従属論」(世界システム論)、他方の「修正主義」(contingency論) から学び、自分の道を探しあてる長い道のりでした。

1997年夏の企画会議から16年くらいかかっても、しごく当然と言いたいところ。なぜって、「最高のワイン」論ですので‥‥

2012年12月24日月曜日

「水田賞」公募、延長



 世の中で小さいお子さんやお孫さんをお持ちの家庭では、今晩から明朝にかけて、「秘密保持」に気をつかうことでしょう。ぼくは39歳の娘から、「保育園でサンタのおじさんの目がパパだった」ときの幻滅を、すでに大人になってから何度も何度も語られました。ぼくとしては西新井保育園の園長さんに頼まれて、それでは、と善意でかって出たんですがね。

さらにケインブリッジで生活していた小1から小3のころには、市内のあるお店の包装紙が、25日朝のサンタの贈物の包装に使われているので、「これはおかしい」と考えたとのこと。なるほど配慮不足でした。

ところで、サンタならぬ水田洋さんから、顔を見せてのギフトです。

第1回「名古屋大学水田賞」授賞候補者の募集について
→ http://www.respo.provost.nagoya-u.ac.jp/jyuuyou/2012-10-17-01-29-46_ja.html

1.趣旨
 水田洋 名古屋大学名誉教授からのご寄附の意志に基づき、人文・社会科学(思想史)の分野で将来の発展が期待できる優れた研究能力を有する若手研究者を顕彰し、その研究意欲を高め、研究の発展を支援します。

2.対象分野
 人文・社会科学(思想史)の分野

3.授賞
 授賞数は1件とし、受賞者には賞状及び副賞として50万円を贈呈します。

4.対象者
 日本国内の若手研究者で人文・社会科学(思想史)の分野において、一定の成果を上げた研究者のうち、平成24年4月1日現在以下の条件を満たす者とします。
 1) 40歳以下であること [以下略]

→ [応募者が十分には多くないのでしょうか、] 〆切を延長して、1月18日必着と改めたようです。30代の皆さん、どうぞ運試しを!
別に名古屋大学関係者である必要はなさそう。
でも明らかに、西洋思想史、とくにホッブズからスミスからミルの前後左右、そして啓蒙あたりをやっている人が有利でしょうね‥‥。ぼくが若かったら、断然、応募して有力候補になるな。いまや Hobbesian problem of order を柱に執筆中だから!

2012年12月21日金曜日

桜井由躬雄さん


 今夕、本郷の集まりに参加して、飛びこんできたのは桜井さんが急死なさった報。驚きました。つい11月1日(木)には、「文化交流研究懇談会」で並んですわっていたのですから。「一時調子悪かったんだが、いや今は元気だ、飛び回っている」とのこと。全然変わらない、という印象を受けたばかりだったので。

 由躬雄さんの記憶の最初は、1968-9年のある夜です。こちらは法文2号館1階、西洋史の研究室に寝泊まりしていたのだが、廊下の向こうの東洋史からずいぶん距離があるのに一人の声が大きくて、いつまでもうるさい、眠れない。翌日聞くと、院生(人文闘争委)の桜井という人の声だというので、認識しました。昼間も声が大きかった。西洋史では岡本さんと同学年でしょうか。いやその一つ上か。白にオレンジのテープを貼ったヘルメットをかぶっておられました。
 ぼくは3学年下で、学部の3年生でした。

 ずうっと後になって、桜井さんが京都の東南アジア研究センターで活躍しておられると耳にしました。さらに後になって東大文学部の助教授に迎えられましたが、ある夜、図書館の脇でたいへんな美女と腕を組んで歩いておられるのを目撃してしまったときは、困りました。しかも悪びれることなく、近づいてこられて「女房です」とおっしゃったので、驚愕しました(ご免なさい)。

 そのころ丸ノ内線の電車内で、ぼくは遅塚さんと一緒にいたのだが、桜井さんが近づいてきて、「先生とぼくの名前、躬の字が同じです」と。遅塚さんも上機嫌で「そうですなぁ」と、楽しそうな話が始まった。ひとと知り合うきっかけを作るのがお上手だと思いました。

 さらにいろんなことがありましたが、それは全部飛ばして‥‥、何年もたった春の夜、赤門脇・経済学部棟の一番上の階に確保なさった広い桜井「主任教授室」で、岸本さん、石井さん、吉澤さんと一緒に「東大最後の夜」を遅くまで過ごしました。結局、その夜は、みんな帰りの電車は無くなって、徒歩で帰れる方々はいいけれど、遠い人は本郷の各部屋に泊まったり、ぼくの場合は大枚をはたいてタクシーで帰宅しましたね。
 すでに5年半前の3月末でしたか。なんと速く時はすぎるのか!

 ご冥福を祈ります。

2012年12月17日月曜日

安倍政権という展開!


 総選挙の結果ですが、民主党の失政、小選挙区制、小党乱立、東アジア情勢、いつまでも続く不景気、などなどの複合的な結果(contingency)だろうと思います。投票率が低かった、ということも自民・公明には有利に働いた。一言でいうと「自民党と公明党の地滑り的な勝利」ですが、鳩山由紀夫以来の民主党政権のあまりの無責任さ・稚拙さが、こういう形で懲罰された、といえます。
 ぼく個人としては、現在の日本政治は政界再編の途上(移行期)と考えていますので、その芽が育っているのかどうか、に注目したい。そうした点から憂慮すべきことが3点あります。

a. なにより安倍晋三政権の内向き右翼の言動は、もし今回の「圧勝」で増長するなら、日本国を奈落の底に突き落とすでしょう。
 父・安倍晋太郎(もと外相)の御曹司とはにわかに信じられないほど、国際センスも政治センスもない。政治的無能(とマスコミの甘さ)という点では、左右正反対だけれど、民主党圧勝後の鳩山政権と似ている。
 首相の靖国参拝によって‥‥途中は省略しますが‥‥日本経済は大きく傷つき、これまで誠意ある日本人が築きあげてきた国際的信頼は失墜します。新政権は景気浮揚・公共投資といった言を弄していますが、それらもすべて靖国によって国際的には無に帰するでしょう。

【ぼくは、二世議員だからダメなどと、ナイーヴなことは言いません。ほんの数年前には福田康夫、麻生太郎と、二世ではるかにましな首相がいましたが、日本のマスコミは、こういった知的な政治家を嫌う傾向があります。ピットもピールもグラッドストンも二世議員でした。】

b. 石原慎太郎。こちらもゴーマンで品格のない言辞で「庶民」・おじさん・おばさんを引きつけてきました。ハッタリで大衆を掌握する二流文筆家=政治家という点では、ほとんど19世紀のディズレーリに似ています。【ちなみにディズレーリも二世議員!】

【安倍、石原のご両人とも、日本国民なら御霊を祀る靖国に参拝するのは当然しごく、という立場らしい。「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊」を祀る所なのだから、というでしょう。
しかし、カマトトでなければご存じでしょうが、靖国神社とは東条英機を祀り、西郷隆盛を打ち棄てる神社です。1978年の東郷合祀以来、昭和天皇も今上天皇も参拝していないことは、みなさんご存じのとおり。 両陛下のほうが、安倍・石原よりはるかに聡明で、筋を通しておられます。】

c. 低投票率。想定外の好天ゆえに、投票率が低く、マスコミが(おもしろ半分に)期待した第3極は伸びず、堅実に票固めをしていた自民・公明が漁夫の利を得た。
 これは有権者大衆の責任です。国民がもし目先のことに(ニワトリの条件反射のように)反応するだけで、自分と社会の来し方行く末を考え、政治的な意思表示をしないとしたら、将来は身から出たサビ。ぶつぶつ不平不満を述べる資格さえないでしょう。愚かな国民には愚かな政治がふさわしい。

 ポピュリズムとは別のところで、真剣に、立ち入って議論すべきは、長期的な社会経済政策であり、この国のかたちだと思います。歴史学の出番かもしれない。

2012年12月9日日曜日

真珠湾攻撃


8日朝の『日本経済新聞』で、西洋史出身の郷原記者と、文書館担当の松岡編集委員の共同記事を見ました。
「大使館怠り説 覆す? 新事実」↓
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO49302190X01C12A2BC8001/

これは時宜をえた記事です。郷原くんの健在もうれしい。専門家の間では特筆すべきほどの発見じゃないのかも知れないが、国民周知の事実ではないのだから、この愚劣の歴史を、マスコミはもっと繰りかえし報じるべきです。
最後に渡辺昭夫・東大名誉教授が述べるように、この発見があってもなくても、12月8日(US時間で7日)のパールハーバが宣戦布告なき奇襲攻撃であることは、紛れもない事実。

それにしても、軍部だけでなく外務省も共謀して、攻撃を開始する時刻よりあとに通告するように計ったという。無能な役人が暗号解読・翻訳に時間がかかって、あるいは不在で遅れてしまった、というのではない、故意の遅滞のために、わたしたち子々孫々にいたるまで、事あるたびに恥じなければならない。「それ以外に勝つ手段がなかったから‥‥」?

とんでもない。
戦争とは国際的な力のゲームなのだ。「はっけよい」と手をつく前に突っかかっては相撲にならないのと同じ。国際法のルールを、はたして将兵は周知していたのだろうか。一方の「生きて虜囚の辱めを受けず」と同様に、ガラパゴス列島の中だけで通用する発想と倫理でやっていたわけだ‥‥。

しかも、じつはすべての交信がアメリカに傍受され、解読され、文書館に保存されていたのだから、(日本の外務省は発信記録をなぜか紛失した - 東京裁判のため?)なんと虚しい‥‥。

戦後はその反動で、全国民が戦争を呪い忘れれば、即、平和主義であるかのようなフィクション、じつはアメリカの核の傘の下に守られてこそ通用する、ほとんどママゴト民主主義でやってきた。
のろわしい記録の紛失 ⇔ 記憶の喪失。

がっかりしてしまう。

2012年12月8日土曜日

夕闇の地震


>授業後、地震があったようです。
>11F にいらして、大事ありませんでしたでしょうか。

という問い合わせをいただきました。ありがとう。いやはや高層の研究棟は大変に揺れて、書棚にしっかり置いてなかった雑誌は何冊も落下しました。

揺れはきわめて長くつづき、卒論面談中でしたが、ドアを開けて、廊下をはさんで向かいの部屋で演習中の Nゼミと一緒に 恐怖を共有しました。ただし、「311の揺れはこんなもんじゃなかった」という発言と、急遽、だれかがワンセグで見聞きしたNHKニュースで「宮城で震度5弱」、「東海道新幹線は運転見合わせ」(在来線は通常どおり)というので、安心した次第です。

と、呑気なことを記していますが、宮城など震源近くの方々は夕闇の中でおちおちできなかったでしょう。お見舞い申しあげます。

2012年11月28日水曜日

近世都市 金沢



あいかわらずアタフタしていますが、週末から3日間フルに文化都市金沢を堪能することができました。お城や兼六園にも行きましたし、武家屋敷跡、東西の茶屋街、そしてタテマチも歩きましたが、次の研究の見通しとして、最初に宮腰の港と銭屋五兵衛の記念館と醤油の大野を見学。積極的ブルジョワ「銭五」のこと、みなさん、ご存じでした?

近世都市は水運がなければ成り立たないだろう、と考えていますので、それを確かめるという意図もありました。観光案内が充実していると思いました。

金沢は地域の大学都市でもあるようですが、四高と県庁の跡が、よい具合に大学コンソーシアムの共同施設になっていました。

晴と雨の金沢を、短期日ですが効率的に楽しめたのは、もちろん御案内と御指南が良かったから。

観光客で一杯の「野村家」のほうは、じつは所有者の交替が重なり、すばらしい庭のほかは性格が変わってしまったようですが、「寺島邸」のほうは近世の武家の空気を一家で代々守っていらっしゃるのですね。   おいしい海の幸、山の幸も賞味しました。
  ありがとうございました。

2012年11月5日月曜日

70年代の現象としての社会運動史



去年の12月、今年の6月に東洋大学で『社会運動史』という雑誌、あるいは社会運動史研究会という集まりについてのコローキアムがありました。

→ http://kondohistorian.blogspot.com/2011/12/70.html

→ http://kondohistorian.blogspot.jp/2012/06/blog-post.html

それにもとづいて一冊の共著を、ということで、いま編集が進行しています。

一番若いのがすでに60代半ばだというタイミングで、東西の旧メンバーが再会し、年譜も配布されたので、ほとんど忘れていた事実を想起させられて、その意味を再考するといったこともあり、正直、懐かしかったり、反省のよすがになったり。

なので、記録と記憶のために一冊の本を編むことに反対はしません。とはいえ、いまの時点で個人的懐旧(と弁明?)をしたためるのは本意ではない。‥‥というわけで、用意は不十分なままですが、1970年代という情況における「社会運動史研究会」現象について、覚書的なことを書き付けておくことにしました。
最後は <歴史のフロンティア>(1990年に企画開始、93年に刊行開始)のことで結びます。↓
http://www.yamakawa.co.jp/product/common/&cat_207?cat_207=207&sw=
このシリーズの企画委員4名のことは、いまでは案外、知られてないですね。学界・出版界の「健忘症」というより「認知障害」ということかな?

ザハリッヒで率直な原稿をしたためて、すでに編者に送りました。

2012年11月4日日曜日

at u-tokyo.ac.jp !?

こんな阿呆なメールが来た。いま話題のなりすましメールで、
一瞬 @u-tokyo.ac.jp (東大)から来たかのように見える。
IPアドレスも [133.11.‥‥]と本郷的。
わが警察庁だったら、ただちにこれを東大本郷発とみなすのだろうか。
だが、そもそも

1) 東大のサーヴァは必ず @ と u-tokyo.ac.jp の間に l.とか waka.とか部局名が入る。

2) 日本人宛に下手な英文でメールを出したりしない。

3) けっしてメール返信で E-MAIL ADDRESS: USERNAME: PASSWORD:
といった入力を求めたりしない。

4) ヘッダを見れば明白だが、bilkent.edu.tr(ってどこ?)を中継しているし、

5) 万が一にも返信すると Reply-To: hku_techie@msn.com へ繋がる。

といったわけで、少しでも東大に関係ある皆さん、返信しちゃダメですよ!

〈以下に引用しますが、個人情報的なポイントだけ‥‥に替えます。〉
Return-Path : acct.auth@u-tokyo.ac.jp        ← 作為のアカウント
Received : from l.u-tokyo.ac.jp (bun-fw.l.u-tokyo.ac.jp [133.11.‥‥])
by lsw7.l.u-tokyo.ac.jp (Postfix) with ESMTP id 0360B6C2D3
for ‥‥ ; Sun, 4 Nov 2012 03:11:40 +0900 (JST)
Received : by ispinoz.bcc.bilkent.edu.tr (Postfix, from userid 12346)
id 6631633A2276; Sat, 3 Nov 2012 20:09:32 +0200 (EET) ← どこでしょう?
Received : from newmail.bilkent.edu.tr (unknown [192.168.10.218])
by ispinoz.bcc.bilkent.edu.tr (Postfix) with ESMTP id 4734233A2272;
Sat, 3 Nov 2012 20:09:32 +0200 (EET)
Received : from 210.187.178.44(SquirrelMail authenticated user gulsahd@bilkent.edu.tr)by newmail.bilkent.edu.tr with HTTP; Sat, 3 Nov 2012 20:09:32 +0200
Date : Sat, 3 Nov 2012 20:09:32 +0200
Subject : Notification: Re-validate your email
From : "u-tokyo.ac.jp E-mail Services"
Reply-To : hku_techie@msn.com      ← 作為のアカウント

User-Agent : SquirrelMail/1.4.22

Dear u-tokyo.ac.jp User,

To increase your storage capacity and the functions, you are required to
reply to this mail and enter your Login ID and Password in the space
provided below due to the fact that we are about to carry out maintenance
and increment of storage capacity on our web-mail services/account within
the next 72 hours.

Failure to do this within 72hours will immediately render your email
account deactivated from our database.    どうぞそうしてね!

FULL NAME:
E-MAIL ADDRESS:
USERNAME:
PASSWORD:
CONFIRM PASSWORD:

Your Account can also be verified via our Web-mail Link before the
information are sent.

Thank you for using u-tokyo.ac.jp Email Services.

Yours in Service,
© u-tokyo.ac.jp E-mail Services

2012年10月19日金曜日

Offshore !?


 ぼくが不在中の自宅に「ロンドンの銀行、 HSBC とかいう所から電話がかかってきて早口でまくしたてるので困った。話し手の電話番号だけはなんとか聞き出したから、なんとかして」、との家族からの電話。

 うーん、たしかにぼくの銀行口座は(むかし British Council に指定された Midland Bank)いまは合併後の HSBC にある。でも必要な通知はいつも郵便でくるのに、なぜ電話なんだ?緊急のことといえば AJC ? でも、ちょっと怪しい。

 で、念のために、言われた電話番号を Google で検索。

 すると、いくつかのblogでの言及とともに、HSBC Africa のページが上位にある。慎重にそのページにアクセスすると、

OFFSHORE: Welcome to offshore banking with HSBC Bank International . . . .

これはうそのページではなさそうだ。トップにロンドンの電話番号が記されていて、Get in touch . . . とある。あらゆる可能性がまだ否定できないが、結局、こっちがあまり英語のできない日本人だということをよく分かってない若手職員による、ごく普通の「営業トーク」だったのかもしれない。お疲れさま。

 ちなみに offshore とは、大陸から海を隔てた「ブリテン諸島」とか「日本列島」とかいう意味じゃなくて、海外居住者向けの金融ビジネスで、税制・法制上の有利をはかるもの;日本でタックス・ヘイヴンと呼ばれるものと関係する場合も関係しない場合もふくむ概念のようだ。

 英国の銀行口座を持ってるといっても、それは32年前の留学生として開いた口座を維持しておいたほうが細々としたことで便利だ、というだけで、残額も微々たるもの。有利な運用もなにも無縁なのだが。円とポンドで桁を間違えたんじゃないでしょうね。--とはいえ、ガラパゴス日本の平和で安全な日夜にぼんやりしているうちに、「上客」と見まがわれたか。気をつけましょう。

2012年10月1日月曜日

Hobsbawm, 95 years old

こんなメールが飛びこんできた。
ケインブリッジのAJCでは、ホブズボームは元気、ロシア革命と同い年、と話題にしていたのだが。
Dear Kazu

Sad to say, Eric Hobsbawm died today - we were talking about him at the AJC.
See http://www.bbc.co.uk/news/uk-19786929

〈以下は一晩あけて、10月2日に加筆〉
 1974年に初来日、東大社研の研究会で労働者文化とコミュニティについて質問。社会学にたいして厳しい見方をしていることに、意外な印象をえました。70年代の日本では歴史学と社会学が近づいていたので。【今から振り返ると、ただ柴田三千雄と高橋徹、二宮宏之と宮島喬が仲良かっただけのことかな?ぼくじしんも学部時代は社会学か西洋史かと悩んだんですよ。】
 1980年に留学して、ただちにロンドンのホブズボーム・ゼミに出ましたよ。いつも椅子の数よりたくさんの出席者であふれる盛況。床や窓や机に腰かける者もいて、活気がありました。その年のクリスマス前にゼミのあと、ジョン・レノンが殺された、と耳にして、ケインブリッジに帰る列車が激しく揺れるのを、恐ろしく感じました。
 ホブズボームの仕事について、ぼくは何度か書きました。たとえば樺山紘一(編)『現代歴史学の名著』(中公新書、1989);「同時代史としての20世紀論」『週刊読書人』(1997年5月16日), etc. それから、こんな小文をウェブに載せていたのを忘れかけていました。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~kondo/HobsIoT.htm
ホブズボームの仕事は立派だけれど、その質と広がりに見合う日本語訳書はきわめて少ない、というのが残念ながら事実です。
彼のインタヴューは『歴史家たち Visions of History』(名古屋大学出版会、1990)のトップに収められています。